2003年8月31日日曜日

JPHONE風『ロンド風ガボット』

 JPHONEのCMを見ると、いつもその後ずっとあのやたらと軽快な木琴版『ロンド風ガボット』が頭を回ります。あのCM、バリエーションは変わってもBGMはいつもしつこく木琴版『ロンド風ガボット』。とうとう私はたまりかねて、『ロンド風ガボット』を弾き始めてしまいました(爆)。「もっとJPHONEのCMみたくトリルを軽快に!」とか「あの感じを出すなら普通のトリルよりはピッキングトリルかなぁ?でもそれだと重いかなぁ?」等と間違ったこだわり方をしています(苦笑)。そもそもギターで木琴のトリルに挑もうという前提からして間違ってます。まぁまぁどうにかなるでしょう?しかしあの曲、バッハの曲にはありがちなことですが、聴いてる分にはやたらと朗らかに軽妙なのですが、弾いてみるとこれが結構辛いし疲れる。「バッハは弾いても報われない」という古くからの言い伝えはやはり本当のようです。

2003年8月29日金曜日

時間と空間と金の諸問題

 時間と空間と金は、どうやら同時になくなっていくものらしい。比喩的な意味ではなく、実に現実的に。一冊本を買って、金が減る。家に持って帰って、空間が減る。そしてそれを読むことで、時間が減る。減った分他の何かを得たとかなんとか、そういった話はここは目をつぶって置いておくとして、事実として確実に時間と空間と金は同時に減る。最近は、それを非常に切迫して感じるわけです。

 空間と金は、ある程度どうにかなる問題のように思える。確かに今現在既にこの部屋では本棚に入り切らない本が溢れ出て、机の上や床の上に本が山と積み上げられている。CDラックも一杯で、仕事中用のCDはそもそも会社に置いておくことで負荷分散を試みているものの、当然根本的な解決にはなっていないわけで、会社から家に持って帰ってきてもそれらのCDは行き場がない(苦笑)。そして実際このままではもう本だって本棚にも入らないが、そもそも本棚が結構無駄な使われ方をしている部分もあるので、学生時代CDラックでそうしたように、一度本格的に整理すれば今床に積まれている分は入るような気がする。・・・少し無理っぽいけど。あるいは、これは金の問題とも絡んでくるが、手元に置いておく必要なしと判断した本やCDは売ってしまえばいい。Amazonのマーケットプレイスで売れば、確実に買い手が見つかるとは限らないものの郵送する手間さえ惜しまなければ古本屋に売るよりずっといい値段で売れる。そして当然売れた分空間も空くし、金も入ってくる。一度買った本やCDで手放してもいいかなと思えることがあまりないのが難点だが、これは一つの有効な打開策だ。Amazonであまりに売れないようなら、とりあえず従来通りブックオフにでも持ち込めばよい。入る金は少ないが、とりあえず空間は確実に空く。

 ・・・が、金や空間と違って解決策の欠片も見当たらないのが時間の問題。コイツだけは難しい。節約したり有効に利用することはできても、増やすことだけは絶対にできない。寝る時間をいくら削ったって時間そのものが増えるわけじゃない。ある本を読むということは別の本を読む時間が減るということだし、同時にギターを弾く時間が減るということでも、自分で文章を書く時間が減るということでも、音楽を聴く時間が減るということでもある。それは他の行為にしても同様に。ある時間の中で一つの可能性を選択するということは、逆に他の可能性を選択しないということだ。そして僕らが時間に対してできることは、時間の中に内在するほぼ無限とも取れる可能性、その中の一つを選択するということだけ。そして、その選択すらできないことも珍しくはなく。僕らは限りある時間の中に意志を詰め込んでいくことくらいしかできない。

