2005年9月28日水曜日

フォルクローレメドレー編曲完了

 以前に日記でさらっと書いてからまったく音沙汰なしで早二ヶ月半。きっと大半の人がそんなことを忘れているかまたは編曲しているなんて思っていなかったのでしょうが、どっこいしっかりやっておりましたフォルクローレメドレー。今年の衣笠定演の有志合奏用の編曲です。今回はMIDIを上げておくので、興味のある方はどうぞ御試聴ください。『花祭り』に始まり『灰色の瞳』、『サンフランシスコへの道』とつなぐフォルクローレメドレー。今回はAlt、Prim1、Prim2、そしてC.Bassの編成で編曲してみました。本当はパート毎にトラック変えてパン振って音量調節しないといけないのですが、それをやってないので至極聴きにくいMIDIになってます(苦笑)。コードの音がでかすぎるし、違うパートで同じ音があるとぶつかって消えてるし。まぁそもそも曲想をまるでつけてないしトレモロもブラッシングもMIDIでは再現していないので、参考程度にお聴きください。


 とりあえず今回は『花祭り』の編曲に苦労しました。学生時代、独奏では『花祭り』を得意中の得意としていた私ですが、実はあの独奏用の編曲ってあまりフォルクローレっぽくないんですよね(苦笑)。で、まず自分の頭の中の『花祭り』のイメージを壊して合奏に変えるのに手間取った。またあの曲、ネイティブのバンドでも最初から勢いよく飛ばしたり、あるいはゆったりやまびこのように問いかけるように聴かせたり、暖かくほのぼのとした雰囲気に変えてみたりとバンドによって全然色合いの違う曲調にしちゃうから尚更タチが悪い。結局『灰色の瞳』と『サンフランシスコへの道』だけ先に仕上げて譜面送って、後でゆっくり『花祭り』を考えてました。んー、まぁ、ちょっとPrim2に小技を求めた編曲になってしまいましたがあれはあれなりに『花祭り』できてるんじゃないでしょうか。

 これまではクラシックやポピュラーの編曲ばかりだったので、基本的に基となり参考となる譜面がある状態での編曲でしたが、今回はあるのは音源のみ、聴いて音取って編曲という初の試み。んー、さすがにちょっと苦労はしましたが結構楽しくやれました。何事もやってみるものです。

 今回の編曲は何よりコンバスが楽しそう。自分で弾くんだったら迷わずコンバスを選びます。そしてエスプラナードフェスタの時のように一人で爆音で鳴らしまくることでしょう(?)。特に『灰色の瞳』はベース兼カウンターメロディみたいな感じで、全体のリズムを支えつつでも自分も歌うベースが弾くにはかなり楽しそうです。そして『サンフランシスコへの道』でかっ飛ばす、と(笑)。逆に疲れるのはPrim2。ひたすらコードですが、特に『花祭り』はブラッシング等で右手首や指を柔軟に使わないといけないし、『サンフランシスコへの道』はテンポが速いのでとにかく体力勝負。鬼門です。

 後はこれにどんなパーカションがついて、どんな聴かせ方をしてくれるのか。凄く楽しみです。とはいっても今年の定演は11/29(火)。東京から出て行くにはあまりにきつい日程なのでおそらく観に行くことができないのが残念です。誰か私の代わりに聴きにいってあげてください。それでは参加する有志の皆さん、合奏を楽しんで頑張ってください。

WILLCOM新機種発表

 とうとうWILLCOMが新機種を発表してくれました。世間を震撼させたOpera搭載の通称"京ポン"から一年以上。敢えてそちらに乗り換えずに電波の受信が弱くてすぐブチブチ切れたりメーラの仕様が凄く狭い領域しかカバーできてなくて国外からのメールやちょっとおかしなエンコードのメールを受け取るとまったく解釈せずに文字化けしたり、変換や操作性が恐ろしく悪かったりする日本無線製のAir H" Phoneで耐え続けて二年以上。やっと待望の新ラインアップが登場です。この新機種達を見る限り、やっと一時期随分と水をあけられてしまった感がある携帯とPHSの機能差(性能差とは違う)も埋まりつつあるようです。データ通信に強いPHSの利点を生かして、フルブラウザやWord/EXCEL/PDF等が読めるビューワ、ないしは強固なセキュリティを売りにしていくのはPHSとしては正しい売り方ではないでしょうか。今となっては企業ユーザーが大半のPHS、仕事で使うのに便利な定額で高速なデータ通信のみならず、そういった汎用ビューワが搭載されることを魅力に感じるビジネスユーザーは多いことでしょう。ま、私はあくまでプライベートユースなわけですが。

