2003年9月30日火曜日

忘れられるタオル

 何故だか最近、タオルを用意するのを忘れたまま風呂に入ってしまうことが多いのです。気分よく風呂から上がり、浴室のドアを開けていつもタオルを置いておくスペースに目をやると、またタオルを忘れていることに気づくのです。「はううっ!」と心の中で叫び、「またかー!!!」と20分程前の自分を恨みつつ、ポタポタと文字通り水もしたたる体でタオルを取りに部屋へ入っていくわけです。無事に体を拭いて、服もちゃんと着終わったら、今度は部屋に転々と残っているビチャビチャの、水の足跡を拭いてあげなければいけません。そのフローリングの床にできた水の足跡を、自分が歩いた軌跡をトレースするようにしながらキュッキュッと拭いていく行為ってのが、やってるとまた無性にわびしいものなのです・・・。

2003年9月28日日曜日

S・ミルハウザー『湖畔の一日』より

 悲しみは気高い思いなんかではない。面白味さえない。人間の苦しみ方は愛し方と同じである・・・心でではなく、腹で愛し、苦しむのだ。退屈な話。

スティーブン・ミルハウザー(柴田元幸 訳)『湖畔の一日』より

2003年9月26日金曜日

疑惑→結論

 バンテリンが意外と効いちゃったりして(爆)、いささかながら遺憾の意を感じてしまう今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。私はここ一週間程、久しぶりの納品作業にやられててんてこまいです。昨日はもう、見事に惨敗して疲弊し切った状態で帰社し、帰宅しました。いや~、何をやっても勝つどころか引き分けにすら持ち込めないというそんな一日(苦笑)。まぁたまにはそんな日もあります。そら部屋でビール飲んでサイレントギター弾き倒したりもするゆーねん(?)。そして今日もその余波で午前様、明日明後日も出社です・・・。月曜に控えたリベンジマッチまでに、抱え込んだ作業の方は間に合うのでしょうか?

2003年9月23日火曜日

疑惑

 今年は空がいつ夏から秋へと遷ったのか、その境目をこの上なく正確に言うことができます。それは、今日。ちなみに、何かを頑張る休日と何も頑張らない休日と、休日も大雑把にこの2つに分類できるとしたら、今日は明らかに何も頑張らない休日でした。まぁ見事にだらだらと、てきとーに、ぐったりと昼寝などしつつ過ごしておりましたとさ。ってゆーか背中が痛いんですよね。まさかこれって腰痛・・・?バンテリンが、意外と効いちゃったりするんでしょうか?ん~・・・。

2003年9月21日日曜日

分かれ道

 分かれ道で立ち止まり、後ろを眺めて目を臥せる
 漠然とした意志が揺れて、ただ足だけが釘付けになる
 冷たい雨を運ぶ雲が、また後ろから影を連れて
 無情に流れる空の風が、止むこともなく雲を乗せて
 進まなければいけない、追いつかれる前に
 刺すような雨に、打たれる前に
 自らはめた足枷に、縛り付けられた世界の中で
 ただ、足だけが前へ出ずに

 そう、これは何処かで見た風景
 何もない、がらんどうな分かれ道
 喪失という名の下に、目の前で消えていった幻達
 音もなく沈みゆく街で、吹きすさぶ風に肌が怯えて
 冷たい雨を運ぶ雲が、また後ろから影を連れて・・・

2003年9月20日土曜日

CM大賞

 アミノ式のCMがCM大賞をとってしまわれたそうです。やはりあのやたらとシンプルな歌が頭の中でエンドレスに回ってしまうのは私だけではないのですね(笑)。どっちかっていうと本当に実写で撮ってるあのムチャな「こんな運動」の数々の方が審査的にはポイント高い気もしますが。足を伸ばしたまま腿を抱え込んだ状態でバク転でクルクル回る女の子とか、結構凄いと思います。またきれいに回転してるしな、あれ。

 ハイ、
 ♪燃焼系、燃焼系、ア~ミノ式・・・

2003年9月19日金曜日

飲み過ぎた翌日

 いや~、昨日は飲み過ぎました。大学時代の文学部の仲間と二人で飲んでたのですが、見事にしっかり飲み過ぎました(爆)。短いとはいえ昨日は何か日記に書いてますが、あれは恐らく彼と交わした文学談義の余韻で数行だけさっさと書いてしまったものでしょう。実は、書いたのをよく覚えてません(苦笑)。最後ベッドで、でろでろに酔ってるくせに何故か本を読んでいて、そしてそのまま電気も冷房も付けたまま眠ってしまったらしいのです。まぁ、そこまではまだよかったのです。

