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2005年10月22日土曜日

ハイテンションのち赤っ鼻

 今週のスケジュールはまさに分刻み。しかもただ予定が詰まっているというだけでなく納品~管理教育、そして宿泊研修といった"(技術的に)初挑戦"、"ずらせない"、"失敗できない"、非常に緊張感の強い要素が鏤められた、とてつもなく素敵なスケジュールです。どれか一つ予定が狂えばもう終わり、後の後まで影響を及ぼすことは目に見えています。しばらくぶりの超過密・精密スケジュールのおかげで今週の私はそれが一息つく昨日まで四日間、もうそりゃ凄まじい勢いでアドレナリン出まくりでした。いやー、絶好調でした。素晴らしい集中力と頭の冴え。「俺ってこんなにできるんだ」と自画自賛する程圧倒的な切れ味でした。

 で、なんとか昨日までのスケジュールを乗り切り、今日は外出の予定もなく一日社内にいる平穏なスケジュール。それで気が抜けてしまったのか、アドレナリンが分泌されないのはまだしも、なんと昨日まで出ていたアドレナリンの代わりに今日はヒスタミンが大量に出てしまっていたようで鼻水出まくり。ずっと鼻をかみ続け、もう鼻は赤くなってヒリヒリするし、挙句もう薬飲んでもよくならずに鼻水が流れ続けて、鼻血のときみたいにティッシュを丸めて鼻に突っ込んで仕事してみたり。もう目もシパシパするし、大変でした。こんな状態じゃ集中力など当然あるはずもありません。いやー、参りました。

 アドレナリンのちヒスタミン。奇跡の効率の後はまさかの非効率。世の中なかなかうまくはいかないものです・・・。

2005年9月14日水曜日

徒労、果てしなく

 横浜市では古紙の回収は月一回です。つまり、ジャンプやマガジン等の雑誌を出す機会が月一回ということです。それはこの4月から変わったルールなのです。明日、その月の二回目の水曜日はその古紙が出せる日。ここ数ヶ月ジャンプやマガジンを貯め込み過ぎて部屋が飽和状態になっていた私は、あまりの眠気で仕事を放棄して帰ってきたにも関わらず横浜市の規定通りにビニ紐で雑誌をまとめて古紙を出す準備に取りかかりました。何しろ量が量です。今晩のうちに出しておかなければとても明日の朝に出し切れるレベルではありません。私はせっせとゴミ出しの準備に取りかかりました。

 いざまとめてみてビックリしましたが、私が部屋に貯め込んだ雑誌類はヒザの高さで一まとまりの山を作って実に四山!しかもそれでもまだ全部ではなく、もう一山くらいできそうな雑誌が部屋に転がっています。「貯め過ぎたな」と思いつつ、ゴミ捨て場まで両手に一山ずつもって運んでいきます。ゴミ捨て場はウチの上の門の前。私の部屋から行くには階段を一階から三階まで昇って、さらに門まで35度程(推定)の坂を10mくらい登らなければなりません。それをヒザの高さまである雑誌の束を両手に持って二往復。ハッキリ言って重いです。メチャクチャ疲れます。湿度が高くて蒸し暑いせいもあって、かなり汗だくになってしまいました。

 とはいえ雑誌は全部出し終わり、後は段ボールを出して作業終了というところで、段ボールは量も少なくて軽いので私は一旦入浴することにしました。そして風呂上がりに段ボールを持って再びゴミ捨て場に行きます。そしてトンッと段ボールを置いてふとゴミ捨て場に張ってある収集日を示すシールに目をやりました。すると・・・、

古紙:各月二回目の金曜日

 「・・・あれ?古紙って各月二回目の水曜日じゃなかったっけ?」と思いつつ、もう一度収集日を示すシールに目を向けます。やはり・・・、

古紙:各月二回目の金曜日

 とりあえずそのまま無言で段ボールを持って帰り、悩んだ挙句にもう二往復して出した雑誌も持ち帰ってきました(泣)。風呂も上がったのにまた汗だくです。どんな筋トレだよ!今日はいつもより早く寝ようと思ってたのに・・・。これで金曜日(すなわち木曜の夜)にこの古紙の山を捨て忘れたらさらにたまったもんじゃありません。それだけは避けるようにしたいと思います・・・。

2005年4月13日水曜日

ある日、吉野家にて

 会社の帰りに吉野家に食事を取りに行きました。店に入り、空いた席に座って注文をします。ふと隣を見ると、30代半ばくらいのスーツ姿の会社員(推定)が両肘をカウンターについてうなだれるように座っています。目の前にあるカレー丼にもほとんど手を付けていません。がっくりと首をたれています。・・・疲れてるんだな、と思ってPHSのメールをチェックとかしながら食事が運ばれるのを待っていると、今度は奇怪な音が聞こえてきます。やや詰まり気味の水道が大量の水を半ば無理矢理引きずり込んで行くときのような、鈍くいびつなズズズッ、という音。・・・?最初は何の音かわかりませんでした。そしてまた聞こえてきます。そしてまた。ズズズッ・・・、ズズズッ・・・、ズズズッ・・・。何だろうと辺りを見回して、再び隣でうなだれていた会社員(推定)に目をやった時、私はすべてを悟りました。

