1999年7月31日土曜日
事故続きの前期総会
仲間に起こった理不尽な不幸に対して俺ができることは何もなく、ただ無闇に騒ぎたてずに、事故の対応に追われた渉外の代わりとしてその場をまとめることくらいしかできなくて・・・。相当な無力感を感じてしまいました。そらブルーにもなるっちゅーねん!コンパが終わった後も、ケガをした仲間を心配してみても何もどうにもなるはずもなく、何かが絶対的に悪かったのならそれに怒りをぶつけることもできるのにそういうわけでもなく、ただやりきれない気持ちだけがグルグルと心の中を回っていたたまれない状態になってしまいました。こうなるともうその感情のやり場としてはただ徹底的に騒ぐより道はなく、ボーリングではもうピンを破壊してやるくらいの気合を込めて投げていました。しかもそんな時にもう一人の事故の知らせ。たまりません。その他にもいくつかの負の要因が加わり、私の精神状態と思考回路及び感情回路はいよいよもって迷宮入りで脱出不可能な様相を呈してきてしまったのです。そうなるともう叫ぶしかありません。昔はこういうやりきれない感情を抱いた時に自分を落ち着かせたり相手を励ましたりできる気のきいた歌の一つくらいはすぐ心に浮かんできたものでした。でも最近は何故かそんな歌が心から出てきてくれないのです。何も出てきてくれないのです。だからひたすら叫びました。もう徹底的に叫びました。限界に挑むなんてもんじゃありません。一時期はもう自分の身体もブッ壊してやるくらいに叫んでました。それでもまだ心は晴れてくれないのです。仲間の身に起こった不条理な不幸に対してのやりきれない気持ちも、そのケガに対する不安も、まだ一向に消えてはくれないのです。もうこうして京都に一人で帰ってきた今、私の心を少しでも慰めてくれそうなものは何があるのでしょう。今の私にはどんな音楽がその役目を果たしてくれるのかもわかりませんし、叫ぶことももうままなりません。破壊活動に走ろうにももう疲れたからだがいうことをきいてくれません。読みかけの小説を読む気力もなく、こうして文章を書くことができることがせめてもの救いですか。しかしそれもずっと書き続けていられるわけでもありません。他に何があるでしょう?もうこの際疲れた身体にムチ打って、このままずっと寝ないでいて身も心もボロボロにしてやろうかとも考えました。酒もタバコもいりません。もう溺れるものもありません。飲みかけの『お~い、お茶』なら手元にあります。・・・ハッ。終わってるな。今私に言えることは、色々と苦労をしたたっちーに「お疲れさま」ということだけでしょう。
1999年7月29日木曜日
街は月には明るすぎて
しかし前にも日記で書いたような気がしますが、本当に月の光を感じるには京都の街は明るすぎますね。月が出てても出てなくても、街の明るさに変わりはないもの。私の田舎では単純に街灯もネオンもないおかげで、月が出るとあからさまに夜の景色の明るさと空気が違うんですよ。高校の部活の帰りにロクに街灯もない両サイドたんぼの道を自転車で帰っていると、ふと「おや、今日はいつもと景色が違うな」って思うんです。そしてふっと空を見ると上には微かに揺れるような光をその身にまとった月が浮かんでいるんです。本当に景色が違って見える程月の光は夜を静かな明るさで照らしてくれるんですよ。私はその月の光の中を気分にまかせて歌なんか歌いながら自転車でのんびり帰るのがとても好きでした。「月の光が明るいなんて昔は知らなかった」と言う人がたまにいますが、今の日本ではそんな体験をしている子供がどんどん少なくなってるんだなと思うと、何かちょっとさみしくなりましたね。街灯やらネオンやら、確かにそれで私達の生活は便利になりましたし、街は華やかにもなったでしょうが、それで失っているものも確かにあるんですね。また去年の8月の日記で書いたものと同じ言葉が頭に浮かんできてしまいました。"周りに明かりが何もないのに、月の光のみによって照らし出された世界にどこか現実離れした美しさを感じるのは私だけでしょうか。月の静かな光の影に、言い表わせない寂寥を感じるのは私だけでしょうか。"
1999年7月28日水曜日
無気力に
最近は何故か自分でも信じられない程食欲旺盛で、夏バテとは無縁な道を突っ走っています。BOXでもよく私が何かを口にしている姿をよく見かけることでしょう。こんなに食欲があるのはおそらく中学の時以来ではないでしょうか。原因はまったく不明ですが、とりあえず悪いことではないのでよしとします。多少太ったところでどうこうなるような体型でもないですしね。
1999年7月27日火曜日
テストヤマ場
1999年7月26日月曜日
1999年7月25日日曜日
濁流麻雀
