2012年10月29日月曜日

インバル指揮 都響 マーラー交響曲第3番@東京芸術劇場

 というわけで行ってまいりましたエリアフ・インバル指揮 東京都響、演目はマーラーの交響曲第3番!かねてより聴きたいと思っていたインバル/都響のコンビ、でも彼らはなかなか新潟には来てくれません。こちらから出向くといってもコンサートのためだけに交通費2万円はちょっと厳しい。そんな中、ちょうど友人が結婚式を27日にするからと東京にお呼ばれしたので、ついでに翌日何かいいコンサートないかなー、と探していたら見つかったのがこのコンサート。実に素晴らしい組み合わせ、演目です。マーラーの中でも1・9番と並んで好きな3番が、インバル/都響の演奏で聴ける!そう意気込んでチケットを取りました。ただ、日程が決まった時には完売…。仕方なくオークションで一番諸々の条件がよさそうなものを選んで入手しました。こんな時にはオークション便利です。

 当日、東京芸術劇場に足を運ぶだけで気分は高揚していきます。その前日から聴き始めたたむらぱんの新譜『wordwide』にも散々心をくすぐられていましたがそれはそれ。やはり会場まで来たらもうマーラーの気分にどっぷりです。期待の中、会場で席を確認すると何と最前列中央、コンサートマスターの真ん前、インバルまでわずか5mの至近距離!音のバランスは微妙かもしれませんが、インバルや楽団員の皆さんの表情まで手に取るようにわかる、これはこれでいい感じの席です。いよいよもって興奮は高まっていきました。

 いよいよ開演。冒頭のホルンの堂々たる音色にまずすっかり持って行かれました。濁りのない音で朗々と威風堂々。コンサートの最初の一音は会場の空気を作り、その後の音楽を運ぶ土台を作る上で最重要なポイントですが、このホルンはまさにその最初の一音でその後の演奏を引き受け、さらに期待させるための素晴らしい土台を作ってくれました。そしてそこに合わせてジャン!ジャン!と他のオケが入ってくる時の迫力。その後に続く第一楽章は、その長さも充実度も合わせてそれだけで単体の交響曲を一曲まるごと聴き切ったかのような興奮と満足感がありました。そしてクライマックスで一気にアクセルを踏み込むインバルに同調してテンションを上げていく都響。最高潮に達したアンサンブルは、最後ピタリと弾けて音も跳ね上がるようにしてフィニッシュします。弓を上げたところで手を止めてポーズを決めて、「どうだ」と言わんばかりの都響メンバー。実際ドヤ顔しているメンバーもちらほら(笑)。まだ曲の途中であるにも関わらず、会場中が思わず拍手しそうなのを堪えているのがわかる、圧倒的な精度・迫力のアンサンブルでした。

 第二・三楽章のスケルッツォも、音楽の生き生きとしたリズムと歌が濁りのない音色で奏でられる、とても心地よい音楽。都響の音色は、特に定評のある弦はさすがに魅力的です。濁りのない音色ながらまったくの透明なわけではなく、少し涼やかさを感じる上品な銀色を思わせる素敵な音。やはり、"濁りのない"という表現がピタリときます。また、とてもリズム・アクセントが生き生きしている。同様の印象は金管・木管も感じますが、やはり弦の魅力が目立ちます。また演奏者の表情もいいんです。曲調に合わせて、テンションに合わせて、時に笑顔すら見せながら演奏する弦セクション。素晴らしかったです。

 今回は第二楽章が終わった後に小休止があって、そこで合唱・児童合唱、歌手が入場。彼らが活躍する第四・五楽章も美しいハーモニーが堪能できました。そして第五楽章が終わった後、間髪入れずに入ってくる、弦が奏でる最終楽章のあの旋律。児童合唱の煌びやかな響きから一転、余韻を包み込むように優しく暖かく入ってきたその冒頭にゾクッとしました。比較的淡々と、でも暖かく深い感慨とともに世界を慈しむような、その歌が沁みていきます。最後どんどん音が折り重なり合いながらテンションが上がって行き、クライマックスを迎える頃にはもう背筋がゾクゾクしていました。最前列という席の兼ね合いもありましょうが、芸術劇場という巨大な箱にまったく力負けしない、大迫力のアンサンブル。それでもまったく音に濁りがない辺りがさすがです。終演後もしばらく感想としての言葉が出てこない程、素晴らしい演奏でした。