 ・・・寝てやがります!この会社員(推定)、こともあろうにこの回転の速い吉野家で、夜の11時過ぎに、カウンターで堂々と、目の前にあるカレー丼にもほとんど手をつけずに、とどめとばかりにいびきまでたてて、見事に寝てやがるのです!・・・やられました。そう来るとは思いませんでした。想定の範囲外です。なんというか、・・・そんなに疲れてたんでしょうか・・・。

2005年2月6日日曜日

週報

 1/31(月)9:00出社~深夜作業翌朝7時帰宅
 2/1(火)15:00出社~24時帰宅
 2/2(水)10:00出社~翌朝4時タクシーにて帰宅
 2/3(木)12:00 出社~深夜1時帰宅
 2/4(金)5時半起床、名古屋出張~21時帰宅

 ・・・だからいい加減疲れるって。

2005年1月31日月曜日

ノロウィルス疑惑、決着

 先月一晩中嘔吐し続けて一睡もできなかったという酷い風邪をひいたと簡単にこの日記でも報告しました。そしてその直後から、世間では立て続けにノロウィルス由来の急性胃腸炎発生との報が届くようになりました。その際かかった医者は「最近こういう風邪流行ってるんですよ」と言っていたわけですが、そりゃもう凄まじい勢いで流行っていたわけです。その症状・経過から、私は自分がかかったあの嘔吐風邪はノロウィルスに違いないと思い続けていたわけです。そして先日、アレルギー性鼻炎の薬をもらいにその医者にかかった際、嘔吐風邪の経過を訊かれました。そしてその先生応えて曰く、

「あれ多分ノロウィルスだったと思うんだよね」

 ・・・オイ!

2005年1月24日月曜日

週報

 1/17(月)9:00出社~深夜作業翌朝6時半帰宅
 1/18(火)13:00出社~24:00帰宅
 1/19(水)6:00起床、8:30まで自宅にて仕事、9時半出社~24時半帰宅、翌朝4時まで自宅にて仕事
 1/20(木)5:30起床、6:30まで自宅にて仕事、その後名古屋出張~16時半帰社、22時帰宅
 1/21(金)10:00出社~23時帰宅
 1/22(土)9:00客先作業開始~翌朝4時タクシーにて帰宅
 1/23(日)13:00客先作業開始~19:30終了、渋谷にて買い物の後帰宅

 ・・・さすがに疲れを感じない方が無理だということはご理解いただけるかと思います。一週間で三回も徹夜したのは久しぶりだ・・・。

2005年1月12日水曜日

激闘!通勤電車

 今日は朝からやられました。8時からメンテナンスの予定があった私は、それに間に合うように7時26分日吉発の急行に乗るつもりで家を出ました。そして無事に何事もなく電車に間に合うように駅前に着きます。そう、ここまでは予定通りでした。

 駅前に着くなり、明らかにいつもと様子が違うことに気がつきました。人が異常に多い。タクシー乗り場には朝7時台だというのに長蛇の列ができているし、駅の中をのぞいてみるとサラリーマンから学生まで、ぎっしりと改札の前を埋め尽くすようにひしめいています。電光掲示板が赤字でメッセージを流し、駅員がメガフォンで何やらアナウンスしています。いや~な予感がします。

 駅に入ってみると、まんまと東横線が全線不通になっていました・・・。7時過ぎに田園調布で人身事故があったとのこと。最低です。こっちは8時からメンテナンスがあるのです。タイムリミットは9時。こんなところで足止め喰らってる場合じゃありません。とはいえ電車は東横線しか通っていないこの日吉、その肝心要が不通になってしまったのではタクシーとバスくらいしか出る手段はありません。どうしようかなと思案に暮れていると、ちょうど東横線が一部復旧し、元住吉~横浜間で折り返し運転を始めたとのこと。「元住吉までか~・・・」というのが正直なところです。日吉からわずか一駅渋谷よりの元住吉まで出たところで、他の電車に乗り継げるわけでもなく大して状況は変わりません。せめて武蔵小杉まで行ってくれればJR南武線が、多摩川まで行ってくれれば東急多摩川線があるのですが・・・。

 とはいえ時間は待ってくれません。渋谷方面の復旧は目処立たずという報を聞いて、とりあえず遠回りでも横浜経由で渋谷に出ようと考えました。パッと思いつく経路は3つ。横浜まで出て湘南新宿ライン、菊名で横浜線に乗り換えて東神奈川経由で品川に出て山手線、ないしは新横浜まで出てリッチに新幹線で品川まで。まぁ新幹線はあまり現実的じゃないので、横浜から湘南新宿ラインで渋谷に出るつもりで横浜方面の電車に乗ります。ところが!この電車がまた凄まじく混むのです。すし詰めとはまさにあのこと。もう腕もキュッと強制的にたたまされる格好で、片足宙に浮いたような形で電車に揺られなければならないのです。しかも次の駅でただでさえその限界オーバーな混雑の電車の中にさらに無理矢理人が乗ってくるもんだからもう大変です。ホントにアバラがミシミシいいました・・・。「このまま押されたらアバラが折られる!」という危機感にさらされ、必死で腕の力で前の人の体からアバラを保護しますが、凄まじく大変な労力です。「こりゃこんな中横浜まで出るのは無理だな・・・」と私は判断し、菊名で横浜線に乗り換えを試みます。それからも異常な混雑は当然続くわけですが、まぁアバラがへし折られることもなくグルリと京浜東北線で品川まで出て渋谷へと辿り着きます。その時、時間は9時10分でした。そう、メンテナンス時間は終わっています。・・・朝からどっと疲れました。