 さーて、どれに換えましょうか。日本無線はこれまで泣かされてきたのでとりあえず置いておくとして(個人ユースで指紋認証とかいらないし)、すると310シリーズでは京セラのWX310KかSANYOのWX310SA。どちらもDDIポケット時代からの実績を持つメーカーなので安心感があります。機能的なポイントとしては京セラは名機"京ポン"に引き続いてこちらでもOperaをブラウザとして使用し、SANYOと日本無線はモバイル端末やポケットPCで多くの実績を持つNetFrontを採用した点。んー、Operaは確かにいいブラウザですが、個人的にはNetFrontも結構信用してるんですよねー。何しろ元々モバイル用のブラウザですから、無理矢理小さなモバイルに詰め込まれたOperaと違って少ないパワーで効率的に動く分には定評がある。でも京セラはオプションでFlashが見える。でもでもSANYOは恐ろしいことにFlashは見えないけどJavaが見える(いらねーよ!)。うーん、まーでも、ブラウザはどっちでもいいですね(爆)。そもそもPHSでそんな頑張ってネット見ないし。

 後はデザイン。好みとしてはSANYOのProgressive Red。カッコいい。連続通話時間もSANYOが長いし、こっちですかねー。ただ京セラは伝統的に電波の受信が凄まじく強いのが魅力。PHSでは並んで東芝も強かったけど、東芝は今回参戦してないので残念。往年の名機Mega Carrotsが懐かしい。

 最後のポイントとしてMacとの親和性。やっぱりできればPower Bookでモバイルしたいですからね。現時点ではWin/MacともどのOSに対応しているのかという情報はまだ出ておりません。京ポンでは力の限りMacを無視してくれた京セラは、今回対応してくれるのでしょうか。そして現時点での本命SANYOの対応は如何に?前回可能な限りMacに対応してくれた日本無線、ここでの奇跡の逆転はあるのか?ちなみに私が敢えて京ポンに乗り換えずにAH-J3002Vを使い続けたのはMacでつながるからなのです。京ポンも一応非公式にはネットで有志が開発したドライバーを使ってMacでもつながるらしいのですが。

 ・・・まさかどこもMacに対応しないなんてことはないよな・・・。いや、ありえるかな・・・。

2005年9月26日月曜日

休養

 とりあえず今回の三連休は(一日出社したものの)ゆっくり休養を取ることができた。せいぜい本を読むくらいしかしない生活。公共料金を払って、買い物をして、整体に行った。台風は来ていたけれどのんびりしたものだ。この日記もあまり根詰めて書かないようにと意識的に放棄してみた。まぁ、たまにはよい。うとうとと日曜の夕にまどろみながら、ふと夢心地の中思い出す。「・・・ああ、部屋の掃除しないとなぁ・・・」。結局、荒れ果てたままだ。

2005年9月23日金曜日

眠れない

 とりあえず、NHKに「キサマは俺を殺す気か!?」と言いたい。今日は連日の無理がたたって、元々体が強い方ではない私は朝から異常な体のだるさと吐き気に襲われ、目覚めた場所が名古屋のホテルでなかったら絶対会社休んでる程の体調不良に見舞われて、必死で(意外と)滅多に使わない栄養ドリンクをキメて仕事を終わらせて23時くらいに帰宅しました。

 その後風呂に入って、一仕事終えた充実感でウィスキーなど飲みながら過ごしているとふと既に午前3時。何気なく付けていたTVからはケーナの響きが聴こえています。そう、NHKの"民族音楽紀行"です。今日は幸か不幸かチリ・ペルー・ボリビア、つまりはフォルクローレの本場がテーマのようです。

 ・・・それに気付いてしまったらいくら疲れていても眠るわけにはいかないじゃないですか。まして最初の一音を聴いてしまったら。もう、限界ギリギリのラインで必死に目を開けて、有名どころでは『コンドルは飛んでいく』や『太陽の乙女達』といったようなフォルクローレの演奏に聴き入ってました。いやー、あの音楽はいいですよ。

2005年9月21日水曜日

出陣

 とりあえず明日からまた一泊で名古屋出張。今回のこのとことんまで睡眠時間を削ってくれる案件に確実に明日・明後日でケリを付けるべく、無駄に闘志だけは燃やしております。当初の目論見通り愛知万博とともにフィナーレを迎えてみせましょう!