 昨日飲んでいたということは、当然今日は仕事です。それが社会人の辛さです。とはいえ、これまで私は酒を飲んだ次の日に会社を休んだり遅刻したりしたことは入社二日目(←オイ!)しかありません。酒に負けてはいけないのです。大丈夫。大丈夫、・・・と思っていました。

 ・・・が、朝7時半、あまりの胃の気持ち悪さに目が覚めます。今さらのように胃の中でアルコールが燃えて、胃壁を荒らして喉を遡ってくるような、横隔膜が不自然に蠕動を繰り返すあの不快感。起き上がって便所に向かおうとすると、頭の右後頭部の奥の方で、揺れた脳が頭蓋骨にぶつかってひしゃげて響くような、鈍く深い痛みが走ります。この手の頭痛は決して手の届かない深い所で響くので、どうにも耐えることもできません。胸のむかつきを抑えつつ、その痛みに耐えかねて一端そのまま頭を枕に落とし、もう少し休もうとします。枕に頭が触れた際、そのささやかな衝撃でまた頭に鈍痛が走ります。あー、これはヤバイなぁ・・・。胃袋からは今にもブツが飛び出してきそうです。必至に手を口で押さえますが、当然そんなことで胃に蓋ができるはずもなく、口の奥から止めどなく溢れる酸っぱい粘液がどんどんと口中に溢れてきます。ここで吐くわけにはいかない!そう思って、重苦しい鐘が響くような頭痛と、だるく震える手足を引きずって体をくの字に折り曲げながら、よたよたと便所に向かって歩きます。そりゃもう命懸けでした。水泳の50Mの折り返しでターンする時のように、精一杯手を伸ばして進む方向への慣性にまかせた形で便所の電気のスイッチのすぐ下にバンッと手をつき、指を少しずらして電気をつけます。倒れ込むように便器にかがみ込み、口の中にたまった唾液や粘液を吐き捨て、次の瞬間、堰を切ったように胃の中のものが逆流を始めました。敢えて描写はいたしませんが、前の晩はトマトベースのペーストをパンに塗ったものを好んで食べていたとだけお伝えしておきます。あの胃散が喉を焼いて、口の中に酸っぱく生臭い匂いが広がる・・・、やめておきます。とにかく、しばらく便器に上から覆いかぶさりしがみつくような感じで、何回かわかりませんがとにかく吐きました。いや~参りました。何とか吐き気だけは落ち着いて、便所から出てきたのが8時過ぎ。定時に出社するには9時15分には部屋を出なければなりません。

 ・・・寝てられるのはあと40分か。

 半休取ろうかな?という気持ちは正直ありました。何しろ、二日酔いとはいえ本気で辛いのです。まともに出社できるような体調ではありません。が、社会人としての責任とか何とか、そんな世間一般の美徳はさておいて、ここで休むのは個人的に屈辱でした。ここで休んだら、俺は酒に負けたことになる・・・。それは許し難いことです。風邪とかいつもの自律神経失調症でこの体調だったら、もう迷うことなく会社は休んでいたことでしょう。ですが、今朝のこの不調は酒が原因です。ここで休みをとったら、私は酒に負けたことになります。それはプライドが許しません。酒に負けてはいけないのです。・・・その信念だけを胸に、クラクラする遅い夏の日射しの中、定時に間に合う電車に向けて私は家を出て行きました。胃腸薬と頭痛薬で精一杯体をごまかして。電車の中では金曜夜の終電の酔っぱらいよろしく、ずっと吊り革に全体重をかけてぐったりしていて、震える手足で必死に体重を支えていました。コンビニでアミノサプリを買って会社に辿り着いたのは10時5分前。ちょうどオンタイムの出社です。午前中は正直仕事になりませんでした。後輩の指導という名目で休みつつアミノサプリを飲み切って、どうにか昼食にはきのこハンバーグを食えるくらいには回復しました。いや~、久しぶりに本格的な二日酔いにやられました。ラクにやられましたね、ラクに(ラクとは葡萄から作られるトルコの蒸留酒。まずいし悪酔いする・・・)。

 しかも今日、またもお客さんと飲む用事があった私は、酒を見るだけでも嫌だと言ってしまいたい心境を抑えつつ、失礼のない程度にジョッキ2杯と日本酒グラスで1杯だけ飲んで、ギリギリ終電で帰ってきたとのことです。ってゆーかこの日記長過ぎですね。早く寝たいのに・・・。