2004年11月29日月曜日

ウサギに指を噛まれた日

 ・・・ウサギに指を噛まれました。比喩でもなんでもなく、純粋な事実として。

 それはよく晴れた日曜のお昼前のことでした。どんぐり共和国という、アスレチックと動物ふれあい王国が一緒になったようなところを回っていました。無反応なポニーや愛嬌たっぷりの子やぎ、黒目たっぷりの子牛を眺めて撫でたりしながら、最後にウサギ小屋に辿り着きました。「日本の住宅事情は外国から見ればウサギ小屋も同然だと言うからな、どんなものかよく見てやろうじゃねーか」と意気込んで中に入ります。するとよく日の入る広々とした柵の中で、清潔に乾いた干し草の上をウサギ達が元気に駆け回っています。普通飼いウサギというとなんか元気が足りなくて、あまりぴょんぴょん跳ね回るような印象はないものですが、ここのウサギ達は違いました。そりゃもう元気に走り回ります。二、三十匹くらいの小さくて元気なウサギがカサカサっと飛び回ったり立ち上がったりする姿はそりゃかわいいです。手を差し出すと、何匹か必ずササッと寄ってきて、匂いをかいだり立ち上がったりして餌をねだります。そんなこんなで、柵の中に手を入れてウサギ達をかまっていたわけです。すると、その中の一匹、白い毛に赤い目の典型的なユキウサギです、がおもむろに立ち上がって私の手の方にやってきます。「お、寄ってくるかな?」と思っているとそのウサギ、スッと口を開きます。

 コリッ・・・

 クルミを二つ、掌の中で転がしたような乾いて歯切れのいい音がしました。「コリッ?」とその音に疑問を覚えた次の瞬間、右手の人差し指に痛みが走ります。反射的に指を引っ込めました。やっと「ああ、ウサギに噛まれたんだ」と気付きます。指先からは血がプクッと出てきてまず丸くなり、次の瞬間に流れ始めます。結構傷は深いです。水道水で傷を流してカットバンを張り、後になって血が止まって傷口を見てみたら、カッターで切られたような鋭利な傷が指先にできていたとのことです。

 しかしネコとか犬とかならまだ接する際に「もしかしたら噛まれるかも」という警戒心が心のどこかにあるので噛まれてもそんなに精神的に動揺はしませんが、まさかウサギに噛まれるというのは正直心のどこでもまったく想定していませんでした(苦笑)。いやー、びっくりしました。気をつけましょう。奴らは意外と凶暴です。

 ♪かわいいふりしてあの子、なかなかやるもんだねと~♪

2003年9月19日金曜日

飲み過ぎた翌日

 いや~、昨日は飲み過ぎました。大学時代の文学部の仲間と二人で飲んでたのですが、見事にしっかり飲み過ぎました(爆)。短いとはいえ昨日は何か日記に書いてますが、あれは恐らく彼と交わした文学談義の余韻で数行だけさっさと書いてしまったものでしょう。実は、書いたのをよく覚えてません(苦笑)。最後ベッドで、でろでろに酔ってるくせに何故か本を読んでいて、そしてそのまま電気も冷房も付けたまま眠ってしまったらしいのです。まぁ、そこまではまだよかったのです。

 昨日飲んでいたということは、当然今日は仕事です。それが社会人の辛さです。とはいえ、これまで私は酒を飲んだ次の日に会社を休んだり遅刻したりしたことは入社二日目(←オイ!)しかありません。酒に負けてはいけないのです。大丈夫。大丈夫、・・・と思っていました。

 ・・・が、朝7時半、あまりの胃の気持ち悪さに目が覚めます。今さらのように胃の中でアルコールが燃えて、胃壁を荒らして喉を遡ってくるような、横隔膜が不自然に蠕動を繰り返すあの不快感。起き上がって便所に向かおうとすると、頭の右後頭部の奥の方で、揺れた脳が頭蓋骨にぶつかってひしゃげて響くような、鈍く深い痛みが走ります。この手の頭痛は決して手の届かない深い所で響くので、どうにも耐えることもできません。胸のむかつきを抑えつつ、その痛みに耐えかねて一端そのまま頭を枕に落とし、もう少し休もうとします。枕に頭が触れた際、そのささやかな衝撃でまた頭に鈍痛が走ります。あー、これはヤバイなぁ・・・。胃袋からは今にもブツが飛び出してきそうです。必至に手を口で押さえますが、当然そんなことで胃に蓋ができるはずもなく、口の奥から止めどなく溢れる酸っぱい粘液がどんどんと口中に溢れてきます。ここで吐くわけにはいかない!そう思って、重苦しい鐘が響くような頭痛と、だるく震える手足を引きずって体をくの字に折り曲げながら、よたよたと便所に向かって歩きます。そりゃもう命懸けでした。水泳の50Mの折り返しでターンする時のように、精一杯手を伸ばして進む方向への慣性にまかせた形で便所の電気のスイッチのすぐ下にバンッと手をつき、指を少しずらして電気をつけます。倒れ込むように便器にかがみ込み、口の中にたまった唾液や粘液を吐き捨て、次の瞬間、堰を切ったように胃の中のものが逆流を始めました。敢えて描写はいたしませんが、前の晩はトマトベースのペーストをパンに塗ったものを好んで食べていたとだけお伝えしておきます。あの胃散が喉を焼いて、口の中に酸っぱく生臭い匂いが広がる・・・、やめておきます。とにかく、しばらく便器に上から覆いかぶさりしがみつくような感じで、何回かわかりませんがとにかく吐きました。いや~参りました。何とか吐き気だけは落ち着いて、便所から出てきたのが8時過ぎ。定時に出社するには9時15分には部屋を出なければなりません。

