2011年10月30日日曜日

ジュリアード弦楽四重奏団@黒崎市民会館

 ジュリアード弦楽四重奏団が新潟にやってきました。Lienという新潟大学教育学部音楽科と新潟市西区役所、新潟県文化振興財団が主催し昨年から行われている音楽祭のスペシャル・コンサートという形での実現です。新潟大学と新潟市西区役所が中心となって行われているわけですから、世界のジュリアードが来るのに会場も中央区のりゅーとぴあではなく西区の黒崎市民会館。わずか300席の近い距離感です。ジュリアード弦楽四重奏団が新潟で聴けるという千載一遇のチャンス、逃すわけにはいきません。父母及び4才の上の子と一緒に、ホクホクしながら行ってきました。

 当日のプログラムは以下の通り。

バッハ:フーガの技法よりコントラプンクトゥス1~4
ハイドン:弦楽四重奏曲第57番 ト長調 作品54-1<第1トスト四重奏曲>第1番
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 作品130(大フーガ付き)

 そう、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第番13番を大フーガ付きでやってくれるのです。これだけでも行かないわけにはいきません。実際わずか300席の会場は新潟のクラシックファンで満席状態。黒崎市民会館というややマニアックな会場が、凄い熱気に溢れていました。

 開始前の注目は第1ヴァイオリン。ジュリアード弦楽四重奏団は元々カリスマ ロバート・マンがこの位置で引っ張っていたカルテット。ロバート・マンの引退後、いくつかの変遷を経て今年から若いジョセフ・リンが務めるようになったわけです。当然カリスマであったロバート・マンのイメージが強い第1ヴァイオリンを、この若い(何と1978年生まれで自分より1つ下!)のジョゼフ・リンがどう務めるのかというところが気になっていました。

 いよいよ演奏が始まります。まずはバッハのフーガの技法。弦楽四重奏版は普段はジュリアードの教え子であるエマーソン弦楽四重奏団のテンポ早めでスリリングな演奏で聴きなれているこの曲。ジュリアードはそれよりも穏やかに、ゆったりと入ってきます。全編堅牢な対位法で描かれた究極のバッハイズム。第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと入っていき、最後に注目の第1ヴァイオリン ジョゼフ・リンが音を出します。その瞬間、彼にロバート・マンの後釜が務まるのかという失礼な疑念は吹き飛びました。同じカルテット内の他の3人と比べても圧倒的な音の存在感!とてもなめらかで澄んで艶のある、それでいていやらしくない素晴らしい美音のヴァイオリン。ロバート・マンの後釜どころか、音楽的にもしなやかにリズムを支配しながら他の3人を引っ張っていくリード力。さすが若くしてジュリアードの第1ヴァイオリンに抜擢されるだけあって物凄い才能です。4声部が対等に展開するフーガの技法ですら思わず彼のヴァイオリンを中心に音を追いかけてしまう程の強烈な存在感にはただただ敬服しました。

 そして次のハイドンがまた素晴らしかった。この曲は音楽構造的にも文字通り第1ヴァイオリンが他のパートをリードする形で引っ張っていく弦楽四重奏曲。最初の和音からアクション大きめ、気持ち良さそうな表情で入ってくるジョゼフ・リンのヴァイオリンがとても魅力的に響く、のびのびとしたとてもいい演奏です。きっと彼、この曲好きなんでしょうね。まったく金属的なか擦音がない美しい音色で、音楽のリズムに乗って自由にしなやかに聴かせてくれました。正直、ハイドンの弦楽四重奏曲にはあまり期待していなかったのですが、この演奏は本当に気持ちよかったです。

 そしてこの前半、一緒に連れて行った上の娘は世界のジュリアードの生演奏を聴きながら、おばあちゃんに抱っこされて気持ちよさそうに眠っておりましたとさ・・・。なかなか贅沢なBGMでのお昼寝です(笑)。まぁ、弦楽四重奏版のフーガの技法は夜に寝る時のBGMにもよくかけますから、条件反射的なものもあったのかもしれません・・・。

