2012年11月8日木曜日

たむらぱん『wordwide』

 前作『mitaina』から9ヶ月という驚異的な短ペースでの新作となったこの『wordwide』。前作が個別の曲のクオリティとは裏腹に、何故かアルバム全体として見た場合に少し違和感を感じる内容だっただけに今回はどうか、個人的にはたむらぱんの今後の方向性を占う意味でも非常に重要なリリースになると感じていた本作。聴いてみていやいやビックリ。たむらぱんの"おもちゃ箱をひっくり返したような"キャパシティの広い音楽性と緻密なアレンジ、そしてそれを感じさせない楽しさや、あるいはこれまで感じることがなかった種類の気迫までも感じる、素晴らしい大傑作アルバムとなっていました。

 まず度肝を抜かれたのが2曲目の『おしごと』。たむらぱんのCDに初めて男声コーラスが入ってきた、クイーンばりに分厚いコーラス重ね録り。ボヘミアン・ラプソディよろしく次々に曲が展開していく壮大なアレンジのこの曲。それでいてその極度に早い展開に翻弄された後にも、オクターヴを切り替えながら歌われるサビのメロディーと歌詞がひたすら頭の中に残る、まるで呪いの歌のような音楽(笑)。一聴、思わず「なんじゃこりゃ!?」と思いました。とうとうたむらぱんもここまで来たかと。ここまで節操のない(?)展開をしておいて、それでまったく違和感がないのが凄まじい。無理矢理音楽を広げたのでなく、あくまで自然と変態を突き進むその感じ。2曲目にしていきなりのハードパンチです。

 そして次の『でんわ』。本来は2011年3月か4月にシングルでリリースされるはずだったこの曲ですが、3.11の震災後にリリースが延期(中止?)されていました。その理由を、たむらぱんはナタリーへのインタビューでこう語っています。

実はこの曲、シングル候補だったんですよ。でも、その時期に震災が起きて。「突然いなくなる」っていう感覚が全く違う方向に向いちゃう気がしてリリースしなかったんです。「電話が来た時は」「あぁ手遅れだ」って書いちゃってる自分が気持ち悪い、とも思ったし。でもそういうことって多分どこにでも起こり得ることなんですよね。そういうことを感じたりもしました。

 世界の空気に敏感だった彼女がリリースを取りやめたこの曲が、ようやくこのタイミングで聴けるようになったわけです。日常の中でのささやかなコミュニケーションとその行き違いが歌われたこの曲、最後には村上春樹の『ノルウェイの森』のエンディングを思い出しました。あれだけ待っていた電話が来たときには、もう電話の相手といるべき場所には自分はいなかったという、後悔の混じった哀しさ。それをあれだけ爽やかで耳に残るメロディーとともに歌いあげる、これもまた一回聴いたら頭の中でグルグル回る曲です。しかもこの曲、最初は基本4拍子でサビだけ3拍子なのかなと思っていたら、冷静に聴いてみるとサビもちゃんと4拍子で、Voのメロディーだけが3拍子っぽいフレージングだからポリリズムのように聞こえてるだけという、リズム遊びのたむらぱんマジック。さすがです。これだけ聴きやすいポップな曲の中に、さりげなくそんな要素を織り込んでくる。まさにプログレッシヴ・ポップ。この曲のサビ、ド○モとかa○とかにCMで使ってもらえれば一気にブレイクすると思うんだけどなー…。

 そして次の『ぼくの』がまた凄い曲なのです。これまでは比較的冷静にというか、面白いメロディーを多彩な声色で表現するというイメージがあったたむらぱんが、初めて声が掠れるほど声域いっぱいの高音を続けて、震えるような叫びを聴かせてくれています。これにはドキッとしました。そういうソウルフルなイメージがあまりなかった彼女が、一杯に声を張り上げて痛切に叫ぶのです。「ぼくをなきものにしないでよ」と。音楽は彼女にしては割と素直な名曲なのですが、その振り絞る叫びの説得力が物凄い。これは震える曲でした。曲やシーンに応じて使い分ける声のパレットと表現はたくさん持っているけれど、ストレートに訴える力は確かに少し弱いかなと思っていたたむらぱん。でもそのカラフルな歌声を聴いているとそれが不足だとは感じていなかったのですが、そこにさらにソウルフルな叫びまで加えてきました。これはかなりの新機軸です。そしてこれもまたどこまでもサビが耳に残る。印象的なメロディーを作らせたらまさに天才的な彼女ですが、ここまではその才能が凄まじいまでに炸裂してます。