 ・・・寝てられるのはあと40分か。

 半休取ろうかな?という気持ちは正直ありました。何しろ、二日酔いとはいえ本気で辛いのです。まともに出社できるような体調ではありません。が、社会人としての責任とか何とか、そんな世間一般の美徳はさておいて、ここで休むのは個人的に屈辱でした。ここで休んだら、俺は酒に負けたことになる・・・。それは許し難いことです。風邪とかいつもの自律神経失調症でこの体調だったら、もう迷うことなく会社は休んでいたことでしょう。ですが、今朝のこの不調は酒が原因です。ここで休みをとったら、私は酒に負けたことになります。それはプライドが許しません。酒に負けてはいけないのです。・・・その信念だけを胸に、クラクラする遅い夏の日射しの中、定時に間に合う電車に向けて私は家を出て行きました。胃腸薬と頭痛薬で精一杯体をごまかして。電車の中では金曜夜の終電の酔っぱらいよろしく、ずっと吊り革に全体重をかけてぐったりしていて、震える手足で必死に体重を支えていました。コンビニでアミノサプリを買って会社に辿り着いたのは10時5分前。ちょうどオンタイムの出社です。午前中は正直仕事になりませんでした。後輩の指導という名目で休みつつアミノサプリを飲み切って、どうにか昼食にはきのこハンバーグを食えるくらいには回復しました。いや~、久しぶりに本格的な二日酔いにやられました。ラクにやられましたね、ラクに(ラクとは葡萄から作られるトルコの蒸留酒。まずいし悪酔いする・・・)。

 しかも今日、またもお客さんと飲む用事があった私は、酒を見るだけでも嫌だと言ってしまいたい心境を抑えつつ、失礼のない程度にジョッキ2杯と日本酒グラスで1杯だけ飲んで、ギリギリ終電で帰ってきたとのことです。ってゆーかこの日記長過ぎですね。早く寝たいのに・・・。

2003年9月11日木曜日

The Slang War

 真似事をしている時に本物に出会う。そういった奇妙な偶然があります。真似事というのは、本物がそこに存在していないからこそできるわけであり、存在意義がある(面白いとか、カッコいいとか)わけですが、真似事をした時にまったく意図せずそこに本物が存在した場合、真似事は非常に切ない立場に立たされることになります。

 私は今日、会社の用事でちょっと遠い、初めて行く駅に出かけていきました。そしてその駅に向かう途中、JR中央線から西武多摩線に乗り換える必要がありました。ホームは同じエリアにあり、改札を出なくても中央線から多摩線に乗り継ぐことができます。こういった場合、最終的に辿り着いた駅でイオカードとパスネットを2枚重ねて自動改札に投入か、あるいは自動精算機、最悪でも駅員のところで精算ができるものです。ですが、目的の駅に行き慣れている会社の同僚は言いました。「向こう(最終的に辿り着く駅)で精算できないから、この駅で精算して切符買ってきて」。・・・ほほう?私は微かに、しかし確かないら立ちを感じました。降りた向いのホームにもう乗り継ぐ電車が来てるのに、わざわざ階段を上がって精算して来ないといけないのかと。私は尋ねます。「向こうでできないの?」。同僚答えて曰く、「できない」。私のいら立ちはピークを迎えました。ピークといっても、どの道大した話ではないので、切れるとかそういったレベルの話ではありません。ですが、内部にたまったいら立ちというマグマは、少量とはいえやはりどこかに吐き出してやらなければなりません。私は決然と、そう、決然と顔を階段の方に向けて踵を返しながらこう呟きました。

「ファック!」

 すると、私の右前方30度の方向で20代前半くらいの白人が二人、何やら激高して色々とまくしたてている一人をもう一人がなだめるといった感じで話しています。やたらと文句を並び立てている方は、短く刈り込んだネイビー風スポーツカットに淡い金髪、ベージュの短パンに水色のポロシャツを着た、いかにもステレオタイプ的なアメリカンヤングといった感じです。背は私と同じくらいで、体の線は白人にしてはやや細いかなと感じ、日本人としては標準くらいの、適度に締まった体つきをしています。白人特有のクールな垂れ目で、眉をハの字に釣り上げた彼が、私がいら立ちの言葉を口にしたわずか2~3秒後、まさに本場の言葉で、両手も掌を上にして体の横にハの字に広げ、語気を強めて前に勢いかがみ込みながらこう叫んだのです。

「Fuck!!!!!」

 ・・・やられました。完全にネイティブです。たった四文字ですが、負けました。同僚も笑っています。私も笑うしかありません。私がカタカナ英語で吐き捨てた台詞を、わずか数秒の後に演技でも何でもない本気のネイティブな叫びで押し返されたのです。完敗です。叫んだ彼は、相も変わらず仲間に向かってあれやこれやとまくしたてています。不思議と、いら立ちも消えていました。「じゃ、精算してくるよ」。私はそう告げて、階段を登っていきました。

