ラベル 文化・芸術 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 文化・芸術 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年4月27日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ新潟 2014

毎年田植に基づく仕事の日程が許す限り楽しみにしているラ・フォル・ジュルネ新潟、今年はプレ公演及び本日一日、楽しんできました。今年のテーマはウィーン・プラハ・ブタペストの『三都物語』。オーストリアやハンガリーに由来する作曲家・音楽の特集です。例えば一昨日あったプレ公演での演目はドヴォルザークのスラブ舞曲やバルトークの民俗音楽舞曲、そしてブラームスのハンガリー舞曲といったように、並べただけでテンション上がるような曲達。今年もたくさん楽しめるといいなと期待して迎えました。

 一昨日25日のプレ公演は上記の演目で、演奏はオーケストラ・アンサンブル金沢。指揮は元々OEKの音楽監督である井上道義氏が振る予定だったのですが、氏が咽頭がんの治療で急遽入院・休養。そこで代役に立ったのが何と三ツ橋敬子氏。代役としては実に豪華なキャスティングです。思えば3年前、震災直後のLFJ新潟では来日拒否したドイツのオケの代わりに井上道義氏と仙台フィル、そしてダン・タイ・ソン氏が来てくれてベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演ってくれました。今回はその井上氏が舞台に立てなくなり、代わりに三ツ橋敬子氏が振る。何だか奇妙な巡り合わせですね。

 そして三ツ橋敬子氏の指揮を聴くのも自分は初めてです。あの細い体でダイナミックに踊る踊る。そのまんまフラメンコのバイレやれんじゃないか、ってくらいまあ情熱的。リズムの緩急を見事に切り取って、全身を使って音を導いていく指揮は民族舞曲を見事に生き生きと歌い、踊っておりました。OEKも小編成でスッキリした音ながらもこの濃ゆい民族臭が漂うプログラムを、肩肘張らずに歌心踊り心満載でカジュアルに楽しめるように聴かせてくれました。OEKは一度生で聴いてみたい地方オケだっただけに、ここで聴くことができたのは嬉しかったです。

 昨日は仕事のためLFJ新潟は個人的に一日お休み。最終日となる本日27日をまるまる楽しませてもらう所存でした。取っていたチケットは3つ。ハンガリーの民族音楽グループ ムジカーシュ、燕喜館でのマリナ・シシュによるJ.S.バッハとバルトーク、クルタークの無伴奏ヴァイオリンソナタ、そしてハンガリアン・ジプシー・トリオ。どれも濃そうな、クラシックというよりはむしろハンガリーの民族音楽を聴きに行くような風情の取り方です(笑)。

 まずは能楽堂でのムジカーシュ。これがいきなり最高でした。もうノリノリ生粋のハンガリー音楽で、客席から自然と手拍子・拍手が起こるテンション高い演奏。また、色々と不思議な楽器も披露してくれて、「へえ、こんな楽器があるのか」と感心したりもしました。ガルドンというはどこぞの山奥(よく聞き取れなかった)にしか使わっていない楽器なので英語の名前も日本語の名前もないそうで、チェロのような形をしているのですが旋律を奏でるのでなくストラップで肩にかついで弓で叩いて音を出す打楽器(!)です。最初「チェロの古い楽器が地方に残ってたのかな」と思って見ていたら、いきなり弓使って弦の部分をタンボーラみたいに叩きだす。「へえ、こんな奏法もあるのか。弦弾いたらどんな音が鳴るのかな?」とか思ってると、ずっといつまでも叩いてる。打楽器なのかと!そうなのかと!そのチェロみたいな形で弦も張ってあるのにオマエは打楽器なのかと!衝撃的な楽器でした、ガルドン。でも楽しかった。ムジカーシュが今日弾いた楽器は、なんともう200歳にもなるものなんだそうです。

 他にもフルヤというフルートを縦にしたみたいな楽器は、何と歌いながら吹く楽器だそうで、管で歌と楽器の音が同時に鳴って、まるでホーミーみたいに一つの音源から二つの音が同時に出る。リコーダーに近い楽器なのですが、わざと強く吹くことで尺八みたいなノイズを付け、さらに喉で歌うことで全体の音量を増しているそうです。これも非常に面白かったです。実音と倍音で2つ音が鳴るというよりは、歌も笛も実音でしっかり鳴る感じ。地味な音色ではありますが力強い。この楽器で何と2000年も前のハンガリーの音楽を奏でてくれたのだからたまりません。ムジカーシュ、ノリノリなだけでなく色々と歴史的にも面白い楽器・音楽を紹介してくれて、最高のステージでした。

 そんなムジカーシュでテンションを上げた後は一時的に家族と合流。LFJのお祭り的な空気を楽しみつつ屋台で食事など取り、午後からは燕喜館にてマリナ・シシュさんが奏でる無伴奏ヴァイオリン・プログラムです。J.S.バッハの『シャコンヌ』、バルトークの無伴奏、そしてマリナ・シシュの師でもあるクルタークの『サイン、ゲーム、メッセージ』よりの抜粋。燕喜館は去年も弦楽四重奏を聴きましたが、音の響きが少々デッドで豊かな残響といった要素は期待できない反面、演奏者の前、同じ高さに座布団に座って聴くという距離感が非常に近い会場のため、楽器の音がダイレクトに伝わってくるのは魅力です。何よりも右手に見える素敵な和の庭園を眺めながら、こんな金屏風の前でマリナ・シシュさんみたいなきれいなフランス人が演奏するなんて、日本人の文明開化ゴコロをくすぐてくれるじゃありませんか。

 マリナ・シシュさんはLFJの運営から「バルトークの無伴奏を中心にプログラムを」と言われた時、すぐにバッハのシャコンヌとクルタークの音楽が頭に浮かんだそう。バルトークはバッハを参考にしたし、ハンガリーの作曲家であり師・クルタークは両者と関係があると。 バルトークの無伴奏を中心にその前の時代であり当然バルトークの無伴奏にも影響を与えたであろうJ.S.バッハの無伴奏と、バルトークより後の時代のハンガリーの作曲家で当然バルトークから影響を受けたであろうクルタークの無伴奏を並べる。その無伴奏ヴァイオリンの歴史を俯瞰するような選曲はなかなかに興味深かったです。マリナ・シシュさん曰くクルタークの音楽は「まるで禅のようで、より少なく語ることでより多くを語る。今日演奏された短い曲達は、まるで俳句のように少ない音数で多くを語る」と。この話を聞いて何となく思い出したのはブローウェルの『俳句(警句による前奏曲集)』。この曲は一度、ゆっくりと聴き直してみたいなと思いました。

 燕喜館でのコンサートが終わり、手持ちのチケットの最後であるハンガリアン・ジプシー・トリオまでは大分時間がありました。そこで急遽参戦することにしたのがコンサートホールで行われるドヴォルザークのチェロ協奏曲。オーレリアン・パスカルの独奏、大友直人指揮 群馬交響楽団の演奏です。こうして思いついたらフラッとコンサートに行けるのがLFJの醍醐味ですよね。

 ドヴォルザークのチェロ協奏曲、自分は実演どころかCDでも滅多に聴かないから実に久しぶりに聴きました。どのくらい久しぶりかって、正直どんな曲だったかまったく思いだせないくらい久しぶりですが、いやさすがドヴォルザーク、琴線にふれる暖かい美旋律がこれでもかと。ブラームスが「ドヴォルザークがゴミ箱に捨てた旋律を拾い上げて自分の曲に使いたいくらいだ」と言ったのも思わず納得する、しみじみと琴線に触れるメロディーの素敵な曲。パスカルのチェロはその暖かく胸にしみる美旋律を、明るい音色で素直に引き込むように聴かせてくれました。濃ゆく歌い回さないのがかえっていいんだ、これが。そして群馬交響楽団の白髪のフルートの人と隣のクラリネットの人、とてもうまい!丁寧に的確にパスカルのチェロを支えてました。これは聴いて正解、大当たりのコンサートでございました。

 今年のLFJ新潟、自分のシメはハンガリアン・ジプシー・トリオです。ジプシーとは言いつつも、グレッチのギター(ヴァイオリンと交代で持ち替える)とベースにキーボードで普通にジャズ・トリオみたいな音楽。モルダウやりますとか言いつつ、すぐにアドリブ始めて最後にとってつけたようにまたモルダウに戻ったりする辺り相当にジャズ。ハジけるヴァイオリン/ギターに、クールにグルーヴするベースがカッコいい!『枯葉』も演ってくれて、それはホントにカッコよかったんだけど、やっぱり民族音楽じゃなくてジャズなんじゃん!と。パンフにはしっかり「民族音楽」と書いてあるのですが、なかなか看板に偽りあり(笑)。でもいい音楽だからいいのです。民族音楽の要素もちょっと取り入れたジャズ・トリオ、ノリノリで楽しませてもらいました。

 今年のLFJ新潟は個人的にはとにかくハンガリー!ハンガリーの民族音楽も、それを元にしたクラシックも、実に濃い密度で楽しませてもらいました。色々珍しい楽器も知れたし、J.S.バッハからバルトーク、そしてクルタークへとつながる無伴奏ヴァイオリンの流れも感じられたし、ドヴォルザークのチェロコンは実は名曲だということも思い知ったし、オーレリアン・パスカルというチェリストも収穫だったし、最後はグルーヴ感最高のジャズでシメられたし、一日とことん楽しませてもらいました。また来年も楽しめるといいな。また、来年も新潟でやってくれるんですよね、LFJ…?今から楽しみにしてます。

2013年7月15日月曜日

ニーチェの馬

 久しぶりにレンタルで映画を観た。タル・ベーラ監督『ニーチェの馬』。ハンガリーの鬼才、タル・ベーラ監督が自身最後の作品と公言しているこの作品。この映画は1889年のトリノの広場で、疲弊した馬車馬が鞭打たれているのを見つけたニーチェが泣きながらその馬の首をかき抱き、「母さん、私は愚かだ」と言い残して倒れ、ついにその後正気に戻ることはなかったという、鮮烈なそのエピソードにインスパイアされたという。その後、その馬はどうなったのか?その疑問から始まるこの映画は、極限まで台詞を排した静謐で、単調で、重苦しく、救いもなく、だがそれでありながらとても美しい。この後の感想は、ネタバレも含むので観ていない方はご注意ください。

 『ニーチェの馬』、この映画が始まるとすぐ、先に紹介したニーチェのエピソードがナレーションで流される。そして白黒の画面で延々と長回しで映される、父親が疲弊した馬車を引く姿。この映画は、この父親と娘の六日間を描いた物語だ。物語といっても、基本は単調な生活が延々と、記録映画のように映されていくだけ。音楽もたった一つ、古い闇の底で沈殿して蠢いているような重苦しい低音が、控えめに流れているだけだ。土煙を上げ、木の葉を激しく舞わせる嵐の中、起きて、着替えて、水を汲み、たった一つのジャガイモを食べる。そんな単調な繰り返しの日常が描かれる。

 とりあえず、普段映画というとハリウッドという人は観れない作品だ。何しろ最初にナレーションが入った後、20分程は台詞が一切ない。白黒で叙事詩のように描かれる単調な日常。ようやく来訪者があるのは60分過ぎとなる二日目。でも物語は突然動くわけではない。その男は「風で街は終わってしまった」という。だがその話に父親はとりあわない。三日目に井戸水を狙って訪れた流れ者たちは「アメリカに行く」と言う。

 そして四日目、いつもの単調なルーチンの中で、とうとう決定的なことが起きる。井戸水が枯れるのだ。嵐が吹きすさぶ荒野の一軒家であるこの家庭は、当然その井戸水がなくては生きていけない。親子は、引越を決意し、荷物をまとめて家を出る。木の葉が水平に舞うような嵐の中、一本だけ木が生えた不毛の丘が、ロングショットで延々と映される。馬を連れて、荷車を引き、丘の向こうに消えていく親子。その後も余韻をなびかせるように、延々とその景色が流れる。このまま、終わるのかなと思っていたら、丘の向こうから親子が帰ってきた。そして元の家に戻っていく。水がなければ、その場所では生きていけないのはわかりきったことであるのに。二日目の男が言っていた、「街はもう壊れた」というのは本当だったのだろうか。家に着き、荷解きも終わった後、家を外から映したショットで、悲愴というのでもない、諦観というのでもない、悲観的な無表情とでも言えばいいのか、そのような顔で窓の向こうに写る娘の表情を少しずつズームしながらまた延々と映す絵が、空恐ろしく記憶に残っている。

 その後、五日目には外の明かりが消え、ランプの灯すら点かなくなる。世界から、明りが消える。六日目には、火がないのでゆでることもできない、生の堅いジャガイモで、暗闇の中で食事をしようとするシーンを最後に、映画は終わる。暗く、静かに、ある意味で、無表情に。死と向き合う闇の中で、それでも「食べなければいけない」という父の台詞が、そうでなくとも寡黙なこの映画における最後の言葉だ。

