2005年4月30日土曜日

ベルギー象徴派展

 GW初日の今日、私は午後から元気に仕事してました(爆)。しかも何だかやたらに鼻炎が酷く、鼻水とくしゃみに耐えられなくなって朝目が覚めたほど。手持ちの抗ヒスタミン剤は飲んだものの、結局今日一日で箱ティッシュ1つ丸ごと使い切るくらい鼻かみました・・・。

 そんな中仕事を無理矢理夕方に切り上げた私は、『GW企画・たまには渋谷を楽しもう』と、一人文化村へ向かいました。目指すはBunkamura ザ・ミュージアム、『ベルギー象徴派展』です。例によって普段は絵画に興味をほとんど持たない私ですが、電車で吊り革広告を見て以来ずっと地味に気になっていたのです。フェルナン・クノップフやフェリシアン・ロップス等、ベルギー象徴派の幻想的・耽美的な世界に浸ってみるのも悪くなかろうと行ってみたわけです。

 ひどく鼻がぐすぐすする中、ゆっくり一時間ちょっとかけて見て回ったわけですが、その中でも印象に残ったのを列挙していくと、まずはロップスの魔性の女達。『毒麦を蒔く魔王』、『略奪』、『偶像』、『生贄』、『磔刑』の5つの作品からなる、非常に暗く、悪魔崇拝主義的な連作です。リトグラフの細かい線が暗闇の濃淡だけで情景を浮かび上がらせるようなこの作品は小さい枠の中に描かれたものでありながら妙な力を持っていました。次はレオン・フレデリックの『祝福を与える人』。紫色の法衣をまとった老人が祈りを捧げている姿が59×59cmのキャンパス一杯に描かれている、言ってしまえばただそれだけの絵なのですが、何に驚いたかってその凄まじい生々しさです。遠くから見たときは「写真か?」と思ったくらいです。このレオン・フレデリックという人は写実的な作風で知られるそうですが、写実的とかそういうレベルじゃないだろうと思いましたとさ。

 そしてベルギー象徴派の要であるフェルナン・クノップフです。まず最初に幻想的な作品ではなく、非常に写実的な風景画を観たのですが、これがかなりよかった。『ブリュージュの思い出-ベギン会修道院の入り口』や『フランドルの思い出-運河』、『ブリュージュ-教会またはブリュージュの聖母教会の内部』など、淡い色合いで鉛筆やパステルを用いて描かれたこれらの風景画は、まるでその場所から風景を時間ごと切り取って持ってきたような非常に静かな叙情性を持っていて、観ていて哀愁すら感じてしまうような美しいものでした。またこれらの作品群は水面が非常にきれいに描かれているのです。この水面を描くために他の風景画存在していると言ってもいいくらい、水面に映り込んだ反射する景色が美しい。私が作曲家だったら、これらの風景画に1つずつ曲を付けていきたいなと思いました。静かで、音数が少なく、暖かみはあるのだけれどそれでいて寂しさも漂うようなそんな小品達を。そしてもう1つクノップフの作品で気に入ったのが『メリザンド』という女性のポートレート調の作品。これはベルギー象徴派の詩人・戯曲家であるモーリス・マーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』を下敷きにして描かれた作品で、柔らかい光の中で少しもの憂げに目を伏せるヒロイン・メリザンドが描かれています。森の奥深くの泉の傍で泣いているところを王子ゴローに見つけられてめとられ、その夫の弟ペレアスをも惹きつけていく謎の美女メリザンド。その幻想的な恋愛悲劇はドビュッシーやフォーレ、シェーンベルグらが音楽を付けているとのこと。これはその他の幻想的な作品と違い、上記の風景画と同じように色鉛筆やパステルで描かれた淡く優しい風合いのものです。どうやら私は幻想的にきらびやかな作品よりこういった柔らかく控えめな作品の方が好きなようです。

 そしてその後はブックファーストに行ってロップスが挿絵を描いた小説『悪魔のような女達』を購入し、一蘭でラーメンを食べて帰宅したとのことです。ふう。

2005年4月29日金曜日

やれやれなGW宵の口

 20時からの客先作業を21時半に終え、新宿から渋谷まで帰ってきたのが22時過ぎ。さて、東横線に乗り換えて帰宅しますかという時に、さっきまで作業していたお客さんから電話が入りました。

「あの~、一点おうかがいしたい点があるんですけど、今からもう一度来ていただくことは可能でしょうか・・・?」

 そしてその後泣く泣く新宿にとんぼ返りして、あまつさえさらに帰りに超級の週末満員酔っぱらい電車に巻き込まれたGWへの宵の口、皆さん如何お過ごしでしょうか。おかげで私は部屋でクリムゾン・キングを聴きながら一人ウィスキーをあおってます。『21世紀の精神異常者』とか『epitaph』とか『クリンムゾン・キングの宮殿』とか、素敵に気分をダークにしてくれます。いやー、シュールだ。