2003年8月19日火曜日

弦を替えたら

 昨日はたまの休日、最近ちょっとさぼり気味だった、ギターの弦の交換をしました。ラミレスとサイレントギター、2本の弦を一緒に換えます。まぁ、そこまでは問題ありませんでした。ただ換えればいいだけです。これまで何度もやってきた作業です。目を閉じてもできるとは言いませんが、別に何の苦労も苦痛もなくできます。・・・さて、問題はそこからです。ご存じの通り、ギターの弦というのは交換したての頃は非常によく調律が狂います。一分放置しておくともう狂います。この現象に対する対策は合理的なものからある種の民間療法的なもの、狂うがままに放置しておくという選択肢に至るまで実にたくさんありますが、私が昔から採る方法というのはただ一つ、「ある程度安定するまでひたすら調弦を繰り返す」です。5弦から調弦を始め、6、4、3、2、1と進み、1が合う頃にはもう他が狂っているのでまた調弦を繰り返す。ひたすらそのループです。これは実は結構精神的に疲れる作業です。何しろ曲を弾くでもなくただ調弦を繰り返すだけなのですから。が、別にこれも問題の本質というわけではありません。調弦ももう既に手馴れたものです。6本の弦を合わせるのに、張りたてのたくさん巻かないと音が合わない弦でも1分は絶対かからないでしょう。・・・が、この調弦に罠は潜んでいました。

 そう、私は今回2本のギターの弦を同時に交換しました。ということは、2本同時に調弦をしないといけないということです。1本合わせたらもう1本を、それが終わったらまた戻って・・・。ひたすらそれを繰り替えします。そして、2本のギターを調弦するために、私は当然何度も音叉を叩かなければなりませんでした。私は音叉を自分の膝で叩きます。机とかで叩く人もよくいますが、あまり固いもので叩くと音叉の音程がずれることもあるのであまりよくありません。ので、私はいつも音叉を右膝で叩きます。膝で叩くといってもそれももう手馴れたもので、音叉はなるけど膝は痛くない、そんなギリギリの力加減をちゃんとマスターしています。ので、今回も単純計算で普段の弦交換の際の倍以上の回数音叉を叩いたにも関わらず、痛みというものはまったく感じていませんでした。ジーパンをはいていたので、痛みがない以上当然自分の膝はまったく無傷なものと思っていました。・・・が!その日、風呂に入ってみると、右膝の上の辺りが内出血して赤黒く滲んでいます。それを見て、私は最初「何だろう?」と思いました。その内出血の原因に、まったく心当たりがなかったのです。・・・結論に行き着くまで10秒ほどかかりました。「ああ、音叉!あれか!確かにたくさん叩いたわな」、と。

 痛みは感じなくとも、何度も繰り替えし金属の音叉で叩かれた右膝は、確実に悲鳴を上げていたようでございます。どっとはらい。

2003年8月13日水曜日

爆死、勤務中

 私はどうも飲み物を飲むのが下手らしく、ものを飲む時(特にペットボトルとかだと)よくむせます。何気なく一口飲もうとして、何の前触れもなく突然咳き込み始めるからきっと周りの人はかなりびっくりすることだろうと思います。今日も、そんな感じでした。

 会社で私はちょっと休憩をしていて、ペットボトルのお茶を飲みながら軽く本を読んでいました。本を読みながら、ペットボトルに手を伸ばし、特別なことをやるわけでもなく、何か話しながら飲もうとするでもなく、ただおもむろに一口、ただし量は結構多めに、ゴクッと口に含み、飲もうとしました。・・・その時です。その多めに含んだお茶は、何を間違ったのか食道の方に(おそらく一滴も)入ることなく、ダイレクトに思いっきり気管に流れ込んでくれたのです。まさに「ゴフッ!」って感じでした。当然激しく咳き込もうとするわけですが、まだ口の中にお茶が残っていてまともに咳をしたら一気に吹き出てしまいます。とはいえ水分を肺の外に押し出そうとする圧力が強く、中から吹き出る空気圧と、それを押しとどめる弁の役割を果たす閉ざされた口のせいで間違った意味に胸が一杯になり、顔も紅潮してもう大変です。息もできません。「ヤバイ。これはヤバイ。死ぬぞ!?」と思った私は、さすがにこんな間抜けな死に方もしたくなかったのでとりあえず手近にあったお茶を買ってきた時のコンビニ袋に口の中の水分を吐きだしました。まさに「背に腹は代えられず」というヤツです。これで堂々と咳き込めるわけで、これでちょっとは楽になるだろうと思ったのですが・・・。何と、まだ息が全然できません。肺に水が溜まっているせいなのでしょうか、激しく咳き込む間に必死で息を吸っても、全然肺に空気が入ってくる感じがしない、少なくとも血に酸素が回っている感じがしないのです。本気でヤバイと思いました。咳でどんどん肺の中の空気は出て行くのに、いくら吸っても空気が肺に届かないのです。そりゃもう苦しかったですよ、ええ。終いにゃ空気を吸い込もうとする息すら細くなりかけたわけですが、そこまでいった段階でやっと、少しずつ吸った空気が肺に届くようになってくれました。まだ最初はひどい喘息の発作の時のように、思いきり吸っても潰れたストローの中を無理矢理通ってくる感じの線の細い空気が微かに吸えるだけでしたが、それも少しずつよくなり、どうにか数分後「普通に咳き込んでる」感じのところまで回復することができました。その後もしばらく、声を出そうとすると肺に何かつっかえた感じがしてうまく声にする息が出てこなかったり、息と一緒に水分が出てきたりしましたが、本当にギリギリ一杯、今は無事に元通りの体に戻れました。いや~、息ができるって素晴らしいですね(笑)。

 ・・・しかし、私は一体どれだけの量の水分をどれだけの勢いで肺にブチ込んでしまったのでしょうか・・・?