 後半は最大のお楽しみ、ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番の大フーガ付きです。これもやはり第2楽章楽章などではデモーニッシュな低音から艶のある高音まで駆け抜けるジョゼフ・リンのヴァイオリンの音色に酔いつつ、見事なアンサンブルで進んで行きます。そして美しいカヴァティーナの音楽を堪能した後に始まる。大フーガ。最初の和音からいきなりびっくりしました。全員が今日のコンサートの中でそれまで出していなかった一番のフォルテッシモ!プログラム全体の中で、ここまで最大音量を出さずに温存しておいた驚異の構成力。この入りでまず持っていかれました。本日の演奏を通じて初めて、ジョゼフ・リンのヴァイオリンが金属的な音を(ほんのわずかですが)立てるくらい強烈な音量での入りに、すっかり意識はステージに釘付けです。混沌すらも構造に取り込んだ、目まぐるしいフーガがグルグルと渦巻くようなこの曲。中間部の暖かい間奏部分での美しさとの対比も凄まじく、夢中で聴いている間にあっという間の15分が過ぎて行ってしまいました。最初の大音量から紡ぎ出される、緊張感と迫力に溢れた大フーガ。素晴らしかったです。

 アンコールはハイドンの弦楽四重奏曲第28番 作品20-1、いわゆる『太陽四重奏曲』よりヴィオラのサミュエル・ローズ曰く「ゆっくりの楽章」(笑)。これもまたゆったりと伸びやかで美しい演奏でした。また最後弦の余韻がホールの残響で美しく消えていく中、ゆったりと下ろされるジョゼフ・リンの腕が下がりきるまで静かにその余韻を味わっていた聴衆のマナーのよさもよかったです。やはりこういう綺麗な曲は、終わってすぐ拍手でドーッとやるのではなく、余韻も楽しみたいところですよね。そしてもう終わりだろうと思っていたらアンコール2曲目はまさかのストラヴィンスキー。弦楽四重奏のための3つの小品より第2曲目。サミュエル・ローズは「この曲はピエロの動きを表した曲」と説明してくれました。初めて聴く曲でしたが、これまでの音楽とは一気に打って変って描写的で現代的な響きの曲。ストラヴィンスキーとしてみても前衛的な部類の音楽です。最後不可解な終わり方をしてニヤッと笑うジュリアードのメンバーに一瞬遅れて満場の拍手。最後をなかなか面白く締めてくれました。

 ところでアンコール2曲目に入る前、「もうないだろう」と客席全体がお帰りムードになり、自分たちも一回席を立とうとしました。そんな中再びジュリアードがステージに戻ってきて演奏配置についたものだから、皆あわてて座ります。そしてサミュエル・ローズがしゃべろうとしたその瞬間、ウチの娘が「早く帰る!」と声を上げたのです(苦笑)。拍手が鳴り終わりそうな時に出されたその声は会場中に響いて笑いを誘い、サミュエル・ローズも娘を見て笑っていましたとさ・・・。どうもスイマセン・・・。

 総じてたった2,000円でこんなにいい思いしていいのかというくらい素晴らしいコンサート。一緒に行った父(大体コンサートの後はまず一つ二つの苦言から入る)も珍しく手放しの絶賛でした。ジュリアード弦楽四重奏団、また聴いてみたいものです。今度はバルトーク聴きたいなぁ。そうでなければベートーヴェンの15番とか。いいだろうなぁ・・・。

 ところで今回のジュリアード弦楽四重奏団の新潟コンサートを実現したLien(フランス語で絆を意味するそうです)という音楽祭、こういう試みは素晴らしいですね。大学と自治体が連携して、地域に密着した形での大企画。この音楽祭では学生もステージに立つ機会もあるし、外部の一流の演奏家と触れる機会もできるし、企画や運営に参加するのはいい経験になることでしょう。そして何よりそういった地元の学生の演奏や、世界の一流の演奏が地域でたくさん開催されることは市民の文化的喜びにもつながります。こういった地域の学生にも住民にも嬉しい音楽祭は是非もっと増えていくといいなと思います。できる限り、聴きに行くという形ででしょうが応援したいものですね。

2011年10月24日月曜日

『いまだから読みたい本-3.11後の日本』 坂本龍一+編纂チーム著編

 坂本龍一+編纂チームによる『いまだから読みたい本-3.11後の日本』読了。3.11後の今だからこそリアリティが感じられる過去のテキストを盛り込んだオムニバス。さすが坂本龍一達が厳選しただけあって、感情面や論理面で確かに3.11後の今この世界だからこそ感じられる文章が集まっている。

 少なくとも、3.11後に国や東電に「だまされた」と声高に叫んでいる人達は、この中の伊丹万作による「戦争責任者の問題」だけでも読んでみるべきだ。戦後、日本の国中に「国にだまされた」という空気が漂っていた、その時代の鋭い考察はこの3.11後の日本でもそのまま当てはまる。