2005年9月20日火曜日

三タテ、久々に

 この三連休は久々に三日とも朝から晩まで完全に出社して仕事をしていた。俗にいう"三タテ"だ。半期末はやはり何だかんだで忙しい。次の三連休はせめて二日くらい休めるといいなぁ・・・。

2005年9月14日水曜日

徒労、果てしなく

 横浜市では古紙の回収は月一回です。つまり、ジャンプやマガジン等の雑誌を出す機会が月一回ということです。それはこの4月から変わったルールなのです。明日、その月の二回目の水曜日はその古紙が出せる日。ここ数ヶ月ジャンプやマガジンを貯め込み過ぎて部屋が飽和状態になっていた私は、あまりの眠気で仕事を放棄して帰ってきたにも関わらず横浜市の規定通りにビニ紐で雑誌をまとめて古紙を出す準備に取りかかりました。何しろ量が量です。今晩のうちに出しておかなければとても明日の朝に出し切れるレベルではありません。私はせっせとゴミ出しの準備に取りかかりました。

 いざまとめてみてビックリしましたが、私が部屋に貯め込んだ雑誌類はヒザの高さで一まとまりの山を作って実に四山!しかもそれでもまだ全部ではなく、もう一山くらいできそうな雑誌が部屋に転がっています。「貯め過ぎたな」と思いつつ、ゴミ捨て場まで両手に一山ずつもって運んでいきます。ゴミ捨て場はウチの上の門の前。私の部屋から行くには階段を一階から三階まで昇って、さらに門まで35度程(推定)の坂を10mくらい登らなければなりません。それをヒザの高さまである雑誌の束を両手に持って二往復。ハッキリ言って重いです。メチャクチャ疲れます。湿度が高くて蒸し暑いせいもあって、かなり汗だくになってしまいました。

 とはいえ雑誌は全部出し終わり、後は段ボールを出して作業終了というところで、段ボールは量も少なくて軽いので私は一旦入浴することにしました。そして風呂上がりに段ボールを持って再びゴミ捨て場に行きます。そしてトンッと段ボールを置いてふとゴミ捨て場に張ってある収集日を示すシールに目をやりました。すると・・・、

古紙:各月二回目の金曜日

 「・・・あれ?古紙って各月二回目の水曜日じゃなかったっけ?」と思いつつ、もう一度収集日を示すシールに目を向けます。やはり・・・、

古紙:各月二回目の金曜日

 とりあえずそのまま無言で段ボールを持って帰り、悩んだ挙句にもう二往復して出した雑誌も持ち帰ってきました(泣)。風呂も上がったのにまた汗だくです。どんな筋トレだよ!今日はいつもより早く寝ようと思ってたのに・・・。これで金曜日(すなわち木曜の夜)にこの古紙の山を捨て忘れたらさらにたまったもんじゃありません。それだけは避けるようにしたいと思います・・・。

眠気

 何だか知らないがやたらに眠い。そんな日もあるものだ。とにかく眠くて全然仕事にならないから、諦めて今日は早く切り上げてきた。はかどらない時に無理してもいいことはない。

 ・・・にしても何でこんなに眠いかな・・・?

2005年9月11日日曜日

EXPO 2005『愛・地球博』- キッコロゴンドラ/シンガポール館/そして、帰路

 イギリス館を出てそろそろいい加減疲れきっていた私達は、ロシア館の何だか昭和を感じさせるレトロなペイントがされているパビリオンに少々の興味を抱きつつ、もはやその列に並ぶ気力がなかったので一路キッコロゴンドラに乗るためゴンドラ北駅へ向かいます。それに乗ればこのリニモからかなり離れたところにあるグローバル・コモン4から一気に入り口近くのゴンドラ南駅までワープできるはずです。ゴンドラの混み具合はまぁそこそこ。5分くらい待てば乗れる感じです。列に並んでチケットを買い、子供連れの夫婦と相乗りになる形でゴンドラに乗り込みました。

 キッコロゴンドラはそのかわいいネーミングに似合わず非常に初動速度の早いゴンドラで、扉が閉まったなと思うと一気にグンと加速してトップスピードに乗ってしまいます。それがまた結構早いのです。ゴンドラ北駅を一気に抜け出して、もう完全に夜空に変わった万博会場の上空へ。なかなか爽快です。このキッコロゴンドラは森林体験ゾーンの上を通る時間が長い関係上、前半はあまり灯のある景色が目立ちません。遠くに見える各パビリオンの灯が夜景として見えるだけで、都会の夜景程きらびやかではないのです。このゴンドラはもしかしたら夕暮れの頃に沈み行く太陽を眺めながら乗るのが一番きれいかもしれません。

 そしてゴンドラも終着に近づき、愛・地球広場の上に差しかかろうとした時です。地上が異様な雰囲気に包まれていることに気がつきました。下の愛・地球広場がギッシリと人で埋め尽くされ、ステージではライブが行われています。「誰だ?」とスクリーンに映し出される姿を見てみるとそれは南こうせつです。後で知ったことですが、この日は南こうせつがトワイライト・コンサートということでこの愛・地球広場で歌っていたのです。そしてそこに集まった観客数は3,000人。ちょっと凄い光景でした。このキッコロ・ゴンドラはまさにその会場となっている愛・地球広場の真上を通過していきます。3,000人の真上を。ざわめく3,000人の聴衆を足下に眺めながら、上からステージを見る。なかなか体験できる光景ではありません。コンサート会場の熱気と眼下に広がる3,000人の聴衆を見ながら、何だか妙に高揚感を覚えたりしました。なかなかいい風景でした。