2003年4月28日月曜日

便所タンク・パニック

 今日、夕方くらいにクリーニングに出しておいたスーツを取りに行こうと家を出ました。家を出る前にトイレで用を足し、いつものようにジャーッと流して手を洗ってから部屋を出たわけです。そして、クリーニングに新たにスーツを出し、ちょっと本屋など回ってから仕上がったスーツを取って部屋に帰ってみたところ、・・・なんとトイレの水がまだ流れていました(爆)。「どういうことだよ、オイ!?」と思いつつ、とりあえず流れる水を止めなければ水道代もかかるばかりだなと思いつくことを色々と試してみるわけです。まず、「とりあえずもう一回流してみるか」ともう一回洗浄レバーを引いてみます。・・・が、既に水が流れているためか手ごたえがなく、まさに暖簾に腕押し状態。「ん~、中がどういう状態になってるんだろうなぁ?」とタンクの蓋を持ち上げて中をのぞいて見てみるも、そもそも正常の状態がどうなっているのかわからないので、何処がおかしいのかなどわかる由もありません。人というのは正しい状態がきちんと把握できてないとおかしい状態というのは識別できないものなのです(苦笑)。「管理会社に電話するったって日曜だしなぁ・・・」等と思いつつ、とりあえず何度か洗浄レバーをいじってみたり、タンクの中のレバーのようなものをいじってみたりしているうちに、何だかわかりませんが次第に水音が勢いよく流れる音からいつもの栓が閉まって止まっていく音に変わり、無事にトイレの水は止まってくれたとのことです。ちょっとしたプチ危機感を覚えた日曜の夕暮れでした。

2002年12月19日木曜日

間違い電話ア・ラ・カルト

 ウチの部屋は間違い電話やわけのわからん電話が多い。たとえば今日!家に帰ってみると留守電が2件。まずは一件目。

 (営業トークな女の人の声)「小林様?・・・小林様のお宅ですか???」
 ・・・ガチャッ、プーップーップーッ・・・

 オマエは誰だ!? 何の用だ!? ってゆーか留守電になってることにまず気付け!!!!! そして二件目。

 (マダミッシュな女の人の声)「もしもし、◯◯ですけど、さっき頂いたお金、そちらに忘れてきてしまったようなのですがご確認いただけますか?」

 オイ!!! さっきって何時だ!? むしろオマエは誰だ!? ってゆーかまず人に金を忘れるような形で渡した記憶はねーぞ!?

 ・・・など、今日だけでこのありさまです。他の日にもまぁ、いつも同じ人の名前なのですがまったく知らない誰か宛ての留守電が入っていたり、挙げ句の果てには警察から間違い電話が入っていたり、とにかく私の部屋は散々な間違い電話がかかってきます。一体何なんでしょうね?

2002年8月7日水曜日

巨大グモ出現!

 ・・・巨大クモが出没しました。今日、私が部屋に帰り、いつものようにコンビニ弁当を食べ終わった頃でした。マガジンを読みながら弁当を食べていた私がふと目を上げると、窓の辺りをカサカサと這っていくものがいます。最初、私は茶色い細い紙切れか何かが冷房の風で動いているのかなと思いました。が、よく見てみるとそれにはたくさんの脚があって、明らかに意志を持って動いているように思えます。私の思考は巡りました。

「いや待て、冷静に考えろ。確かにあれは俺の目にはクモとして認知されないことはない。だがしかし、・・・あのデカさは何だ!?」

 そう、そこにいたのは、まさに私の掌くらいはあろうかという実に巨大なクモだったのです。それが部屋の中を這っているのです。さすがに放置しておくのにも身の危険を感じた私は、手に取れる武器を持って臨戦体勢に入りました。物理兵器(丸めた雑誌)も化学兵器(ゴキジェット)もフル活用です。凄まじい闘いでした。またヤツが部屋の中の洗濯物が干してある一帯に逃げ込み、ハンガーを伝って私のシャツの上などを逃げ回るものだからうかつに叩き潰すわけにも化学兵器を乱射するわけにもいかず、かといって明日シャツを着た時あの巨大なクモが背中に入っていたらなどと思うといよいよもって放置するわけにもいかず、お互い牽制しあいながらの長期戦となりました。どうにか私が勝利を手にし、クモの亡骸を外に廃棄する頃にはいつかのように空気清浄器はフル稼動し、私の部屋の中のものはとにかく色々と場所が変わってしまっていたとのことです。ああ、やれやれ・・・。

 そしてその後空気の汚れた部屋にいるのにも嫌悪感を感じた私は空気の浄化は空気清浄器にまかせ、換気用に網戸にして外に散歩に出かけることにしたのですが、その帰りになんとウチの玄関の前で、今度はカブトムシがひっくり返ってジタバタしていました。結構大きい立派なカブトムシです。私はとりあえずそのカブトムシをつかまえ、数分間そいつで遊んだ後、手近な木につかまらせて逃がしてあげましたとさ。・・・しかし巨大クモといいカブトムシといい、なんでウチの周りはよくも悪くもこんなに自然が豊富なのでしょう?一昨日くらいにはタヌキも見ました・・・。