2003年9月18日木曜日

敬愛する作家達

 読者として、村上春樹やミヒャエル・エンデ、トルーマン・カポーティに憧れを覚える。書き手として、スティーブン・ミルハウザーに嫉妬すら覚える。それを、再確認した夜。

2003年9月16日火曜日

因果

 世の中何をどうすれば何がどうなるかなんてわからないものです。アフリカで絶滅危惧種の蝶が羽搏けば、日本の私の背中の平行四辺形の筋肉が痛くなるのかもしれません。

 ・・・ってゆーか痛ぇ・・・。

2003年9月12日金曜日

歪められた太陽

 一口に暑いと言っても、暑さの種類はいくらでもある。その意味で、今日の暑さはある種独特の、そして別の見方でいえば典型的なものだった。

 真夏の都会の暑さは人の汗とビルの照り返しの暑さだ。熱されたアスファルトが靴のゴム底を歪め、自動車のタイヤを歪め、人の顔を歪め、そして空気を歪める。歪められたものたちはそれぞれ少しずつ、微かだが何かしらの匂いを放ちながら道を行き過ぎる。街路に植えられた樹の丈より、はるかに太陽に近い所から熱をため込んだビル群が、さらにジリジリと大気を煮詰め、濃いドロドロした、淀んだ粘液のようになった空気が肌にまとわりつく。停滞した人の流れに、詰め込まれたように集まる人の体は近く、その体温がさらに濃度を上げる。体から発散された汗も、流れはあるのに風の吹かない空気の中、ビル群の上にかぶせられた透明な蓋から外に出ることができずに行き場をなくす。浮遊霊のように漂う人の数だけの汗の蒸気が、また熱をため込み湿度を上げて、同じような幽霊を増やそうとする。地面に、ビルに、人と人の汗に、都会の空気は煮込まれ、味付けされ、そして腐敗させられる。作りかけられたまま放置され、ドロドロのまま腐っていく未完成のジャムのような、コレステロールが詰まった血管の中を、苦しそうに身を捩らせながら通る血液のような、淀み、遅滞した、陰鬱な熱気。ひどく人工的な、不自然な熱気。太陽は、何処に行ったのだろう。今、無気味な程青く深く透き通っているその空に浮かぶ光体は、本当のところ太陽ではないのではないか。その熱は、もうこんなにも歪められてしまっているのだから。

2003年9月11日木曜日

The Slang War

 真似事をしている時に本物に出会う。そういった奇妙な偶然があります。真似事というのは、本物がそこに存在していないからこそできるわけであり、存在意義がある(面白いとか、カッコいいとか)わけですが、真似事をした時にまったく意図せずそこに本物が存在した場合、真似事は非常に切ない立場に立たされることになります。

 私は今日、会社の用事でちょっと遠い、初めて行く駅に出かけていきました。そしてその駅に向かう途中、JR中央線から西武多摩線に乗り換える必要がありました。ホームは同じエリアにあり、改札を出なくても中央線から多摩線に乗り継ぐことができます。こういった場合、最終的に辿り着いた駅でイオカードとパスネットを2枚重ねて自動改札に投入か、あるいは自動精算機、最悪でも駅員のところで精算ができるものです。ですが、目的の駅に行き慣れている会社の同僚は言いました。「向こう(最終的に辿り着く駅)で精算できないから、この駅で精算して切符買ってきて」。・・・ほほう?私は微かに、しかし確かないら立ちを感じました。降りた向いのホームにもう乗り継ぐ電車が来てるのに、わざわざ階段を上がって精算して来ないといけないのかと。私は尋ねます。「向こうでできないの?」。同僚答えて曰く、「できない」。私のいら立ちはピークを迎えました。ピークといっても、どの道大した話ではないので、切れるとかそういったレベルの話ではありません。ですが、内部にたまったいら立ちというマグマは、少量とはいえやはりどこかに吐き出してやらなければなりません。私は決然と、そう、決然と顔を階段の方に向けて踵を返しながらこう呟きました。

「ファック!」

 すると、私の右前方30度の方向で20代前半くらいの白人が二人、何やら激高して色々とまくしたてている一人をもう一人がなだめるといった感じで話しています。やたらと文句を並び立てている方は、短く刈り込んだネイビー風スポーツカットに淡い金髪、ベージュの短パンに水色のポロシャツを着た、いかにもステレオタイプ的なアメリカンヤングといった感じです。背は私と同じくらいで、体の線は白人にしてはやや細いかなと感じ、日本人としては標準くらいの、適度に締まった体つきをしています。白人特有のクールな垂れ目で、眉をハの字に釣り上げた彼が、私がいら立ちの言葉を口にしたわずか2~3秒後、まさに本場の言葉で、両手も掌を上にして体の横にハの字に広げ、語気を強めて前に勢いかがみ込みながらこう叫んだのです。

