2007年5月9日水曜日
もう少し
2007年5月6日日曜日
実家のネコ
| 実家といっても妻の実家だ。立春の日に羊羹屋からもらわれてきた小春という名前のネコがいる。元来ネコにはそれほどなつかれた経験がないのだが、何故かこのネコはとてもよくなついてくれて、スタスタと歩いてきて当然のように膝に座り、ひとしきり毛繕いをするとそのまま眠りこけてしまう。あまり長く眠っているとちょっと疲れたりもするのだが(苦笑)、家に帰るとネコはいないし、まぁかわいいのでよしとしている。いやー、ネコになつかれたのは初めてだ。 |
2007年5月1日火曜日
渡辺 範彦『幻のライヴ』
しかし聴いてみて驚いた。福田 進一が「14才の時に渡辺 範彦さんの演奏を聴かなければ、僕はギターを志さなかっただろう」と語っているように、今現在日本で大御所と呼ばれている世代の一回り上の世代のギタリスト。荘村 清志と同世代だ。日本人演奏家として初めてパリ国際ギターコンクールで審査員満場一致で優勝し、NHK教育の「ギターをひこう」で講師をしていたという。スタジオレコーディングでも録り直しなしでほとんど一発でO.K.が出たとか、レコーディングでもほとんどノー編集、ノーミスといった完璧な演奏が伝説となっているらしい。
このCDは成蹊大学ギターソサエティが渡辺 範彦を客演として迎えた際のコンサートを、オープンリールで録音していた音源をCD化したものらしい。となれば、2004年に故人となってしまった氏の演奏は、当然後からの編集はないものと考えていいだろう。聴いてみて本当に驚いた。ノーミスの伝説は本当だった。コンサートを通じて、私がミスと断定できたのは一ヶ所しかない。まぁ少々テンポが走ったとか、そういう部分は目をつぶるとしてだ。これまで国内外の名だたるギタリストのコンサートを目にしてきたが、もしこのCDに本当に何の編集もないとするならば、ここまでコンサートで実際にノーミスで演奏をしているギタリストを私は他に知らない。ジョン・ウィリアムスも、ラッセルも、藤井 敬吾先生も、もう少し目につくミスは多かった。その一点だけを見ても、日本にこれだけのギタリストがいたのかと、今さらながらに驚かされる。
しかし敢えて苦言を呈するなら、演奏会でノーミスということが取りざたされること自体から他の楽器と比べた際のクラシックギターのレベルの低さがうかがい知れる。ヴァイオリンやピアノ等、他の楽器ではミスはしないのが当たり前で、そこから先が問われるわけだ。もう2年半前になるだろうか、ダニエル・バレンボイムがJ.S.バッハの平均律クラヴィア曲集第2巻を全曲演奏するコンサートを聴きにいった。当然のように、バレンボイムはミスなどしなかった。少なくともあからさまに音が外れたり切れたりするような、という意味でだが。クラシックギターでは他の楽器のプロでは当たり前のそこの部分さえまだできていないのだなと、昔から実は思っている。だからこそ、10代からクラシックギターを始めた人間がプロを目指せる程度の薄い層しかまだ形成できていないわけだ。そこは希望でもあるのだが、同時に絶望でもある。ただし、セゴビアはコンサート中に音を一つ外しただけでも自分に対して恐ろしく激昂していたらしい。同時代のあらゆる一流の演奏家と交流を持っていた彼こそは、そういった音楽の厳しさをギターの世界で一番肌で感じていたのかもしれない。そういえば、彼の録音は1920年代から40年代の後から編集などという技術がない時代のものでも、当然のようにミスは見当たらない。
話が逸れた。渡辺 範彦である。とにかく、ビックリした。これほど確かな技術力と音楽性を兼ね備えたギタリストがかつて日本にいたことに何よりも驚かされた。一曲目、フレスコバルディの『アリアと変奏』の輪郭のはっきりした素晴らしい演奏に、まず打ちのめされた。ヴィラ=ロボスの『エチュード一番』でも、一つ一つの音が立った上で全体の流れが作り出されているその迫力に圧倒された。正直、演奏スタイルはやはり今から見ると少々古い(例えばポンセのプレリュードやバッハのBWV1006aのプレリュードは今のギタリストならもっとサラッと軽快に弾くだろう)が、どんなに音数が多くとも一つ一つの音を明確に、正確無比に弾き出す圧倒的な技術力と、常に曲に対して余裕を持った表現力は現代の一流ギタリストと比べても見劣りしない。どころかむしろ輝いてすら見える。
