2008年3月3日月曜日

初節句

 一日ばかり早いが、3月3日は桃の節句。ウチの娘にとっては初節句だ。年度末の煽りで少々忙しい仕事を無理矢理休んで、3月1日~3日は三連休としてゆっくりお祝いをすることにした。2月はやたらと休日出勤が多かったが、それ以前に2007年12月に休日出勤があったのでその日付で代休申請を出したら「2005年9月分が残っているのでそちらから消化してください」と総務から差し戻された。2005年9月!覚えてねーよ!以前にも似たようなことがあったが、一体代休はあとどのくらい残っているのだろうか・・・?

 というわけで娘の初節句だ。3月はウチの両親も妻の両親も仕事が忙しくて横浜まで出ては来れないので、とりあえず家族3人だけでのんびりとお祝いをすることにした。それでというわけではないのだが、まず昨日は大倉山公園の梅林にちょっとお花見へ。ちょうど見頃の梅の花は、種類ごとに微妙に色合いの違う白梅・紅梅織り混ざって、少しばかりまだ肌寒い春先の空気をやや謙虚に、それでもやはり艶やかに染め上げてくれていました。梅の花は桜ほど爛漫と咲き乱れるわけではなく、しっとりとおとなしい、どちらかというと慎み深い咲き方をしますが、その控えめな美しさがまた悪くないと、そう思うわけです。大倉山公園の池の中には、おそらく冬眠から覚めたばかりであろうウシガエル達が一杯いて、それを子供達が見て楽しんでいました。小さい男の子達の間ではウシガエルがつかめるかどうかが度胸試しみたいになってましたね。なかなか、微笑ましかったです。まぁ田舎育ちでしかもカエル好きで、あらゆる種類のカエルをつかまえて自由研究までやった私としてはウシガエルはかわいいものです。もちろん、余裕でつかめます。まぁ、さすがにその場では子供達に混ざってカエルを追いかけ回すようなことはしませんでしたが(笑)。ちょっとカエルを見てテンション上がってしまいました。

 そして今日は写真館で記念撮影です。妻は結婚する時に祖母からプレゼントされた着物を着て、娘はかわいい袴を着て、私はいつものダークスーツ(ただしクリーニングしたて)に祖父の形見としていただいてきた白いネクタイを締めて、日吉の写真館で3人で初節句の記念写真を撮ってもらってきました。しかし撮影現場にて、肝心の娘が見事に大泣き。せっかくの撮影なのに着いたとたんに泣き始めて、一人で撮影用の椅子に座らせようものなら怪獣のように泣き叫んでしまって目も当てられません。写真館の人が一生懸命デンデン太鼓やぬいぐるみであやしてくれて、たまに一瞬気を引かれて泣き止んだりするのですが、結局すぐにまた大泣き。娘一人の写真では泣き叫んでいるシーンか、なんとか泣き止んでいるものでも涙目で目にも頬にも涙が残っている顔しか撮影できませんでした(苦笑)。いやー、なかなか、難しい・・・。

 さてさて、明日はまだ一日代休です。やたらと休日作業が多くて二日続けた休みが一回も取れなかった2月でしたし、3月もまぁまだ仕事が落ち着いたわけではないのですが、とりあえず娘の初節句、そんな時くらいは忙しい仕事のことも忘れてのんびりと家族で過ごしたいなと思うわけです。まぁ、そういった矢先からなんですが、明日は客先に電話一本入れなきゃ行けなかったりするわけですが・・・。

2008年2月21日木曜日

2008年2月18日月曜日

雑記

 2月に入ってから最初の更新まで随分と間を空けてしまいました。仕事が忙しかったのもあり、なかなか夜に家に帰ってから落ち着いてPCに向かう時間が取りづらかったのです。とりあえず、近況をざっと。

 娘は順調に大きくなっています。最近はハイハイだけでは飽き足らず、テーブルにつかまり立ちもすれば赤ちゃん椅子を押して押し歩きもします。夏にはまだ寝っ転がって眺めるだけだったメリーに、つかまり立ちをする姿を見ると「おお、短い間に大分成長したなぁ」と実感することができます。生まれてこのかた、未だに熱を出したこともない元気な赤ちゃんです。