「Fuck!!!!!」

 ・・・やられました。完全にネイティブです。たった四文字ですが、負けました。同僚も笑っています。私も笑うしかありません。私がカタカナ英語で吐き捨てた台詞を、わずか数秒の後に演技でも何でもない本気のネイティブな叫びで押し返されたのです。完敗です。叫んだ彼は、相も変わらず仲間に向かってあれやこれやとまくしたてています。不思議と、いら立ちも消えていました。「じゃ、精算してくるよ」。私はそう告げて、階段を登っていきました。

2003年9月10日水曜日

人の輪の理論より

 何の本で読んだのか忘れましたが、自分の周りの知り合いから数人(確か5人だったか7人)をたどっていけば、世界中の誰とでもつながれるという理論があるそうです。つまり、例えば私が「このギタリストと知り合いになりたいな」と思ったとしたら、まず自分の知り合いに、次にその知り合いの知り合いに・・・、という風にたどっていけば、平均でその5人だか7人だかで目的の人にたどり着けるというものです。しかもこの理論、何気にちゃんと検証実験までやられていて、多少サンプル抽出の方法に問題はありそうなものの、見事にこの理論通りに概ね成功したということ。私達が思っているより、案外世界は狭いのかもしれません。

 ・・・が、そんなことは今の私には実はある程度どうでもよくて(←オイ!)、実はこの話をどの本で読んだのかが思いだせなくて四苦八苦しているのです。いや、この話を最初に思い出したのですが、「あれ?これ何の本で読んだんだっけなぁ?」と考え始めたら見事に思い出せずにはまってしまい、この話そのものより出典の方が大事になってしまったという(爆)。まぁまぁ、世の中そんなものです。なんだっけなぁ?なんか仕事関係の本だったような気もするんだけど・・・。

2003年9月8日月曜日

バッドトリップ

 半分程飲み残したペットボトルを一気して、駅の売店でジャンプを買って、それを読みながら電車に揺られて家に帰る。そんな月曜日のこの家路。さぁ、皆さんも試してみてください。運がよければ!

 ・・・私のように電車に酔って最悪なバッドトリップを体験できるかもしれません・・・。

 酔って電車に乗ることは別に珍しくないけれど、電車に乗って酔うとはまさに不覚。マジな話、吐きかけました・・・。病んでるな・・・。

2003年9月7日日曜日

明日が来なくても

 最近、といっても一、二ヶ月前にはなりますが、JUN SKY WALKER(S)のトリビュートが出ました。ジュンスカ、実に懐かしいです。思えば私がバンドを始めたのも、中学の時2つ上の先輩がバンドでJUN SKY WALKER(S)のカバーをやっていて、彼らが演っていた『明日が来なくても』と『HEAVY DRINKER』を聴いて「カッコいい」と思ったのがきっかけです。それから中学の間は見事にずっとジュンスカに首っ丈でした。そしてこの前、カラオケに行ってみたら、ジュンスカのリバイバルに伴って、これまで入っていなかった懐かしの曲、思い出の曲達がゾロゾロと入っていました。『明日が来なくても』、『砂時計』、『ガラスの街』・・・、中学・高校時代に歌いたくても歌えなかった曲達です。思わずまず『明日が来なくても』を入れてみました。中学時代の俺、見てるか?俺は今『明日が来なくても』を歌ってるぞ!くらいの勢いで。

♪明日が来なくても 僕と君がここで死んでも
 昨日という日は 確かにあった僕の中に

♪くたびれた努力にはお別れしよう
 みんな愛しいから捨てきれなくて
 すべて抱え込んで倒れてしまう
 僕は走るために荷物をおろした

 まぁなんと言いますか、今考えてみると実に若気って感じです(苦笑)。こういうと当時の自分にはきっと怒られるのでしょうけど(そしてそれを言うなら、「何エレキやめてクラシックなんて弾いてるんだよ」とか「サラリーマンやってんじゃじゃねぇよ、ボケ」など、当時の私からすればきっと今の私はツッコミどころ満載なのです)。気づいたら、中学の頃の自分が目指していた自分とは随分遠い所にいるような気がします。罪悪感という程ではないにせよ、いくらか申し訳ない気持ちもあります。よくも悪くも、人は変わります。過去の自分の夢をすべて、叶えてあげられるはずもありません。現在の夢だってどうなるかわからない、それが世の中なのですから(あるいは、そう言ってしまう人間こそ、当時の私は忌避していた人間像なのかもしれませんが)。

2003年9月6日土曜日

ん~・・・、

 ふう、頭が痛ぇ・・・。比喩的な意味ではなく、ひどく実際的に。