1969年にパリギター国際コンクールを制した渡辺 範彦は80年代後半にはすでに活動を縮小していったらしい。その短い活動期間の中で残された録音も決して多くはないそうだが(何しろ本人は他の人がどんなにいいと言っても「自分の演奏は人に聞いてもらう程のものではない」という異常なまでの謙虚さがあったらしい)、それにしてももっと知られていてもいいのではないか。そう考えると、クラシックギターの世界を一般に認知させようと日本で苦労をした福田 進一の功績の大きさがわかる。彼の前には、これほどのギタリストですら認知されなかったのだ。
今聴くと、やはり彼の演奏には古くさい部分は多々感じられる。けれど、そのことが彼の確かな技術力と感性を傷つけることはない。今の時代にセゴビアの演奏を聴くことに意味があるというのなら、同様に渡辺 範彦の演奏を聴くことにも意味があるはずだ。我々日本でギターを弾く人間にとっては、少なくとも。
2007年4月29日日曜日
祖父の訃報
色々と、書こうかとも思った。ウチは3世代同居(一時期は4世代同居)で、小さい頃は結構おじいちゃん・おばあちゃんっ子だった私は思い出を書こうと思えば書き切れない。けれど、書くべきではないような気もした。それで、今まで書かずにいた。書くとしても、どう書こうか迷っていた。HPという場では、どうしてもある程度他人の目を意識せざるを得ない。この話をHPに書くことで、それを一つの美談のように仕上げようとしている自分がいないか。そう考えると、書くことができなくなった。ので、結局書かないことにした。この場では、このことに関してはこれで止める。とはいえ書くことか、あるいは弾くこと、歌うことでしか辛いことを乗り越えてこなかった私である。どこかで、書かなければきっと消化できはすまい。ので、どこかここではない、他人の目には触れない場所で書くことにする。記憶は変成する。風化するか、そうでなければ美化される。現在の心境は現在でしか書くことはできない。
一点だけ。祖父は、私にとって非常に個人的な人だった。父からは明確に社会人としての顔も見えるが、祖父は純粋に個人的な存在であった。祖父は物心ついた頃から最後まで、あるいは今現時点でも、あくまで私の"おじいちゃん"だった。曾祖父・曾祖母の時はまだ小さかったこともあって正直実感が湧かなかったので、今回初めて身近で個人的な人を亡くしたように思う。寂しいとか、悲しいとか、辛いとか、そういった言葉ではどうもまだ実感がつかめない。ただ、もう動かない祖父の顔を見る度に涙が出た。火葬場に着いた際に、持病で手足が悪い祖母がもう遺影を持っているのが辛いからと、内孫の長男である私に遺影を持ってくれと言ってきた。その遺影が妙に重く感じられた。
お通夜通しは祖父の8人の孫と叔母夫婦で行った。久し振りに、従兄弟達とゆっくりと語り合った。「せっかくおじいちゃんが集めてくれたんだから」と、葬儀の次の日に予定されている従兄弟の結婚式に、本来出席する予定ではなかった私を含む東京・京都の遠隔地に住む従兄弟も式だけ顔を出すことにした。もしかしたら、成人してから従兄弟達とこんなにじっくりと話をしたのは初めてだったかもしれない。普段はあまり意識していないものだが、こういう時には小さい頃から親しい親戚達のありがたみが身に染みた。
夏に会った時、祖父は「そういえばしばらく歩とも将棋を指してないな」と言っていた。申し訳ないけれど、もうしばらく待ってください。いつか俺がそちらに行った時、ゆっくりと指しましょう。今なら飛車・角を抜いてもらわなくてもいい勝負ができるでしょう。昔は飛車・角を抜いたおじいちゃんと数時間に及ぶ対局をして、「名人戦らな」と笑っていたものだけれど。
2007年4月16日月曜日
初挑戦!フットサル
運動を(一応)やっていた中学・高校時代でさえサッカーはやっていなかった私です。足技は不得手なことこの上ありません。正直、自信のある分野ではまったくなかったのですが、まぁでも久し振りに運動してみたらこれが結構気持ちよかったわけです。走ってみたら自分で思った以上に意外に走れたので、調子に乗って走り過ぎてしまいました(苦笑)。最後の方はシュートしようと右足を振りかぶったら左足に力が入らなくて膝が折れるという体たらく。さすがに運動不足は否めません。少し運動しようかなと、ちょっと本気で考えました。
んー、でも、青空の下で汗を流すというのもやはり気持ちいいものです。最近は仕事で変な汗流すことはあっても、気持ちよく爽やかな汗というのはあまり流してませんでしたからねー・・・。フットサルも意外に悪くないと、そう思いましたとさ。
ちなみに、昨日は家に着くなり服だけ着替えてシャワーも浴びずに崩れるように眠りに落ち、今日は起きるなり足腰を襲う激痛に苛まれながら、反動で実に無気力な一日を送っていたとのことです。どっとはらい。