 そしてゴンドラ南駅に着いた後は、一応企業パビリオンも回ったように見せかけておくかというコンセプトの下、トヨタ館の前で記念撮影。写真だけは残しておきました。そしてその後せっかくだから記念写真を撮ってもらおうと、撮ってくれるブースまで移動。しかしそこが最初に行ったグローバル・コモン6のさらに向こう。痛い足を引きずりつつ、夜になってまた雰囲気が変わったグローバル・ループを再び歩いていきました。そしてグローバル・コモン6に差しかかった時にあることを思い出します。そういえば連れはシンガポール館に行きたがっていたのに、最初行った時は混んでいて入らなかったのです。ここはもう一つくらい頑張って並んでおくかということで、最後にシンガポール館に入ることにしました。

 シンガポール館は、入るとまずビニール傘を渡されます。そして一つの部屋に集められ、シンガポールの暮らしや文化を紹介する映像が流れます。とりあえずそれを見ていると、数分経った頃に上からポツッ、ポツッと水が降ってきます。スコール体験です。そしてその数滴雨垂れを合図にそれは一気に勢いを増して、もの凄い土砂降りに変わります。傘を低くさして、持ち物が濡れないようにするのが精一杯。もの凄い降り方です。尋常じゃありません。これがスコールというものなんでしょうか。そして終わった後、何故か私のシャツだけがずぶ濡れになっていました(泣)。周りを見渡しても、ちょっとくらい濡れている人はいても私のように上半身の半分以上が水に濡れている人などおりません。何故私だけ濡れたのか腑に落ちないままシンガポール館の続きを見ていくわけですが、濡れたシャツが背中にくっつくともの凄く冷たかったです・・・。そしてマーライオンの前で記念写真など撮影し、シンガポール館を後にしました。

 その後無事フジフィルムのブースで記念撮影を終えたのが20時くらい。正直一日でこんなに頑張って回るとは思っていなかったので、さすがにもうクタクタです。後はもう土産を買って帰るだけということで、出口前の公式ショップに向かいます。ところが、この公式ショップがメチャクチャ混んでいるのです。店の中を移動するのも人の波をかきわけてでないといけないし、レジもディズニーランドの人気アトラクション並みの長蛇の列です。ハッキリ言って、一日の中でここが一番並びました・・・。しかもほとんどの商品は名古屋駅とかで売ってるのです。いやー、大変でした。

 しかし本当に大変なのは実はここからです。入場の際手荷物預かり所に預けたノートPCやお泊まり道具等を入れた旅行荷物を受け取って帰りのリニモに乗ろうとするわけですが、それが会場出口からホームまでずっと人が並んでるのです!「オイオイ、これじゃ乗るのに何時間かかるんだよ」と思いつつも並ぶと、万博八草方面は意外に空いていてちょっと助かりました。とはいえ超満員のすし詰めリニモに乗るのに30分弱。やっとリニモに乗れたのは21時頃でした。ただでさえ弱った足腰に重い荷物も加わり、もうここで体は悲鳴を上げて限界に達してしまいました。おかげで名古屋に向かう電車の中では立っているのも辛い程の腰痛に襲われ、混雑が解消してきた頃合いを見計らってちょっとストレッチをしてごまかしたりしながら何とかホテルまで辿り着いたとのことです。いやー、最後の土産物屋からリニモ、名古屋駅までの混雑は最低でした。

 総じてこの万博、ここまで熱を入れて日記書いていることからもわかるようにかなり楽しませてもらいました。元々は「何年か経ってから愛知万博行きたかったなーと思ってももう二度といけないからなー」という曖昧な動機で「行こう」と言い出したわけですが、いやいや行ってみたら想像以上に色々面白い。何か万博って行ってもいないのに「どうせつまらないんだろ」とか言っている方も多いのですが、そんなことはありません。かなり見所もあり、いい体験できます。是非行ってみるといいですよ。

 ・・・ただし、あの長時間の歩きと最後重い荷物を背負っての帰路で、ただでさえ最近腰痛に悩まされていた私の腰はとうとうトドメを差されてしまいましたとさ。ふふふ・・・。