2002年2月18日月曜日

巻き込まれて

 昨日の事です。私は現代ギター社に行こうとしていました。現代ギター社は要町、池袋から地下鉄有楽町線で一駅です。池袋までは渋谷から山手線で20分ばかり。私は電車の中で「さ~て、何があったら買おうかな?」と色々胸弾ませながら時間を過ごしていました。そして私が乗っている山手線が池袋につきます。と、私が池袋のホームに足をつけるかつかないかくらいのとき、私のPHSに着信が入ったのです。見ると、それは会社の先輩からです。そう、土曜出勤で客先に出ているはずの先輩からです。何やら嫌な予感を覚えながら、私はとりあえず電話に出ます。聞くと、案の定客先で見事にトラブっているようなのです。とはいえ、その客先のプログラムは私には基本的に全然関係ないチームが作って納品したもの(使用しているフレームワークは私が使っているものと同じですが)なので、この時点では私はまだそのまま現代ギター社に行く気マンマンで、先輩から事情を聞きながらも足は山手線の改札を出て一路有楽町線の方に向かっていました。・・・が、話を聞いているうちに「う~ん、こりゃ埒があかんな」と思い始めた頃に先輩がこうたずねてきたのです。

「今どこ?」

 私は一瞬正直に答えようかどうか迷いました。今先輩が行っているところは、以前納品直後に原因不明のバグが多発し、その調査のため私も行ったことがあるのです。そしてそこは池袋からわずか3駅くらいしか離れていないのです・・・。とはいえ、嘘をつくのもなんなので私は正直に答えました。「池袋です」と。そして30分後、私は客先のサーバの前で私服でデバッグ作業を行っていましたとさ。ふふふ・・・(諦)。

 そして結局6時くらいまでその客先にいて、それから「確か8時までだったよな~」と私は現代ギター社に行ったとのことです。今回の購入品目はオーガスチン・赤4・5・6弦*2づつ、プロアルテノーマルテンション1・2・3弦*2づつ、山下和仁『ザ・ブルーギター』(CD)でした。う~ん、やはり昔のオーガスチン・青にオーガスチン・リーガルの組み合わせの方が音的には好きなのですが、あの負荷の強い組み合わせは弾く時間が少なくてしかも普段両手をタイピングで酷使している今の私にはちと辛いですね・・・。

2002年2月14日木曜日

不名誉な負傷

 ・・・左手を怪我してしまいました。今私の左手は湿布を張られ、ネットで被われ、端から見るに何とも痛々しげな様相を呈しています。一体私の左手に何が起こったのでしょうか?またギターの弾き過ぎやタイピングのしすぎによる腱鞘炎でしょうか?・・・それならまだ何となくカッコがつくからいいのですが、今回のは実はとても間抜けです。

 事は昨日の朝起こりました。起き抜けです。いつものように朝の私の頭はボ~ッとしています。とはいえ時間は刻一刻と過ぎていきます。あまりの寒さに私の頭は布団から出ることを拒絶しようとしますが、そろそろ出ないことにはマジで会社に間に合わなくなってしまいます。嫌々ながらもゴソゴソ起きだし、歯を磨いて顔洗って、スーツに着替えて準備も完了しました。あとはコートを着て出て行くだけです。私はいつもの黒のロングコートをクロゼットから取り出し、さぁ着ようかとバサッとひるがえすようにコートを背中に回しました。その瞬間です!小さく鈍いゴンッという音とともに、私の左手の甲に激痛が走りました。思わず体の動きも一瞬止まってしまう程の激痛です。そう、開いたクロゼットの扉の角に、左手の甲を通打してしまったのです。左手をまともに握ることすらできないくらいの痛みに耐えつつも、もう家を出ないとマジで遅刻しそうな勢いだったのでそのまま私は駅に向かっていきました。電車の中ではつり革を握ることすらできませんでした。会社でも始終痛みに悩まされ、キーボードを打つ際にも左手は小指以外ほとんどまともに機能しないありさまです。・・・私はほどなく会社の前にある薬局で湿布を購入して手当てをしていました・・・。ああ、間抜けだ・・・。

2001年8月17日金曜日

恐怖のどぐろ焼き

 二日前、8/14に私は久しぶりに高校時代の仲間と会ってきました。そして適度にボーリングなど堪能し、その足でいつものように飲み屋へ。そこでもいつものように普通に楽しんで終わるはずだったのですが、その飲み屋に入って早々に、そんな我らの平和願望を嘲笑うかのように事件は起きたのです・・・。

 飲み屋に入り、テーブルについた我々は、やはりまず最初にメニューを吟味することから始めました。そしてある程度固まったところで店員さんを呼び、「生中5つと、イカのげそ揚げに・・・」といった具合に順調に注文を進めていきます。そして私が「他に誰か何か頼む?」と声をかけた時、高校時代からの古の友人は店員さんに向かって言いました。

「あの~すいません、どぐろ焼きってなんですか?

 ・・・どぐろ焼き?一体何のことだか私にもわかりません。そんなん一体どこに書いてあった?と私がメニューの上に視線を走らせている時に冷静に店員さんは答えました。

「・・・ああ、のどぐろ焼きですね?