 とまぁそんなことを最近よく考えてみるわけです。我ながらガツガツしてるというか、生き急いでいるというか、端的に言うなら余裕がないなぁと思うわけです。時間の大半を仕事に使う中で、音楽を聴いて、本を読んで、ギターを弾いて、文章を書く。今の私はそのバランスを、時間の都合だけでなく空間と金の兼ね合いも合わせた上で多次元的に折り合いを付けていかなければならないわけですが、どうもその、多次元的なバランスを取ろうとすることにエネルギーを使い過ぎて、肝心のバランスよく配分した外身の中に詰める何か、それをよく忘れてしまっているような気がします。わかってはいるんですよ。外身を配分することが大事なのでなく、配分した後に何を詰めるのかが大事なのだということくらい。ですが、そのバランスキープに必死だと、バランスを保った先のことに回す余力がなかったりすることがままあるのもまた事実です。そんな中、凄く久しぶりにミヒャエル・エンデの『モモ』を読み直してみました。そして、時間泥棒は一体いつ自分のところに現れたのだろうと、そう思ってしまうわけです。モモも、カシオペイアも、まだ来てくれません。時間の花は、まだ氷付けにされたまま冷たい部屋で眠っています。

2003年8月27日水曜日

最近つまらないですね?

最近つまらないですね?
何か面白いことないのですか?
何か言いたいことないのですか?
「いま」とか「ここ」が、不満なのですか?
「~でない」何かに、憧れるのですか?
それがすべての、原因なのですか?


最近つまらないですね?
もっと話題はないのですか?
否定や虚勢でないお話は?最近つまらないですね?

・・・この日記に対するモノローグ

2003年8月25日月曜日

バーデン・パウエルの似合う日曜日

 バーデンパウエルの『TRISTEZA ON GUITAR』がよく似合う夏の終わりの日曜日、皆さん如何お過ごしでしたでしょうか。私は「ん~、バーデンパウエルって『CANTO DE XANGO』とか、ただ和音を四分音符で叩いてるだけなのに何でこんなにやたらとカッコいいんだろう」などと考えながらやっと暑さの戻ってきた日曜の午後を過ごしていましたとさ。

2003年8月24日日曜日

表現力とは?

 表現力やら描写能力やらといったものは一体どういうものなのでしょう。これを考え出すとなかなか結論がまとまりません。文章を書く時、例えば「自分の横顔を描写して下さい」と言われたとして、その時、多分どんな文章巧者が技巧と精緻の限りを尽くして10,000字以上も書き連ねたとしても(そして実際それほど極端な描写を行う作家はいるが。「lumber」というただ一語についてひたすら148ページに及ぶ考察を綴るニコルソン・ベイカーとか)、読んだ人がその横顔を知らずとも完全にイメージが出来上がるような文章はできないでしょう。かと思えば、たった一言で描かれた場面のイメージを細かい所まで頭の中に浮かべることができるような、そんなクリティカルヒットな一文がこの世の中に存在することも確かです。が、そこで使われていた語彙をそのまま同じような場面の描写に持っていったとしても、その言葉が新しい文章で以前と同じような輝きを放つわけではないのです。「月明かりに照らされた」等とよくある言い回しが、ただの使い古された物言いというだけで終わるのか、あるいは強烈に心に響くイメージへと変わっていくのか、そこの違いを理解することは難しい。

 ぼんやりと思うことは、それはやはり全体のコンテクストの中で決まってくるのだろうなということ。「春の熊と同じくらい好きだ」という言い回しを『ビタミンF』に出てくる主人公達が口にしても説得力はないでしょうし、ワタナベ君が「俺の人生は、これか」とつぶやいてもイマイチでしょう(『ノルウェイの森』も『ビタミンF』に収録されている『なぎさホテルにて』も、どちらも私は非常に好きな作品です、念のため)。・・・とすると、非常にやっかいなことになってきます。「生き生きとした描写」とやらのためのマニュアルやら方程式といったものは存在しないということになるからです。当たり前のことですが、どんなに色々な文章を読んで研究してみたり、たくさんの語彙を仕入れてみたりしたところで、自分のコンテクスト内で鮮烈な描写をしたければ、そのコンテクストで映えるような表現を探さないといけない。今さらのようですが、厄介な話です。さてさて、どうしましょうか・・・?

