2010年1月1日金曜日
2010年 元旦
今年の年末・年始は大晦日から家族で岩室温泉へ泊まりに出かけ、そこで年を越しました。-40度の寒気が訪れる年末・年始で強く吹く冷たい風はそれは寒いものがありましたが、雪は思ったほどは降らなかったのでよかったです。寒風に吹かれながら入る露天風呂からは流される雲の隙間から満月(に見える月)が見え、それはまぁなかなか風情がありましたとさ。そして元旦夜は毎年恒例ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの中継をモルトを飲みながら家族で鑑賞し、元旦は終わっていきます。
ところで、今年は既に自分を取り巻く環境が大きく変わることが決まっています。新卒以来長く勤めた会社を一月一杯で退職し、二月には地元新潟に引越すことにしました。三月には第二子も誕生します。仕事は実家の会社に入ることにしたので、今までやってきたアプリケーション開発と運用保守というものとは全然違ったものになります。そうした大きな変化の中、これまで以上に気を引き締めて覚悟を決めた上で新しい環境に適応していかないといけないなぁと考えています。
引越しの理由についてはここではあまり多くを語りませんが、まずは退職まであと一ヶ月、現職をしっかりとこなし引継ぎを行うこと、二月に滞りなく引越しを終え、第二子を迎える準備を整えること、そして新しい仕事への準備と、やることも色々ありしばらくはなかなかドタバタしそうな感じです。
ともあれ新潟に行ってもこの日記は(少なくともここ半年以上のペースでは)更新を続けていきますので、どうか皆さん今年もよろしくお願いいたします。
2009年12月30日水曜日
イルミネーションの街
天皇誕生日となる23日の夜、娘と、その前数日間私の風邪が伝染って寝込んでいた妻と娘の看病に来ていた祖母と3人でその住宅街のイルミネーションを見に散歩に出かけた。夜にあまり外に出ない娘は大はしゃぎで、「こっちもキラキラ!」と叫んでは次の家のイルミネーションへと走り出して楽しそうにしていた。住宅街の間にはきれいに整備された公園が点在しており、普段娘もよくそこで遊んでいるのだが、夜の公園にはほとんど行かないのでそこでも嬉しそうに、光る電灯の周りをぐるぐると回っていた。
各個人の家が自分の意思で飾るイルミネーションだから、例えば神戸のルミナリエのように壮大ではないけれど、それでもあれだけの規模の住宅街がイルミネーションで飾られると、やはりなかなか壮観なものがある。やはりそのイルミネーションを目当てに散歩する人は多いようで、この日は若い人から老人まで、結構多くの人がこの夜の住宅街を散歩していた。
娘は大きくなったらこの夜のことを覚えているのだろうか?横浜の家の前のイルミネーションで飾られた住宅街を、父と祖母と3人で散歩したことを。多分覚えていないだろうけど、ディズニーランドでエレクトリカル・パレードを遠くから見たときよりはずっと嬉しそうにはしゃいでいた。まぁ確かに、欧風のそうでなくとも小洒落た住宅街が一斉にイルミネーションで輝くその夜は、子供の目にはちょっとしたファンタジーに見えたのだろう。大人の目にも、そう映るのだから。
次は元旦に更新予定です。皆さん、本年は一年間どうもありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。
2009年11月29日日曜日
マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響@サントリーホール
まず前半はブラームスの2番。4番と並んでブラームスの中では大好きな曲です。ブラームスの田園交響曲とも呼ばれるこの曲は、全体的に開放的な明るさが流れる中、随所に牧歌的な、のどかに叙情的な旋律が鏤められています。バイエルン放送響はクレンペラーとのベートーヴェン4番5番やカルロス・クライバーとのベートーヴェン7番等で聴く限り、弦の音色がすごく透き通った印象を受けるオーケストラです。例えば弦の美しさが讃えられるウィーンフィルは、透明というよりは景色に満ちた、美しい町並みをよく晴れた日にオープンカーで駆け抜けていくような、そんな様々な色に満ちた美しさです。対してこのバイエルン放送響は、色彩感が豊かというよりも凄く澄み切って輝かしい、けれども決して金属的な冷たさのないやわらかく光るシルクのような、そんな特徴的な弦の音色を持っています。そしてその素直で柔らかく澄んだ弦の音色が指揮者によって最大限に活かされる時、先のクレンペラーやC.クライバーの時のような伝説的な名演を生み出してきました。
