2004年7月27日火曜日

月夜の塔

 東急文化会館が潰れて建物が取り壊されてから、渋谷駅東口の東横線へ向かうアーケードの手前から、セルリアンタワーの上半身が何にも遮られる事なく見えるようになった。西新宿と違って案外高い建物の少ない渋谷では、32階建てのクロスタワーもその奥に控える六本木ヒルズも視界に入らないあの角度では、40階+ヘリポートというあの建物は周囲を遥かに抜きん出て、超然とそびえ立っているように見える。夜の闇の中、自身によるライトアップで体に薄い雲をまとい幽玄と浮かび上がる孤独な塔。背後に大きな半月を従えたその姿は、本来象徴すべき都会というものの現実的なイメージを消して、むしろ虚構的な幻想を漂わせていた。我ながら如何なものかと思う言い回しでいうと、まるでファイナル・ファンタジーの世界のような。

 現実に、強く堅固に存在しているはずのものが、果敢なく揺れて消えていこうとしているような、そんな不思議な感覚。9・11事件の4年も前、ドン・デリーロは大作『アンダーワールド』の中で登場人物にWTCを指してこう言わせた。「このビルが全部粉々に崩壊するのが目に見えませんか?それがこのビル群の正しい見方なんだと思いませんか」と。この台詞が持つ哀しみとも諦めとも、ペシミズムとも悟りともつかない機微が、今日は少しわかった気がした。この騒がしい渋谷という都会に、その象徴たる巨大で確固としたビルは、自身の灯で月の光もかき消しながら、静かに、揺れてたたずむ。まるで、消える瞬間を待ちわびるかのように。

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