 けれども、そもそも彼らは何故「食べなければいけない」のだろう?もっと言えば、何故生きなければいけないのだろう?映画中でも延々と、何度も繰り返された単調な生活。その絶望的な単調さは、その後生きていたとしても変わらないだろう。悪い言い方をすれば、変化や、進歩から遠い、ただ単調な暮らしを続ける彼らに、最初から生きる意味などあったのだろうか?それでも光すらなくなった最後のシーンで、静かに、当然のように生きようとする父の台詞。死と向かい合う人間の尊厳がこの映画のテーマとしてよく言われるようだけど、個人的にはもう一つ、「生きる」ということそのものの価値への懐疑、正確には「生きることに価値を見出すことへの懐疑」が、隠れているのではないだろうか。生きることに価値があるかないかなのではない。生きるのだと。そもそも、価値とはある基準があって初めて生み出されるものなのだから。むしろ価値にこそ本当は価値などないのだと。難しい映画だ。

 四日目まではとにかく、日々のルーチンがそれこそ冗長で退屈なほど繰り返されるこの映画。それでもそのルーチンを、毎回映像として違う角度で切り取って見せ、またその絵がすべて、そのまま静止画のショットとしても非常に美しい、繊細で叙事的で、静けさと単調さが小さな声で呼びかけてくるような絵になっている。だからこそ、一度引き込まれてしまえばその絵の力で単調さにも耐えられる。そして毎日、一つずつその単調さからパズルのピースが抜け落ちるように大事なものが一つずつ消えていき、最後には光すらなくなるその重苦しさ。そこから問われる人間、生。非常に、何というか、無言になる映画だ。これほど印象深い映画はなかなかない。モノクロの灰色の世界に魅入られて、その灰色の空気の中で思考まで灰色に染まるような、そんな映画だった。

2012年8月12日日曜日

おしょろさまと家庭の文化

 我が家では、毎年お盆になると茶の間に精霊棚を飾りつける。地元の言葉では「おしょろさま」と呼ばれる棚飾りだ。床から戸の上部のサッシ(といっても木だけれど)の高さにちょうど合うように作られた、木の細い柱を4本立てて、ちょうど腰の高さくらいに板を引き、そこにお供え物を飾る。お供え物の奥には仏画がかけられ、周囲には多聞天、持国天といった仏教四天王の名や教文が書かれた札が下げられる。そして棚の全面上部の柱からはおしょろさま用に小さく作られたカボチャやインゲン、ホオズキなどが糸で吊るされる。手前に線香台や鐘を配置して完成だ。おしょろさまを組み立ててから家族で墓参りをし、そこで燈したロウソクの火をおしょろさまのロウソクと線香に移すことで、お盆のご先祖様のお迎えが行われる。この夏の風物詩は、いつもの茶の間に何か非日常なものが混ざり込んだ不思議な感じがして、その控えめながらもご先祖様をお迎えするという祭事的な飾りの面白さもあり、子供の頃からお盆になるとはこのおしょろさまが組み立てられるのを楽しみにしていた。

 そのおしょろさまを今年は作らず、据え付けられている仏壇の上に簡易的におしょろさま用の野菜を吊るすだけで今年は済ませた。父は表向きちょうど祖母の通院が重なった等の理由を挙げてはいたが、内心は毎年このような飾り棚を作るのが負担になっていたのだろう。おしょろさまを作ること自体もそうだし、おしょろさまがあればそれをお参りに来るお客様の相手もたくさんしなければならない。お盆休みは、三連休すら少ないウチの店にとっては年二回の貴重な長期休暇。それを煩わされたくないという思いもあるのかもしれない。

 この我が家のおしょろさまもそうだが、古くから日本各地に伝わる文化・風習には、美しいもの、風情のあるもの、土地や過去・歴史への深い敬意を感じるものがたくさんある。でも、その文化や風習というものはその中でそれを守り、実施している人達にとっては大きな負担となる側面もあることは、特にその中にいない人達からは忘れられがちだ。 特に行政からの補助は絶対に期待できないような、各家庭で行われているような文化・風習は、その地域での生活に無言の圧力をかける。わかりやすい例では親戚中集まった時のおさんどん然り。月経(つきぎょう)然り、今回お話しているお盆のおしょろさまとそのお参りもまた然り。高齢化に伴い、その負担に耐えられなくなり少しずつ諦められる文化・風習は多い。

 それでもやはり、中にいても諦めたくない美しい文化・風習も多いのだけど。このおしょろさまなどは、小さい頃から楽しみにしていたものだけに少し寂しい気もする。ただ、「もう止める」となった時に「この美しい風習を途絶えさせたくない」と単純に訴えることはできない。その重みもまた、わかるから。

 ところで、こういった文化・風習には、その中で世代的・時間的連続性をもって体験され続けることで意味をなすものも多い。そういったものを、美しさや意義、有用性といった外部的・客観的な価値観で評価することは難しい。その文化・風習の中にいる人にとって、意味や意義は閉じた形で内在するものだからだ。

 例えば今回のようにお盆におしょろさまを作ってお墓参りをし、ご先祖様の霊を家に迎え入れる。それは父も祖父も曾祖父もやってきて、自分でも幼少から自然にやっていたことだからこそ意味がある。小さい頃から繰り返すことで、自然と文化が身体に刷り込まれているのだ。ご先祖様の代からずっとやってきたことだからこそ、"家"の中でのつながりを感じるし、いつか自分もまたそこに組み込まれるのだろうという"家"の連続性を、過去や未来への連続性を、こういった風習では無意識にでも感じる。あるいはそういったものが、家というものへの帰属意識を育てていたのかもしれない。この"家"の歴史に、自分も組み込まれているのだということ。それを歴史と受け止めるか、しがらみと感じるか…。

 このような風習においては、小さな頃から自然と体験されることでその風習の意味が内在化される。それは過去への敬意であり、"家"の連続性の認識であり、自分もまたそこに組み込まれているのだという足元の確認でもある。こういった風習の価値は客観的な美しさや意義で単純に計ることは難しい。あくまで、体験から自身の中に意義が内在するものだからだ。

 だから、そこに対し、例えば「精霊棚の飾りはもっと美しい方がいいのではないか」とか「もっと簡素な作りの方が便利では」とか言われても、あまり心には響かない。時代とともにお供え物の内容などは変わるけれど、基本的には連続している、変わらない、そのことが大事なのだ。過去につながっているという感覚。未来には自分もここに還ってくるのだという、漠然とした連続性の感覚。外部から見たらただのみすぼらしい儀式でも、中の人には深い内在的な意味がある風習という行為。それを外部から評価することはあまり意味がない。基本的にそれは中にいる人にとってしか意義のないものだから。その点で、同じ伝統でも外部に向けて開かれた、最近話題の文楽のようなものとは性質が違う。

 文楽にも楽しむために必要な背景や知識理解はあるけれど、基本的には外部の人が訪れて楽しむための文化だ。外部を受け入れる用意のある伝統だ。でも、各家庭で行われているお盆の精霊棚などにはその用意はない。その中に居続ける限りにおいて意味があるのが家庭における文化・風習だ。その点が異なる。 家庭における文化・風習は、閉じていていいのだ。例えば東京から誰かが取材に来てその風習を見たとする。すると「みすぼらしい」とか「価値がない」とか感じるかもしれない。それは、外部から来たものには家庭の文化・風習に意味を感じるための内的な連続性が欠けているからだ。けれども、内部にいる人にとっては意味を、価値を持つ。家庭の文化・風習とはそういうものだ。

 そんなことを考えつつ、今年ももうすぐ、盆が来る。ここを過ぎるともう夏は終わりに向かい、後は収穫の秋へまっしぐらだ。

2011年12月11日日曜日

農家のこせがれネットワーク:農と食の新潟地域交流会@新潟

 本日は農家のこせがれネットワークの地域交流会が新潟で初めて開催されました。以前エコノミストで代表宮治氏のインタビューを読んで以来彼らの活動がどんなものか興味を持っていた自分は一体何をやるのかもよくわからないまま、とりあえずまずは参加してきました。

 第一部は「農家のこせがれ地域交流会」ということでしたが、今回残念ながらイベントの告知自体が開催一週間前だったということもあり農家の方は非常に少なく、それどころか参加者自体が非常に少なく、そのせいもありどちらかというとこせがれネットワークの紹介がほとんどの感じでした。それでも10名に満たない参加者は非常に意識の高い方々で、特に魚沼の農業関係者の方々が仰っていた「魚沼コシヒカリのブランドも内部的には崩壊の危機感が募ってきている」という趣旨のご意見には考えさせるものがありました。

 その後意見交換の中でも出てきましたが、外から見ると盤石に見える"魚沼産コシヒカリ"のブランドも、実は案外消費者から「こんなものか」と受け止められてしまうことがある。これは生産者による質の違いもあり、その質の違いをすべてブレンドして出してしまう流通の問題でもあり、なかなか根の深い問題です。個人的には山形の「つや姫」を筆頭に、他県が打倒新潟コシヒカリを掲げて頑張っている中、少々新潟は後手に回ってしまったのかなという感は正直あります。ただ、その中でも個人レベルでは危機感を持って食味・品質の向上に努めておられる農家の方が魚沼に限らずおり、私の周辺地域の農家の方もそういった方々はやはり一般的な魚沼産コシヒカリより(私が食べて)美味しいと感じるようなコシヒカリを生産されています。問題はそれが農家対消費者で直接届く場合はいいとしても、流通を通すと悪い言い方をすればミソもクソも一緒にされるようなやり方で、でもそれが"新潟米"だとして出ていく辺りにもあるのだと思います。新潟では単純に地域で分けて価格が決められているのも問題の一端としてはあります。そういった"コメ王国新潟"が抱える問題点は、やはり県内どこの現場でも感じていることなんだなと確認することができた点はよかったと感じています。

 二部は農家のこせがれネットワークから離れ、奨学米プロジェクトのイベントに移ります。これは大学生に農家の作業を手伝ってもらい、その代償として奨学金の代わりに自分が手伝った農家から米が送られるというプロジェクトで、今年が一回目のようです。企画自体はまぁ正直ありそうな感じだったのですが、ちょっと驚いたのがその構成人員。大学生は最初当然新潟大学の学生なのかと思っていたら、なんと全部首都圏の大学生。それが新潟の農家に来ていたというのです。そしてその(奨学米プロジェクトの言葉を借りれば)コメ親さんとなる農家の方々も、自然派農業、有機農業で筋を通してやっておられる非常に熱意のある方ばかり。この組み合わせには少々驚きました。そしてこのプロジェクトの年間活動報告の後、自分が手伝った農家さんから米を手渡された大学生達は一人一人感想を述べていくわけですが、それがまた面白い。各人奨学米プロジェクトに参加したきっかけは様々です。農業に興味があった、流通に興味があった、オシャレなオーガニック食品が好きだった、等々様々です。で、ほとんどは家が農家ではなく、都会生まれ都会育ちの大学生達。そんな大学生が、田んぼに素足で入って除草をしたり、畦草を刈ってニワトリの餌にしたりする。そして自然から色々なことを学ぶんだという農家の方々と話をして、人生について考える。このプロジェクトの非常に面白く、また素晴らしいところは、参加した学生達がほぼ例外なく、農業体験を通じて農業だけではなく、食について、また人生について深く考える機会を得たというところです。学生達は次々に口にしていました。普段東京の高級なスーパーで並んでいる綺麗なオーガニック食材にも、これだけの苦労をして作ってくれている人がいる、そんなことも気付かないでこれまで生活してきていたと。この食べ物がどれだけ大切なものか、体験を通じてわかった。これからは米の一粒も大事に食べていきたいと。そういった都会暮らしから、いわゆる昔ながらの土と結びついた暮らしへの、価値観の転換、パラダイムシフトを学生達に起こしたというのが、このプロジェクトの一番凄いところだと感じました。たった3回の新潟での農作業でも、米を受け取る時には涙ぐむくらい大切な体験ができる。これは受け入れ先となった農家の方々の仁徳もあるのでしょう。そして一面、都会の暮らしがどれだけ土と離れているかもあるのでしょう。色々と考えさせられる話でした。