そんなBRSOが奏でるブラームス2番の第一楽章。いきなり実に美しい。生で聴いてもやはりまず惹かれるのはその澄んで輝くバイオリンの音色、そしてビオラ以下中低音域の弦楽器の暖かく木の質感を感じる、ふくよかでブ厚い音の存在感。彼らが奏でる旋律の美しさは、いきなり聴きにきてよかったと幸せな気分にさせてくれます。続く第2楽章では、パウゼでピタッと全身の動きを止めるマリス・ヤンソンスの指揮振りが実に印象的。そして最終楽章、出だしいきなり管が派手に音を外すところから始まります(苦笑)。その後休憩時間に「あれは指揮が振り間違えた」とか「奏者がミスをした」とか様々な憶測が飛び交っていましたが、とにかく素人にも明らかにわかる大きな外し方。一瞬私も「あらら」と思いましたが、そこはさすがマリス・ヤンソンス。落ち着いてミスを流し、そこからの演奏は凄まじいものがありました。
マリス・ヤンソンスは割とテンポを揺らして曲を作ります。アッチェランドで一気に盛り上げていって、普通ならそこから突っ走っていきそうな場面でも一度テンポを落ち着けてみたり、とにかく横のテンポの扱い方が絶妙で、劇的なくらい揺らしているのに常にどこか理性的な線を一本引いて暴走を抑えるようなテンポの構成をよく取ります。そのヤンソンスが最後一気にテンポを上げてあの2番の劇的なフィナーレにノンストップで突っ込んで行くのです。指揮の圧倒的な存在感に失踪するテンポの中で最大音量を振り絞るオーケストラ。その迫力に背筋がゾクゾクする程興奮を巻き起こし、大きな大きな高揚感の中でブラームスの2番が終わります。前半で早くも感動のフィナーレという感じです。私はブラームスの2番では録音は古いながらもワルター指揮ニューヨークフィルの演奏を愛聴していますが、その圧巻のフィナーレのイメージを突き破る程の強烈な終わり方。正直あの一曲だけでもチケット代の元は取れます。素晴らしい。
そして期待が高まるチャイコフスキーの5番。マリス・ヤンソンスはムラヴィンスキーの助手をしていたということですから、彼のような荘厳で聴いてる方が恐怖を感じるくらい鬼気迫る演奏をしてくるかと思いきや、意外にゆったりめのテンポで全体を構築します。大きく横に揺らすテンポを不自然に感じさせるところがなく、このドラマチックな名曲を盛り上げていく手腕はさすがです。最終楽章のパウゼの後、主題が勝利の凱歌として高らかに歌われる場面は実に感動的でした。
ところでマリス・ヤンソンスはこれまで見てきた指揮者の中では比較的ストレートにわかりやすい指揮を振ります。彼の指揮の特徴は、指揮棒に音を引きつけるような指示の出し方をすることが多いということ。チャイコの5番で管が上空を飛行するようなイメージで旋律を奏でる時は「もっと上へ、ここまで上へ」と言わんばかりに背伸びして目一杯指揮棒を頭上高く掲げて音を呼び込みますし、ブラームスでは指揮棒を綱引きをするようにグイッと引っ張って音を作ります。その音を引っ張るイメージが実に説得力があり、音楽やリズムを表現する意図が聴いてる方にまで伝わる見事な指揮をします。彼は音やリズムを引っ張ることで可視可しているように思えます。
また、緩徐楽章等でアクセントの少ない緩やかな旋律が続く時は、彼は指揮棒を左手に持ち、右手で指揮棒を持たずに柔らかい指揮を振ります。タクトを用いた強いアクセントの指揮ではなく、手での柔らかな指揮を必要に応じて織り込むことで曲のイメージに対する指示の幅を広げているように感じました。そして曲調が強いアクセントを再び必要とする場面が近づくと、また右手にタクトを構えるのです。
ともあれマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響、素晴らしいコンサートでした。終演後のサイン会はサロネンの時のようにホールの廊下でやると人が溢れる懸念があるためか、楽屋口の駐車場に並ばされたとのことです。しかし人一杯並んでました(苦笑)。そして皆今日の演奏を讃えていました。サイン待ちをしている間、楽屋からしれっとピアニストの内田光子が歩いて出てきました。勇気のある人はサインねだってました。
これでブラームスの2番と4番は一流の指揮者・オーケストラで聴きました。後はベートーヴェン聴きたいですね。この2月にベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送響がエグモント序曲、交響曲5番、交響曲6番『田園』という実に魅力的なプログラムで来日しますが、行けないだろうなー・・・。そうでなければブルックナーの交響曲8番か9番も生で聴きたいですが、都合のつくいいコンサートないですかね?