2007年4月8日日曜日
ソラニン
この作品が描いているのは一言で言ってしまえば"イマドキの若者像"だ。主人公の芽衣子は社会人2年目のOL。付き合って6年目、同棲して1年が経つ彼氏の種田はバイトをしながらバンドを続けるも、そのバンドにも完全に本気にはなれていない。"仕事が嫌というよりは、疲弊してくたびれていく自分が嫌だった"芽衣子が、「人生のレールなんて外れて自由になっちゃえばいいじゃん」という黒い囁きと種田の言葉をきっかけに会社を辞めた時から、自由と現実の闘いが始まる。貯蓄残高という期限付きの自由。おそらく人生最後のモラトリアム。芽衣子に種田、そしてバンドの仲間達はそれぞれに自由と現実との境界線を眺めつつ、自由であること以外平凡な生活を、将来への不安を抱きながら過ごして行くことになる。
この漫画のステキなところは、そんな青臭いテーマを扱いつつも、決して浮ついた雰囲気は感じさせずに作品の空気をしっとりと落ち着かせているところだ。若者が侵された微熱を微熱として扱うのではなく、そこをまた一歩外から冷静に見つめる繊細な心理描写と、美しく描かれる背景達がそれを可能にしているのだろう。そして随所に現れるユーモアのセンスもいい。何カ所か、結構笑った。自分と社会との折り合いを見つけようとする若者達の葛藤という、普遍的だが陳腐にもなりかねないテーマを実にすっきりと読ませてくれる。そしてこの『ソラニン』に出てくる人物達は皆キャラが立っている。それぞれがそれぞれの思いを抱えていて、読み進める程に皆が好きになってくる。芽衣子も、種田も、ビリーも、加藤も、皆愛着が持てる。読んでいてキャラ自体をこんなに好きになることは珍しい。何となく「コイツラとなら仲良くなれるんだろうな」とか思ってしまう。それがまたこの作品の魅力をいっそう引き立てている。
ネタバレになるので控えめに書くが、全2巻完結のこの作品は、1巻と2巻のつなぎ目で非常に重大な事件が起こり、その前後で作品自体の様相がガラッと変わる。作中の人物達が向き合わなければいけない対象が変わる。過去を引き継ぐべく、未来へ進むべく、決意とともに芽衣子は自分でギターを持つ。それまでほとんど弾いたことがないにも関わらず。『ソラニン』というのは作中で種田が作詞・作曲した曲のタイトルだ。前に進もうとするその芽衣子の心境に呼応するように、その歌詞の解釈は作中で変わっていく。2巻のクライマックスで芽衣子はギターを持ち、歌う。この『ソラニン』を。「この曲が終わったら、またいつもの生活が始まるんだ」と思いながら。余韻を残しながら引いていく、若さという微熱の終わりが重なるそのシーンは、まるで真夏の花火のように、美しく、そして儚い。その直後に入る回想の挿話も含めて、そう、ゆっくりと消えていく大きな大輪の花火を見ているような気分になった。遠くに響く残響と余韻を残して、大輪の花火も消える。祭りは、終わる。微熱も、引いていく。儚くとも、それを一つの終わりとして、それを新たな始まりにしようという芽衣子の、そしてその他のメンバーの、ある種の決意が胸を打つ。
もし、自分が大学の時にクラシックギターを選ばずにバンドの方に進んでいたら、自分はどのような大学生活を、そしてその後の人生を送っていただろう?そんなことはあまり考えなかったけれど、この『ソラニン』を読んでふとそんなことを思った。それ程、読んでいくうちに作品に、作中の人物達に心が引かれていく。それ程、すべてが身近に感じられる空気がある。変に浮世離れしたところがないこの漫画は、映画でもいい表現ができる作品だろうなと思った。映像イメージが実に美しい。漫画や小説に対して「映画化してもよさそうだ」とはホントに滅多に思わないのだけれど。調べてみたらつい先日映画化が決定したらしい。実写かアニメかはまだ決まってないそうだが、是非、実写でやってほしい。キャスティング次第では、とてもいい映画になるだろう。詳細はまだわからないが、楽しみだ。
2007年4月7日土曜日
深夜のFair Warning
本当ならバーボンのロックでも飲みながら、といきたかったのだが、意外にもウチにはあれだけスコッチがあるくせにバーボンが一本もないので、とりあえずパンチの効いたアイラのモルトを飲みながら聴いている。道に迷っている時や、前に進むパワーがほしい時には、ロックがいい。希望は湧かないかもしれないが、少し顔を上げられる。ロックというのは起源はともあれその本質は、反骨精神でもなければ気持ちよさでもない。それは道を探す精神だと思う。それは、迷いの中の音楽だと思う。