 そしてまた面白かったのが最後のパネルディスカッション。これまでの流れを受けて「農と地域の活性化」という題目で30分ばかりの意見交換だったのですが、大越農園の大越さんの発言が奮ってました。曰く、農業を使って何か企画しようという時、例えばホテルがグリーンツーリズム的に宿泊と農業体験をセットにしたパックを作ろうとした時、ホテルは宿泊場所は用意するから後のプランは農家にすべてお願いしますと丸投げてきたりすることが多い。あるいはマルシェで出店依頼があったとしても、例えば東京まで出ていくのにはその交通費、新幹線で行ったら2万円、その他農産物を送る手間や送料があって、売れ残ったらまた地元まで送り直さないといけない。それらで無駄になる時間や手間、コスト、そういったものはすべて農家が背負わなければいけない。農を絡めた企画を立てるのはいいけれど、今はそれに関わるリスクをほとんど農家が背負っている場合がほとんどだ。これから本当に農で地域を復興していきたいのなら、そのリスクを農家だけに重く背負わせるのではなく、リスクを分散する、あるいはリスクに見合うだけのメリットを明確にして進めていかなければいけない。そう仰ってました。至極、真っ当な意見だと思います。個人的な見解としても、世の人が企画ごとに農家を巻き込む時、ともすると農家を聖人的に見てしまう。農家も商売で、コスト管理、リスクヘッジ等あることを忘れてしまう。変な言い方をすると、農家をビジネスマンとして見ない。そんな空気への警鐘もあるのだと思います。ここは継続的に農業の発展を望むなら考えなければならないところで、農家だけがリスクを過大に背負う形では、いずれ今やっている農家達もリスクの大きさに潰れる時が来ますし、そのリスクの大きさが一般的に認知されれば新しいことへの参加は及び腰になります。だからここは継続的発展のためにはしっかり考えないといけない。これは強く感じました。

 同じく大越さんが仰っていたことで、地域復興というのなら、東京進出とか何とか言う前に、まず自分達が自分達の地域に正面から向き合う方が先じゃないか、というのも心に残りました。自分達が住んでいて楽しくない地域、魅力がない地域なら復興も何もないだろうと。自分達が住んでいて楽しいから、魅力があるから、外にアピールできるし、外から人も呼べるんだと。そのためにまず自分達で自分達の地域に向き合い、何が悪いのか、何を直せばいいのかを考えていくところから始まるのではないか。そう仰っていました。これも至極正論です。なるほど、と思いました。

 短いディスカッションの時間ではこれ以上議論を深めることも、結論を出すこともできなかったわけですが、それでもこれらの問題提起は非常に大きな意味があると感じました。個人的にはそれ以上に、自分自身の意識の甘さについても考えることの多い機会となり、非常にいい刺激を受けたイベントとなりました。できれば次回はもっと深く意見を交わし、拙いながらも自分もあのディスカッションに加われるような形で、こういったイベントに参加できたら嬉しいなと思います。自分だけの世界では見識は深まらないものだなと、改めて感じた世界です。そしてそれは見識だけでなく…。

 ともあれ非常にいい刺激を受けたイベント。想像した形とは違っていましたが、参加してよかったと思います。次はどなたか、近しい農家の方もお誘いして、できれば一緒にその刺激を味わうことができればなおよいなと、そう感じました。

2011年11月7日月曜日

上野にて文化の日

 さて、3日から妻子と共に妻の実家である佐賀に盆・正月代わりの帰省という形でお邪魔していたわけですが、今回も妻子は二週間ばかり佐賀に滞在するため、本日一旦自分は一人で新潟に帰ってまいりました。その際、佐賀空港から羽田に飛んで、東京を経由する形で帰ってきたので、まぁ折角東京に来たんだしということで、ちょっと一人で東京で遊んで帰ってきました。

 東京駅から近くて、ノープランでも遊びやすいところとなると個人的には上野になります。美術館も東京文化会館もあって、一年中いつ行っても大抵何かやってるので、東京駅を起点にするなら便利な所。今回もとりあえず行ってみたら西洋美術館でゴヤ展をやっています。ゴヤはクラシックギターで最も重要なレパートリーの一つであるグラナドスに多大なインスピレーションを与えた存在。有名な『着衣のマハ』も見られるということで、これはギター弾きとしては逃すわけにはいきません。まずは行ってきました。

 ゴヤの作品をまとめて鑑賞するのは初めてでしたが、有名な『着衣のマハ』に代表されるように、女性の官能的な魅力やその裏に隠れた闇を描き出した画家ですが、実はそれ以上に世の中の闇に非常に敏感に向き合った人でもありました。それは女性を中心に描いていた頃は女性の魅力と裏腹の恐ろしさ、醜さという形で、後年にはより不気味な幻想世界の描写という形で、現れるようになっていきます。だから彼の作風はエロスに留まらず、次第に時代への風刺とともに強烈なタナトスを織り込むようになっていきます。

 それらの作品群を見ていて感じたのですが、痛烈な教会批判もしたゴヤが、一番疑ってかかって挑んでいたのはやはり神であり、ひいては正義や真理といった概念だったんじゃないでしょうか。そういったものが本当に存在するのなら、何故この世界にはこんなに痛みが、苦しみが、死が蔓延しているのか。彼の作品はそう叫んでいるように思えます。特に晩年近くなってからの不気味に幻想的な作品群からは、そのようなメッセージを強く感じるのです。

 そしてゴヤ展を鑑賞した後は、お腹が減ったので一蘭でラーメン。一蘭のラーメンは久しぶりですが、やっぱり美味しい。有名店の名に恥じないクオリティで楽しませてくれるお気に入りのラーメン屋です。

 ラーメンを食べて満足した後は、東京文化会館へ。この日は東京文化会館の50周年記念ということで、『東京文化会館は音盛り。 ~うえの音楽人フェスティバル~』ということで一日中コンサートが催されていたのです。私は16時からのプログラムに行ってきました。演目はヴェルディの歌劇『運命の力』序曲、モーツァルトのフルート協奏曲第1番K.313より第一楽章、そしてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、上野学園大学管弦楽団の演奏です。この演目でチケ代は2,000円ですから安いもの。上野学園大学管弦楽団は学生と教員が混ざったオーケストラですが、さすが音大のオケだけあってなかなかいい音鳴らしてます。印象的だったのがラフマニノフ。ソリストは何と高校三年生(!)の古賀大路さん。10月にコンクールで3位入賞(?)されたとのことですが、この高校生がなかなか凄い。とても高校生とは思えない深いフレージングで、さすがにまだ少々力尽くではあるものの、それでもラフマニノフに負けずにしっかりと音楽を刻んでいきます。恐らくこのステージにかけての意気込みは強いものがあったのでしょう、最後まで集中力を切らさず一心に弾く姿と音楽は素晴らしいものがありました。演奏後、何度も何度も客席、指揮者、オケにぎこちない礼を繰り返す辺り、まだステージ慣れしていないし、凄く生真面目な人なんだなぁと感じさせて、ちょっと微笑ましくもあったり。まだ高校生とのこと、将来どうなるかわかりませんが、順調に成長していけばいい音楽家になるんじゃないかと思いました。

 そしてコンサートが終わったら足早に上野駅に戻ってそこから新幹線に乗って新潟に帰るわけですが、半日で上野をたっぷりと堪能いたしました。こうしてぶらりといってもたっぷり文化に浸れるところが上野のいいところですね。2011年11月6日、一人で勝手に上野で文化の日をやっていました(笑)。

2006年1月22日日曜日

関東の雪と『ポーラ美術館の印象派コレクション展』






自宅の窓からの雪景色 今日は関東地方に雪が降り、ここ日吉もその例外ではなく、なかなか素敵に積もってくれました。朝起きて窓を開けてビックリです。写真はその朝10時時点で私の部屋の窓から見えた雪景色です。部屋の前が山になって一軒家が視界に入ってくるので、雪が積もるとなかなか趣があるのです。ちょっといい感じでしょう?撮ってみて意外と出来が良くて気に入ったので、思わずこの画像をPHSの待受画面にしてしまいました(笑)。う~ん、風情があるのう・・・。PHSのカメラも結構よく撮れます。


 というわけで今日は降りしきる雪の中、午前中は新居探しに不動産屋へと向かっておりました。思えば私が今住んでいるマンションを見つけた時も1月のセンター試験が行われている日で、関東地方一円で大雪が降る中凍えそうになりながらまだ工事中のこのマンションを見つけたのです。今日のニュースで2001年のセンター試験の日も大雪だったとありましたが、まさにその日です。私が部屋を探す日には雪が降るというジンクスでもあるのでしょうか。それともセンター試験の日に雪が降るというジンクスがあって、その日に私が部屋を探すからいけないのでしょうか。別に意識してセンター試験の日を選んでいるわけではないのですが。そういえば、私が現役高校生でセンター試験を受けた日も大雪でした。とはいえ部屋探し。なかなかいい部屋はあるのですが、ギターと三味線を弾くと言ったら何処も彼処も断りを入れてきやがる。ピアノとかサックスとかバイオリンに比べたらかわいいもんだっつの。・・・やれやれです。

 そして午後からは仕事をしに渋谷へ。渋谷でも雪は余裕で本降りでした。さすがに出社してる人も少ない。というか、渋谷自体いつもより空いてました。そして仕事を切り上げた後は、その渋谷が空いているという事実を逆手に取って、休日の渋谷を堪能することにしました。まず最初に向かったのはBunkamura ザ・ミュージアム。『ポーラ美術館の印象派コレクション展』です。先の『プーシキン美術館展』モネの『白い睡蓮』がいたく気に入った私は、今回の展で睡蓮の連作の別の2点が見れるらしいということを知り、それは是非行ってみなければと思っていたのです。

 やはり案の定、雪の降る中美術展に行こうという人間は少ないらしく、見事に空いていました。この前の『プーシキン美術館展』が狂気の沙汰と思えるくらいガラガラでした。おかげでゆっくりと見ることができました。今回は展全体としては『プーシキン美術館展』ほど「いいなぁ」と思える作品はなかったわけですが、モネの作品は2点の睡蓮はもちろん、その他のものも非常に素晴らしかったです。今日気付きましたが、どうやら私はモネの絵が好きらしいです。印象派の有名どころだとセザンヌゴーギャンは正直よくわからんし、ルノワールカミーユ・ピサロはきれいだとは思うけど何か心に訴える力が弱い気がするし、ゴッホは狂ってるし(苦笑)、なかなかピンと来るものがなかったりもするのですが、モネは凄く素直に惹き付けられてしまうのです。今回は非常に空いていたので、モネで四方が埋め尽くされた一画に居着いて真ん中のソファに座りながら、ゆっくりと2点の睡蓮その他の作品を鑑賞していました。

 今回観れる睡蓮は『睡蓮』『睡蓮の池』の2点。『白い睡蓮』とほぼ同じ構図を持つ『睡蓮の池』は、『白い睡蓮』よりもちょっと粗くてぼやけた印象のタッチで描かれていて、同じ対象、同じ構図なのに雰囲気が変わっていてなかなか面白いのです。ちょっと全体的に暗くて重い印象になっている。描かれる水面の美しさはやはり素晴らしく、『白い睡蓮』のような鮮烈さというよりはもっとじっくりとした落ち着きを感じます。そして岸辺や橋が構図から消失し、水面と睡蓮、それに大気だけが絵の中に入った『睡蓮』は、鮮烈で生命感溢れる『白い睡蓮』とも、湿り気を帯びた落ち着きのある『睡蓮の池』とも全然違って、非常に静かで幻想的な『睡蓮』を描いていました。水面をたゆたう水蒸気の空気の質感が実にリアルで、絵なのにその場で揺らいでゆっくりと沸き上がってくるよう。描かれている対象は全然幻想でもなんでもない睡蓮の池なのに、雰囲気はまるでこの世ではないかのような、彼岸を思わせる静謐でどこか悲しげな幻想的な空気。不思議です。

 その他のモネの作品で特に気に入ったものは、まず『アルジャントゥイユの花咲く堤』。大胆に堤に咲く花を全面に描き出し、後ろに夕暮れの背景を描いたこの絵は、何か劇的なドラマの終幕を連想させる、何故か人の死を連想させる、そんな強い哀愁に満ちていて、それが非常に印象的でした。『セーヌ河の日没、冬』は遠くから観ると非常に景色が美しい。川面と流氷に反射する夕陽のコントラストが、とても美しいのです。この絵に限ったことではないのですが、モネの絵は近くで観るよりもある程度距離を離して観た方が美しい。大きさや絵それ自体にもよりますが、3mは離れてみた方がいいように思います。そして離れて観てみると、モネの絵は他の作家と比べて際立った存在感がある。離れていても強烈に訴えるものがある。今日は空いていたので、3mと言わず部屋を一杯に使って10m以上離れて観てたりもしたのですが、そこまで離れても、むしろ離れた方が、絵が非常に生々しく感じられる。そしてそれはやっぱり印刷では伝わらないのです。『ジヴェルニーの積みわら』は、『プーシキン美術館展』で観た同じ積みわらのシリーズは何だかピンと来なかったのですが、今回のはよかったです。