2009年10月14日水曜日
正しさのゆらぎ
客観は存在するか? 世界は主観と主観の狭間にある間主観としてしか存在しえないのではないか? 答えはまだ出ていない。いつか、出るのだろうか。
その答えとして、完全な客観が、完全な客観的真実の存在が保証されたなら、まだ"正しさ"を絶対の依り代にできる可能性がほんの少しはあるのかもしれない。それはおそらく、実現可能性とは言えないほどにほんの少し。
"正しさ"を求めることが間違っていると言っているのではない。"正しさ"を絶対的な依り代とすることは危ないと言っている。他人にとっても、自分にとっても。真実が一つと仮定したとしてもその一つの真実に対して無数に存在しえる正しさという指標は、本来ならしがみつくことも難しいほどの大きな大きな揺らぎがある。その揺らぎを認識した上で、自分の立地を確認した上で、その上での道標として”正しさ”に頼るのはまだいいだろう。自分が立っている地平以外にも立場はあり、そのそれぞれに"正しさ"があることを忘れなければ。
"正しさ"という道標は強力で、それ故逆に安易でもありえるし、脆く危険でもある。忘れないことだ。自分が立っている地平以外にも、この世界には地平は無数に存在する。その地平の違いを忘れることなくいられるかどうかが、大袈裟に言えば理解への第一歩だ。そしてその地平の違いを忘れてしまうことを、養老孟司は"バカの壁"と呼んだ。この言葉は自らが定義した"バカの壁"に阻まれ、意外と、理解はされてはいないようだけれど。
2009年10月1日木曜日
気付けば末日
そもそも今月はそれ程忙しかったわけではない。むしろ入社以来一番仕事面では余裕があった期間かもしれない。まぁそれでも定時に上がれる日は多いわけではなかったけれど。その比較的余裕があった時間を、果たして自分はどう過ごしてきたのか。その点では思うことは色々ある。だが、ここでは敢えて深く語らずに、無理矢理この日記を締めるとしよう。何しろ今回書いたこの日記は、何も書かなかった月を無くすためのただの帳尻合わせなのだから。今流れているベルクのヴァイオリン協奏曲が終わったら、再び眠りの床に就くとしよう。
2009年8月25日火曜日
激闘!日本文理
試合はいきなり1回表、中京大中京の四番の先制2ランホームランで動く。先制されると「これはダメかな」と思うのがこれまでの新潟の高校野球ですが、今年の日本文理は一味違います。2回に1点、さらに3回にソロホームランで一点と、着実に追いついていきます。そして4、5回とスコアボードに刻まれた0という数字の裏にある、行き詰まる攻防。ノーアウト23塁のピンチを2者連続三振で切り抜ける日本文理の伊藤投手。ファインプレーで文理の攻撃を断ち切る中京大中京。ここは移動中ワンセグでこっそり観ていたのですが、実に息詰まる攻めあい、守りあいでした。しかし6回裏に中京大中京が一挙6点をあげ、これで8対2。そこから8回終了までにお互い2点を入れ、9回表の時点で10対4。日本文理の最後の攻撃も、最初の2人があっさりと打ち取られて2アウト。普通なら、ここで終わりです。ですが今回は、ここからドラマが始まりました。