2005年9月10日土曜日

EXPO 2005『愛・地球博』- タパス・バー/BBC/欧州北部

 ようやく日差しが落ち着いたグローバル・ループをグローバル・コモン2から3へと進みます。グローバル・ループには熱射病予防のためか、ところどころにアーケードのように道に屋根がかかり、そこから霧状に水が吹き出て少し涼めるところがあります。余程暑いのか、連れはそれを見つけると必ず寄っていって霧を浴びて涼みながら歩いていきます。・・・そんなに、暑かったんでしょうか。まぁいいですけど(笑)。そしてそうこうしているうちにグローバル・コモン3に辿り着きます。ここは私達のお目当てであったスペイン館の他、イタリアやドイツ、フランス、トルコにモロッコと日本人好みな欧州諸国が群れをなす地域です。自然日本人共が集まります。いやー、どこも見事に混んでる混んでる。「15分以上並ぶところには行かない」という我々のポリシーに照らすとどこにも入れません(苦笑)。とはいえ今回のお目当てはパビリオン自体ではなく外に別建てであるタパス・バーです。まだ4時半と夕飯時にはやや早いこともあって、そちらは大して混んではいません。とはいえ、我々の標的である『スターシェフメニュー』は夕方5時以降提供開始。それまでの間チュニジア館をのぞいてちょっとしたアクセサリを購入してみたり、ロボットがボールを操るパントマイムの大道芸を眺めたりして時間を潰します。そして時は5時前。さぁ、スペイン館タパス・バーです。

 とりあえず今回の目的である『スターシェフメニュー』の説明をいたしますと、スペインの三ツ星シェフを含む超有名シェフ13人が作った料理を一品ずつ食べられるというもの。お値段も3,500円と比較的お手頃で、スペインで彼らの料理をこれだけの安価で食べられることはまずないとか。5時前に並んだ我々は、ほとんど待つことなく席を確保し、この料理をオーダーすることに成功しました。何にせよ、まずはどんな料理かご覧いただきましょう。

スターシェフメニュー

写真のNo. シェフの名前 所属レストラン、 下段 お料理の名前
1. ToxJ倆 PxJ薗ez (Atrio)
Bolsitas Crujientes de Gambas y Puerro えびとねぎのパリパリの包み袋
2. Juan Mari Arzak (Arzak 3ッ☆)
Mejillones con Cortezas ムール貝と豚皮のチップ
3. Joan Roca (El Celler de Can Roca)
Terrina de Sardinas y Piquillo, Caramelo de Aceitunas Negras
いわしとピキーリョピーマンのテリーヌ、ブラックオリーブのカラメル
4. Oscar Velasco (Sant Celoni)
Sofrito de Tomate y Cebolla con Apio Nabo Crujiente
トマトとたまねぎの炒めもの、カリカリのセロリ大根添え
5. FerrxJ℃ AdrixJ・ (El Bulli エルブジ)
 Bocadillo Ibelico イベリコハムのサンドイッチ
6. MartxJ錘 Berasategui (MartxJ錘 Berasategui)
Mejillones para Picas ムール貝のおつまみ
7. Andoni Luis Aduriz (El Mugaritz)
 Tostas Gratinadas de Queso チーズのグラティネトースト
8. Santi SantamarxJ吹 (El Raco de Can Fabes)
Toffee トフィー(デザート)
9. Hilario Arbelaitz (Zuberoa)
Txipiron Cuisado ほたるいかの煮込み
10.Pedro Subijana (Akelarre)
Irlandes de Lentejas y Sisas レンズ豆とシサス(春きのこ)のイルランデス
11.Josep Barahona (L'estudi)
BuxJ偈elos de bacalao con Crema Romesco 鱈のフリット ロメスコソース
12.Carme Ruscalleda (Sant Pau)
Montadito de Anchoa アンチョビーのオープンサンド
13.Manuel de la Osa (Las Rejas)
Pisto de Feria con Magro de Cerdo 豚の背肉のピスト デ フェリア

 これがまたおいしかったのです。ほら、見るからにおいしそうでしょう?料理のおいしさをうまく言葉にする術を知らないのが悔しいのですが、本当においしい。特に6のムール貝のおつまみや10のレンズ豆とシサス(春きのこ)のイルランデスなどまさに絶品。連れ曰く「生きててよかったって思った」というこの料理は、普段"食"に対して強い執着をほとんど抱かない私ですらこれは凄いなと思わせるくらい素晴らしいものでした。これほどの料理には本当になかなかお目にかかれません。おそるべし、スペインのスターシェフ達。そしてその料理をシェリー酒でいただいて(スペインならワインかシェリーだなと思い、ワインは気分じゃなかったのでシェリーにした)、ちょっと早めの夕飯を済ませて心身共に栄養補給をしたのでした。なるほど、おいしい料理は人を幸せにします。皆さんも万博に行くならこの『スターシェフメニュー』は絶対お薦めです。是非食べてみましょう。