あれだけの濁流の嵐はなかなかあるもんじゃないでしょう。気が向いたらあれは伝説にして残してもよいかな? たっちーよ、その時は牌の流れの描写の指導をしてくれ(笑)。
1999年7月24日土曜日
1999年7月23日金曜日
現代的でスカッとしたエチュード
しかし彼は「このエチュードにはブローウェルのあらゆる曲の片鱗が詰まっています」と言っていましたが、俺はブローウェルが弾きたいなんて言った憶えは微塵もねぇ・・・。ヤツの音楽は基本的に俺の感性とは少し違うのだ・・・。とかいいながら今一番お気に入りの『11月のある日』はむっちゃブローウェルの曲だったりするのですが。とりあえず来週までに一つ弾いてきてくれとのことでしたので、たまたま手持ちのCDにシンプルエチュードは入っていたので聴いてみて、なんか『黒いデカメロン』を弾いているかのような気分が味わえるエチュード6番を選んで今日弾いてました。しかも弾いてたらあの怪しさにハマッてしまい、段々弾くのが凄く楽しくなってきたという・・・。もしかして先生の術中にハマッてるのか!? しかしこの曲集の中には前衛時代のブローウェル丸出しの恐ろしく意味不明な曲も・・・。俺は『舞踏礼讃』とか好きじゃないんだけどな・・・。でもあからさまにそれを彷佛とさせる曲もあるんですよね。まぁ確かにいい練習にはなるんでしょうけど。
1999年7月22日木曜日
定演独奏候補曲
・11月のある日(L.ブローウェル)
イ短調の綺麗でセンチで哀愁溢れる実に俺好みな曲。曲調的にも自分のスタイルには合っている。が、前半部分は1回生でも弾ける程簡単な上に後半も決して難度が高いわけではなく、何より3分弱で終わってしまう短い曲。いくらブローウェルの曲という名目があっても、果たしてコイツをC技が定演の独奏で弾いてもいいのかという疑問あり。しかし俺は実はこれが一番弾きたい。
・エチュード11番(H.ヴィラ=ロボス)
全編を通じて怪しげな雰囲気が漂う、『11月のある日』とは違った意味で俺らしい曲。勝手に抱いたイメージ及びテーマとしては「火星~軍神マーズの襲来~」。弾いてて思わず笑みがこぼれてしまうような徹底的な怪しさがお気に入り。難点としては、とにかくコイツも短い!やはり3分ちょっとで終わってしまう。ただしそれもプロ並のスピードで弾ければ、ということなのだが、この曲はやはりそこそこのスピードがないとカッコ悪い。果たしてそれほどのスピードをこの俺が安定感をもって弾けるかが問題。そして左手のストレッチが異常にキツく、凄まじく腱鞘炎に悪そう。実際この前この曲弾いてて左手が熱をもった。というか、こんな怪しい曲定演で弾いていいのか!?
・大聖堂(A.バリオス)
当初の予定はこの曲だった。これが弾ければ問題ないのだが、いかんせん難しい(泣)。ただ弾くだけなら弾いて弾けないこともないのだろうが、曲として人に聴かせるとなると定演までに完成を見るのは相当修羅っぽい。気合でどうこうなる次元を超えた難しさのある曲故にな。
・ブラジル風バッハNo.5よりアリア(H.ヴィラ=ロボス)
何となく異国情緒溢れるムード感と、儚さの漂う美しい旋律が魅力の曲。しかしピチカート奏法を交えた譜面はヘ音記号も混ざった大譜表で表記されているのと相まって実に読みにくい。解読するのに恐ろしく労力がかかるのだ。そしてこれも速くないくせに難しい。ムードが命の曲だけに完成度が低いととても聴けたもんじゃないだろう。7分と長い曲のくせにイマイチ盛り上がり所に欠けるのは、一般の客層にはちとツライかもしれない。
・ベネズエラ風ワルツ第3番(A.ラウロ)
最近村治さんも弾いて流行りつつある(?)曲。これもエキゾチックな空気と怪しく軽妙なノリがカッコいい曲だが、やはり2分そこそこで終わってしまうという短さが泣き。そしてこれは聴いている分にはいいのだが、いざ弾くとなると俺の手の内に入る部類の曲ではないような気がする。なんとなくだが。
・リュート組曲第4番よりプレリュード(J.S.バッハ)
常に俺の中で本命であり続けているバッハの曲だが、『大聖堂』もまだ可愛いくらいに難しい・・・。これだからバッハってヤツぁ...。
とまぁどれもこれも問題アリでねぇ・・・。誰か俺にいい曲紹介してくれよ・・・。
1999年7月21日水曜日
P's MIDI
1999年7月20日火曜日
過ぎ去りし日々へ
1999年7月17日土曜日
聖帝降臨
1999年7月15日木曜日
怒濤の二人カラオケ
1999年7月14日水曜日
1999年7月13日火曜日
『11月のある日』を探して