 その他、管啓次郎の「七世代の掟」は、そのまま短いスパンでの利益のみを求める現代資本主義社会-それは当然原発利権も含む-への強烈な警鐘となるだろう。直接の被災者の方々は「先住民指導者シアトルの演説」に涙するかもしれない。確かに3.11後に読むべきテキストが集められた一冊だ。

 それにしても、坂本龍一がさらなる参考図書としてレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』や中沢新一のカイエ・ソバージュのシリーズを挙げているのはさすがの慧眼。私自身の思考体系にも大きく影響を与えたこれらの書だが、確かに3.11後の今の世界でこそ読み直され、見直される価値がある書だと思う。

2011年10月23日日曜日

サイトウ・キネン・オーケストラ バルトーク・プログラム

 本日は録画していたBSプレミアムシアターのサイトウ・キネン・オーケストラ バルトーク・プログラムを観ました。演目は『中国の不思議な役人』と『青髭公の城』。小澤征爾が振る青髭公もよかったけれど、本当に凄かったのは『中国の不思議な役人』。あのシュールで鬼気迫るバレエと、そこに見事に絡まる音楽に釘付けです。

 少女ミミを演じていた方、お名前を失念してしまいましたが(確か井関佐和子さん?)実に艶めかしく表情豊か。ギリギリの緊迫感を持つ音楽の中、一際輝く舞を魅せてくれました。これまで音楽でだけ聴いていた『中国の不思議な役人』の曖昧なイメージを一気に吹っ飛ばして、凄くシュールで官能的な世界観を植えつけられた感じです。

 以前BSで春の祭典を観た時にも思ったけど、バレエ音楽って音楽だけでも楽しめる曲が多いけど、やはり実際に踊りが付くとその魅力が全然変わりますね。視覚的に楽しめると、そこに絡まる音楽の意味と魅力もまた変わってくる。バレエ音楽はやっぱり舞台を見てみるべきなんですね。『ペトルーシュカ』とか『くるみ割り人形』とか観てみたいなぁ・・・。

2011年10月10日月曜日

クラシックギター部50周年に寄せて

 私が大学時代に素晴らしい時間を過ごした立命館大学クラシックギター部が創立50周年に当たるということで、昨日10月9日、それを記念するイベント『xA惰・F・F! Fiesta de Familia Flamenca』が梅小路公園の緑の館イベント室で開かれていました。まぁクラギタ創設50周年のイベントで、何故に部全体ではなくフラメンコ技術部による主催なのか、じゃあクラシック技術部どうした!? 的な思いは少々あるものの、あまり細かいところは敢えて突っ込まずに(笑)。50周年という節目にこういった大きなイベントを開く元気がクラギタにあることは素直に嬉しく感じますし、昨日のイベントにも行きたかったのですが会場は当然京都。今自分は新潟に在住なので、なかなか気軽にお出かけするわけにもいかず、少し羨ましい気持ちともに新潟から眺めていました。

 それでも「せめて」と、当日にかつてのクラギタの機関誌『六弦』が復刻・配布されるということで、そこに向けてささやかながら一筆寄稿をさせてもらいました。昨日、無事にイベントも終わったとのことですので、その寄稿文をこの雑記帳でも公開したいと思います。

『ギター、音楽とともに』

1999年度クラシック技術部長 小林 歩

 この度は素晴らしい時間を過ごした思い出深きクラシックギター部が同好会発足より50周年を迎えるということ、おめでとうございます。やはり自分が大切な時間を過ごしたこの部が、順調に発展して長い歴史を創り上げていっているということは、OBの身としても純粋に喜ばしいことです。その喜ばしさにまかせて今こうして六弦への寄稿を書こうとしているわけですが、もう卒業して10年にもなる私の今の、ギター、あるいは音楽に対する思い、そしてその大学時代から変化について、自分への確認の意味も含めて書いていきたいと思います。

 今あらためて思い返してみると、我ながらクラギタでの活動は非常に一生懸命にやっていました。毎日BOX412に通い、一日何時間もギターを弾いて、定演のためにAアン用の合奏曲をオーケストラ譜から自分で編曲したりして、とにかくギター漬け、音楽漬けの日々を過ごしていました。もちろんそれが苦行などではなく、やって楽しいからこそやっていたわけで、素晴らしい仲間達に囲まれていたこともあり、非常に充実した大学生活を送っていたと思います。ですが、だからこそ、当時思い悩むことがありました。