 そしてその後はBook1stへ行って本を見て、河内屋に行って酒を見て、一蘭でラーメン食べて帰ってきました。雪が降ってるせいかいつも並んでいる一蘭が空席だらけでした。ビックリです。そのようにして渋谷に休日は過ぎて行きました。

 ・・・しかし一日中雪に打たれながら色々歩き回ったせいか、夜は頭痛に悩まされていましたとさ。蛇足ですがこの『ポーラ美術館の印象派コレクション展』、3月には京都の京都駅ビル美術館『えき』(確か伊勢丹の上)に、その後は福岡に行くそうです。興味のある方はどうぞ。

2005年12月5日月曜日

優雅な休日、ロシアより - 前編

 最近の携帯は"氣志團"が一発で変換できるらしいということで、予測変換機能に携帯でも使われているAdvanced Wnn V1.2が入っている私の新しいPHSでもできるかと思い、試してみました。きしだん。・・・一発変換できました。氣志團。どうやらこのPHSは最近の携帯にも負けないようです。まぁ、こんなもん一発変換できたってそもそも使わないんですが(笑)。ちなみに前のPHSは"祇園"も変換できなかったのですが、こちらも変換できました。大きな進化です。

・・・すいません、ここまでの話は本編とはまったく関係ありません。昨日は上野で東京都美術館のプーシキン美術館展、そして東京文化会館でレニングラード国立歌劇場オペラ『椿姫』を堪能してきました。ロシアのプーシキン美術館よりマティスの傑作『金魚』を始めとする大部分が日本初上陸の貴重なコレクションを集めた美術展、レニングラード国立歌劇場オペラと、上野でロシアをはしごする優雅な休日を過ごしてました。

 晩秋の上野公園は紅葉もちょうど見頃で、普通に散歩するだけでもいい感じな風景でしたが今回は明確な目的があります。東京都美術館に行ったら、いやーびっくりしました。もの凄い混んでます。入場制限がかけられる程の圧倒的な混雑。「美術展なんて所詮そんなに混まないだろう」という私の思い込みをあっさり打ち砕いてくれる人ごみに、出端からちょっとやられた気分でした。まぁプーシキン美術館はエルミタージュ美術館やトレチャコフ美術館と並ぶロシア屈指の美術館ですし、特にそのフランス近代絵画コレクションのクオリティの高さは世界屈指。今回来た私が知る有名どころだけでもルノワール、エドガー・ドガ、クロード・モネ、ルソー、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、マティス、マネ、ピカソが一堂に会する豪華な美術展。そりゃ人も集まるってもんかもしれません。

 人ごみに負けずに壁際に張り付いて、じっくりと人ごみに紛れながら鑑賞すること約一時間半。相変わらず絵画は素人鑑賞な私ですが、何点か惹かれる作品がありました。以下思い出した順に、まずは何と言ってもクロード・モネの『白い睡蓮』。色彩や筆遣いが非常に鮮烈で、見た瞬間思わず引き込まれて息を止めるほど。自宅に日本庭園風の睡蓮の池を整備し、そこに太鼓橋をかけたモネは1899-1900年にかけて18点の睡蓮の連作を描いたのですが、この絵もその連作の中の一つ。とにかく力のある作品でした。奥行きのある緑の様々なバリエーションと生命感溢れる描画線。改めて買ってきた図録で眺めてみるわけですが、やはり印刷された絵では油絵の筆遣いが醸し出す、筆致の凹凸や微妙な筆加減から来る躍動感は伝わりません。本物凄い。描かれた線でなく、筆の通った毛先の微妙な加減が表現になる。日本の書道にも共通する筆の躍動感。これは印刷では伝わりません。静謐な睡蓮の池の風景に生命感を与える筆の躍動感。素晴らしいです。そしてこの作品、何と言っても描かれる水面が非常に美しいのです。こんなに美しく絵で水面を、光を表現できるのか。素直に感嘆しました。本来重たい色彩の印象のある油彩が、本当に水面が反射して睡蓮の葉が映り込んでいるように透明感を持って描かれているのです。ベルギー象徴派展に行ったときも水面の描画が美しい作品に足を止めていました。どうやら私は水面が好きらしいです。

 そしてやはり今回の最大の目玉であるアンリ・マティスの『金魚』。そもそもは電車の吊り革広告でこの美術展の広告を見た際、この絵を見て「ああ、これはちょっと本物見てみたいなぁ」と思ったのが始まりでした。思えば私が美術展に行くのはいつも電車の吊り革広告がきっかけです(苦笑)。これで三回目。吊り革広告も侮れません。そしてこの『金魚』、やっぱりいい絵でした。思ったより大きい絵で、「これじゃ金魚っつーより錦鯉だな」と思ったものですが(笑)。ピンクや緑を使った強烈な色彩と大胆な構図の中に、ちょっとユーモラスな赤い和金が4匹。理屈抜きに目が止まる不思議な力を持った絵でした。口をパクパクさせながらゆったり泳いでいる金魚がコミカルで、一歩踏み外すとサイケな印象になりそうで、さらにもう一歩踏み外すと下品になってしまいそうなピンクと緑と紫の取り合わせが、それに疑問すら抱かないほど見事にゆったり調和していて。強烈だけど、ゆったりしているのです。そしてどこかあどけない。フォーヴィズムというのは心に映る色彩を描くのが特徴だそうですが、なるほど、マティスの心にはこのような色が見えていたのでしょうか。金魚。強烈なのにコミカルでゆったりしている、そんな不思議な印象を持つ絵でした。

 そしてもう一点強く印象に残っているのがピエール・ボナールの『ノルマンディーの夏』。私は初めて聞く画家です。夏の終わりのよく晴れたノルマンディー、別荘のテラスで会話する妻とその友人を描いたこの作品は、非常に柔らかな光の印象が素敵でした。おそらくポイントは光なのだろうなと思うのです。景色を美しく照らす夏の光を表現したかったのだろうと、そう思うのです。それもおそらく真夏の強烈な日差しでなく、初夏の昼下がりの柔らかい陽光。私も好きな光です。風景も人物も、その光の中に溶け込むように曖昧でぼやけた輪郭で描かれて、線の境目というよりは色彩の境目が輪郭になって光の中に風景や人物が浮かび上がってくる感じ。柔らかで暖かで爽やかな光の印象を表現したこの絵は、何故か心に残りました。

 後はよかったと思うものを簡単に。ルノワールの『黒い服の娘たち』は描かれる女性のもの憂げな表情が印象に残り、何となく「ああ、パリだな」と思ってしまうちょっと瀟洒な雰囲気があってさすがだと思いました。フリッツ・タウローというのも知らない画家だったのですが、『パリのマドレーヌ大通り』は立体感を強調した奥行きのある遠近法と、詩的な哀愁の漂う空気が印象に残っています。カミーユ・ピサロの『オペラ大通り、雪の効果、朝』も同様で、明るく柔らかい色彩と点描的な筆致が醸す少しぼんやりした空気が詩的な静謐さを醸していてよかったです。アルベール・マルケの『街路樹にかかる太陽(パリの太陽)』は一瞬「適当じゃないのか、これ?」と思えるような線で描かれた木々と日没前の風景画。シンプルな線と色彩で不思議に哀愁を漂わせる、穏やかでいてそれでもかつ絵画というよりは少しイラスト的な要素も入ったこの絵は印象的でした。最後はやはりゴッホでしょうか。『刑務所の中庭』。相変わらず病的です(苦笑)。刑務所で輪になって運動をする33人の囚人たち。死の5ヶ月前に濃い緑を基調として暗く重く描かれたこの絵は、当時のゴッホの心境を表してるのでしょうか。希望も持てずに鬱屈した表情で延々と輪を描き続ける囚人たち。それはゴッホに取っての希望なき人生の輪廻だったのかもしれないなと思いました。

 というわけでプーシキン美術館展、人ごみにはやられたものの、なかなか楽しんできました。たまには絵を見るのもよいものです。絵は自分で描く技術もセンスもまったくないので、非常に素人的な見方しかできないわけですが、逆にそれだからこそ純粋に見れるという一面もあるのかもしれません。深くは、見れてないのでしょうけど。

 というわけで次回は『優雅な休日、ロシアより - 後編』、レニングラード国立歌劇場オペラ『椿姫』についてです。

2005年4月30日土曜日

ベルギー象徴派展

 GW初日の今日、私は午後から元気に仕事してました(爆)。しかも何だかやたらに鼻炎が酷く、鼻水とくしゃみに耐えられなくなって朝目が覚めたほど。手持ちの抗ヒスタミン剤は飲んだものの、結局今日一日で箱ティッシュ1つ丸ごと使い切るくらい鼻かみました・・・。

 そんな中仕事を無理矢理夕方に切り上げた私は、『GW企画・たまには渋谷を楽しもう』と、一人文化村へ向かいました。目指すはBunkamura ザ・ミュージアム、『ベルギー象徴派展』です。例によって普段は絵画に興味をほとんど持たない私ですが、電車で吊り革広告を見て以来ずっと地味に気になっていたのです。フェルナン・クノップフやフェリシアン・ロップス等、ベルギー象徴派の幻想的・耽美的な世界に浸ってみるのも悪くなかろうと行ってみたわけです。

 ひどく鼻がぐすぐすする中、ゆっくり一時間ちょっとかけて見て回ったわけですが、その中でも印象に残ったのを列挙していくと、まずはロップスの魔性の女達。『毒麦を蒔く魔王』、『略奪』、『偶像』、『生贄』、『磔刑』の5つの作品からなる、非常に暗く、悪魔崇拝主義的な連作です。リトグラフの細かい線が暗闇の濃淡だけで情景を浮かび上がらせるようなこの作品は小さい枠の中に描かれたものでありながら妙な力を持っていました。次はレオン・フレデリックの『祝福を与える人』。紫色の法衣をまとった老人が祈りを捧げている姿が59×59cmのキャンパス一杯に描かれている、言ってしまえばただそれだけの絵なのですが、何に驚いたかってその凄まじい生々しさです。遠くから見たときは「写真か?」と思ったくらいです。このレオン・フレデリックという人は写実的な作風で知られるそうですが、写実的とかそういうレベルじゃないだろうと思いましたとさ。

 そしてベルギー象徴派の要であるフェルナン・クノップフです。まず最初に幻想的な作品ではなく、非常に写実的な風景画を観たのですが、これがかなりよかった。『ブリュージュの思い出-ベギン会修道院の入り口』や『フランドルの思い出-運河』、『ブリュージュ-教会またはブリュージュの聖母教会の内部』など、淡い色合いで鉛筆やパステルを用いて描かれたこれらの風景画は、まるでその場所から風景を時間ごと切り取って持ってきたような非常に静かな叙情性を持っていて、観ていて哀愁すら感じてしまうような美しいものでした。またこれらの作品群は水面が非常にきれいに描かれているのです。この水面を描くために他の風景画存在していると言ってもいいくらい、水面に映り込んだ反射する景色が美しい。私が作曲家だったら、これらの風景画に1つずつ曲を付けていきたいなと思いました。静かで、音数が少なく、暖かみはあるのだけれどそれでいて寂しさも漂うようなそんな小品達を。そしてもう1つクノップフの作品で気に入ったのが『メリザンド』という女性のポートレート調の作品。これはベルギー象徴派の詩人・戯曲家であるモーリス・マーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』を下敷きにして描かれた作品で、柔らかい光の中で少しもの憂げに目を伏せるヒロイン・メリザンドが描かれています。森の奥深くの泉の傍で泣いているところを王子ゴローに見つけられてめとられ、その夫の弟ペレアスをも惹きつけていく謎の美女メリザンド。その幻想的な恋愛悲劇はドビュッシーやフォーレ、シェーンベルグらが音楽を付けているとのこと。これはその他の幻想的な作品と違い、上記の風景画と同じように色鉛筆やパステルで描かれた淡く優しい風合いのものです。どうやら私は幻想的にきらびやかな作品よりこういった柔らかく控えめな作品の方が好きなようです。

 そしてその後はブックファーストに行ってロップスが挿絵を描いた小説『悪魔のような女達』を購入し、一蘭でラーメンを食べて帰宅したとのことです。ふう。

2004年11月21日日曜日

ウィーンフィル体験

 昨日のことになりますが、ウィーンフィルの演奏を生で聴く機会に恵まれ、コンサートに行ってまいりました。サントリーホールにて今新たなカリスマとして注目を集めているワレリー・ゲルギエフ指揮のウィーンフィル!これだけの一流ホールで世界最高峰のオーケストラが聴けるとは思いませんでした。しかも曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第三番とチャイコフスキーの交響曲第四番。かなり私好みのチョイスです。