2005年4月27日水曜日

2005年4月18日月曜日

映画『トニー滝谷』を観て

 ちょうど一週間前のことになる。福岡の小さな単館系の映画館で『トニー滝谷』を観た。村上春樹原作で短編集『レキシントンの幽霊』中に収められている、村上春樹らしい欠落と喪失の物語。湿っぽくなりすぎない乾いた孤独感が作品を通して流れる、静かな、短編としてもあまりに静かな物語。

 少し肌寒い春の小雨の中、傘をさして映画館の前まで辿り着くと、地下に続く小さなライブハウスのような暗い照明の階段の入り口の前には意外や行列ができあがっていた。どうやら主演のイッセー尾形が舞台挨拶をする公演にまんまとぶち当ってしまったらしい。それでもせっかく来たのだからと、整理券を手にして湿っぽい階段で会場を待つ。70人がやっと入れるくらいの小さな箱。イッセー尾形がどんな舞台挨拶をしたのか、実はよく覚えていないのだけど、村上春樹は長編小説の映画化には絶対首を縦に振らないが、短編小説はその限りではないということでこの映画化が実現したという話だけはよく覚えている。立命館の学生会館小ホールよりまだ狭いくらいの距離の近い空間。幕の閉じたスクリーンの前に立つイッセー尾形は、舞台挨拶という場面になれていなくて空気がつかめず戸惑っているような印象も受けた。

 この『トニー滝谷』という映画は台詞やアクションを主体として進んで行く一般的な映画やドラマとは違い、ナレーションとモノローグ、そして場面転換で話が進んで行く。この映画において、空間は移動するものではなく切り替わるものとして扱われているようだ。そう、まるで舞台演劇のように。実際そのようにしてほとんどのシーンがステージ上で撮影されたらしい。そしてその切り取られた空間の中では会話すらほとんどなく、基本的にナレーションとモノローグだけで構成されていく。だからただでさえ静かな話が余計に静かに演出される。映画を観ているというより写真を眺めているような感覚。動きはあるのだけど静止した世界。カラーの映画なのにモノクロな詩情を感じさせるその絵は、村上春樹らしい現実感と浮遊感の狭間をよく表していたように思う。静かで、乾いた、モノクロの情感と孤独。坂本龍一の音楽が、さらに空間を透明で、隙間のあいた感覚にさせてくれる。映画館に足を踏み入れるまで傘越しに打たれていた少し肌寒い春の小雨が、この映画にはこの上なくマッチしていたように思う。映画の最後、トニー滝谷は電話をかける。それは原作にはなく、監督が村上春樹と相談の上で新たに付け加えた場面らしい。誰かに向かい、鳴り続け、おかれる電話。『ノルウェイの森』のラストを思い出した。

 改めて『トニー滝谷』の原作を読み返そうと思って『レキシントンの幽霊』を探したけれど、何故だかどうしても見つからない。誰かに貸したままになっているのか、実家にでも送ってしまったのか。とりあえず文庫も今は出ていることだし、明日にでも買ってもう一度読み返してみたいと思っている。

2005年4月17日日曜日

昼食と忙しさ

 先程珍しくTVでニュースを見ていたら大阪市長が記者会見に出席しなかった理由を記者に問われて、「年度末は昼食もとれないほど忙しいからね」と応えていましたが、ふむ、昼食を取れないことくらいは別に年度末でなくても日常茶飯事、それくらいで忙しいと言ってほしくはないなと思ったayum@金曜夜は客先徹夜作業で朝7時前帰宅(出社は10時だった)です。ホントにねぇ、「昼飯食えないくらい週に1、2日くらいはあるだろ、普通」と思うのはきっと職業病だとは自覚しているのですが。まぁ何にせよ、こと仕事という面において忙しさが言い訳になると思っているのは社会人としてのプロ意識が甘いことの現れ。大阪市長もレベルが知れます。忙しいのはわかるけど、あなたの立場にはそれだけの仕事と責任があるのです。それができずに仕事が粗くなるというのであれば、それは現状の仕事と責任に対して自分の力が追いついていないということ。すなわち、忙しいということを理由にするということは「自分は仕事ができません」と公言しているようなもの。それがわかってるんでしょうか。そんなんでよくこれまで社会人として仕事やってこれたもんだと、逆にそのことに感心してしまいましたとさ。しかも市長ですよ、オイ。ん~・・・。