 そして幸福な余韻を愉しみつつ、またグローバルループに出て腹ごなしもかねてグローバル・コモン4の方に歩いていきます。途中ベンチに腰を下ろしてチュッパチャップスをなめながら万博会場に沈んでいく夕陽を眺めたりしながら、それでも平和に進んでいました。そう、あの時までは。

 万博には当然のことながら外国の人もたくさん来ています。たとえ目の前をいかついTVカメラを抱えた数人の白人が自分に向かって歩いて来たとしても、別にそれは珍しいことではありません。そう、話しかけられるまでは。

「Can you speak English?」
「A little」

 この中学生の英会話のようなやり取りで始まった出来事は、その後しばらく私の頭を悩ませてくれることになります。聞けば彼らは英国BBCのTV取材チーム。私にインタビューに答えてくれないかと言います。まぁ聞き取りやすいきれいな英語を話す人達でしたので、これならそれ程苦労はするまいと私はインタビューに応じました。すると、インタビュアーの人は両腕を広げて気持ち前屈みになりながら、力強く私にこう質問しました。

「How do you think about Japanese technology?」

 ・・・ん?一瞬、思考が固まりました。「はう どぅー ゆー すぃんく ばうと じゃぱにーずてくのろじー」。・・・私は何を答えればいいのでしょう。返答に窮した私はとりあえず「技術そのものはいいんじゃないでしょうか」みたいな返答をした後、彼らの出方を見ます。聞くと、どうやらトヨタの企業パビリオンで出ているロボットなんかのテクノロジーについてどう思うか聞きたいらしいのです。・・・はっきり言ってわかりません。だって見てないし(爆)。こっちゃ企業でなくて国ばかり回ってるのです。だってこれは"万国博覧会"だろ!? メインは国だろ!? なので私は「さっきロボットのパントマイムは見てきたけど、トヨタのロボットは見てないっすよ」と答えたら、インタビュアーもカメラマンも笑って「OK」と取材を切り上げてくれました。・・・しかしですね、今でも思うのです。彼らの最初の質問である「How do you think about Japanese technology?」。これに私は果たしてどう答えるべきだったのでしょうか?謎は深まるばかりです。

 そのいきなり英国BBCからインタビューを受けるという珍事の後、気を取り直してグローバル・コモン4に辿り着きます。ここでは北欧共同館や私の残りもう一つのお目当てであるアイルランド館なんかを見て回ったわけです。アイルランド館はケルト紋様が神秘的なハイ・クロスを間近で見れて記念撮影をできたのはよかったのですが、肝心の音楽の展示がごく小さい一角のみだったのが残念。フィドルやバグパイプといった、私の期待を膨らませる楽器達の展示はあったものの音楽そのものの演奏はなし。非常に残念です。アイルランド土着のケルト文化から引き継がれた神秘的で瞑想的な一面と、酒場で踊りながら奏でられる陽気で躍動的な一面。アイルランドの音楽はその複雑で痛みに満ちた歴史を象徴するかのように両極端な個性と様々な色を見せてくれます。是非、その生演奏を聴きたかったのですが。

 イギリス館はさながら小さな自然科学博物館といった趣で、昆虫や植物の生態を模した様々な科学技術や、英国風庭園の中にちりばめられた気鋭の芸術家達の作品が英国らしい気品を感じさせる仕上がりでした。科学好きの子供だったらきっとたまらないことでしょう。きっと小学生の頃の私だったら数時間居着いたに違いありません。なかなか悪くはなかったです。

 この時点で大体もう時間は18時半。もう日も暮れて完全にではないにせよ暗くなっていましたし、さすがに足も疲れてガタガタです。そろそろ帰りの方に向かおうかということで、我々はキッコロゴンドラに乗って出発地点近くまで一気に戻ることにしました。

続く(次回はキッコロゴンドラ/シンガポール館/万博からの帰路の予定です)

2005年9月7日水曜日

200km/hのThe Great Escape

 シリーズ万博は一回お休みで、ちょっと今日の出来事を。この前は万博で台風に向かって名古屋に行っていましたが、昨日今日と今度は仕事で名古屋に行っていました。いい加減名古屋の街を歩くのも手慣れたものになってきました。さて、今回は一泊して納品及び導入教育だったわけですが、それらが終わったのが午後4時半。この前は台風と行き違う形で名古屋に向かいましたが、今度は後ろから台風が追いかけて来ています(爆)。客先を出た時いい加減風も強くなってきていたので、私は「こりゃ新幹線止まらんうちに寄り道しないで帰ったがいいな」と、一路名古屋駅へ向かいました。

