マリナ・シシュさんはLFJの運営から「バルトークの無伴奏を中心にプログラムを」と言われた時、すぐにバッハのシャコンヌとクルタークの音楽が頭に浮かんだそう。バルトークはバッハを参考にしたし、ハンガリーの作曲家であり師・クルタークは両者と関係があると。 バルトークの無伴奏を中心にその前の時代であり当然バルトークの無伴奏にも影響を与えたであろうJ.S.バッハの無伴奏と、バルトークより後の時代のハンガリーの作曲家で当然バルトークから影響を受けたであろうクルタークの無伴奏を並べる。その無伴奏ヴァイオリンの歴史を俯瞰するような選曲はなかなかに興味深かったです。マリナ・シシュさん曰くクルタークの音楽は「まるで禅のようで、より少なく語ることでより多くを語る。今日演奏された短い曲達は、まるで俳句のように少ない音数で多くを語る」と。この話を聞いて何となく思い出したのはブローウェルの『俳句(警句による前奏曲集)』。この曲は一度、ゆっくりと聴き直してみたいなと思いました。
燕喜館でのコンサートが終わり、手持ちのチケットの最後であるハンガリアン・ジプシー・トリオまでは大分時間がありました。そこで急遽参戦することにしたのがコンサートホールで行われるドヴォルザークのチェロ協奏曲。オーレリアン・パスカルの独奏、大友直人指揮 群馬交響楽団の演奏です。こうして思いついたらフラッとコンサートに行けるのがLFJの醍醐味ですよね。
ドヴォルザークのチェロ協奏曲、自分は実演どころかCDでも滅多に聴かないから実に久しぶりに聴きました。どのくらい久しぶりかって、正直どんな曲だったかまったく思いだせないくらい久しぶりですが、いやさすがドヴォルザーク、琴線にふれる暖かい美旋律がこれでもかと。ブラームスが「ドヴォルザークがゴミ箱に捨てた旋律を拾い上げて自分の曲に使いたいくらいだ」と言ったのも思わず納得する、しみじみと琴線に触れるメロディーの素敵な曲。パスカルのチェロはその暖かく胸にしみる美旋律を、明るい音色で素直に引き込むように聴かせてくれました。濃ゆく歌い回さないのがかえっていいんだ、これが。そして群馬交響楽団の白髪のフルートの人と隣のクラリネットの人、とてもうまい!丁寧に的確にパスカルのチェロを支えてました。これは聴いて正解、大当たりのコンサートでございました。
今年のLFJ新潟、自分のシメはハンガリアン・ジプシー・トリオです。ジプシーとは言いつつも、グレッチのギター(ヴァイオリンと交代で持ち替える)とベースにキーボードで普通にジャズ・トリオみたいな音楽。モルダウやりますとか言いつつ、すぐにアドリブ始めて最後にとってつけたようにまたモルダウに戻ったりする辺り相当にジャズ。ハジけるヴァイオリン/ギターに、クールにグルーヴするベースがカッコいい!『枯葉』も演ってくれて、それはホントにカッコよかったんだけど、やっぱり民族音楽じゃなくてジャズなんじゃん!と。パンフにはしっかり「民族音楽」と書いてあるのですが、なかなか看板に偽りあり(笑)。でもいい音楽だからいいのです。民族音楽の要素もちょっと取り入れたジャズ・トリオ、ノリノリで楽しませてもらいました。
今年のLFJ新潟は個人的にはとにかくハンガリー!ハンガリーの民族音楽も、それを元にしたクラシックも、実に濃い密度で楽しませてもらいました。色々珍しい楽器も知れたし、J.S.バッハからバルトーク、そしてクルタークへとつながる無伴奏ヴァイオリンの流れも感じられたし、ドヴォルザークのチェロコンは実は名曲だということも思い知ったし、オーレリアン・パスカルというチェリストも収穫だったし、最後はグルーヴ感最高のジャズでシメられたし、一日とことん楽しませてもらいました。また来年も楽しめるといいな。また、来年も新潟でやってくれるんですよね、LFJ…?今から楽しみにしてます。