二死から、一番バッター切手先取が四球で塁に出ます。続いて二番高橋選手が2塁打を放ち、三番、武石選手も走者一掃の3塁打を放って2点追加。これで10対6。さらに死球、四球でランナーが塁に出て、ここで打者はここまで一人で投げ抜いてきたピッチャー伊藤。九回裏、二死満塁、一打同点。期待に踊る文理アルプスから、球場を揺るがす程の大きな伊藤コール。それはもの凄い光景でした。佐賀北が優勝したとき、決勝でまさかの逆転満塁ホームランが出た時の高揚感を煽る和太鼓のリズムを彷彿とさせます。あの時のような球場全体を巻き込んだもの凄い空気を感じました。九回二死。点差はまだ4。でもここから、何かが起こるのではないかという期待と予感。そんな勢いと祈りが、球場に満ちていました。そして渦巻く期待の中、伊藤が見事な2点タイムリー。これで、とうとう10対8。あと2点。一層大きく湧き上がる球場と、叫ぶ実況のアナウンサー。「日本文理の夏はまだ終わらない!」この台詞に妙に熱くなりました。次の代打・石塚もタイムリーで10対9。三塁上には伊藤が同点のランナーとして控え、打者は捕手・若林。その2球目、彼が放った鋭い打球は、中京大中京のサードのグラブに吸い込まれるように入っていき、ゲームセット。一瞬、速すぎる打球の行方と突然の幕切れに戸惑い静まり返るスタンド。そしてそこから広がっていく大きな拍手。実に、素晴らしいゲームでした。
しかし日本文理の9回2アウトからの猛攻は凄まじかったです。中京大中京は途中完全に萎縮してしまったようにも見えました。そりゃ甲子園の決勝で、9回2アウトから10対4が10対9まで追いつめられたら怖くもなります。最後まで諦めず、相手をそこまで追いつめた、日本文理の粘りにはまさに見事という他ありません。最終回2アウトから味方が次々と点を入れていくのを見て、伊藤投手も「不思議な光景を見ているようだった」と言っています。それ程、まさに奇跡的とも言える最後の攻撃でした。試合後の、晴々とした爽やかな選手達の表情も印象的です。
9回2アウト。点差は6点。絶望的に思える状況からでも戦えると、最後に身をもって示してくれた日本文理の野球は、純粋に理屈抜きに、胸を熱くしてくれました。惜しくも優勝はなりませんでしたが彼らの戦いぶりは、安っぽい言い方かもしれませんが、見ている我々に勇気をくれたのではないかと思います。とうとう、新潟のチームがこれだけの勝負を、しかも甲子園の決勝でやってくれました。今年の夏は終わりましたが、また、夏は来ます。今は戦いを終えた越後の虎達に惜しみない賞賛を。また来年と、期待が弾む最後の輝きは、実にまぶしかったです。やはり、高校野球は面白い。これでやっと、今年も夏が終わります。
2009年8月17日月曜日
夏過ぎて
この度、2人目の子供ができることとなりました。予定日は3月上旬ですが、妻は今つわりのピークを迎えており、1人目の時もそうでしたがつわりが重い妻はその状態で子供を見るのも辛かろうということで、7月末から新潟の私の親元に疎開しているのです。ので、夏休みは私も可能な限り長い時間新潟に留まり、積極的に友人達にコンタクトを取ることもせず、静かに子供の世話と妻の介護(?)と親戚とのご挨拶及び自分の休養に当てていたわけです。おかげでこの夏休み、何かをしたという明確な達成感や満足感はないものの、とりあえず疲れていた体は大分回復できました。
2人目の子供が生まれてくることになり、例によって男親というのはまだその実感は完全には湧かないものの、それでも確かに状況は変わってきています。もう少し時が経った頃にはもう一つ、報告しなければならない大きな身辺の変化も出てきます。自分としては世界が突然に急ぎ足で回り始めたような感覚はありますが、でもそれはきっと、私が随分長い間同じところで歩を止めて、それでよしとのんびり腰を下ろしていたせいもあるのでしょう。もう重い腰を上げ、前に進まなければいけません。一歩一歩、できる限りは確実に、必要とあらば大胆に。時は後戻りを許してはくれないのですから。特にそう、これからは。