 客先から名古屋駅までは結構遠く、一時間弱ほどかかります。電車の窓越しに見ても明らかに少しずつ強くなっている風に気をもみながら名古屋に着いたのは5時半前。まだ新幹線は動いているようです。「とっとと帰ろう」。そう思った私は一旦改札を出ることすらせずに一路新幹線乗換口へ。20分後くらいの指定席を予約して新幹線ホームへ向かいます。どうやらまだ無事に新幹線は動いているようです。そして会社に一本電話を入れて一息つきます。さて、後は新幹線が来るのを待つだけだ、と。その時です、何やらあやしいアナウンスが私の耳に飛び込んできました。

「ご迷惑をおかけしております。のぞみ○×号東京行、台風14号のため現在岡山で運転を見合わせております。ご利用のお客様には・・・」

 最初は「ああ、岡山の方はもう暴風域なんだ。やっぱ早く帰らないとな」と軽く流していました。しかし少しして冷静に考えてみると今アナウンスがあったのぞみ○×号、それって俺が乗る電車です。・・・止まってるじゃん(泣)。台風の影響で新幹線は東京~新大阪間のみの運転で、それより西はすべて運転見合わせとのこと。なるほど、新大阪始発ののぞみは来るけど博多始発とかは来ないと、そういうわけです。よりによって来ない電車の指定を取ってしまうとはと自分の運のなさを嘆きつつ、仕方なしに駅員に指定の変更を申し入れます。みどりの窓口に行って指定変更してくれとのことなので行ってみると、・・・メチャクチャ並んでます。しかも皆殺気立ってます。私の後ろに並んでたおっちゃんなど「手際悪いよ、駅員」とか「何してんだよアイツ、グダグダ言ってねーで早く買えよ」とかえらい切れてます。そんな中20分程並び、どうにかまだ動いている指定をゲット。どうにかこうにか新横浜に帰ってきました。台風で新幹線が止まってしまう前に逃げ切らなくてはいけませんでした。30km/hの台風から、200km/hの新幹線で大脱走です。・・・かなり危ないところでした。

2005年9月3日土曜日

EXPO 2005『愛・地球博』- 皇太子/アルゼンチン館/アンデス共同館

 午前中にオーストラリアと東南アジア・南太平洋周りのパビリオンをおおまかに制覇した後、自転車タクシーに乗ってグローバル・コモン1まで行って(自転車タクシーはそこまでしか行かないのです。タクシーのくせに定路巡航)、そこから歩いてグローバル・コモン2へ。お目当てはアルゼンチン館とアンデス共同館。私のリクエストです。まぁせっかくアルゼンチンやアンデスがパビリオンを出しているというのであれば、アルゼンチンタンゴとフォルクローレを目当てに行かないわけにはいきますまい。さーて、どんな感じかな、と楽しみにグローバル・コモン2に辿り着いたのは15時前くらいでした。そして入り口の各パビリオンの混雑状況が見れるボードで混み具合を確認。すると、なんとあろうことかアルゼンチン館とアンデス共同館は「閉鎖」とかなっています。それぞれ15時と15時半まで。「なんてこったい、なんでだよ」と情報を整理してみると、なんと今それらのパビリオンを皇太子が観に来ていて、そのため一般人は入館禁止とのこと。・・・皇太子かよ!そういえばやたらと警備員も多いし、今皇太子が中に入っているアンデス共同館の前にはなかなかの人だかりができています。「だから俺もそこに行きたいんだって!」と心の中で叫んでみるも、皇太子にケンカ売ったところで周りのSPにあっという間に制圧されるのは目に見えているので(苦笑)、仕方なくキューバ館とかを適当に眺めながら時が経つのを待っていました。

 そしてしばらく時間を潰し、「そろそろかな」とアンデス共同館の前まで行きます。すると、ものものしい警備の周囲に文字通り黒山の人だかり。といってもトヨタやヒタチのパビリオンに並ぶ人程多くはありませんでしたが、それでもそこより狭いスペースに結構な数の人がいます。周囲の会話を盗み聞きすると、もう皇太子が出てくるとのこと。「ほう、出てくるのか」と、それならついでに皇太子をこの目で見ておくのも悪くはないなというコンセプトの下、私も人ごみの中に加わってきました。そして待つこと10分弱。アンデス共同館より皇太子が出てきました。なんかパビリオンの責任者みたいな人と握手してます。たまにTVで見るあの笑顔です。群衆の方に向き直り、背筋を伸ばして右腕を上げ手首を曲げずに肘から先のみで控えめに手を振るおなじみのあの仕草で人だかりに応えます。姿勢がいいです。姿勢がいいです。人に決して不快感を与えることはなく、かといって下手に出るようなそぶりも見せないあの独特の表情。きっと研究しているんでしょう。大したものです。皇族というイメージを守るのも大変です。数分程、大衆の前に姿を見せた後、彼はパビリオンの裏に停めてあった専用車に乗って去っていきました。う~ん、皇族っていい身分のような気もしますが、生まれたときから死ぬときまでずっとあんな感じでイメージ守りながら過ごすのはかなり大変だろうなと思いましたよ。特に今の日本だとなおさらでしょう。プレッシャー、あるんでしょう、きっと。そんなことを思いましたとさ。