 Jeff Langというギタリストを発掘しました。タワレコで彼のベスト・アルバムである『Between the Dirt and Sky』がフューチャーされていて、試聴してみたらもの凄くカッコよかったので、思わず衝動買いをしてしまいました。オーストラリアのスライド・ギターの名手だそうです。その音楽性はやはりスライド・ギターと言えばどうしても思い出されるDerek & The Dominos(有名なのはやはりなんと言っても『いとしのレイラ』)のようなブルース・ロック調のものにJazzのテイストを少し加えたようなものを基調に、あるいはウィンダム・ヒルのようなテクニカルで空間的な音楽もやるかと思えば、オースラリア土着のルーツ・ミュージックまで、どちらかというと土臭い匂いのする音楽を熱いハートと魂で聴かせてくれます。このJeff Langのギターを聴いてまず驚いたのはその異常なまでのテンションの高さ。この『Between the Dirt and Sky』では1曲目・2曲目といきなりのハイテンションでもの凄いパワーのあるギターを聴かせてくれます。正直、ギターだけでここまでテンションを上げた音楽を奏でられる人間はそうはいません。思い浮かぶ限りではかつてキムにビデオを見せてもらったフラメンコのギタリスト、ディエゴ・デ・モロンくらいでしょうか。その聴き手をグイグイ引っ張っていき、引っ張って行った挙げ句にヘタすりゃついて行けないくらいまでテンションを上げて行くそのギターは、聴いていてなかなか気持ちがいいです。久しぶりにいいギタリストを発見しました。

 とにかくそんな形で、長い間日記の更新はできませんでしたが、何とか私は元気です。かしこ。

2008年1月28日月曜日

最近のBGM

 子供が眠くてぐずっている時、よくBGMを流して落ち着かせながら寝かしつけをしている。最近よくかけるのは以前にも紹介したNigel Northが弾いている『Bach on Lute Volume. 3』、セルシェルの『eleven-string baroque』、そしてKeith Jarrettが弾くBachの『ゴールドベルグ変奏曲』辺り。特に最後のキース・ジャレットのゴールドベルグは最近よくかけている。

 たとえば、『eleven-string baroque』はまだ陽が出ている夕方がいい。今日のような静かでよく晴れた夕方に、セルシェルの素直に澄んだ音色でヴァイスの『パッサカリア』の暖かいイントロが流れてくるとホッとする。私自身が小さい頃、ウチの親はよくグールドの弾く『ゴールドベルグ変奏曲(1955年録音の方)』で寝かしつけていたそうだが(私の生まれは1977年。グールドの晩年のゴールドベルグ変奏曲の録音は1981年なので、私が赤ちゃんの頃にはまだない)、私は同じ曲でキース・ジャレットの演奏のものを選んでいる。キースの盤はチェンバロで演奏されていて、清流のようなその透明感のあるきらびやかと静謐さ、木漏れ日でできた日だまりのような暖かさが気に入っている。もちろんグールドの演奏も素晴らしいし、どちらも比べてどちらがよいというような次元は突き抜けた素晴らしい演奏を聴かせてくれている。ただ、子供の夢見がいいのは刺激的なグールドよりキース・ジャレットかな、と思ったわけだ。この演奏は八ケ岳高原音楽堂でのライブ録音だそうだが、その美しい自然のイメージが喚起されるような、爽やかでゆったりと滑らかな、実に素晴らしい演奏だと思う。というわけで、最近はこの盤をよくBGMに利用している。

 ちなみに、やっぱり一番ぐずりが落ち着くのはやはりNigel Northのリュート版無伴奏チェロ組曲のようなのだが。

2008年1月21日月曜日

燕は再び飛んだ

 1月17日付けの日経新聞で、『燕は再び飛んだ』というタイトルの記事が掲載されていた。年が明けてから一面に連載されている『YEN漂流』というコラムで、割と楽しみに毎朝読んでいる。17日の朝も日経新聞を手に取り、まずこのコラムのタイトルを確認した。そのタイトルを見た時、「燕ってまさかあの燕かねぇ」とすぐに思ったのだが、直後に「iPod」の文字が目に入ったところで確信した。これは新潟県燕市についての記事だと。燕市は私が通った三条高校のある三条市のお隣で、私の実家がある旧白根市とは旧中之口村を間に挟んで車で15分程度の距離だ。洋食器の製造で世界的に名を馳せた街。小さな下請けの個人工場も多く、町並みを見る限りでは正直当時からもう一つパッとしない街だった。

 記事の内容は大雑把に以下の通り。輸出がメインの燕市は円高になるとその分為替差損で収益が減るため、円高局面になる度に「これ以上円高になればペンペン草がはえる」と言われる地域だ。その燕市がニクソン・ショックやプラザ合意といった円高危機を常に新たな需要を探し、技術を磨いて行くことで乗り切り、iPodの背面の鏡面ステンレスをその技術力をもって見事に仕上げてみせることで危機から飛躍へと進んで行くというものだ。記事では、iPodを扱う東陽理化学研究所以外にも同様に新しい技術の模索と確かな技術力の確立で世界を舞台に踏ん張ってきた燕市の企業達を紹介している。