 ただ、これは演奏者の問題ではないのですが、終演後の拍手がちっとばかり早かったなー…。決してフラ拍という程でもないのですが、やや早めに数人が手を叩き始めたあのタイミングでは、まだホールに残響が少し響いていたのです。芸術劇場の高い天井の遥か上の方で、外に向かって飛んで消えていく音の最後の羽が一枚二枚、そのやんわりとした響きをもう少し楽しみたかったのですが。聞こえてなかったんだろうなー、あの最初の拍手をした人達にはその音が。そう思うことにしました。聞こえてないんだ。だから余韻が楽しめないんだ。うん。

 全体としての感想。インバル/都響のマーラー3番は、基本早めのテンポで進んでいきました。決して感情的に大きく揺さぶってくるわけではなく、むしろスッキリと素直に美しさを前面に出して聴かせてくれます。その中で様々に空気を切り替えてきて、複雑な多面性を都度表に出して行く。そして盛り上げるところでは一気にテンポ・音量のダイナミクスを大きくとって攻めてくる。その落差がとても大きいので聴いてる側のテンションは否応なしに上がるのですが、それがあざとさや不自然さは全く感じさせずにあくまで自然に心が引き上げられる。そこがまた聴いていて気持ちよかったです。音楽の流れに一体化して、一緒に進んでいける音楽。その自然さがインバルの音楽の素晴らしさなのだなと思いました。終演後の満場の割れんばかりの拍手、スタンディング・オベーションはこれだけの聴衆が音楽と一体化できた証でしょう。聴衆を音楽に引き込み一体化する力は、会場で聴いてこそのものですね。やはりコンサートを生で聴くのはいいものです。

 以下余談。インバルってかなり派手に歌うんですね。先にも書いた通り、自分は最前列中央、コンマスの前辺りにいたのですが、その位置だとインバルの声が聞こえる聞こえる(笑)。もう半分とまではいかずとも、1/3くらいは声出して歌ってたんじゃないかっていうくらいたくさん歌ってました。時々コンマスのヴァイオリンの音より響いてるくらい歌ってました。

 余談その2。演奏後、ステージ上の皆さんが感慨深げに客先を眺めているのを見て、ステージから見た満員の芸術劇場ってどんな感じなんだろうなとふと思いました。どんな景色を今彼らは見ているのだろうなと。そういえば、この位置からなら振り返ればステージ上とあまり変わらない景色が見えるな、と思い、おもむろに振り返ってみました。凄い景色でした。巨大な東京芸術劇場、その遥か上まで、正面も右も左も、すべての空間に人がいて、皆が惜しみなく拍手を贈っている。ただの聴衆に過ぎない自分でも、これだけの人とこの素晴らしい音楽を、時間を共有したのかと思うと胸が熱くなる程でした。インバルやステージ上のメンバーは、あれだけの充実した演奏を終えた後に、一体どれほどの感慨でこの景色を見ているんだろうなと。いつの日か、これほどの大きなホールで満員の聴衆相手にとは望みえないながらも、自分もまたそのステージに立ちたいものだと改めて思った次第です。ステージはね、好きなんですよ。あの緊張感も、終わった後の充実感と解放感も。まぁ、後者はいつもあるとは限りませんが(笑)。

 最後に、今回の都響はチェロ外側の通常配置で16型の編成。コンマスは四方恭子、サイドに矢部達哉。ポストホルンは舞台左裏で、トランペットの1番を吹いた高橋首席が兼任しておりました。また遠くから響いてくるこのポストホルンの音が非常に美しかったことを付けくわえて、今回のコンサートの感想とさせていただきます。いやー、このコンサートは本当に行ってよかったです。他のマーラー・ツィクルスも聴きたくなります。どれか一つでもいいから新潟でやってくれないかな…。