2003年8月22日金曜日

Reaching Horizons

 この同じ水平線で、これまでとは違う地平を眺めよう。永遠という言葉は現実が持つ無意味さ、その罪を受け入れない。

2003年8月20日水曜日

2003年8月19日火曜日

弦を替えたら

 昨日はたまの休日、最近ちょっとさぼり気味だった、ギターの弦の交換をしました。ラミレスとサイレントギター、2本の弦を一緒に換えます。まぁ、そこまでは問題ありませんでした。ただ換えればいいだけです。これまで何度もやってきた作業です。目を閉じてもできるとは言いませんが、別に何の苦労も苦痛もなくできます。・・・さて、問題はそこからです。ご存じの通り、ギターの弦というのは交換したての頃は非常によく調律が狂います。一分放置しておくともう狂います。この現象に対する対策は合理的なものからある種の民間療法的なもの、狂うがままに放置しておくという選択肢に至るまで実にたくさんありますが、私が昔から採る方法というのはただ一つ、「ある程度安定するまでひたすら調弦を繰り返す」です。5弦から調弦を始め、6、4、3、2、1と進み、1が合う頃にはもう他が狂っているのでまた調弦を繰り返す。ひたすらそのループです。これは実は結構精神的に疲れる作業です。何しろ曲を弾くでもなくただ調弦を繰り返すだけなのですから。が、別にこれも問題の本質というわけではありません。調弦ももう既に手馴れたものです。6本の弦を合わせるのに、張りたてのたくさん巻かないと音が合わない弦でも1分は絶対かからないでしょう。・・・が、この調弦に罠は潜んでいました。

 そう、私は今回2本のギターの弦を同時に交換しました。ということは、2本同時に調弦をしないといけないということです。1本合わせたらもう1本を、それが終わったらまた戻って・・・。ひたすらそれを繰り替えします。そして、2本のギターを調弦するために、私は当然何度も音叉を叩かなければなりませんでした。私は音叉を自分の膝で叩きます。机とかで叩く人もよくいますが、あまり固いもので叩くと音叉の音程がずれることもあるのであまりよくありません。ので、私はいつも音叉を右膝で叩きます。膝で叩くといってもそれももう手馴れたもので、音叉はなるけど膝は痛くない、そんなギリギリの力加減をちゃんとマスターしています。ので、今回も単純計算で普段の弦交換の際の倍以上の回数音叉を叩いたにも関わらず、痛みというものはまったく感じていませんでした。ジーパンをはいていたので、痛みがない以上当然自分の膝はまったく無傷なものと思っていました。・・・が!その日、風呂に入ってみると、右膝の上の辺りが内出血して赤黒く滲んでいます。それを見て、私は最初「何だろう?」と思いました。その内出血の原因に、まったく心当たりがなかったのです。・・・結論に行き着くまで10秒ほどかかりました。「ああ、音叉!あれか!確かにたくさん叩いたわな」、と。

 痛みは感じなくとも、何度も繰り替えし金属の音叉で叩かれた右膝は、確実に悲鳴を上げていたようでございます。どっとはらい。

2003年8月17日日曜日

隠れた達人・柴田杏里

 自分で弾こうとはあまり思わないけれど、柴田杏里編の『花祭り』は確かにあっちの方が祭りっぽいし原曲の雰囲気に近いと思う今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。私は今日も雨の中出社し、一人会議室にこもって(爆)シュールに仕事をこなしていました。いや~、夜帰る時に会議室から出てみたら、もう社内に私しか残ってなくて真っ暗でしたからね。やたらに広くて見通しのいい暗闇が広がるフロアに、ブウーン・・・とコンピュータのファンの音だけが低く唸って聞こえて、同じくコンピュータのランプだけが至る所で明滅しているその光景は、私を何故か三流のスパイ映画の潜入シーンの中に自分が紛れ込んだような気分にしてくれました。ってゆーか俺一人かよ!? って感じでしたね。軽く浦島太郎です(笑)。