 その他も歌詞が個人的に好きな『ST』、『new world』とともにシングルカットされ、伝統的たむらぱんスタイル(?)で楽しませてくれた『ヘニョリータ』等、相変わらずカラフルで様々な色合い、表情を見せてくれる楽曲達。その中でももう一つ極めて強烈なのが『直球』でした。この曲、サビだけ聴いてるとタイトルの通りストレートな8ビートギターポップかと思いきや、全体としてはとんでもない変態曲。このアルバムでは『お仕事』と双璧です。サビ以外のリズムの変化が非常に大胆かつアブノーマル。Aメロは4+3の7拍子で進んでいき、一回目のBメロは4拍子に戻ってサビの8ビートへ。そこから間奏は3+4の7拍子になってAメロはまた4+3の7拍子へ。この同じ7拍子でも内訳をAメロと間奏で変えてくる辺りが実に芸が細かい。さらに「♪ふわっふわっ」と歌ってるところなんてイマイチ何拍子かつかめないし、2回目のBメロは6/8拍子に展開して8ビートのサビに戻る。どんだけリズムで遊んでんだと(笑)。「変化球なんて使わないで直球勝負」とか歌ってる割に、音楽は全盛期の松坂のスライダー並みの勢いで鋭く変化していきます。こんな曲をサラッと聴きやすいポップなセンスでまとめてくるのが驚愕です。

 思えば前作『mitaina』は、自分としては少し違和感の残るアルバムでした。うまく言えないのですが、印象としては「メジャーを目指そうとしすぎている」感じでしょうか。楽しい音一杯、耳に残るメロディー一杯ではあるのですが、展開やアレンジが僅かに単調に感じたのです。豪華なゲスト陣を迎えてこれまで以上に華やかな音作りがされた前作の中で、その単調さ、そこがパッと聴いた際の「わかりやすさ」を目指しすぎた印象で、持ち味の意外性が僅かではあるものの損なわれていた気がしたのです。もちろん多様性はあるんです。最初の5曲『ハイガール』『ファイト』『フォーカス』『しんぱい』『白い息』はそれぞれまったく別の方向に、たむらぱんという中心から円を描くように別の方向へとそれぞれ放たれた名曲達ですが、反面曲ごとの多様性の割に曲の中での意外性は希薄だった。それが前作『mitaina』の感想でした。『やっぱり今日も空はあって』とか、ホントに素晴らしい名曲なんですけどね。

 そこへきてこの最新作『wordwide』です。実は『new world』をシングルで聴いた時には少し心配していたんです。やっぱり華やかにわかりやすさを目指した方向性で行くんだろうかと。でもこのアルバムは完全に吹っ切れたようで、たむらぱん本来の同じメロディーは同じ形では二度出てこないくらいのアレンジ・展開の多様性が見事に戻ってきました。そしてこれまで以上に耳に残る天才的なメロディメーカーぶり。よくもここまで作り込んだもんだと驚嘆するくらい、今回はすべての曲においてアレンジが緻密で単調さがまったくありません。だから全然聴き飽きもしない。

 そして『wordwide』というタイトルが示す通り、このアルバムでは言葉がとても力強く、説得力があります。これまでたむらぱんの歌詞は一部は好きなのですが全体的にはまあまあ、くらいの印象でどちらかというと器楽的に聴いていたのですが、今回は言葉の力を凄く感じます。『ぼくの』のように言葉とメロディー、歌が相まって痛切に訴えたり、『でんわ』のように文学的なストーリー性と切なさを感じたり、『ST』のように思わず自身を重ねてみたり、『知らない』のように生き方を考えさせられてみたり、これまで以上に音楽と言葉がきれいに混ざり合ってきたなと感じます。言葉にメロディーを乗せるのでもなく、その逆でもなく、言葉とメロディーがお互いに同時になくてはならないような親密感。それが言葉の説得力をさらに増していくのです。そこは凄く、いい意味で変わったなぁと。

 長々と書きましたがこのたむらぱんの最新作『wordwide』。最高傑作と呼ぶにふさわしい、音楽も言葉もこれまで以上に進化したなと心から驚嘆する一枚でした。これほどの才能は世界を見回してもなかなかいない。月末の新潟でのコンサートに行くのがもう既に待ちきれないほど楽しみです。

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