2011年8月21日日曜日

キース・ジャレット ソロコンサート@2005年 池袋 芸術劇場

 随分昔の話になるが、池袋の芸術劇場にキース・ジャレットのコンサートを観に行った。当時は仕事が忙しい時期で、半ば無理やり客先での仕事を切り上げ直帰して、そのままコンサート会場で友人と落ち合い、開演まで時間もあまりない中、とりあえず二人でビール一杯一気してから客席に向かった記憶がある。



 会場の中に入ってみると、予想だにしなかった一種物々しい空気が漂っていた。その前回のコンサートで聴衆がよほどやかましくてキースがキレたらしく、会場中に「キースの即興演奏は極度の集中力を要します。演奏中は皆さんどうかお静かに」的な張り紙がしてある。アナウンスでも同様のメッセージを執拗に繰り返す。
 そんな状況だからキースがステージに出てからの客席は物音一つ立てないように超緊張状態。曲の合間に咳をすることも許されないような厳戒態勢だった。曲が終わったら拍手は盛大に鳴る。でもその拍手がピタリと止むと、あとは固唾を飲んでシーン、と静まりかえる。例えは悪いかもしれないが、塹壕の中で爆撃が過ぎるのを待つような緊張感。そんな中、何曲目かでとうとう拍手の合間に咳が聞こえると、キースは立ったまま笑って、「今なら、どうぞ」とジェスチャーをした。途端、会場中で急に鳴りだす咳。キースは「どうぞどうぞ」とばかりににっこり笑って、ピアノの周りをグルグル歩いて回りながら客席が静まるのを待つ。一回止まって、「まだかな?」というジェスチャーで客席の笑いをとった。そしてほどなく、また物音一つ聞こえない静寂が戻ったのを確認して、キースは椅子に座って演奏を始めた。
 その日のキースの演奏は素晴らしいものだった。すべて即興の演奏だったからタイトルなどもちろんないが、何曲目だったか、まるで飛行機から見る雲海の上をふわふわと自分の足で歩いているような、そんな映像が自然と目の前に浮かび上がった。本当に、くっきりと鮮烈な映像が。
 視覚に訴えるほど強烈な力を持った即興演奏。その音と映像のイメージに身を委ねる幸福感。演奏後の満場のスタンディングオベーション。自分が観たコンサートの中でも屈指の演奏体験を、この日のキースはさせてくれた。その後、一緒に行った友人と飲みながら熱く語ったのは言うまでもない(笑)。その彼も今はブラジルに行ってしまったが。

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