2005年6月16日木曜日

不調と頭痛と危機管理

 先の頭痛で珍しく医者をはしごしてみるも、結局どこも「とりあえず」と頭痛薬を処方するだけで何も有益な情報を出してくれないのです。しかも出す薬みんなロキソニンだし!確かに凄くいい薬だけど、もうそんなにいりません!

 とか思っていた矢先、昨晩は久々にビッグなトラブルと納品のダブルパンチにやられ、体調も優れないままにまんまと一睡もしない完徹で作業をしていました。いやー、一人でそこそこ大きいバッチプログラムを一晩に2本も組みましたよ(そこそこ凄いことだと思う)・・・。そして気付いたら頭の痛いのも吹っ飛んで、今日は寝不足の割にやたら元気な一日を過ごしていました。いやー、危機感から大量放出されたアドレナリンがどうにかしてくれたのでしょう。結局、己の病を治せるのは己だけということでしょう(?)。

2005年6月13日月曜日

続・不調

 熱もないのにひどい頭痛と吐き気に襲われて、午後からベッドの上でのたうち回っておりました。以前からたまに痛くなる右後頭部、今回もここがズキズキとうずくように痛みます。これで熱があるならまだ納得いくんだけどなぁ・・・。数日前までは感染症の証である黄色い痰も出ていたのですが今はそれもなくなり、ただ頭痛、吐き気、倦怠感という症状だけが残っているのです。うーむ、極度の貧血とか・・・?

2005年6月12日日曜日

不調

 仕事の忙しさだけならまだしも、とどめとばかりに今週は中頃からちょいと体調を崩してしまいまして、でも仕事は休めずに、家に帰ったらひたすらグッタリ。そんな生活で気付いたら見事に一週間以上このHPの更新を放置してしまっていました。いやいや参りました。決して更新をやめたわけではありません(苦笑)。とりあえず、回復基調になってきたとはいえまだ万全ではないこの体調。もう少し元気になったら色々書きたいと思います。書きたいことは、たくさんあるのです。

2005年6月3日金曜日

披露宴@汐留

 今日は披露宴だった。披露宴と言っても結婚のではなく、私のお得意様が本社を新宿から汐留に移転したので、主要な取引先を集めて社内を案内する内覧会とヒルトンの豪華な料理付きの披露宴、さらに経営するカフェバーでのジャズライブを催したと、そういうわけだ。とはいえ私は1フロアがサッカー場より広いそのビルがまだ内装工事の段階から見ていたし、今日も内覧会の間中裏でデモしているシステムが止まったりしないか張っていたので、正直内覧会と言ってもそんなに今更目新しくはない。けれどガラス張りの高層ビルから眺める汐留の海と緑と高層インテリジェンスビル郡が融合した都会独特の少しわざとらしいくらいに整理整頓された景色の美しさは格別で、最新鋭の機器とシステムを集めたそのオフィス(和室やマッサージチェアまである!)を改めて見て回るにつけ「やること派手だねぇ」と半ば諦め調子に溜息をついていた。とりあえず無事にシステムも快調なまま内覧会を終え、披露宴で最初の一杯を口にした時には正直ちょっと嬉しかった。これまで何度となくここのシステムのために徹夜をしてきたが、それが例えほんの一端であってもそれがこうして現実の実になるというのは嬉しいものだ。初めて全社的なシステムが総合的に動いているのを見て、さんざんたくさん作ってきたと思っていた自分達のシステムが全体規模から見たら実は思っていた以上に小さかったということに気付いたとしても。まぁ、それはそれだ。システム全体を作るのに、二桁の会社が入っているのだから。

2005年5月30日月曜日

Helloweenからバッハまで

 今日は日中少しばかり出社して資料作り。とはいっても日が落ちる前には帰宅するのだけれど、帰りの電車の中で夕陽の光を眺めながら、iPodで久しぶりにHelloweenの『Keeper of the Seven Keys, Pt. 2』を聴いた。やはりこの頃のHelloweenは最強にカッコいいと相変わらずたまに聴く度思うのだけれど、実は以前から少しばかり気になっていることがある。『Eagle Fly Free』、もの凄くカッコいい。カッコいいんだけど、・・・やっぱドラムとボーカルちょっとずれてんだよなー・・・。インゴがねー、この曲に限らず少し走っちゃう場面があるんだよねー・・・。『Rise and Fall』もテンポアップやアッチェランドを意識してやってたりもするけど、それ以上に走ってる部分が・・・。聴いてて気持ち悪いのです。気持ち悪いけど、気持ち悪いけど、でも何故かカッコいいのがこの頃のHelloween。得体の知れないパワーが満ちていて素敵です。

 しかしエレキギターのバッキングって何というか、非常にリズム感が悪いというかグルーヴ感が悪い。これはある程度仕方のないことで、エレキで音を歪ませるディストーションやアンプのゲインは結局のところ音のエッジを潰しているから、どうしてもアコースティックや同じエレキでもクリーン系のサウンドに比べると音と音の境目が不明瞭になる(クリーン系のサウンドでもコーラスとかを深くかけるとやはり音のエッジは不明瞭になる)。元々ある音が真剣の刃だとしたら、ロック系全般のザクザクしたサウンドは刃を敢えて刃こぼれさせたりのこぎりみたいにしたりして叩き斬ってるのと同じことで、そりゃ痛いかもしれないが切れ味は悪い。そんなんで音と音の境目、あるいは音と無音の境目がぼかされてしまうと、やはりリズムというのは活きてこない。エレキのギタリストの中にジャンゴ・ラインハルトやバーデンパウエルのようにただコードを弾いているだけでカッコいいというプレイヤーが出てこないのには、そういった物理的なハンデもあるのだろう。想像してみると、『花祭り』をディストーションを思い切り効かせたエレキで弾いてもカッコ悪い。ただし、元ブルーハーツの真島昌利だけはただコードを弾いているだけでカッコいい(爆)。