 それは自分が社会人になった後のことについての悩みでした。今自分はこうして一生懸命ギターの練習をして頑張っているけれど、社会人になって仕事が忙しくなってくると、やはりギターを弾く時間というのはなくなってくるのだろうか、それならば今自分がやっていることに何か意味があるんだろうかという悩みでした。確かに、探せば「自分も昔はギターを弾いていたよ」という人には案外多くお目にかかれます。が、弾き続けている人というのは比率にしてみたらとても少ないのです。ですので、就職活動が始まり、大学から社会への出口がいよいよ実感されるようになってくるとこの悩みはより一層大きくなって行きました。今自分がやっていることは一体何なのだろうと。社会人になってギターが弾けなくなるのなら、今やっていることは結局すべてムダになるのではないかと。

 そんな最中、私が4回生の6月のことでした、たまたまBKCに行っている時に、あるクラギタのOBの方にお会いしました。その方は当時で25年ほど前(だから今から35年くらい前でしょうか?)に立命のクラギタでコンサートマスターをやっていた方で、たまたま仕事でBKCに来て、ギターを弾いている私をみかけたので声をかけてきてくれたというのです。その方は大学卒業後もずっと自分のためだけに演奏し続けているそうで、ギターから発展してリュートや特注の10弦ギターも弾いているそうです。卒業後もずっと、ギターを楽しんで弾き続けておられるその方から名刺をいただき、私も付箋に名前やメールアドレスを書いて交換させてもらいました。後日、その方からすぐにメールをいただきました。その中に、「どうか一生ギターを弾き続けていただければと思います」と書かれていたのを読んで、当時なんだか嬉しくなったのを覚えています。卒業後25年も経っても、ずっとギターを弾き続けて楽しんでいる人がOBの方の中に実際にいらっしゃるのだとわかり、とても元気づけられました。

 そして卒業の時が来て、私は当時のブログの中で「一生ギターを弾き続けてみせましょう。うまいとか下手とかはどうでもいいから。」と宣言しました。ギターに費やしたたくさんの時間を無駄にしないためには、やはりBKCでお会いしたOBの方のように、仕事をしながらでも、細く長く続けていくことだというのが当時の自分の解答でした。

 そして今、卒業してちょうど10年が経っています。現状を正直にお話しすると、仕事が忙しいこともあり、さらに子供が生まれてからは家にいても子供と過ごす時間が増えてきたこともあり、現時点でほぼ3年、ギターをまったく弾いていないブランクが空いています。でも、今はそれでもいいかなと思っています。学生時代の自分には怒られるでしょうが、ギターを仕事として生きていくわけではない以上、やはり人生のステージにおいてギターの優先度を下げなければいけない時期があるということが、今になり実感としてわかるからです。それでも、ギターを一生懸命弾いているうちに音楽がさらに好きになり、そしてギターを通し音楽について、表現についてより深く考えたおかげで、音楽を聴く際にもより深く聴けるようになりました。だから今、ギターを直接弾きはしないけれど、音楽を聴くことをクラギタ以前と比べてより深く、より大きく楽しめています。これだけでも、クラギタで音楽に深くかかわり続けた日々は無駄ではなかったのだと思います。

 とはいえ、このままもうギターを弾くつもりがないのかと問われれば、当然そんなつもりもありません。もう少し仕事や子育てに余裕が出てきたら、その時はまた、少しずつギターを弾いていきたいなと思っています。そして、音楽を聴く喜びとはまた少し違った、自分で奏でる喜びをささやかにかみしめていけたらと思うのです。大学時代師事していた尚永先生が「昔の教え子が演奏会に来てくれて、一時期は忙しくてあまりギターは弾けなかったけど、最近はまた余裕が出てきて本格的に始めたと報告してくれたりするととても嬉しい。私はギターを一生楽しんでもらいたいんですよ」といつかのレッスンで話しておられました。「演奏会は華々しいですけど一瞬ですよね。でも、ギターを楽しめるのはその一瞬だけではないのです」とも。今あらためて胸に響きます。だから皆さん、うまいへたもいいけれど、是非ギターをずっと楽しんでください。弾く楽しみ、聴く楽しみなど、楽しみ方は色々あるでしょう。その楽しみを生涯の友とできたら、クラシックギター部で過ごした時間はとても有意義なものだったと言えるのではないでしょうか。OB/OGの方々の中にも、私と同じように今はギターを弾くことから遠ざかっている方もいらっしゃるかと思います。今弾くことから遠ざかっているならば、聴く楽しみを、そして、また少しずつでも、弾く楽しみを。様々なライフステージにおいて、楽しみ方は変わる時もあるでしょう。せっかくクラシックギター部にいたのです。一生、ギターを楽しんでいきましょう。