2005年4月13日水曜日

ある日、吉野家にて

 会社の帰りに吉野家に食事を取りに行きました。店に入り、空いた席に座って注文をします。ふと隣を見ると、30代半ばくらいのスーツ姿の会社員(推定)が両肘をカウンターについてうなだれるように座っています。目の前にあるカレー丼にもほとんど手を付けていません。がっくりと首をたれています。・・・疲れてるんだな、と思ってPHSのメールをチェックとかしながら食事が運ばれるのを待っていると、今度は奇怪な音が聞こえてきます。やや詰まり気味の水道が大量の水を半ば無理矢理引きずり込んで行くときのような、鈍くいびつなズズズッ、という音。・・・?最初は何の音かわかりませんでした。そしてまた聞こえてきます。そしてまた。ズズズッ・・・、ズズズッ・・・、ズズズッ・・・。何だろうと辺りを見回して、再び隣でうなだれていた会社員(推定)に目をやった時、私はすべてを悟りました。

 ・・・寝てやがります!この会社員(推定)、こともあろうにこの回転の速い吉野家で、夜の11時過ぎに、カウンターで堂々と、目の前にあるカレー丼にもほとんど手をつけずに、とどめとばかりにいびきまでたてて、見事に寝てやがるのです!・・・やられました。そう来るとは思いませんでした。想定の範囲外です。なんというか、・・・そんなに疲れてたんでしょうか・・・。

2005年4月8日金曜日

そう、もう、また、春

 桜咲く。桜咲く。少し変わったものが食べたくて、普段行かない通りで昼を食べた。帰りに通りがかった小さな公園の真ん中で、思いがけず咲いた桜が数本。まだ七分咲き。昼の静けさ。ビルの谷間からさす陽の光が、木漏れ日のように桜に注ぐ。木の下でまたもう一つ、木漏れ日の孫が土を照らす。不意にまどろんだ春の静謐。渋谷も時に空気を止める。雑踏を遥か遠くに押しやる。すっと浮かび上がった淡い平穏。春が来たことに、やっと気付いた。そう、もう、また・・・。桜咲く。桜咲く。

2005年4月6日水曜日

大卒のあどけなさ

 新入社員の顔を見て「ああ、幼いなぁ」と思ってしまう今日この頃。大卒ってあんなにあどけないものでしたっけ?であれば、自分も入社当時はやはりあんなにあどけない表情をしていたのでしょうか。そして今は、新入社員達の目に私はどう映るのでしょう?ん~・・・。

2005年4月4日月曜日

一期一会

 世の中いつ何が起こるかなんてわからない。一期一会という言葉の意味の真の重さに気付くのは、いつも何かが起こってしまった後の祭りだ。

2005年4月3日日曜日

2005年度抱負

 気付けば4月、もう年度も変わっています。なんと私もとうとう社会人生活5年目に突入というわけです。なんかついこの間入社したばかりのような気もするんですが。ウチの会社もとうとうこの4月に大阪証券取引所のヘラクレスに株式上場が決まり、社内の空気も何だか少々例年に比べてざわついているような印象も受けます。まぁ何はともあれ会社は会社、私は私です。新年度を迎えるに当り、この2005年度はどうしようかと少し考えてみました。

 やっと昨日を最後に一旦忙しさのピークを乗り切った感があるとはいえ、昨年度はとくに第3~4クォーターにかけて、文字通り殺人的な忙しさにすべてを持っていかれたというのが正直なところ。おかげでプライベートを楽しむどころか休息や本を読む時間すらなくなってしまいました。それだけに止まらず、あまりの忙しさが一つ一つの仕事すら粗くしてしまっていた場合すらありました。これは個人的にも会社的にも当然いい状態ではありません。粗い仕事が不備を招き、さらに忙しさが加速していく悪循環に一歩間違ったら陥ってしまいます。とりあえず、まずはこの状況を打破することから始めなければ他に何をやるにも前提条件が整いません。何かをやるには、ともあれそれをやるだけの時間が必要なのです。

 この日記では仕事のことはあまり書きたくないので詳細は触れませんが、今年度の最初の課題は「チームをうまく機能させること」かなと思っています。一人の司令塔がすべてを取りまとめるピラミッド型の体制から、うまく2ndアドミンを育ててネットワーク分散的にある程度の独立ユニットで仕事をこなせる体制へ移行していかなければならないのかなと。とかまぁ色々と考えてみたりするわけですが、仕事の話は(書きたい気もするけど)書きたくないので今日はここまで。とりあえず、今年は今まで以上の仕事をこなしつつなおかつ生活に、人生にゆとりを出すためにまずは自分のチームの体質改善から入っていこうというのが抱負ですと述べて、新年度の挨拶と代えさせていただきます(?)。