 昔から言っていることだが、音楽はダイナミズムだ。小さい音と大きい音、高い音と低い音、固い音と柔らかい音、音と無音、その他色々な相対要素が絡み合って音楽の感情が生まれる。イコールそのあらゆる面におけるダイナミズムの総和が表現力の可能性の外縁になる。その意味でディストーションをかけたエレキギターは音と音の間のダイナミズム、音と無音のダイナミズム、あるいは音量のダイナミズムに始めから物理的な制限が課せられている点で大きなハンデキャップを負っているとも言える。ふと思うと、エレキのプレイで「これは凄いグルーヴ感だ」と感心するのは大抵ディストーションの影響をほとんど受けない単音のリフやソロだ。マイケル・シェンカーの『Feels Like a Good Thing』『Into the Arena』、Blackmore's Nightの『Play Minstrel Play』など、すべて単音か、そもそもエレアコだ。大体エレキでグルーヴ感が凄いという褒め言葉自体確かにあまり聞かない。それよりはやはり長いサステインを活かした泣きのフレーズの方が主流だ。こちらは名演の列挙に暇がない。のでわざわざ挙げない。

 音と音、ないしは音と無音のダイナミズムを一番意識してした演奏家は、クラシックの世界では間違いなくグレン・グールドだろう。彼のスタッカート奏法は音を切っていたのではなく、リズムを切っていたというのが私の見解だ。実際、彼はただ闇雲にスタッカートを駆使していたわけではない(当然だが)。旋律の中で音の粒を際立たせるためのこともあれば、あるフレーズから次のフレーズ、あるリズムから次のリズムへ移る際の布石、フレージングとして使うことも、上下で同時に走る対位法の旋律を混じり合わないように分けるために使うこともあった。総じて、彼の演奏は対位法を切り出して一つ一つの旋律に注意を向けてみると旋律が旋律であると同時に一つのリズムセクションであるように思えてくる。旋律がリズムを踊るのである。グールドの演奏はそのように聴こえる。

 バッハの曲、特にその対位法の妙技が冴える曲を演奏するときは、「旋律が複数走る」ことにばかり演奏する方も聴く方も注意が向きがちになる。だが、対位法は確かに低音も高らかと旋律を歌ったりするが、そこからリズムが消えるわけではない。裏を返せば、対位法では高音もリズムパートとなりえる。それはつまり、旋律が自身のリズムさえも支えなければならないということを意味する。そこに気付かず、ただ複数の旋律が歌っているだけの対位法の演奏は文字通り音楽として死んでいる。旋律という音楽の美しい肢体は、リズムという血が通って初めて躍動する。基本的にこの原則に例外はない。だが、それを意識できている演奏家がどのくらいいるだろうか。

 夕暮れの電車の中、HelloweenをiPodで聴きながら、何となしに延々とそんなことを考えていた。

2005年5月29日日曜日

忙しい日々と五月病

 五月に入ってから"土日無気力症候群"的な状態が続いている。どうも土日になると色々なことをやる気がせずに、部屋でゴロゴロと本を読んだり昼寝したりして漫然と時を過ごしてしまうのだ。しかも本を読むといったって、それほど集中して読んでいるわけでもない。休養にはなるのかもしれないが、ひどく非生産的な過ごし方だ。まぁ常に生産的でなければいけないと強迫観念のように思い詰めるのもある種の現代病だと個人的には思っているので、その意味では健全なのかもしれないと思いつつ、いやでもやっぱりこの無気力ぶりはちょっと問題だなとも感じてしまう。何しろ用事を済ませなければならないときだって腰を上げるのにかなりの決意が必要なのだ。最近は平日が鬼のように忙しいから、その反動と言えばそうなのかもしれないが、この無気力加減のおかげで肉体的には休養できるのかもしれないが精神的にはフラットでややダウナー気味の休日が続いている。ストレスがたまりもしないが解消できもしない。ふうむ、軽く五月病だろうか。

 取引先の開発会社で、この一年半程一緒にやってきていた人がリタイアしたという知らせを聞いた。心が参ってしまったとのこと。リーダークラスでバリバリやっていた人で、実際私から見てもかなりハードな生活を強いられていた。休日に呼び出されて私服のまま出勤し、そのままずっと家に帰れずに会社で私服のまま10日間仕事をし続けたという伝説を持つ人だ。彼がその伝説を作ったちょうどその頃、私と仕事上の付き合いができて一緒にやるようになった。ただでさえそれほどの過酷な環境を耐え抜いてきた人が突然いなくなる。同じ職場の人によると本当に突然会社に来なくなり、連絡すら取れなくなったらしい。失踪後しばらく経ってやっと連絡が取れたと思ったら「今は何もやる気が起きない」と言ってそのまま正式に休職になったとか。突然だ。案外人の心なんて簡単に壊れる。どんなに強いと思っていた人でも。ちょっとしたきっかけがあれば、心の防波堤なんてあっという間に決壊する。この業界はやはりそんな話はよく聞く。自分も、気をつけないとなと、ふとそう思った。何となく、漠然と、危機感もなしに。

2005年5月25日水曜日

夢の一ヶ月休暇へ

 有給が34.5日もたまっているのに気がついた今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。34.5日!すげぇ、そんなに休めるんだ!・・・って、そんなに休めるんならこんなに有給たまんねぇんだよ、こんちくしょう!