 そしてやっとオープンしたアルゼンチン館とアンデス共同館です。アルゼンチン・タンゴは行ったタイミングが悪く上演を観ることができず、おそらくその上演に全精力を注ぎ込んだのであろうパビリオンはそれ以外に観るところも特になく(泣)、仕方なしにアルゼンチン観光局の絶景のポスターを数枚もらって帰ってきました。なんか全体的にこのグローバル・コモン2のパビリオンって他と比べてスペースが狭いんですよね。アンデスもそんなのなのかなと不安に思いながら、次はいよいよアンデス共同館です。

 アンデス共同館は海中から山の頂上まで、薄暗い廊下を上りながら壁に展示されたアンデスのたくましい自然の写真を眺めてアンデスの自然に触れるというコンセプト。写真は美しいですしたまに変な動物がいたりして面白いのですが、私の目的はそこじゃありません。音楽です。「ん~、音楽は展示ないのかなぁ・・・」とちょっとガッカリしつつ、山の頂上に当たる廊下の踊り場を曲がって次の部屋に入ります。そこはペルーやエクアドルの文化を展示した小部屋になっていました。そこに入って少しして、突然大音量で音楽が流れ始めます。曲名はわかりませんが、高らかに鳴り響くケーナにチャランゴ、ボンゴといった独特の楽器達。ラテンの情熱を引き継いだ熱いリズムと、高山の薄く澄んだ空気を思わせる音色に旋律。間違いなくフォルクローレです。エクアドルの小さなブースにいた女の人(明らかに日本人)が音楽に合わせて手を打ち踊り始めました。どう見てもダンサーではない、タキシードを着たブースの案内役みたいな人です。仕事そっちのけかよ(笑)。スピーカーから流れてくる大音量の音楽に、「音楽の展示はなくともまぁこれはこれでよしとするか」と溜飲を下ろして次の部屋に行きます。すると・・・、

 なんと、部屋に入ってすぐ左手奥にステージがあり、そこで生演奏が行われています。さっきからスピーカーから聴こえていたのはこの生演奏の音だったのです。しかもステージ上にいるのは間違いない、あのSISAYではないですか!SISAYはメンバー全員がエクアドルのネイティブ・アメリカンという生粋のエクアドル民族音楽バンドで、学生時代に京都駅の大階段で演奏しているのにたまたま出くわし、その際にあまりに演奏が素晴らしかったので思わずその場で一枚CDを所望してしまったという私にとって曰く付きのバンドです。まさか愛知万博で再会できるとは思っていませんでした。また相変わらず演奏が熱い。1983年にエクアドルで結成されたこのバンドは、現在は当時のメンバーの息子達でバンドが構成されています。「聴くものの心に平和と調和をもたらし、共に分かち合うことができたらどんなに素晴らしいだろう」というメンバーの願いがいつか花開くようにと付けられたバンド名がSISAY(花が咲くという意味)だそうで、ネイティブ・アメリカンの誇りを大切にする彼らは、本当にエクアドルの空気がそのまま伝わってくるような、生き生きとしたリズムで高山の薄い空気の澄んだ空を飛び回るような、活気のある音楽を聴かせてくれます。自然と体が動き、耳はステージに釘付けになります。CDや民族楽器を売っているブースでは、やはり女の人(明らかに日本人)がやっぱり仕事そっちのけで踊っています。こういうパビリオンで働いてる人って何かしらその国に関係している人なんでしょうし、好きなんでしょうね、きっと。

 というわけで今回もかなり心を熱くしてくれたSISAYの演奏を堪能し、CDを二枚購入し、VTRを一本オマケにもらって、リーダー(?)のルイス・マグワイアのサインももらって、一気にテンションを上げてアンデス共同館を後にしました。皆さんも万博に訪れたら是非寄ってみてください。15分演奏、10分休憩おきくらいのペースでSISAYはライブやってるみたいなので。素晴らしい音楽を体験できることでしょう。

 そして私のリクエストである2つのパビリオンを制覇した後は、今度は連れのリクエストであるスペイン館のタパス・バーで食事をするため、グローバル・コモン3へ。グローバル・コモン2から3へ移動するには、グローバル・ループを結構長いこと歩かないといけません。ちょうど時間は4時過ぎくらい。やっと暑さも少し収まり、歩きやすくなって来たグローバル・ループをお散歩がてら歩いていきました。

続く(次回は意外なイベント2/大道芸/スターシェフメニューの予定です)