 このコンサートは元々は招待及び抽選のみで全席が埋まり、一般でのチケット販売はされていないプレミアコンサートです。本来なら私が行ける類いの代物ではないのですが、招待券をもらった社長が「行きたい人がいたら抽選するから手を挙げろ」との配慮をしてくれて、手を挙げたら当ってしまいました。チケットをもらってみた時は、ギラッと光るプラチナチケットに戦慄を覚えたものです。基本は招待だけのコンサートだけあって、周りは何となくセレブっぽい人々がたくさんいましたし、会場では解禁されたばかりのボジョレー・ヌーボーも無料で飲み放題という至れり尽くせりぶり。開演前からして既に夢気分です。オーケストラが出てきて客電が下りた時の緊張はいうまでもないでしょう。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第三番が始まります。低く、怪しく静かに奏でられる弦の響きに、冷たく侘びしげなピアノのフレーズが乗っていきます。そこから始まる世界はなかなか改めて言葉にしようと思うと出てこない、非常に密度の高い空間でした。いつか言葉にできる日が来ることを祈りつつ、今回は少々寡黙に、確実に言葉にできることのみを書き留めておきたいと思います。

 ウィーンフィル、ゲルギエフの演奏でまず感じたのは音の入りに対する集中力がハンパじゃないということ。曲の入り、音量もテンポも大きく変わるダイナミクスの境目、要所要所は客席で観ているこちらまで一緒に息を呑んでしまうような、強烈な視線とブレスでオーケストラが合わさっていくのです。私は第一バイオリンとソリストの真後ろ、彼らの指も見えるようなところに座っていました。ピアノ協奏曲の最終楽章、さぁこれから盛り上がろうというところで、第一バイオリンがいきなり大音量で入る際、ゲルギエフがカッと目を見開いてこっちを見て、一瞬で鳴っている楽器の音も吹き飛ばすかのような強烈で瞬発力のあるブレスで第一バイオリンを音に一気に引き込んだ、その場面が瞼に焼き付いて離れません。その瞬間、「ああ、カリスマ指揮者とはこういうものなんだ」と肌で感じたのです。引っ張られる。音も無音も、すべてが引っ張られていく感じがするのです。音も意思も、引っぱり一つにまとめる力。客席でもそれを感じるのです。ステージで演奏しているオーケストラは、それをどれほど感じるのでしょう。叶わぬ夢ではありましょうが、いつかそういったステージに立ってみたいものです。

 もう一つ感じたのは、これは指揮者に大きく依存する問題なのかもしれませんが、意外とウィーンフィルってリズムを表に出した演奏をするという印象を受けました。CDで聴いてる際はいつもサラッと優雅にまとめていて、あまりガツンとぶつかってくるような強烈なリズムを打ち出した演奏はしてないように思っているのですが、今回はかなりリズムの輪郭をはっきり出した、その意味では私好みの演奏をしていました。リズムの角を取った丸みのある演奏ではなく、むき出しのままむしろ炉に入れて鍛冶で鍛えたような、まっすぐ無骨なリズム感。結構ウィーンフィルに対して私が抱いていた印象を変えてくれました。

 ともかくも総じて言えばさすが世界のウィーンフィル。聴いているこちらも集中力を切らす暇がまったくない、素晴らしい至福の時間でした。クライマックスで思わず背筋を伸ばし拳を握った、あの迫力と集中力は最高です。いつかまた聴きたいものです。そしてその時は、もう少しはましな言葉で語れるように。

2004年2月4日水曜日

ステファノ・グロンドーナ@トッパンホール

 さてさて、ちょっと間が空いてしまいましたが先週の金曜日、1/30に私はステファノ・グロンドーナのリサイタルを聴きにトッパンホールに単身乗り込んで参りました。グロンドーナはマンゴレに誘われて行った『音楽の絆フェスティバル』でのマスタークラス聴講以来、その音楽に対する哲学的な姿勢と感性に魅力を感じているギタリストです。当然今回のリサイタルも非常に期待をしていました。

 まずトッパンホール場所がわかりにくかったというのはよしとして、危なかったのは当日券。19時開演のところ私は20分前くらいに会場に着いたのですが、何とその時点で2枚しか残ってなかった・・・。私と後ろに並んでいたオッチャンでお終いです。いやいや危ないところでした。しかも最後の当日券を手にしたオッチャン、けしからんことに演奏中半分くらい寝てるしな。当日券を手に入れられなかった人もいるんだぞ、オイ!? と軽く小一時間説教してやりたい気分で一杯でした。

 それはともかく演奏の方です。一部はフローベルガー、バッハとバロックを中心に、最後にグラナドスが控えるプログラム。この一部は全体を通して「なんか苦戦してるなぁ」という印象が正直ありました。まず調弦がなかなか安定してくれないし、音ももう一つ響いてくれない。このコンサートで彼はアントニオ・トーレスを弾いていたわけですが、やっぱトーレスだと満員のコンサートホールは辛いのかなぁ、とさえ思ってしまいました。音の良し悪しは別問題として、単純に音量という意味ではトーレスは現代のギター程ではないですから。なんか左手の押弦も結構ミスが多くてよくスケールやスラーが回り切ってなかったり音がびびってたり。そんな調子で一部のフローベルガー、バッハはかなり苦戦してましたね。とはいえ深い洞察と確かな感性に裏付けられた、厳格なゴシックを思わせるような骨太でしっかりとした音楽は素晴らしく、真摯に音楽とその歴史に向き合うその学究的で哲学的なスタイルは、こうしたバロックの演奏には非常に合っています。なんか彼、イタリアっぽくないんですよね(笑)。ドイツっぽい。まぁ、後にリョベートとか弾いてる時は「やっぱイタリア人だ」と思うわけですが。そして一部最後のグラナドス、プログラムでは『献辞』、『アンダルーサ』、『ゴヤの美女』という順に掲載されているのに、何故か『献辞』の次にいきなり『ゴヤの美女』を演奏。しかもそれ弾いたら立ってるし、「あれ、『アンダルーサ』は!?」と思っていたんですが、まぁその後また座ってちゃんと弾いてくれたのでよしとしましょう。・・・あれはプログラム変更だったんでしょうか、それとも忘れてたんでしょうか?

 そして休憩後第二部が始まるわけですが、いやここからが凄かった。特に最初のアルカス!イントロの音からして「オイ、休憩の20分の間に何があった!?」と問いたくなる程もう音からして違う。完全にホールの空気を掌握してました。もう調弦に悩まされることもなく、グロンドーナ特有の深みに引きずり込まれていくような音の世界にどっぷり浸からせていただきました。もうアルカスは最後ゾクゾクしながら聴いてました。思わずアルカスの譜面買おうとしたんですが、なんとお値段12,000円。高ぇ・・・。そして次のファリャの『漁夫の歌』、『狐火の歌』がまた素晴らしかった。歌ってました。歌ってましたね。ギターも本人も(笑)。そしてそのままリョベート、アルベニスと素晴らしい演奏を聴かせてくれて本編は終了になるわけです。そしてなんとその日はリョベートを中心にアンコールが4回!多過ぎです(爆)。3回目のアンコールの後とか何人か帰ろうとしてたし。

 しかし実際に生でコンサートを聴いてみて思ったのですが、やはりグロンドーナの演奏は非常にクセがあるというか独特ですね。まず低音の響きが他のどのギタリストと比べても圧倒的に太い。音の輪郭が攻撃的なわけではないのですが、まるで大きな鐘の音の残響のように重くて太く、空気を振動させるような低音を出すのです。CDで聴いててもそうでしたが、生で聴いてもやっぱり凄いですね。ギターのせいかなぁ?とも思うのですが、CD『鳥の歌』ではトーレスからハウザー、ブーシェなど色々なギターを弾き分けているにも関わらずこのトーンはまったく変わりなかったので、やはりあの低音はグロンドーナの音なんでしょう。そして印象的なのは特にスペインものの曲でのスタッカートの使い方。なんというか、うまく表現できないのですが凄くスタッカートを聴き手に強調した演奏をするのです。そしてそれが強烈なリズムのアクセントになる。スタッカートで切った音の尾の輪郭と、それに続く無音の間が作り出すリズムの効果を非常に強く意識しているのです。あそこまで思い切ってスタッカートでリズムのメリハリをつけてくるギタリストってなかなかいないなぁ、と思って聴いてました。特に最後のアルベニス、『カディス』と『朱色の塔』ですね。この2曲ではスタッカートが非常に印象的でした。

 『音楽の絆フェスティバル』でも感じたことですが、音楽というものに対して非常に深い洞察を持ち、その歴史にも多大な敬意を表している彼は、その演奏の強烈な個性にも関わらず楽曲に対するある種の謙虚さのようなものが感じられます。常に彼の感性と知性は音という意味でも歴史という意味でも今弾いている曲が本来どう在るべきなのかということを探り続けているように思えるのです。それが私が「哲学的」と表現する彼の演奏の深みになるんでしょう。「自分の表現や個性にこだわりを持つのもいいが、それが行き過ぎると曲そのものが持つ本来の音楽の真実を見失ってしまう」というのが二年前に聞いた彼の言葉です。改めてなるほどなぁ、と納得するコンサートでした。

 ちなみにグロンドーナ、新しいCD2枚出てましたね。アルベニス・グラナドスの作品集とリョベート・タレガの作品集。どちらも非常にいいCDですが、特に後者は素晴らしいですよ。もし2/6の京都バロックザールのリサイタルに足を運ぶことがあったら是非買ってみてください。

2004年1月16日金曜日

心が引き込まれる音楽『ザ・ケルン・コンサート』

 ジャズバーでキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』を聴いた。正月のことだ。両親は普段はジャズなどあまり聴かないくせに(もっぱらクラシック。まぁジャズもLPはそれなりに持っているのだが、かけられているのを聴いたことはほとんどない)、何故かウィスキーの品揃えがいい小さくて落ち着いたジャズバーを見つけるのがうまい。大学に入ってから、帰省したり両親が京都に来た時なんかには、「飲みに行くか」といってジャズバーに連れていかれるようになった。京都では『厭離穢土』だったし、新潟では『だんちっく』という店だ。『だんちっく』は三条の本寺小路の裏側、通っていた高校から自転車で5分程の所で、こんなバーがこんなところにあったのかと、初めて連れていかれた時は正直驚いたものだ。看板に自ら「狭いバー」と書いてあるように、カウンターがメインでテーブルが1つだけ、詰め込んでも15人は入らないなぁという小さな店で、暖色の控え目な灯と木のカウンター、そしてその向こう側に並ぶウィスキーの瓶に白髪混じりで割腹のいいマスターと奥さん、どれをとってもいわゆる一昔前の典型的なバー。『タップロウズ』という、樽単位でしか流通しない上そもそも日本に入ってくる量が少ないため一般の店ではなかなか揃えられない良質なウィスキーが置いてある。そこに両親と弟と、4人で行ってウィスキーを飲んでいた。そしてそこで流れてきたのがキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』だった。

 バーというのは静かな店でもやはり独特の喧噪がある。人が集まって喋るわけだから当然なのだが、そうなると自然流れている音楽はBGMとして後ろに下がってしまい、ジャズバーで流れているジャズですら意識的に耳を傾けていないとすぐに周囲の喧噪の一部になってしまう。4人も集まってテーブルで話しているのならなおさらだ。ところが、この『ザ・ケルン・コンサート』の最初のフレーズは、まるで周囲の音をすべてすり抜けてきたかのように、突然、だけれども自然に、耳に飛び込んできた。ジャズとしては決して多くない、伴奏なしのピアノ独奏。ゆったりと、透明に響くピアノの旋律。一瞬で耳が釘付けになった。少ない音数が互いに響き合うように始まった演奏は、時が進むにつれ自由に形を変えていき、透き通った冷たい夜の空気が匂わすような叙情性を抱えたまま、時に明るく響いてみたり、時に悲しく歌ってみたり、感情を昂らせたり鎮めたりしながら進んでいく。いい曲だな、と思った。どこかで聴いた気がするな、とも。

 ウィスキーのおかわりを注文するのを口実に、マスターに曲名を聞いた。CDのジャケットを持ってきてくれたマスターからは、「曲名はないんです」という答えが返ってきた。キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』は、彼が行った完全即興のソロ・コンサートのライブ盤で、即興だから曲名があるわけではないとのこと。なるほど、CDのクレジットにも、演奏された日付と場所しか書かれていない。完全な即興。それでこれだけ印象的なフレーズが編み出せるものなのかと正直驚いた。