 一瞬の沈黙。後爆笑。そらそうだ。「どぐろ焼き」なんて意味不明です。そして私は発見しました。メニューに「新潟名産のどぐろ焼き」と書かれているのを。ああ、なるほど。彼は

「新潟名産/のどぐろ焼き」

 として見たのではなく、

「新潟名産の/どぐろ焼き」

 としてその項目を見たわけですね。そうか~、あの「の」は助詞だったんだねぇ・・・。まだ一滴も酒を飲んじゃいないのに、早くも酔っぱらいモードです。かくして我々はその「どぐろ焼き」ネタでしばらく盛り上がり、適度に酔ったところでちゃんと「どぐろ焼き」を注文し、楽しい酒を飲んできましたとさ。どっとはらい。

2001年7月22日日曜日

The Mosquito Battle -オマエハモウシネ-

 何だかこの三連休、ゆっくり休むつもりが何やら色々な障害に阻まれてそうもいかないという事態になってきております。昨日のカギといい今日のこのバトルといい・・・。そんなやれやれな事件を、今日の日記でお伝えしたいと思います。

 私は今日の夕方、ギターの弦を替えようとギターを取り出し、まずおもむろに現在張ってある弦を外しにかかりました。すると、周りの方で何やらプ~ンと音が回っています。そう、・・・蚊です。蚊のヤロウです。我が家はよくも悪くも自然に恵まれた谷間に位置しているので、そりゃあ蚊はたくさんいます。何を隠そうこれまでも部屋の中にいながらにして一日一箇所は刺されていたという始末ですから。まぁ逆に言えば蚊の一匹くらいいても当たり前な状況なので、私も最初は無視していました。が、弦を一本外した辺りでやけに右肘の辺りがかゆくなってきました。・・・ちくしょう、喰われたな・・・、と思いつつも、敢えて無視して次の弦を外しにかかったのですが、それを外し終わらない内に左足の裏、右足首、と次々かゆい場所は増えて行きます。そして左腕にチクリとした痛みを覚えた私は、すっとそちらの方を見ました。血を吸っている蚊がいます。その瞬間、私の中で何かが切れました。

パァン!

勢いよくひっぱたくも、蚊はその攻撃をかわし宙に逃げて行きます。ちっ、外したか・・・、と思っていると、今度は右足の親指に同様の痛みが・・・。見ると、今度は別の蚊が私の血を吸っています。二匹いやがったか、と思いながら手元にあった週刊誌を手に思い切り叩きつけます。・・・今度はやりました。蚊の亡骸は、力なく地面に横たわっています。・・・あと一匹。ギターの弦の交換を邪魔された私の怒りは止まりません。これを機にうざったい部屋の中の蚊を一掃してしまうことに決め、週刊誌を手に持ったまま蚊が来るのを待ちます。自分を餌にしたおとり猟です。もう何でもやったります。じっと待っていると、遠くの方から段々プ~ンという忌々しい音が近付いてくるのがわかります。・・・来たか。私は週刊誌を構え、蚊が愚かにも私の体ではなく壁に止まった瞬間を狙って叩き付けました。

パァン!

 ・・・やりました!壁には赤い鮮血をまき散らして蚊の残骸がこびりついています。これで当面私の視界に入っていた蚊は絶滅させたことになるのです。満足感の中、私は壁にこびりついた蚊の始末をしようとティッシュをとってきました。そこでふと気付いたのですが・・・、

 赤い鮮血・・・? それ、俺の血だよ、俺の!!!!!

 ・・・こんなに吸ってやがったのか、と思いながら、私はその蚊を始末しました。そしてさぁ弦を替えようと再びギターを手にし、古い弦を全部外し終わってギターの手入れをしている時に、またあの独特のチクリとした痛みが・・・。見ると、また新しい蚊が私の右腕に取りついて血を吸っています。もういちいち自らの手で叩き潰すのも疲れていた私は、その蚊を追い払った足で速攻薬局に行き、ブタさんの蚊取リキッドを購入して使いはじめましたとさ。それから蚊に悩まされることもなくなった私は、「効くもんだなぁ」と思いつつ『バ-デンジャズ組曲』と『天使の死』を弾き倒していたそうです。どっとはらい。

2001年7月21日土曜日

人生最大クラスのボケ

 今日はこの不祥ayum、人生最大クラスのボケをかましてしまいました。「いい加減疲れもたまってきていることだし、今日は一日怠惰に過ごそう」と昨日から心に決めていた私は、洗濯も掃除もせずただひたすらのんびりと本を読んだりギターを弾いたりして時を送っていました。そして昼飯を食べに行こうと思い部屋を出て、ついでに少々買い物などして帰ってきたのですが・・・。なんと家の前に着いた時点で自分が部屋のカギを持っていないことに気付きました。我が家はオートロックです。カギがなければそもそも建物の中にすら入れません。それまで通ってきた道を探し、ポケットを漁り、カバンをひっくり返して、それでもカギは出てきませんでした。仕方がないので隣に住んでる大屋さんに事情を話して開けてもらおうと思い、意を決して大屋さんの家のベルを鳴らします。・・・が、出てきません。もう一度押します。・・・やはり出てきません。な~んてこったい!どうにもならなくなった私は、結局管理会社に電話をかけ、一時間待った末に管理会社に出張してもらいカギを開けてもらいましたとさ。やれやれ、これまでの人生でカギを落としたことなんて一回もなかったのになぁ・・・。

 しかしそこの管理会社の人、入居手続きの時から色々とお世話になっている方なのですが、今日の件でも「本来なら出張費を請求するんですけど今日はいいです。気をつけてくださいね」と笑って帰って行きました。う~ん、いい人だ・・・。