 そうそう、「実はかなり凄いらしい」と実に曖昧な情報を仕入れてから三年程、見事に放置してしまっていた柴田杏里ですが、中古のCDを見つけたというのもありようやく二枚買って聴いてみました。一部の人々の中では柴田杏里というといち早く藤井敬吾先生本人以外で『羽衣伝説』をCDに録音した人というイメージが強いでしょうが、今回私が買ったのはそれ以外の二枚です(苦笑)。・・・だって中古なかったし・・・。まぁそれはさておき、私が柴田杏里氏が凄いという情報を仕入れたのはまだ東京に出てきたばかりの時、藤井敬吾先生がGGショップでマンドリンの柴田高明氏とコンサートを行った際の打ち上げて知り合った人からです。その人は柴田杏里氏の演奏を生で何度か聴いて、確か習ったこともあると言ってたように思うのですが、曰く「日本人離れしたリズムセンスでラテン系の曲をカッコよく弾く」とのことでした。しかしいざCDを手にしてみて最初に思ったのは、実はこの柴田杏里、何と『リブラ・ソナチネ』の第三楽章フォコや『タンゴ・アン・スカイ』、『ヴィラ=ロボス讃歌』第四楽章トゥーンといった今では定番となったディアンスの名曲たちを大萩康司よりも福田進一よりも鎌田慶昭よりも早く録音しているのですね。なかなか先見の明を持っています(?)。でも、彼のディアンスは正直イマイチです(爆)。なんか、彼のディアンス凄いゆっくりなんですよ。しかも『タンゴ・アン・スカイ』ではわけのわからないところにわけのわからないハーモニクス入ってるし。正直凄い違和感があります。ですが、確かにスペインものやラテンものはもの凄くカッコいいです。しかもさりげにアンヘル・バリオスも『グラナダの花』、『トナディーリャ』他数曲入れてます。が、『トナディーリャ』は藤井敬吾先生の演奏を聴き慣れているとやはり違和感があります。やっぱりゆっくりですし、曲の作り方が全然違う。まぁ、柴田杏里の方がスペインっぽいといえばスペインっぽいのですが。ですがアジャーラの『セリエ・アメリカーナ』よりの抜粋や、R.S.デ・ラ・マーサ、E.S.デ・ラ・マーサ、ロドリーゴ、ファルーといったスペイン/ラテンものの演奏はヤバイくらいカッコいいです。特にR.S.デ・ラ・マーサの『ロンデーニャ』はいい!これを聴くためだけでもCD一枚買う価値はあると思います。しかし柴田杏里、デビューアルバムでスペインものの曲を集めたのはいいのですが、スペインものやってアルベニスもグラナドスもファリャも一曲も入れず、ロドリーゴも有名どころは一曲も入れず(『朱色の塔の影にて』という曲が収録されている。普通こんな曲知らん)、R.S.デ・ラ・マーサやE.S.デ・ラ・マーサ、アンヘル・バリオスといった辺りを中心に据えて来るというのはかなりいい度胸してます。絶対売ろうと思ってねぇ(爆)。

 ともあれ柴田杏里、曲レベルで多少の辺り外れはあるものの(ってゆーかそれも好みの問題かも)、スペインものは相当マニアックな曲を相当カッコよく聴かせてくれます。果たして彼は、『羽衣伝説』を一体どのように弾いているのでしょうか・・・?

2003年8月16日土曜日

8月の秋雨

 梅雨が明けたと思ったら、何故か突然激しい雨が降り続き、長袖を着ていても肌寒く感じるくらいのおかしな天気が訪れました。しかも何とこの天気、言うに事欠いて「秋雨前線」らしいじゃないですか!いや、ビックリです。今年の夏は、一体何処に消えてしまったのでしょう?盆休み中社内の冷房に制限がかかるのでその意味では空調いらずのこの気温はありがたいのですが、まだ八月だというのに最低気温が20度を切るというこの気候は東京としては明らかに間違ってます。稲の成長に支障はきたさないのでしょうか・・・?だって「秋雨」だぜ、「秋雨」?