 社販で買った『ザ・ケルン・コンサート』のCDが手元に届いたのは数日前だが、平日はさすがにゆっくりとCDを聴く時間などなかなか持てない。やっと落ち着いて聴けた。店で聴いた音楽というのは、その店の雰囲気や居合わせた人の空気といった要因がどうしても強く、改めて一人で聴いてみると店で聴いた時とは印象が変わることが少なくない。このCDはどうだろう、と少しドキドキしながらプレイヤーにかけた。だが、記憶の印象を裏切られるかもしれないという不安はまったくの杞憂だった。出だしのフレーズはやはり心に残る印象的なものだった。そしてその後の即興・変奏に至っては改めて静かにゆっくり聴くことでさらに素晴らしいものに思えてきたし、そのインプロヴィゼーションに感服せざるを得なかった。特に1曲目の最後だ。

 一旦静かに落ち着いた曲の流れの中、少し間を探るようにハープを流しているかのようなチャララララ~ン、というフレーズが何度か奏でられる。そして次第にその中から少しずつ新しく美しいフレーズが生まれてきて、さらにその中から、また後ろの方でもう1つ新たなテーマの種が奏でられ始める。最初に生まれた非常に美しいフレーズが曲を神々しく盛り上げていく裏で、後から生まれた明るく生き生きとした躍動感を持ったテーマが少しずつ成長していき、いつの間にかテーマの重みが入れ替わり新しい明るいテーマがメインとなってアップテンポに盛り上がっていってクライマックスを迎える。それは、これまで聴いた中でもっとも美しい音楽の1つだった。透明で、響きの中に満ちた深い哀しみが神々しさすら感じさせる旋律の中から、新たにもう1つ、今度は明るく前に進んでいこうとするような力強い旋律が浮かんでくる。叙情だけで終わらず、希望だけに尽きず、押し付けではなく、暗がりから前へ。キース・ジャレットの演奏には、そんな心を引き込む力があった。心が引き込まれる音楽。ジャズは門外漢なので、正直ジャズがどうこうと語ることはできない。けれど、このキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』は本当に理屈抜きで素晴らしい。音楽とはこうありたいものだという形がここにある。

2003年10月26日日曜日

本棚の整理

 会社から帰ってきて米を電子ジャーにかけて一息ついたら、突然「うん、本棚を整理しよう」と思い立ちました。何度か日記でも書きましたが、もう最近は本棚が一杯で床に何列かの本が層を成して積み上げられている状態です。当然、本当に「整理」しただけでは入り切りません。只でさえ本棚の中もきれいに並べられている本と仕切り板の間に、さらに本が詰め込まれているような状態なのです。ので、とりあえず今手元に置いておきたいものとそうでないものに分けて、当面いらないものは実家に送ってしまおうと思い立ちました。実家の私の部屋の本棚は、確かまだ結構余裕があったはずです。そう思いついた私は、「まずは文庫・新書辺りからかな」と本棚からそれらを引っ張りだして選定を始めました。

 しかし、捨てるとか売るとかでなく実家に送るという軽めの選択肢にも関わらず、手放す本の選択は意外に難しいのです。まずいつ読み返したくなるかわからない本当にお気に入りの本(村上春樹の大部分やカポーティ等がこれに当たる)はとっておきたいですし、いつか日記に使う予定のネタ本(イタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』やフォルケルの『バッハ小伝』等)も手元になければ話になりません。その他心理学系の本はものを書く時に参考にする可能性が高いですし、そういった資料性の高い本(薬物・毒物関係や法医昆虫学の数少ない読み物『死体につく虫が犯人を告げる』等)も手元に置いておかないといけません。『術語集』『悪魔の辞典』等も同様です。

 ・・・一向に整理が進みません・・・。

2003年10月19日日曜日

ジョン・ウィリアムズ@すみだトリフォニーホール

 15日のことになりますが、ジョン・ウィリアムスの東京公演inすみだトリフォニーホールに行ってまいりました。「キング・オブ・ギター」ジョン・ウィリアムスの公演は、例え私が彼の演奏に特別強い思い入れがあるわけではないにしろ非常に楽しみでした。そして内容の方も期待を裏切らない素晴らしさだったわけですが、いやー、何が凄かったかってまずホールが凄い(爆)。かつてクラシックのコンサートとして行ったホールでは最大の、ステージの上方にはパイプオルガンが控えるやたらめったら巨大で豪華なホールです。村治佳織の大阪シンフォニーホールの時よりもっと大きい。まぁジョンは(クラシックのギタリストとしては珍しく)マイクを使うので、この大きさのホールでもそれ程問題はないんだろうなぁ、と開演前に思っていました。席も前から3列め、中央やや左と絶好の位置です。いつもアルティやアミカで後輩の演奏を聴く際にいる定位置とまさにまったく同じその席で、「指の微妙な動きすら見逃しやしませんぜ」と息巻いて、私は開演を待っていました。

 客電が落ち、ジョンがステージ上に現れてバッハのリュート組曲第四番BWV1006aからコンサートが始まるわけですが、私がまず最初に思ったのは「ちょっと待て、今着てるその服、絶対何かのCD(『ザ・ギタリスト』?)のジャケットで着てたヤツだろ!?」ということ(笑)。大抵の場合ステージ上にいる人物とCDのジャケットに写っている人物というのは印象が微妙に異なるものですが、ジョンに限ってはまったく印象が同じでした。そして演奏です。どうやら彼は極端なスロースターターらしく、BWV1006aの『プレリュード』は結構何度も音外してました(苦笑)。同組曲の『ロンド風ガボット』くらいから切れ始めて、前半の最後グラナドスの『アンダルーサ』、『ゴヤのマハ』、アルベニスの『朱色の塔』、『セビリア』と続く流れは凄まじかったです。『セビリア』カッコよかったなぁ・・・。

 ジョンの演奏を聴いていて思ったのは、とにかく右手のタッチがしっかりしているということ。マイクなんてなくても生音でこのすみだトリフォニーホールを掌握できるんじゃないか?と思えるくらい骨太な力強い音が出るのです。そしてハーモニクスが異様にデカイ。実音とほとんど音量差のないハーモニクスがバッツンバッツン鳴り響く様はかなり圧巻でした。しかし彼の右手、弾いてる時は指の第一関節から先がほとんど見えない位置にいるんですよね。ラスゲアードの時ですら指先が客席の視界に入ってこない。それだけ無駄の少ない小さな動きで弦を弾いているということなのでしょうか。

 後半は『ザ・マジック・ボックス』収録の曲達から始まります。もうこの頃にはジョンはかなりノリノリで、アフリカ音楽であるこれらの曲達を凄く気持ちよくリズミカルに聴かせてくれました。CDで聴いてると端正でソツのない演奏といった印象の強いジョンですが、実際この『ザ・マジック・ボックス』のようなアフリカの音楽や最新作『解き放たれた悪魔』に収録されているようなベネズエラ音楽での演奏を生で聴いてみると、端正でソツがないというよりは気分屋でノリ重視といった感じさえ受けます。のってくると止まらないってタイプでしょうか。そして『舞踏礼讃』です。この曲で私はジョンの左手に脱力の究極形を見ました。この『舞踏礼讃』という曲は基本的に弾き手本位な曲でして(爆)、特に左手は一度手の形を決めたらそれをそのまま縦なり横なりに動かしていくだけで弾けてしまうという部分が結構あります。ただしそれも理論上の話で、実際はその手の形が結構無理があって力が入ってしまってフォームが崩れて音がびびったり、手の形は同じでも開放弦を交えて高速なスラーで移動しなければいけないので左手指が非常にバタバタしてみたりとなってしまいがちです。ところがジョンは、左手の形が一旦決まってしまうともうピクリとも指が動かない。スラー交じりに縦に左手を移動させていくフレーズのところも、当然指は動いているはずなのですが見た目は本当に指は静止したまま手だけが平行移動しているように見える。ゾクッとしました。どんだけ無駄のない小さな動きで弾いてんだと。かつて藤井敬吾先生が喫茶アルハンブラで半音階で左手の指の動きをいかに最小限に抑えて弾くかということを実践して見せてくれた時も衝撃でしたら、それを実際の曲の中であそこまで見事に実践しているのを見たのは初めてです。しかもまた『舞踏礼讃』の演奏が凄くよかったんですよ。あの曲を妖しいだけじゃなく本当の意味でカッコよく音楽として聴かせてくれるギタリストはなかなかいませんからねー。

 そして曲は私の中で本日一番のハイライトである『大聖堂』に移ります。そう、私が初めて買ったクラシックギターのCDはジョン・ウィリアムスの『バリオス作品集』です。そして三回生の定演までずっとそこに収録されている『大聖堂』を目標にやってきたわけです。その名曲が、最初に買ったCDと同じジョン・ウィリアムスが、まさに目の前で弾いているわけです。そりゃ熱くならないわけがありません。そして演奏の方も期待通り、もう最初の一音から客席の空気をすべてかっさらっていくような、オーラに満ち満ちたものでした。ジョンの音って透明でクリアというよりは、少しかすれた感じの丸みがある暖色系のものだとこれまでの演奏からは思っていたのですが、この『大聖堂』の第一楽章ではちょっと毛色が変わりました。丸みのある暖色系の音という底の部分は変わらないのですが、かすれた感じが消え去って、透明感が増したというか輪郭がスッキリしたというか、彼独特の力強いハーモニクスがそのまま実音で出ているような、そんな音に突然変わりました。今思えばこの変化は、もしかしてPAで調整してたのかもしれませんが、とにかくその音にすっかり私は引き込まれ、第三楽章の最後の和音を軽く流して終わるまでずっと固唾を飲むどころかその固唾を飲むために集中力がわずかにそれるのも嫌だというくらいじっとステージから流れてくる音に聞き入ってました。終わった後はもう会場中その日一番の拍手です。客席の何処かから「ブラボー」と叫ぶ声が聞こえます。鳴り止まない拍手にステージ上のジョンが何度も何度も笑顔を返し、次の『森に夢見る』のために調弦を変えようにも拍手がうるさくて困ったなくらいの表情でたたずんでいました。

 次の『森に夢見る』もいい演奏でしたし、最後ベネズエラのギター音楽ではまた後半の開始と同じように、気持ちよく音楽に乗っていけるセンスのいいリズム感で観客を楽しませてくれて、コンサートの本編は終わりを告げました。アンコールは三曲、すべて『解き放たれた悪魔』からの曲で、最初の曲はちょっとわかりませんでしたがあとは『星の涙』と『別れへの前奏曲』でした。最後のアンコール前のスピーチで、「これも『解き放たれた悪魔』からの曲で、『Prelude del Adios』です」と告げて「これでアンコールストップですよ」と暗に告げるジョンの、ちょっと悪戯っぽい笑顔が印象的でした。アンコールストップも終わり、ジョンが袖に帰っていきます。それでも当然拍手は止みません。もう一回出てきてくれないかなと皆思ってるわけです。が、鳴り止まないカーテンコールも上がった客電に有無を言わせず止められます。拍手も一気に小さくなっていきます。が、その瞬間客電がまた落ちて、袖からジョンが笑顔で両手を広げて小走りに出てきます。そんなちょっとした悪戯が、無邪気な笑顔によく似合っていました。いやー、このコンサート聴いてジョン・ウィリアムスが好きになりました。彼の演奏は決して「端正で上品にまとめる」だけでなく、聴き手を引き込むオーラとリズムセンスに裏打ちされた力強い説得力のある演奏家なのだなと、私はジョンへの認識を改めましたとさ。

 ・・・しばらくは『解き放たれた悪魔』が部屋でヘビーローテーションでかかりそうです。

2003年10月6日月曜日

Sputnik Sweetheart

 昨日会社に行く途中、電車の吊り革広告が目に入りました。見ると、10/4~10/6の間、みなとみらいのランドマークホールでシャガール展が行われるというではないですか。私は絵画や版画の類いは観るのは好きでも正直見識がないからよくわからん(爆)のですが、折角本物が見れるということですし、みなとみらいならウチから電車で一本、会社まで行く程度の時間で行けてしまうので行ってみるかと、珍しく休日に重い腰を上げました。「まぁ、感性というのは放っておくと錆び付くものだしな、たまにゃシャガールもいい刺激になろう」と呟きながら。そう、『一人みなとみらい計画』の始動です。

 今朝、9時半と休日にしては早めに起きた私は、洗濯や買い出しといった日常の諸事を手早くすませます。そして行き際にスーツをクリーニングに出し、ラーメンで昼食をすませた後に桜木町行きの電車に乗り込みました。終点で降り、バスターミナルの向こうで回るコスモクロックを横目にエスカレータで上の動く歩道に昇り、一路ランドマークタワーの方を目指します。そしてランドマークタワーの横を抜けて扉をくぐり、回廊状のエスタレーターを5階まで上がればもうランドマークホールはすぐそこです。近未来的でお洒落で先進的なみらとみらいランドマーク近辺に、20代の一人攻めを敢行している人間は男女を問わずほとんど皆無に等しいですが気にしちゃ負けです。手前にある有燐堂の『世界のトランプ展』とやらが目についたので立ち寄ってみて、妖しいタロットカードにちょっと惹かれながらも意外と高かったので諦めてみたりしながら、私はランドマークホールに向かっていきました。受付を済ませ、来場者全員プレゼントというポストカードをもらって中に入ると、美術館というよりはイベントホールといった雰囲気で(というか実際そこはイベントホール以外の何物でもないのですが)、薄暗く照明を落とした空間に、意表を突いたことに静かなBGM的な音楽でなく、大音量のいわゆるネオクラシックとかネオフラメンコとかいった類いの音楽が流されいています。ある種学園祭の出し物につきものな浮き足立った熱気にも似た印象を受ける、ある意味で実に斬新な空間です。版画はまぁお決まりって感じで黒い幕に暖色の電球で照らされていましたが、その明らかに美術館とは一線を画した雰囲気は、微妙に若者受けを狙っていたりするのでしょうか?

