2013年7月23日火曜日

2013年 参院選、ネット選挙の夜明け

 2013年の参院選は、自民党の大勝という結果と同時に、日本で初めてネットを利用しての選挙活動が可能になった選挙として記憶に残ることとなった。とはいえ今回の参院選、NHKの出口調査によればネットを参考にした人はまだわずか16%。ちょっと聞くと少ないようだが、これは案外と腑に落ちる数値だ。まだ世代別投票率の詳細は出ていないものの、要はネットを参考にするだろう若年層の投票率が上がってきていないことの証左だろう。恐らく現在の若年層が歳を重ねるにつれ、つまり有権者にネットの親和性が高い世代が相対的に増加するにつれ、選挙におけるネットの影響力は大きくなっていくだろう。

 そんな中、いくつかの政党や候補者は確かにネットで存在感を示し、まだ全体からみれば限定的ではあるもののネットの力をうまく味方につけることに成功した。政党レベルで言えば最大のネット選挙成功者は共産党だと思う。志位委員長の、政治以外にもクラシック音楽を始めとする文化に深い造詣を示すツイートの数々は、共産党の闘争・革命一辺倒の近付きがたいイメージを確かにある程度払拭した。そのイメージ転換は、今回の共産党の躍進に間違いなく貢献していると思う。

 候補者レベルで今回ネット選挙を象徴的に表していたと感じるのは山本太郎氏と三宅洋平氏。山本氏はネット上でも賛否両論で、熱烈な応援運動と同じくらいの落選運動が交錯していた。その渦の中でもまずは「ネット上で話題になった」ことそのものが、氏の知名度を上げ、最終的に得票、当選につながったように思う。

 もう一人、緑の党の三宅洋平氏は失礼ながら元々はさして有名でもないミュージシャンがネットで話題になって、Twitter上で演説動画の拡散やボランティアの文章書き起こしが出てきて一気に広がった。氏を応援する層がTwitter上でどんどん動画や書き起こしのテキストを拡散していくのを見て、ネットの拡散力の強さをまじまじと感じたものだ。最終的に比例でみんなの党や共産党の比例トップ当選者を上回る17万票を得たから凄い。三宅氏の場合は党全体の得票数が足りなかったため、それだけの票を集めても当選はできなかったのがご本人にとっては残念なところだろう。

 逆にネットを積極的に利用しながらも、その失敗例を教えてくれたのは自民党の伊藤洋介氏だ。氏はネット選挙で合格するという意気込みで、いわゆるドブ板よりもネットでの発信を重視。毎日動画での演説配信や、浜崎あゆみやSAM、ホリえもんといった有名人との対話・写真をアップしていくことで知名度のアップと得票を狙った。だが、文化人・有名人を利用したネットでの積極的な情報発信は、確かに知名度を上げたのかもしれないが、氏の場合それが最終的な得票にはつながらなかった。それは何故か。一つにはTwitterでYuco氏が言っていたようなことが確かにあると思う。

いくらネット選挙といっても、社会起業家とか文化人とか、社会の上澄みみたいな人たちがネットで応援するだけではダメなんだろうなー。彼らがブログやtweetで応援しても、それを見ても見なくても同じ人に投票するような人までしか届かない。ネットはクラスタを超えない。

 例えば浜崎あゆみのファンがある政治家を応援している投稿をブログか何かで見たとして、そのファンがその政治家を応援するかというとまた別の話だ。そのファン達に一度は名前を目にされるだろうが、大体は「ふーん」で終わってしまって、それ以上の拡散はしないだろう。政治家の名前を目にすることと、そこから目にした人が自主的にその政治家の情報を拡散してくれることの間には大きな壁がある。だから、「ネットはクラスタを越えない」。