そう、今日は現代ギター社に注文していた品々が届いたのでここまでCDを聴きながら(CDは5枚買ったので聴くものには困らない)仕事していたのですが、ブローウェルの『11月のある日』に涙が溢れんばかりに感動してしまいました。ブローウェルといえば現代曲のお約束、「意味不明だけど何かカッコいい」路線の王道で、今回買った『ブローウェル作品集』も基本的にはそんな曲の集まりだったのですが、この曲に関しては終始物悲しげで切なく美しいメロディーが流れる哀愁に満ちたまともな路線で攻めてきていて、それがまたたまらない・・・。マジで久し振りに涙がちょちょ切れそうになりましたよ。この曲も弾きたいな。でも『11月のある日』は正式に譜面は出版されていないとの噂も耳にしたけど、でも京大とか京産の人は弾いてたよな・・・。ということは聖帝T君に頼んで京大のBOXに行けば譜面が手に入るか!? 弾きたいよ。いい曲だよ・・・。
1999年7月12日月曜日
1999年度京都ギター連盟定期演奏会
しかしコンパのときつっきーとも話してましたが、考えてみるとこれでギタ連ももう終わりなんですよね。1回生会のとき以学館の階段のところで初めてつっきーと出会ってから今まで、本当にあっという間だったような気がします。こうしてひとつひとつ部活の大きなイベントが終わっていくんだなと思うとちょっと寂しかったりもしますね。最近は部活が楽しくて、それこそ青春の残り火と言わんばかりの日々を満喫していたりもしますが、それも時期がくれば確実に終わるんだなということを実感してしまいます。つっきーとは最後に握手をしてお互い定演頑張ろうなと言って別れてきましたが、もう去年のギタ連定演でやったブランデンブルグのようにコンビを組む機会もないんだろうなと思うとね・・・。時の経つのは早いものです。
つっきーと最後に話していた時に、ボロボロに酔った(?)状態で彼が「俺は人の演奏でやる気をかきたてられることってあまりないんだけど、京大の独重のセルシェル(あだ名)と立命のおまえの演奏を聴いて凄くやる気が出てきた」と言っていたのが何か嬉しかったです。自分のギターで多少なりとも人の心に何かを残していくことができたからかもしれません。思えば1回生会で『グリーンスリーブス』を弾いた頃と比べると私も随分うまくなったと思います。というかさすがにその頃と比べてうまくなってなかったら困りもんです。やっと最近自分なりの形というかが見えてきました。2回の頃はそれこそ技術至上主義的な傾向が強かった私ですが、最近になってだんだんとその傾向は薄らいできています(もちろん基礎技術はあった上でということですが)。譜面通りにミスらず曲想もついて完璧に弾けてても、それがそれだけで感動できる演奏にはならないということがわかってきました。うまく言えないんですが演奏の説得力というものは何処かそことは別の所から生まれていて、それによって人の心に少しでも何かを残せる演奏をしたいと思うようになってきました。PCKの言葉を借りるなら「味で勝負」といったところでしょうか。今愛用しているラミレスを手にして、このギターならもっといい音が出せるはず、もっと伝えることができるはず、とそう思ってやってきたのも影響しているのかもしれません。ねぇ、やっぱり音楽はいいですよ。人の心に色々なものを与えることができて、あるいはお互いに色々なものを感じることができます。ずっと前、ギターを持つ以前からやっぱり音楽は好きでしたが、自分で楽器を弾けるようになって、そして楽器を持ってから随分と時が経った今でもそう思います。思えば私が楽器を持ったきっかけというのは中学の時、先輩のバンドのライブを見てカッコいいと思い、自分もあんなふうになりたいと思ったのが始まりでした。願わくば私の演奏を聴いてくれた人の心に何かを残せて、そして誰かの憧れとなれるくらいの音楽を私も奏でられるようになりたいものです。随分と大それた願いかもわかりませんが・・・。
1999年7月9日金曜日
多忙
1999年7月8日木曜日
開設一周年
思えば私が高校時代に、部活(そして3年の時はクラスも)のある友人に倣って自分で書いた作品をルーズリーフに印刷してバインダにまとめて友人達に公開していたあの頃の延長線上の志の下作成を決意したのがこのページの始まり。この1年の間はその「仲間に自分の書いた文章を読んでもらってひとときの娯楽にする」という意図はある程度達成できたように思います。BBSも予想以上の繁昌ぶりで、管理者としてはとても嬉しく思っています。最近は忙しくて更新も滞りがちですが、このページを訪れてくれる仲間がいる限りできれば毎日訪れる度に新しいコンテンツが加わっているようにしたいという思いは変わりませんし、それを読んだ人がその人なりの楽しみなりなんなりを感じていただければという思いも変わりません。これからも頑張ってこのページを充実させていくつもりですので、皆さんどうぞよろしくお願いします。