2003年8月13日水曜日

爆死、勤務中

 私はどうも飲み物を飲むのが下手らしく、ものを飲む時(特にペットボトルとかだと)よくむせます。何気なく一口飲もうとして、何の前触れもなく突然咳き込み始めるからきっと周りの人はかなりびっくりすることだろうと思います。今日も、そんな感じでした。

 会社で私はちょっと休憩をしていて、ペットボトルのお茶を飲みながら軽く本を読んでいました。本を読みながら、ペットボトルに手を伸ばし、特別なことをやるわけでもなく、何か話しながら飲もうとするでもなく、ただおもむろに一口、ただし量は結構多めに、ゴクッと口に含み、飲もうとしました。・・・その時です。その多めに含んだお茶は、何を間違ったのか食道の方に(おそらく一滴も)入ることなく、ダイレクトに思いっきり気管に流れ込んでくれたのです。まさに「ゴフッ!」って感じでした。当然激しく咳き込もうとするわけですが、まだ口の中にお茶が残っていてまともに咳をしたら一気に吹き出てしまいます。とはいえ水分を肺の外に押し出そうとする圧力が強く、中から吹き出る空気圧と、それを押しとどめる弁の役割を果たす閉ざされた口のせいで間違った意味に胸が一杯になり、顔も紅潮してもう大変です。息もできません。「ヤバイ。これはヤバイ。死ぬぞ!?」と思った私は、さすがにこんな間抜けな死に方もしたくなかったのでとりあえず手近にあったお茶を買ってきた時のコンビニ袋に口の中の水分を吐きだしました。まさに「背に腹は代えられず」というヤツです。これで堂々と咳き込めるわけで、これでちょっとは楽になるだろうと思ったのですが・・・。何と、まだ息が全然できません。肺に水が溜まっているせいなのでしょうか、激しく咳き込む間に必死で息を吸っても、全然肺に空気が入ってくる感じがしない、少なくとも血に酸素が回っている感じがしないのです。本気でヤバイと思いました。咳でどんどん肺の中の空気は出て行くのに、いくら吸っても空気が肺に届かないのです。そりゃもう苦しかったですよ、ええ。終いにゃ空気を吸い込もうとする息すら細くなりかけたわけですが、そこまでいった段階でやっと、少しずつ吸った空気が肺に届くようになってくれました。まだ最初はひどい喘息の発作の時のように、思いきり吸っても潰れたストローの中を無理矢理通ってくる感じの線の細い空気が微かに吸えるだけでしたが、それも少しずつよくなり、どうにか数分後「普通に咳き込んでる」感じのところまで回復することができました。その後もしばらく、声を出そうとすると肺に何かつっかえた感じがしてうまく声にする息が出てこなかったり、息と一緒に水分が出てきたりしましたが、本当にギリギリ一杯、今は無事に元通りの体に戻れました。いや~、息ができるって素晴らしいですね(笑)。

 ・・・しかし、私は一体どれだけの量の水分をどれだけの勢いで肺にブチ込んでしまったのでしょうか・・・?

2003年8月12日火曜日

2003年8月9日土曜日

働けってか!?

 相変わらず夕食はコンビニ弁当が多い私の食生活、今日は最近帰り道にできたセブン・イレブンで飯を買うことにしました。比較的気分にあった弁当をチョイスし、野菜ジュースを選び、軽くガム等を購入して700円ちょっとです。今、セブン・イレブンでは700円分買い物をするとクジがひけて、当たると(といっても大抵当たるのですが)その場で色々な賞品(商品)がもらえます。私はジュースやグミやカップラーメン等をもらったことがあります。・・・さて、今日は何が当たるかな、とクジをひきます。案の定当たりです(ってゆーか外れるんでしょうか?)。さぁ、今日の賞品は、・・・『眠眠打破』です!うわーい、・・・ってオイ、どーゆーことだ、コラ!? それはつまり俺に寝る間も惜しんで仕事しろっちゅーことなんかい!?

 ・・・とまれかくまれ、今年は盆休みも取れないことが確定した私はそうやさぐれてみましたとさ。いや、まぁ振替休日は取れるのですが、一体いつ取れというのでしょう?下手すりゃ年末まで持ち越しだったりします・・・。