 中に入って「むう、シャガールだ(やっぱ相変わらずこんなんだな、オイ)」等とすっとんきょうな感想を持ちながら一枚目の版画を近寄ったり離れたり角度を変えてみたりしながら眺めていると、スーツをビシッと着込んだ、短めに刈り込んだ茶髪を爽やかに上に立てた同じ歳くらいの説明員が満面の笑みで声をかけてきます。

「シャガールお好きなんですか?」

 ・・・ほう、俺がシャガールが好きかと?なるほど、休日にイベントホールのシャガール展に一人で立ち寄って、しかも一枚目からじっと数分立ち尽くしているくらいだから、確かに他の人から見たら「シャガール好き」に見えるのかもしれない。が、何しろ俺は初めてではないにしろ美術全般に大した見識があるわけでもない、「なんちゃって美術好き」です。彼の質問に大真面目に「ええ、いいですよね、シャガール」と答えることもできず、仕方がないので開き直って「いやー、ぶっちゃけよくわからないんですけどね、まぁ観るのは嫌いじゃないんで」等とひきつった笑みとともに答えてました。それでも彼は「この金色の額がシャガールが生前に自分で作成したもので、それ以外の物は死後に出た復刻で・・・」と説明してくれました。それはそれで嬉しかったりはするのですが、素人同然の人間が美術の展示会場に単身乗り込んできて、しかも適当に流すでもなく一点一点じ~っと首を捻りながら観ているというのも少し気まずかったりします。何しろ本当に「よくわからん」のですから(苦笑)。ん~、ムンクは凄く感性に響くものがあるし、カンディンスキーも素直に響くものは響くなりに、わからんものはわからんなりに、もっと色々感じるものがあるのですが、シャガールはよくわからん・・・。

 その会場にはシャガールの他にスペインの作家や日本や中国の現代のアーティストの作品も展示されていて、むしろそっちの方がよかったです。まぁ、ただ単にわかりやすかっただけって話もありますが(爆)。ただあれですね、このことはまた機を見て書こうと思いますが、そこに展示されていた現代のアーティスト達は、凄く透明で幻想的な綺麗な作品を作っていて、確かにその技術には感心するのですが、その作品の中で何かしらの形をとって息づいていなければならないはずの魂が見えなかったのです。表面的な美しさだけで終止してしまっているような、そんな印象を受けました。シャガールの作品は理解できないなりにそういった「力」のようなものはやはり感じますねぇ。それともこれも色眼鏡なのかなぁ・・・?

 そしてその後、有燐堂に再び立ち寄り、奥の方に渋谷のブックファーストより充実した洋書コーナーがあるのに気付き、そこで一時間程立ち読みをして過ごしていました。いや、村上春樹の英訳版があって、最近じゃ海外でも英訳された村上春樹の小説が非常に評価が高く読まれていると聞いたので、「英語で読むとどんな印象をうけるんだろう?」と、興味津々で立ち読んでいました。しかし、英訳されたタイトルがいちいち微妙です(苦笑)。例えば『ねじまき鳥クロニクル』は『The Wind-Up Bird Chronicle』。いや、まぁ、確かに「ねじまき」は「Wind up」なのかもしれないけどさぁ・・・。『神の子どもたちはみな踊る』は『After the Quake』。むぅ、確かに『神の子どもたちはみな踊る』は阪神淡路大震災から作者が受けた心象をもとにした連作短編集だ。・・・が、敢えてその中の作品の一つを本のタイトルにもってきた作者の意図は何処へ・・・?とか。『ノルウェーの森』や『アンダーグラウンド』なんかはそのままですね。で、唯一「この英訳タイトルはセンスいいなぁ」と思ったのは『スプートニクの恋人』。訳して『Sputnik Sweetheart』。これは村上春樹の作品としては正直私の中で比較的評価の低い作品ですが(そのくせ文芸方法論のレポートでは当時出たばかりのこの作品を、必死で読みといて色々な所に付箋張り付けたりして珍しく熱心に研究してレポートを書いた)、英訳版を読むならこれかなぁ、とか思ってしまいました(笑)。なんかいい感じじゃないですか。『Sputnik Sweetheart』。まぁ実際ヒロインのすみれがSweetheartかどうかはともかくとして。

 ところで、ペーパーバックってよく裏表紙や中の扉に作者の経歴やバイオグラフィーが載ってたりするじゃないですか。村上春樹のも載ってたんですが、彼、京都の生まれだったんですね(←知らなかったんか!?)。ずっと神戸だと思ってました。しかも、村上春樹の写真初めて見ました・・・。それらに衝撃を受けるにつれ、「そういや俺ってそんなことも知らずに彼のファンやってたんだろうか・・・?」と思ってしまいましたとさ。いいんです、俺は彼の作品が好きなのであって、彼の写真やバイオグラフィーが好きなわけではないのです。・・・まぁでも普通、好きな作家の写真くらい8年もファンやってりゃ一度くらいは目にしますよねぇ・・・。

 バイオグラフィーで思い出しましたが、今日は私の遠い友人の誕生日でした。今では連絡先もわからなくなってしまって、どこでどうしているのかもさっぱりで、まさに『遠い声、遠い部屋』といった趣もありますが。折角思い出したのだからこの場で一言くらいお祝いをいいたいと思います。しかしどうしてるんでしょうね、ホント?お~い、元気か~?

2002年8月26日月曜日

オスカー・ギリア夢の供宴

 昨日のことになりますが、私はオスカー・ギリアのコンサートのために静岡まで出かけていました。『夢の供宴』と題されたこのコンサートは、オスカー・ギリアだけでなく福田進一、鈴木大介、村治佳織、大萩康司、村治奏一が共演し、なおかつエレナ・パパンドレオと加藤政幸までもがゲスト出演という、実にありえない面々でのコンサートなのです。これだけ面子が一気に観れるなんて機会、そうそうあるものではありません。ってゆーかむしろないでしょう。演奏会が始まる前から、期待は否応無しに高まっていました。

 三時間半近くにも及ぶコンサートは、オスカー・ギリアのコンサートというよりは出演者が順番にデュオ・トリオ、あるいはそれ以上でコンビを組んでいくパーティー形式のような内容で、オスカー・ギリアは実は二部の最後に三曲デュオを弾いただけで後は客席で高見の見物と洒落込んでいました。しかも私達の席からすぐ右に3mくらいの客席で(爆)。一部が始まる前からそこに座っていたギリアをオムが見つけ、「あれってオスカー・ギリア?」と聞いてきたのですが、似てるけどまさかそんなはずもなかろうと思っていたのですが。なんと見事にその彼がオスカー・ギリア本人でした(爆)。それはそれでなかなかシュールな話です。

 デュオ以上人数の演奏がほとんどのこのコンサート、おそらくはほとんどがまともに合わせてもいないぶっつけ的なノリだったのでしょう、さすがに息がピタリと合っているという演奏はありませんでしたが、それらの共演の中で各々がしっかりと自分の個性を見せてくれているのは非常に観ていて面白かったです。とりあえずやはりというかなんというか、一番最初に驚かされたのは大萩康司。彼が最初ソロで出てきて『そのあくる日』を弾いた時、その最初の一音の響き方に物凄い衝撃を受けました。これだけの面子が揃っているにも関わらず、彼の音は他の誰よりもクリアに明瞭に、大きな音で響き渡っていたのです。ありえねぇ・・・!!! 一番色気のある音を出していたのはやはり福田進一ですが、大萩康司はそれとも違った透明感のある彼独特の音色が美しく、それが非常に印象的でした。そして一番の功労賞は鈴木大介。村治佳織と組んだデュオ、ロドリーゴの『トナディーリャ』でも、最後に福田進一、鈴木大介、村治佳織、大萩康司、加藤政幸の五人でやったファリャの『はかなき人生』でも、彼は周りが走ろうとするのを必死で抑えてテンポをキープしてくれていました。さすが最近ジャズセッションにはまっているというだけあって、人と合わせる術をよく心得ています。最初出てきた時は写真とのあまりのギャップに「オマエ誰だ!?」と思い、ソロで『イパネマの娘』を弾いたのを聴いてそれまでの「美音がウリの純クラシックギタリスト」というイメージとのあまりのギャップにまたも「オマエ誰だ!?」と思うというある意味一番衝撃的な鈴木大介でしたが、なかなかいい味出してました。ゲストのエレナ・パパンドレオの『タンゴ・アン・スカイ』は見事という他ない圧倒的な迫力で、さすがの実力を見せてくれました。彼女のために作られた『ポルカ・パバンドレオ』を弾いて、短い曲であっという間に唐突に終わり、あっけに取られた観客を見てにやっと笑っていたのも実に印象的でした(笑)。そして注目のオスカー・ギリア。今回は重奏のみ三曲の出演でしたが(客席でずっと具合悪そうに咳込んでグッタリしてたし、体調がよろしくなかったのでしょう)、セゴビア直系の正統派かつ示唆に富んだ音楽表現は色々と参考になるところがありました。ギリアのpは凄く柔らかくて太い音がするのです。セゴビアのそれともまた多少毛色は違いますが、ちょっと似た感じの丸い音でした。できればソロも聴きたかったですねー。第三部はボッケリーニの『ファンダンゴ』やヨークの『スピン』、ファリャの『はかなき人生』とクラギタの面々にも馴染みの深い曲達をこのいかつい面子が次々と演奏し、実力の違いを見せつけられるとともに曲の違った側面を垣間見ることもできた興味深いステージでした。まぁ、やはり即席は即席らしく、やはり息は完全にはあっていなかったのですが(苦笑)。まぁ、いたしかたないことでしょう。

 総じて豪華かつ色々なギタリストの色々な側面が見られる素晴らしいコンサートだったと思います。これで5,000円はお買得でしょう。いい勉強をさせてもらいました。おかげで私のギター熱にも火が着いてしまいました。さ~て、何弾こうかな?とりあえずは『魔笛』を完成させろとの声も聞こえてきそうですが・・・。

2001年5月28日月曜日

現代ギター社での夕べ

 昨日、現代ギター社でコンサートがありました。恩師藤井敬吾先生と、マンドリンの柴田高明氏によるギターとマンドリンのデュオコンサートです。こっちに来てから昨日まで、とりあえずこのコンサートを楽しみに社会人生活を頑張ろうと思っていたくらい楽しみにしていたコンサートです。ギターとマンドリンの一対一のデュオというのは案外珍しく(多対多の合奏なら普通だけど)、どんなコンサートになるのか興味津々でしたが、始まってみたらもう・・・!マンドリンの柴田氏の音色が素晴らしく美しく、とても柔らかい音色が印象的で、マンドリンというのはキンキンした音という偏見を持っていた私はまさしく目からウロコのような状態でした。藤井先生のサポートも「先生こんな音だっけ?」と思うくらい繊細でまろやかな音で、実に美しい世界を構築していました。藤井先生が作曲した曲は相変わらずの藤井先生ワールド炸裂といった感じで、妙にカッコよかったですね。先生が自分の曲の中でよく使う(?)変調弦で異弦同フレットを3つ4つ押さえたフォームで解放弦を交えながらそのまま指板を平行移動していくキメフレーズは、マンドリンソナタにおいても健在でした。ん~、カッコいい。