 一読して、まず「地元もがんばってるなぁ」と素直に思った。特に米アップルがiPodの鏡面ステンレス仕上げについて「要求をすべて満たしてくれる世界ナンバーワン企業」と東陽理研を褒めちぎったというくだりはちょっと感動すらした。あの街でそこまで世界に認められる技術が育っていたのかと思い、そしてすぐ近くに住んでいて、当然燕に遊びに行くこともちょくちょくあったのに、そのことに今まで気付かなかったんだなぁとも思った。知識として、燕の技術力は世界レベルだということは知っていたが、それまでまったく実感はなかったのだ。身近なところに意外に見落としは多い。

 この記事は最後にこう結ばれている。

 困難に際し単に身をかがめたり、政府に助けを求めるだけでは競争力は高まらない。自らの技術を磨き、環境変化に遅れないよう不断の構造転換を進めた燕の経験は、日本経済と円が漂流を脱する大きなヒントになりそうだ。

 個人的には日本が誇る"ものづくり"は今後新興国の追い上げ圧力が強まって行く中、十年以上の長いスパンで見た場合には最終的には強みにならなくなってしまうか、少なくとも差はかなり縮まってくると思っている。なので、この記事の結びを単純に製造業に当てはめただけでは日本経済の漂流は止まらないというのが個人的な見解だ。製造業依存、輸出依存が強い今の構造自体を転換し、新しい強みを模索して構造転換を図ることができなければ日本は沈んで行くだろう。新しい強みとなれる分野や技術を探し、力を入れる産業分野のアロケーションから見直すほどの構造転換が必要になる。先日、大田経済財政相は「もはや日本は『経済は一流』と呼ばれるような状況ではなくなってしまった」と述べた。認識が遅い気もするが、認識がないよりはいい。燕は確かな技術力と変化を恐れない構造転換で再び飛び立った。日本は、再び飛べる日が来るのだろうか。


2008年1月15日火曜日

Mac不調

 私のMacの調子が最近おかしい。原因は明白で、OSを10.3(Panther)から10.5(Leoaprd)にアップグレードしたためだ。実は結構色々困っている。例えば、アップデート後にAirMacカードを認識しなくなり、無線LANが使えなくなった。これはLeoaprdを再度上書きでインストールすることにより解決できた。

 ところが、次はソフトウェア・アップデートを行おうとした際に管理者パスワードを入力しても「それは管理者じゃない」と弾かれるようになった。調べてみるとLeopardを二回以上アップデートした場合に発生するバグだそうで、私は今回まんまとそれにはまったことになる。仕方がないのでリンク先で説明されている通りOSのDVDからrootユーザーを解放し、root権限で元のユーザを管理ユーザーに戻してあげることでなんとか回避できた。

 しかし、いまだにアップデート後にiPhotoが起動しなくなったという問題が解決できていない。おかげで簡単な画像加工ができないので、BLOGに使う写真の作成ができずに困っている。本来であればこの連休でウチに来た新入りの金魚を写真付きで紹介する記事を書きたいところなのだが。iPhotoはどうやらインストールされた状態のままOSをアップデートするとアプリケーション自体はアップデートされないらしいので、その絡みで元々Pantherで動いていたiPhotoはLeopardでは動かないんだろうなというのは想像に難くないのだが。一度削除して入れ直せばいいらしいのだが、LeopardのインストーラのカスタムインストールではどうやらiPhotoのみのインストールができないらしいのが面倒くさい。せっかくOS再構成後パッチ等を当て直した作業をまたやるのはちょっと億劫だ。何とかカスタムインストールする方法ないかなぁ、と思っている。

 どうやらOSは10.3、ハードはPowerBook G4と、ハード/ソフト両面で二世代以上前に当たる私のマシンの環境からは、Leopardにアップデートしたことで色々と問題が発生してしまっているようです。ふう、やれやれ。

2008年1月8日火曜日

新年抱負

 少々遅まきになりましたが、新しい年がやってきました。今年は喪中故に対外的には粛々と、しかし娘の存在が親戚連中を盛り上げてその意味では温かに、年始の時を過ごしておりました。

 さて、去年の総括は前の記事で行いましたが、では今年はどうするか。願わくば、決意の年にしたいと思います。私が遅すぎたスタンス・ドットを嘆いてから、そこからですら既に2年が過ぎ去ってしまいました。私は、顔を上げなければなりません。少なくとも、まずその立ち位置を確認するために。次に、周囲の状況を見渡すために。そして、進むべき方向を見定めるために。それには、決意が必要です。勇気と無謀を取り違えない冷静さを保ちつつなお、その冷静さを諦観で終わらせないために。