 対して山本太郎氏や三宅洋平氏は、ネットよりもまず地道なドブ板を猛烈に繰り返していた。特に三宅氏は「選挙フェス」と称して、街頭ライヴと演説を織り交ぜるような独特な手法で、道行く人をどんどん足止めしていった。その聴衆の中から自主的に「この人を当選させたい」という人が現れ、動画の拡散が始まり、スピーチをテキストに書き起こすボランティアが生まれ、その熱意は簡単にクラスタを越え、どんどんネットに広まっていた。

 ネットの最大の武器は拡散力だ。だがその拡散力は、結局のところ候補者が有名人・文化人の虎の威を借る形で情報発信するだけでは起動しない。やはり最終的には人なのだ。人の心を動かして、ネットユーザーに「拡散しよう」という気を起こさせなければいけない。その拡散の萌芽は、今回の選挙戦では主にリアルから始まっていた。ネット発の発信でなく、リアルで触れ、心動かされた人達が、その動きで生じたエネルギーをネットに持ち込んでいった。そしてリアルからネットに情報が移され、拡散の萌芽が生まれた後は、ネットのもう一つの武器である双方向性を活用して、その萌芽を丁寧に守って育ててあげないといけない。唯一共産党だけは、リアルのイメージの払拭という形でネットでの情報発信が先行する形になっていたが、その共産党も、ネットで反応があった際は意外なほど細やかに丁寧な対話を行っていた。三宅氏もネットでの拡散が始まってから、その支援者には丁寧な対応をし、細やかにリツイート等で自身の情報拡散を行っていた。やはりネットの利用者(この場合は候補者)が、一方的な情報発信のツールとしてしかネットを見ないのであれば、ネットが持つその強力な拡散力も発揮されない。これは見ていて強く感じたことだ。

 もう一つ印象に残ったのは、ネットにおける落選運動というのは応援運動ほどには拡散しないなということ。これは心理的なものなのだろうが、やはり人間は人を貶めるのにはある程度の覚悟がいるもので、何となく流れてきた落選運動の情報(当然、対象となる候補者のマイナスイメージが書かれている)を見て、ある程度はその通りだなと思ったとしても、自分が主体となってその人の悪口を言うにはやはりそれなりの覚悟がいる。熱心な人ならまだしも、それなりにしか選挙を考えていない人、それなりにしかその候補を落としたいと思っていない人は、マイナスイメージの拡散を躊躇する場合が多いのだろう。だからか、山本太郎氏も結果的には落選運動より応援運動の方が優勢だったし、ワタミの落選運動も激しかった割に結局最後には当選した。人を呪わば穴二つ。人を貶める噂はネットでも広がりにくいのかなと感じた。

 ようやく日本でも解禁されたネット選挙も、実際に現場で開票に関わっている複数の人から「ネット選挙の影響は感じられない」という声も聞いた。ただそれは、投票所での開票という"場"の問題なのではないかと思う。投票所は必ず特定の土地にローカライズされているから、そこで開票作業をしているとその土地の有力団体票はまとまって入ってくるからどうしても目立つ。対してネットは土地に縛られないロングテールで、特に比例では全国に散らばった影響者の票を広く細く拾うことになる。だから各投票所レベルで見れば票数は必ずしも多いわけではなく、地元の組織票ほどは目立たない。投票所でネットによる変化がまったく感じられないというのはそういう理由もあると思う。大きなイオンができて人の流れが変われば目立つけど、Amazonが地元の書店を無言で駆逐しても目立たない。そういうことだ。ただ今回はネットの影響はまだ限定的で、地元を駆逐とまではいかなかったけど。

 ネット選挙元年、まだネットが目に見えて大きな影響を与えたとは正直言い難い。今回ネットで話題となった山本氏、三宅氏、伊藤氏といった面々は自分とは肌が合わない候補者だったのも個人的には少し残念だ。けれど、確かに新しい動きは見られたし、可能性は感じた。地盤、看板、カバンと呼ばれた旧態依然の選挙態勢が、今後ネットでどのように変わっていくか。それは結構楽しみだ。

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