2004年12月20日月曜日

ビジネスが行き着く存在可能性とは?

 以前にこの日記で「ビジネスの世界で熱心に生きる人は、自分が関わる世界のすべてをビジネスと結びつけることを当たり前に思っているように感じる」というようなことを書いた。それからずっと、漠然と「何かこのことをうまく言い表してくれる言葉があったような気がする」と思い続けていたのだが、ようやくそれが何だかわかった。「用在性」という言葉だ。

 「用在性」というのはハイデガーが使った言葉で、「~するためのもの」という形で人間に現れてくるものの在り方を指す。例えば、CDは「音楽を聴くためのもの」だし、はさみは「何かを切るためのもの」だ。個人的にはJavaでいうところのインターフェースのような感じと理解している(わからんって?)。対して「客在性」というものの在り方があるが、こちらに照らせばCDは「直径 12cm、厚さ 1.2mm のポリカーボネート樹脂製の円盤で、アルミニウムの膜が張ってあり・・・」となる。まぁ何となくイメージはつかめるかと思う。ハイデガーは我々が普段ものを意識する方法はその「用在性」についてであり、「客体性」は本質的には「用在性」の欠如により現れるという。が、まぁ今はハイデガー論ではないのでそれ以上深くは追求しない。

 もう一つ、ハイデガーの「道具連関」という言葉について簡単に説明しておきたい。これは文字通り用在性を持つものの連関を意味する。例えばCDは「音楽を聴くためのもの」であるが、音楽を聴くためにはCDプレーヤという「CDを再生するためのもの」やスピーカという「音を出すためのもの」が必要だ。贅沢な立場ならばオーディオルームなんていう「音楽を聴くための場所」まであるかもしれない。音楽を聴くためにはそういった用在性の連関が必要になるし生じて来る。それが「道具連関」だ。ここでは「ある目的を満たすための用在性の連関」程度に理解しておいてもらって問題はない。繰り返すように、これはハイデガー論ではないのだから。

 話は戻って、冒頭で述べたようなビジネスに熱心な人達に取っては、世界のあらゆるものは「ビジネスをするためのもの」という用在性で満ちているのだなと感じる。普段の仕事も(まぁこれは当然だが)、公私問わず新たな人との出会いも、ニュースや新聞をチェックしたり本を読んだりすることも、ひいては街を歩くことや眠ることさえも。そういった全てが「ビジネスをするためのもの」という用在性を持っていて、世界が「ビジネスをする」という道具連関を持っている。そのように感じる。まぁでもそこまではいい。ここまでは以前に日記で書いたことをハイデガーの言葉を借りて言い直しただけだ。今回問い直したいのは、その「ビジネスをする」という道具連関が、一体どのような欲望、可能性に結びついているのかということだ。

 ハイデガーは用在性-道具連関とつながってきた道は最終的に「現存在の何らかの可能性」に最終項として連絡すると説く。先の「音楽を聴く」という例でいくならば、「音楽を聴きたいという」欲望は、一体どこから来るのか。「くつろぎたい」のか、「癒されたい」のか、「高揚感を味わいたい」のか。いずれにせよ、それは何らかの「可能性」である。では、ビジネスは最終的に何の可能性に結びつくのか。接するものすべてに「ビジネスをするためのもの」という配視を与えて、ビジネスのための道具連関を作り上げるのはどういった可能性からなのか。何を求める欲望からなのか。「金を稼ぎたい」のか。では金を稼いでどうしたいのか。「楽をしたい」のか、「世間から認められたい」のか、「豪華な生活がしたい」のか。どうだろう?今ひとつ、私には見えない。

 ハイデガーはこの自分の存在可能性かを明確につかみきれておらず、共存在(共同体くらいの意味)と仕事の正否にばかりかまけている状態を「死を隠蔽している」ものだとし、それは存在の非本来性であり、頽落であるという。なるほど、ビジネスというものに存在可能性を見出せず、それでも日々共存在と仕事の正否にかまけてばかりいる私はまさに頽落の典型というわけだ。頽落。半分は負け惜しみなのかもしれないが、ビジネスの道具連関が最終的につながる欲望なり存在可能性なりを明確に把握できている人間は、一体どのくらいいるのだろうか。世界中がビジネスのための道具連関で満ちている人達には、それが見えているのだろうか。

 私たちはふつう、既成的了解のうちで存在の可能性を見出す。つまり、世間で価値あるとされていることを、やっぱりやろうとする。別にそれが悪いわけではない。ただ、それをすることで自分が得ようとしていることに無自覚なだけだ。


 人間は自分の生存の孤独に耐え得ないからこそ、なんらかの理念や、世間で通用する価値観に身を任そうとするのだ。

『実存からの冒険』西 研著, ちくま学芸文庫より

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