 そして演奏会終了後、現代ギター社で演奏者を囲んでの交流会兼打ち上げみたいのがあり先生に「時間があるならどう?」と誘われたのでお言葉に甘えて出席してきました。とはいえ私は現代ギター社に単身乗り込んでいる身、下でCDを買っている内に打ち上げが始まり、なんか一人ずつ自己紹介と演奏者への激励の言葉を述べていて異常に入り辛くて「どうしようかな~」と入り口からちょっと離れたところで様子を伺っていたのですが、その私を先生が見つけてくださって「どうしたの?入れば?」と大きく手招きして呼んでくださったのでどうにか無事入室することができました。色々と気を使っていただいてありがたい限りです。その後ビールを手渡され、自己紹介と演奏者への激励も恙無く終え、いわゆる歓談の時間と相成ったわけですが、私が座ったところは周囲10人くらい全員『クボタフィロ・マンドリーネン・オルケスター』というマンドリンオケの団体さん。主に彼らと話していたわけです。このマンドリンオケはアマチュアとしては相当レベルの高いところらしく、指揮兼顧問の先生もこの界隈では有名な人で、毎週朝九時から五時までビッチリ練習という社会人のアマ団体としては異常なくらい本格的なところ。話してる内に何故かそこのギターパートに誘われ、さらに村治パパのところに習いに行っているギターパートの人と話も盛り上がり、6月10日にある彼らの演奏会に見に行ってみようかなということになりました。まぁマンドリンオケにはさすがにあまり入る気は今のところないのですが、皆話を聞くと厳しいながらもかなり楽しくやってるみたいなので一回見ておくのもいいかなぁと。そして現代ギター社での打ち上げも終わり、最後に藤井先生に挨拶して帰ろうと思って先生のところに行きます。私の前に一人先生と話している方がおられたのですが、その方も京都の出身で京都にいた時藤井先生についていて、今は品川でコンサル系の会社を興して運営している方でした。先生の紹介でその方とお話しし、一緒に池袋駅まで迷いながら歩いて(爆)渋谷まで一緒に帰ってきました。色々と藤井先生の裏話(?)も聞けて面白かったですよ。えらい気さくな方でしたし。

 まぁまぁそんな感じで音楽も堪能し、人とのつながりもできて素晴らしい夕べを現代ギター社で過ごして昨日の私は家路につきました。ちなみに、僕は一番入り口に近いところで聴いていたのですがコンサートの最後の方、一人見たことのある人が入ってきまして、5秒後くらいに「あれ?もしかして鎌田慶昭?」とか思ったのですが、はやりその人は鎌田氏でした。席の関係上一言もお話をすることなく終わってしまったわけですが(爆)、何げにそんな人が現れるのも現代ギター社でのコンサートならでは、といったところでしょう。面白いことこの上なしです。

2001年5月7日月曜日

『ハンニバル』鑑賞記

 いよいよGW最後の日となりました。忌々しい風邪のおかげで昨日まで家に引っ込んでいた私ですが、体調も概ね回復したことだし最後くらい出かけてこようと、単身渋谷まで繰り出し『ハンニバル』を観てきました。いやいや、なかなかよかったですよ。会社の同僚で観に行った連中から噂を聞くに「気持ち悪いだけで面白くない」との意見ばかりでしたが、面白くないなんてこと全然ないです。まぁ『羊達の沈黙』は個人的にお気に入り映画BEST3に入るので、当然その続きである『ハンニバル』は期待大だったわけですが・・・。

 まぁしかし始まっていきなりモノクロのコマ送りのような画面で流れる『ゴールドベルク変奏曲よりアリア』にはやられました。前作ではこの曲が凄惨な殺人の場面を異常なまでに静かで美しく演出していたわけですが(詳細は当HPの映画鑑賞記参照のこと)、今回もその手法は見事に踏襲。凄惨な場面で不必要に緊張感を煽らず、あくまで静かに平静に狂気を見せていくやり方は個人的には好きですね。今回は派手なアクションシーンがあるわけでなく、きらびやかなSFX画像が入るわけでもなく、表向きは比較的地味に終始進んでいくのですが、その中で随所に垣間見えるDr.レクターの美学にはしびれました。この映画の見所はそこに尽きます。まぁグロイ場面も多いし、盛り上がりどころはわかりにくいし、あまりカップルとかで行くのをお薦めする映画ではありません。っていうか映画終わった後、誰も喋らないもんだからいやに映画館静かだったし・・・。そらまぁ話題作だからってカップルで観に来てあれじゃあ言葉もなくしますわな。『羊達の沈黙』をちゃんと観て感動してから来よう。

 そしてその足でタワレコに行き、金もないのに思わずアル・ディ・メオラのCDを3枚も衝動買いしてしまいました。いや、CD屋に行くのはやめられるんですけど、一旦CD屋に入ってしまったら衝動買いはやめられない・・・。おかげで給料日までのピンチ度が増しました・・・。

2000年12月16日土曜日

日独文化交流-音楽を通じて

 昨日は卒論もヤバいというのに何故か関西ドイツ文化交流センターに行って先日クラギタに来襲したプロイショフさん他『ユーゲント・ムジツィールト2000ベルリン』各部門で受賞された方々の演奏会を聴いてきました。しかしあそこのホールはいいホールです。キャパはおそらく100人前後といったところでしょうが、音響効果がとてもしっかりしていて実に音が綺麗に響く。あそこでも一回弾いてみたいなと思いましたね。

 で、演奏の方ですが、プロイショフさんはトップに出てきてバッハの『リュート組曲第1番』の中から何曲か、そして先日我々の前でも弾いてくれたヴィラ=ロボスの『プレリュード第2番』、最後にクレンジャンスの『最後の日の夜明けに』を弾いてくれました。あそこのホールは異常に音が響くというのは演奏前からわかっていましたが、それにしてもまず彼女が出した1音目でやられましたね。音が無茶苦茶太くて艶があり、綺麗な上にデカイ。これがホールやギターのせいだけではないのはこの前研心館で私のギターを弾いた時に証明済み。凄かったです。音色は言葉にし難いのが口惜しいくらい素晴らしい音で弾いてました。そして『最後の日の夜明けに』は現代ギター社のウィンターセールのカタログが来た時から曲名がやけに気になっていて、試みにCDか譜面を買おうかどうしようか迷っていたのですが、ここで聴けたのはよかったです。この曲は『アッシャー・ワルツ』がエドガー・アラン・ポーの小説『アッシャ-家の崩壊』をモチーフとしているように誰かの(口頭で説明してたのですが名前を失念しました)小説がモチーフとなっていて、明日刑が執行される死刑囚が、最後の日の夜明けを待つという情景を描写した実に生々しい曲です。様々な特殊技法を用いて執行官がドアの前まで歩み寄ってくる足音やドアが開けられる音を音画的に表現し、美しくも実は『舞踏礼讃』に頻出するものと同じスケールを差し挟んだあやしい第2楽章へと流れ、最後にはギロチンで首を切られる様まで音で描き出すという凄まじい曲でした。あの曲には惚れましたね。収録されているアウセルのCD(この曲はアウセルに献呈されたもの)と譜面を注文する決意を固めました。素晴らしかったです。

 そして残りの2組はそれぞれピアノとホルンのデュオ、ピアノとバイオリンのデュオだったわけですが、プロイショフさんの次に出てきたピアノの人を見て「ああ、ゲルマン系だからって皆いかついってわけでもないんだな」と思いました(爆)。無茶苦茶細身の人で、眼鏡をかけた良家のお嬢様くさい人でしたね。この人演奏ももちろん凄いのですが、それ以上に驚いたのが譜めくり。速いパッセージが続く曲の中でも、その音符の一瞬の間隙をぬってビッ!と物凄い速さで正確に譜面をめくるのです。あれにはビックリしました。弾きながら一瞬でしかもあんなに正確に間違わずに譜面をめくれるものなのかと(笑)。やはり本場はその辺からして違うのかと思いきや、最後に出てきたピアノの人はちゃんと譜めくりの人がついてました。やはりあれはあの人の特技なのですね。ちょっとホッとしました。

 しかしトリで出てきたバイオリンとピアノのデュオ、最後にベートーベンの『バイオリンソナタ ニ長調 op.12-1』をやったのですが、あのベートーベンは凄かった。マジで最初のつかみからゾクッとしました。ベートーベンは大体において最初の出だしでキメてきますからねぇ・・・。しかしあの曲は同じデュオがやった他の曲と比べても明らかに完成度が違ってました。ピアノやバイオリンは専門外なので詳しくはわかりませんが、とにかく感動しましたね。

 しかしこのコンサート、私を含めクラギタが4人行った以外は身内と思われる客ばかりで、100人前後のキャパがある素晴らしいホールも席はガラガラ。まぁその分音は響きますし、半貸し切り状態なので気分はよかったのですが、しかしもったいない気がしますね。あれだけの演奏を・・・。しかも1,000円で聴けるのに(立命クラギタは)。今回は女性ばかり5人、15才から20才までという若手ばかりでまだ無名の演奏家ばかりでしたが、地方大会で12,000人集まるという『ユーゲント・ムジツィールト2000ベルリン』で各部門の頂点に立った演奏家です。しかもクラシックの本場ドイツのコンクールですよ。冷静に考えてみてください。国内のコンクールでプロのための登竜門と言われる九州ギターコンクールだって、あるいは東京国際だって12,000人は集まりません。それほど大規模なコンクールを本場ドイツで勝ち抜いてきた方々です。ギターのみならずピアノやバイオリンその他も私はプロの演奏を色々生で見てきましたが、ハッキリ言って下手なプロより彼女らはよほど素晴らしい演奏をしてました。そらその楽器の専門家に言わせれば色々あるのでしょうが(私もギターにはちょっと微妙にですが思うところはありましたし)、少なくとも一聴衆としてあそこまで感動したのは久しぶりでした。皆来たらよかったのに・・・。

 どうでもいいことですが、休憩時間にトイレに向かった私は、席に帰る途中演奏終了後のプロイショフさんと遭遇、いきなり話しかけられ戸惑ってしまいました(苦笑)。最初ドイツ語だったし・・・。「Thank you for your kindness」と微笑む彼女と握手を交わし、帰り際に私も「Thank you for your playing」とイマイチよくわからん英語を投げかけ帰ってきたのでした。やっぱソロ弾くと覚えられるわなぁ・・・。あの時来てた付き添いのお偉いさん達もいちいち声をかけてくださっていたし。日独文化交流も悪くないものだと思いました。向こうさんのレベルにこちらが明らかに追い付いてないのが悔やまれるところですが。何かこの交流は一回限りのものではないという噂も耳にしましたが、これからどういう形で続いていくのでしょう? せっかくの機会、少しでも自分の実になるようにしていきたいものですね。

2000年12月13日水曜日

クラギタにドイツ人来襲

 ドイツ人来襲です。今日はクラギタとの交流を深めに『ユーゲント・ムジツィールト2000ベルリン(ベルリン青少年音楽祭とでも訳すのが妥当なのだろうか?)』というコンクールで一位を取ったツェリア・プロイショフさんという20才の女流ギタリストがタルレガの時間にやってきたのです。とりあえず我々がソロ・デュオ4組の演奏で歓迎し(歓迎になっていたかどうかはともかく)、プロイショフさんが一曲披露してくれてQ&Aタイムみたいのをやって交流しました。しかし今回はちょいと段取りが悪かったですね・・・。まぁ話が急だったので致し方ない部分もありますが。もうちょい話が早ければ『ア・ラ・ホーンパイプ』くらい合奏でやってもよかったんですけど。合奏聴きたがってたみたいでしたし。

 彼女の演奏は、「とりあえずギターは持ってきたものの弾くのかな?」という感じでいていきなり弾いたせいもあるのでしょうが少し大きなコンクールの受賞者にしてはどうかなと思う面もありましたが、音の出方は凄いものがありました。研心館の教室であそこまで響かせられるか!? とか思いましたからね。実際彼女のギター(製作者の名前は忘れましたが、ドイツの匠で彼女のために作られたギター)を私も弾かせてもらいましたがあんな音は出ませんでした。そして私のラミレスに彼女が目をつけて、彼女が弾いてみたらこれまで誰が弾いていた時より豊かで艶のあるいい音が出ていました・・・。彼女は「Good sound...」とか言いながら弾いてましたが、それを聴く私の心境は複雑でしたね。「初めてこのギタ-持ってなんでそんなにいい音出せるんだよ?」と、自分の音を出す技術の甘さを痛感しました(苦笑)。付き人とちょいとドイツ語で感想を交わしていたのを盗み聴く限り、彼女にとって私のラミレスは「とても響く(あるいはやかましい)」ギターのようです。「いいギターだ」と言って私にギターを返す彼女から受け取りながら、「そらあんたが弾いたらいいギターだろうよ」と内心ちょっとひねくれてもみたり・・・。まぁ私のラミレスはまだまだ潜在能力を持っているということがわかっただけでも収穫ですか。あとは私がギターのレベルに追い付いていくだけです。・・・難しいなぁ・・・(苦笑)。

 そんな彼女も出るコンサートが14日(木)7時から、関西ドイツ文化センターというところであるそうです。場所は川端通の今出川と丸太町のちょうど中間だとか。興味のある方は行ってみてはいかがでしょう?しかし今の1、2回生は幸運ですね。早い内からあんなにレベルの高いギタリストと交流を持てる機会があって。こんな機会は私は部内では今回が初めてですから。その恵まれた境遇を活かして成長していってください。