2008年7月22日火曜日

一泊二日、湯河原にて

 この三連休、後半二日間で湯河原温泉に旅行に行ってきた。構成人員は私と妻と娘と、私の両親、そして祖母である。娘から見たら私の祖母は曾祖母。実に4代にわたる壮大な(?)家族旅行である。今回は比較的近場で、しかも温泉で療養もできる湯河原温泉にしようということで、急遽三連休の前の一週間で計画を練って、ある程度行き当たりばったりに、「とりあえず出かけてしまえば何とかなる」くらいの勢いで旅行に出た。

 一日目、新潟から来る両親と祖母と新横浜の新幹線内で合流し、湯河原の途中、小田原で一旦降りる。小田原城址公園を軽く散歩し、天守閣広場の木陰で涼しい風に吹かれながらかき氷を食べ、天守閣に登っていきます。相模湾を一望する眺めと気持ちいい風に癒されて、そばを食べて一路湯河原へ。奥湯河原にある清巒荘という旅館は、少々風呂の構造に難はあるものの、やはり温泉は気持ちよく、それ以上に料理がおいしく、昼間は何かとご機嫌斜めだった娘も夕飯後は絶好調で、6人一部屋の大部屋で夜は更けていきました。

 二日目は観光タクシーに乗って名所巡り。海岸線を走り、貴船神社で海の神輿を見て(京都・鞍馬にも同名の神社があるが、関係は不明)、三ツ石の海岸線を眺め、中川一政美術館にも急遽寄って、湯河原~真鶴を堪能して帰ってきました。しかし観光タクシーとはいいものです。もちろん移動も楽ですが、大して下調べをしていなくてもちゃんと素晴らしいスポット(それは時に穴場含む)を案内してくれます。三ツ石の海岸沿いの休憩所も、中川一政美術館も、非常に素晴らしかったです。

 そんなこんなでこの連休は久しぶりに東京・京都以外に家族旅行に行き、温泉で疲れを癒し、風景に心和ませて帰ってきましたとさ。これで帰宅後のトラブルさえなければ最高だったのですが・・・。しかしよく考えてみれば、家族4代でこうして旅行に行けるというのも恵まれていることです。本当に。

2008年7月8日火曜日

気付いたら10周年

 また今年も七夕がやって来ました。この日だけはどうにかして更新をしなければなりません。今日はこのHPの開設記念日。最近は記事数もめっきり減ってしまい、息も絶え絶えな感じになってしまってますが、それでもたまには来てくれる皆さん、ありがとうございます。「since July 7, 1998」ということは、もしかして今年で10周年でしょうか。自分でも本当に今気付きました。びっくりです。いやいやよく続いたものです。これもひとえに、今でも見捨てずにたまには来てくれる皆さんのおかげかと思います。

 しかし最近は公私とも時間を取るのが難しく、この日記の更新も月に数回のペースまで落ちてしまいました。今日も0時7分渋谷発の急行に乗って家まで帰り、晩ご飯を食べてシャワーを浴びて、「さぁ七夕くらい日記を書くか」と息巻いて管理画面まで到達したところで娘が泣いて、あわててミルクを作って飲ませて落ち着かせてやっと再開したところです。なかなか、このように時間を取らせてくれません。

 しかし娘ももう一才と二ヶ月になります。一般的には一才半くらいまでにミルクは卒業だそうで、最近では娘もミルクをあまり飲まなくなりましたし、さっきみたいに夜中に目覚めることも少なくなりました。だから、こうして夜中に暗い部屋の中で娘を抱っこしてミルクを飲ませていると、「もしかしたらコイツにこうしてミルクをやるのはこれが最後かもなぁ・・・。」とか思ってしまいます。夜中に目を覚ました娘は泣きわめいていても大抵寝ぼけていて、哺乳瓶を口に持っていくと薄目を開けながらそれでも一生懸命に吸い付き、ゴキュゴキュとミルクを飲み干していきます。汗っかきなので額いっぱいに汗をかきながら、ときたま手でその汗をぬぐうように頭や耳をわしわしとかきます。最近ではお腹がふくれると自分で哺乳瓶を口から外し、薄目のまま「うーっ」とえびぞって、私の腕から抜け出そうとします。そして布団に置いてあげると、すぐに一回か二回ゴロンと転がって、寝るための体勢を作ります。そしてそのまままた眠ってしまうのです。まぁ、たまにそのまま目が覚めて夜中にひとしきり暗い部屋の中をハイハイして回ることもありますが(苦笑)。

 そんな風景も、気付けばすぐに過ぎ去ってしまうのでしょう。去年の夏はまだ寝返りも打てずに、たまに腹ばいにしてみて、首を持ち上げたと言っては喜んで、やわらかい体をぐるんと反らせて、かかとと頭がくっつきそうな変な格好で寝ているのを見ては笑っていたものです。今ではもう部屋中を高速でハイハイして回り、数歩ばかりならよたよたと、おっかなびっくり歩くのです。そう、子どもの成長は、あっという間です。