2003年8月8日金曜日

小さな本屋では

 最近本屋を探索していて思うのですが、どうも一般の日本の小説の読者というのは、基本的に日本人の書いた本の方を読みたがるようなのです。どの本屋に行っても外国文学のコーナーは日本作家の1/5くらいのスペースしかなかったり、あるいはそもそも外国文学なんて置いてなかったりします。まぁ指輪物語始めファンタジー系は最近流行りだから置いてますね。他はあったとしてスティーブン・キングとか、パトリシア・コーンウェルとか。あるいはヘッセの『車輪の下』とかフィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』みたいなもはや古典の有名どころ。まぁ、とにかくあまり外国文学が置いてないわけです。最近私が読みたいと思っているポール・オースターやらスティーブン・ミルハウザーやらドン・デリーロやらは日本語訳が出ているにも関わらず何処にも売っていないわけです。トルーマン・カポーティとかも読んでみたいんですけどねぇ・・・。まぁいざとなったら新宿の紀伊国屋や池袋のジュンク堂に行けばあるんでしょうけど、近場にあった比較的大きな渋谷の三省堂がなくなったのは痛いです。ん~、新宿や池袋まで出るの面倒だなぁ・・・。

2003年8月4日月曜日

熟成されたウィスキーのように

 ウィスキーは年を経る毎に深みを、香りを増していく。5年他より多く年を経たウィスキーには、その5年を経ただけの価値がある。それは時間というものが他の何ものによっても代替することのできない、何よりも貴重なものだという意味以外においても。純粋に物質的かつ感覚的な基準によっても。

 ウィスキーが正しく年を経るにはやはり、相応の労力がいる。ただ放っておけば若者が老賢人になるわけではないように。僕らも、年をとる。僕らは、時とともに価値を高めていくことができるのだろうか。熟成されたウィスキーのように。

2003年8月3日日曜日

自転車で日吉巡り

 今日は実に久しぶりに夏って感じのする天気でした。13時くらいに目覚めた時(遅いよ!)、外の日射しの爽やかさと寝苦しさを感じる気温に思わず夏を感じたものでした。そして、その夏の空気にあてられて、夕方ちょっと涼しくなった頃に私はある思いつきをしました。・・・そうだ、最近運動もあまりしてないことだし、久しぶりにチャリでその辺を散歩してこよう。そう、私はこっちにきてから普段あまりチャリを使いません。朝は家の前の坂を駆け上がって、駅前で駐輪場の空きスペースを探す時間を考えるなら相対的に歩きの方が速いので歩いて駅まで行きますし、休日出かけるにしても大抵電車で行くことになります。ので、こっちに来た時に購入した自転車はあまり使われることもなく土埃をかぶって眠っていたのです。とりあえず先週は軽く自転車のメンテをして、近場をふらりと回ってきたので、今回はまだあまり知らない日吉を回ってみようと思い、私は自転車をこぎ始めました。

 日吉というところは基本的にも応用的にも山です。道はあまり広くないし、坂も視界を遮る段差や木々等の障害物も多く、視野はあまり開けていません。ので、自分が普段通る道から少しでも外れてしまうとそこはもう、視野にすら入ったことのない完全な未体験ゾーンが待ち構えているのです。とりあえず家の前の坂を駆け上がり駅前まで行った私は、ただでさえ普段は絶対通らない浜銀通り、そこを奥まで突っ切っていこうと思い、進み始めました。それはなかなか大変な道のりでした。浜銀通りを普通に走っている内は登りよりは下りの方が多くて楽だったのですが、途中左に折れてからは突然急な斜面に出くわすは、かと思えば「どこまで降りるんだ、この坂は!?」と思うくらい急で長い下り坂に突然出てみたり、とにかく大きな坂にやたらとぶち当たるのです。息を切らしながら坂を駆け上がり、不安に駆られながら坂を降りを繰り返す内、気付いたら私の家の近くにあるでっかいマンションが遥か丘の上に見えるようになっていました。・・・あそこまで登らないと帰れないのかよ。ってゆーかそもそもここどこだ!? その時には既に私は軽く道に迷っていました(笑)。そもそも地図も持たずに知らない道に向かって問答無用で突き進んだわけですから当然といえば当然です。しかも「あっちが家」と方向的にはわかっていても、坂が多くて道のつながりがまったく見えないし、そもそもまともじゃ駆け上がるのは絶対無理な坂に阻まれていたりして普通じゃ帰れそうもありません。・・・その後私が知った大通りに出るまで実に一時間以上、日吉の山の坂と格闘を繰り替えしていたとのことです。疲れた・・・。