2008年10月22日水曜日

エサ=ペッカ・サロネン指揮『火の鳥』@サントリーホール

 今日はエサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックのコンサートを聴きにサントリーホールに行ってきました。元々このコンサート、5月にウィーン・フォルクスオーパーが演る喜歌劇『こうもり』を観に行った際、大量にもらったチラシの中から選別したもの。ストラヴィンスキーを振らせたら当代随一の呼び声高いエサ=ペッカ・サロネンが20年間率いた手兵ロサンゼルス・フィルを従えての同フィル音楽監督勇退前の最後の来日とくれば、それは当然なかなか興味をそそります。サロネンはストラヴィンスキーの『春の祭典』のCDを持っているのですが、それもいい演奏でしたし、同日の演目の中にファリャの『恋は魔術師』が入っていたこともあり、私は今日のコンサートのチケットを取ることにしたのです。それと一番の理由は、複雑なリズムと多様な色彩感が演奏するオーケストラと指揮者にとって非常に難易度が高いストラヴィンスキーの曲を、それを演奏したら当代随一と呼ばれる指揮者がどのようにタクトを振るのか実際に生で見てみたいと、そういう思いもありました。

 まず、本日の演目は以下の通り。

 ファリャ: 恋は魔術師より 恐怖の踊り/愛の戯れの踊り/火祭りの踊り
 ラヴェル: バレエ音楽『マ・メール・ロワ』
 ストラヴィンスキー: バレエ音楽『火の鳥』全曲版(1910年)

 まずはファリャの『恋は魔術師』。『火祭りの踊り』を始めとして何曲かはギター編曲版としても親しみがあるこの曲、いきなりよかったのです。サロネンはCDで聴いた比較的クールな印象とは違い、結構熱い指揮を振ります。タクトを持たずに徒手空拳で指揮をする彼は、全身を使って指揮をしますが、それ以上に指先を使っても指揮をします。時にその指の細かい表情が、曲の微妙なニュアンスをオーケストラに伝えていたように思います。ファリャのこの随所にスペイン風な情緒と情熱が見え隠れする名曲を、オーケストラの魅力をフルに発揮して聴かせてくれました。

 『マ・メール・ロワ』は実は個人的に特に好きな曲ではないのですが(ラヴェルやドビュッシーはどうも苦手)、この曲では各パートのソリストが魅せてくれました。特によかったのが2ndバイオリンの女性ソリスト。恐らくKristine Hedwall。この曲では第一バイオリンのコンサートマスターよりも甘く豊穣な音色を聴かせてくれていました。この曲で第一部が終了となるのですが、その際に指揮者がソリストを紹介していった時に他の誰よりも彼女に大きな拍手が送られていた辺り、きっと皆同じように彼女のバイオリンの音色に魅せられていたのでしょう。

 そして圧巻だったのがやはり『火の鳥』。これは凄かった。本当に凄かった。最後フィニッシュを聴き終えた際、単純に「これは凄い」としか考えられなかったくらい。やはり指揮者も演奏者も完全に手の内に入れているこの曲、最初から最後までもの凄い緊張感と集中力。『火の鳥』はその曲が持つ構造的な難しさのため、指揮者は常に明晰さを保ってオーケストラ全体を統率していかなければならないわけですが、サロネンの恐ろしいところは常に冷静さと明晰さを持ってオーケストラの音色を統率し、それが下手に溶けあいすぎて雰囲気だけの演奏にならないよう曲の構造をきっちりと構築しながらも、随所に応じて非常にダイナミクスの大きな感情の波でオーケストラ全体を引っ張りもするところ。特に火の鳥の出現からカスチェイの踊り、子守歌といった流れでは昂り、激情的に指揮をする一方、取って返したように理知的に静謐に音楽を切り替える、その理性と感情の切り替えが空恐ろしくすらありました。

 しかしロサンゼルス・フィル、休憩前と後でまったく音が違う。実際休憩後『火の鳥』ではそれまでの曲より人員を多く配置して、編成自体が増強されているのである程度当然なのかもしれませんが、それにしても『火の鳥』での彼らの演奏は凄まじかった。特に前半と変わったのはコンサートマスターの第一バイオリン、Martin Chalifour。『マ・メール・ロワ』では第二バイオリンのソリストに食われ気味という印象すら受けた彼が、『火の鳥』では素晴らしい音色と扇情的ですらあるその演奏で曲全体を盛り上げているのです。そしてクライマックスに向けて大きなダイナミクスをもって突き進んでいくオーケストラの力強さと豊かな色彩感!ロサンゼルス・フィルの非常に美しい音色を持った管楽器セクション、特にフルートがたまらない。そして『火の鳥』のクライマックスで震えながら底からすべての音を絞り出せとばかりに手を振り上げるサロネンと、それに応えるロサンゼルス・フィルの奏でる音楽は、思わず背筋を伸ばして目を見開いてしまう程の圧倒的な力を持っていました。素晴らしい名演です。

 当然、演奏後の場内のテンションは凄まじく、アンコール前やアンコール中には誰も席を立ちません。大抵、何人かは帰るのですが。鳴り止まない拍手に何度も袖から出て挨拶するサロネン。ここまでは、他のコンサートにも見られる光景でした。ところが、二曲のアンコールを終えて、客電が上がって扉が開き、人が外に流れ出してもまだ拍手が止まらない。これは、私は初めての経験でした。大抵どんないいコンサートでも、客電が上がれば皆諦めて拍手を止めるのです。ところが今日は客電が上がっても拍手が続き、とうとう最後に客席が明るいまま、上着を脱いだサロネンがもう一度出てきました。それほど、私以外の人も感銘を受けた演奏だったのでしょう。私もコンサート後にサイン会をやるというので、思わず終演後に『火の鳥』のCDを所望してサインをもらってきました(爆)。

 割と軽い気持ちでチケットを取ったこのコンサート、実に素晴らしい演奏に巡り会うことができました。今日の演奏が、いつかまたCDやNHKの放送で聴けたらいいのですが。余談ではありますが、今日会場に行くまで、私は今日のメインプログラムはずっと『春の祭典』だと思っていました。会場でプログラムもらって開いてみて、「あれ、火の鳥?」と思ってそこで初めて自分の間違いに気付いたとのことです。

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