2009年11月29日日曜日

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響@サントリーホール

 少し前、11月15日のことになりますが、マリス・ヤンソンスが指揮を振るバイエルン放送響のコンサートに行ってきました。プログラムは前半がブラームスの交響曲第2番、後半がチャイコフスキーの交響曲第5番。どちらも大好きな曲です。今回のツアーではヨー・ヨー・マや五嶋みどりをソリストに迎えての協奏曲を演るというプログラムもあったのですが、ベートーヴェンのバイオリン協奏曲やドヴォルザークのチェロ協奏曲もいいけど、せっかくのバイエルン放送響なら、あの澄んだ弦の響きでブラームスの2番が聴きたいなぁということでこのプログラムの日を選択しました。

 まず前半はブラームスの2番。4番と並んでブラームスの中では大好きな曲です。ブラームスの田園交響曲とも呼ばれるこの曲は、全体的に開放的な明るさが流れる中、随所に牧歌的な、のどかに叙情的な旋律が鏤められています。バイエルン放送響はクレンペラーとのベートーヴェン4番5番カルロス・クライバーとのベートーヴェン7番等で聴く限り、弦の音色がすごく透き通った印象を受けるオーケストラです。例えば弦の美しさが讃えられるウィーンフィルは、透明というよりは景色に満ちた、美しい町並みをよく晴れた日にオープンカーで駆け抜けていくような、そんな様々な色に満ちた美しさです。対してこのバイエルン放送響は、色彩感が豊かというよりも凄く澄み切って輝かしい、けれども決して金属的な冷たさのないやわらかく光るシルクのような、そんな特徴的な弦の音色を持っています。そしてその素直で柔らかく澄んだ弦の音色が指揮者によって最大限に活かされる時、先のクレンペラーやC.クライバーの時のような伝説的な名演を生み出してきました。

 そんなBRSOが奏でるブラームス2番の第一楽章。いきなり実に美しい。生で聴いてもやはりまず惹かれるのはその澄んで輝くバイオリンの音色、そしてビオラ以下中低音域の弦楽器の暖かく木の質感を感じる、ふくよかでブ厚い音の存在感。彼らが奏でる旋律の美しさは、いきなり聴きにきてよかったと幸せな気分にさせてくれます。続く第2楽章では、パウゼでピタッと全身の動きを止めるマリス・ヤンソンスの指揮振りが実に印象的。そして最終楽章、出だしいきなり管が派手に音を外すところから始まります(苦笑)。その後休憩時間に「あれは指揮が振り間違えた」とか「奏者がミスをした」とか様々な憶測が飛び交っていましたが、とにかく素人にも明らかにわかる大きな外し方。一瞬私も「あらら」と思いましたが、そこはさすがマリス・ヤンソンス。落ち着いてミスを流し、そこからの演奏は凄まじいものがありました。

 マリス・ヤンソンスは割とテンポを揺らして曲を作ります。アッチェランドで一気に盛り上げていって、普通ならそこから突っ走っていきそうな場面でも一度テンポを落ち着けてみたり、とにかく横のテンポの扱い方が絶妙で、劇的なくらい揺らしているのに常にどこか理性的な線を一本引いて暴走を抑えるようなテンポの構成をよく取ります。そのヤンソンスが最後一気にテンポを上げてあの2番の劇的なフィナーレにノンストップで突っ込んで行くのです。指揮の圧倒的な存在感に失踪するテンポの中で最大音量を振り絞るオーケストラ。その迫力に背筋がゾクゾクする程興奮を巻き起こし、大きな大きな高揚感の中でブラームスの2番が終わります。前半で早くも感動のフィナーレという感じです。私はブラームスの2番では録音は古いながらもワルター指揮ニューヨークフィルの演奏を愛聴していますが、その圧巻のフィナーレのイメージを突き破る程の強烈な終わり方。正直あの一曲だけでもチケット代の元は取れます。素晴らしい。

 そして期待が高まるチャイコフスキーの5番。マリス・ヤンソンスはムラヴィンスキーの助手をしていたということですから、彼のような荘厳で聴いてる方が恐怖を感じるくらい鬼気迫る演奏をしてくるかと思いきや、意外にゆったりめのテンポで全体を構築します。大きく横に揺らすテンポを不自然に感じさせるところがなく、このドラマチックな名曲を盛り上げていく手腕はさすがです。最終楽章のパウゼの後、主題が勝利の凱歌として高らかに歌われる場面は実に感動的でした。

 ところでマリス・ヤンソンスはこれまで見てきた指揮者の中では比較的ストレートにわかりやすい指揮を振ります。彼の指揮の特徴は、指揮棒に音を引きつけるような指示の出し方をすることが多いということ。チャイコの5番で管が上空を飛行するようなイメージで旋律を奏でる時は「もっと上へ、ここまで上へ」と言わんばかりに背伸びして目一杯指揮棒を頭上高く掲げて音を呼び込みますし、ブラームスでは指揮棒を綱引きをするようにグイッと引っ張って音を作ります。その音を引っ張るイメージが実に説得力があり、音楽やリズムを表現する意図が聴いてる方にまで伝わる見事な指揮をします。彼は音やリズムを引っ張ることで可視可しているように思えます。

 また、緩徐楽章等でアクセントの少ない緩やかな旋律が続く時は、彼は指揮棒を左手に持ち、右手で指揮棒を持たずに柔らかい指揮を振ります。タクトを用いた強いアクセントの指揮ではなく、手での柔らかな指揮を必要に応じて織り込むことで曲のイメージに対する指示の幅を広げているように感じました。そして曲調が強いアクセントを再び必要とする場面が近づくと、また右手にタクトを構えるのです。

 ともあれマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響、素晴らしいコンサートでした。終演後のサイン会はサロネンの時のようにホールの廊下でやると人が溢れる懸念があるためか、楽屋口の駐車場に並ばされたとのことです。しかし人一杯並んでました(苦笑)。そして皆今日の演奏を讃えていました。サイン待ちをしている間、楽屋からしれっとピアニストの内田光子が歩いて出てきました。勇気のある人はサインねだってました。

 これでブラームスの2番と4番は一流の指揮者・オーケストラで聴きました。後はベートーヴェン聴きたいですね。この2月にベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送響がエグモント序曲、交響曲5番、交響曲6番『田園』という実に魅力的なプログラムで来日しますが、行けないだろうなー・・・。そうでなければブルックナーの交響曲8番か9番も生で聴きたいですが、都合のつくいいコンサートないですかね?