2010年7月30日金曜日

FMからロドリーゴ

 現在、自宅から職場まで通勤は車で約45分。その間、さすがに運転しながら本を読むわけにもいかないので大体は何かしらの音楽を聴きながら通勤している。最近では朝はラジオでNHK-FMをかけて『気ままにクラシック』『クラシックカフェ』を聴き(同じ時間帯でも曜日によって番組が異なる)、帰りはiPodをポータブルスピーカーにつないだ装置で好きな曲を聴くというパターンが多い。新しいCDを買った直後は行きも帰りもiPodだったりするが。

 ラジオを聴くという習慣はこれまであまりなかったが、通勤のBGMとしてはなかなかいいもので、まず何よりも自分が知らなかった名曲や名演に出会える可能性がある。特に曲に関してはやはりクラシックの世界は広いもので、ラジオを聴いていると実は知らない曲の方が多い。そんな知らない曲を聴いているうち、「お、いい曲だな」と思えるものに巡り合えるとそれはなかなか嬉しいものだ。

 今朝もご多分に漏れず『クラシックカフェ』を聴きながら通勤していた。ラジオをつけた際に流れている曲は、ロマン溢れる官能的な曲調に現代的な不協和音が随所に交じる魅力的な曲だった。独奏バイオリンとオーケストラの構成。「バイオリン協奏曲か。誰の曲だ?」と最初に考えた。ベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーンのいわゆる「三大バイオリン協奏曲」ではもちろんない。それなら一聴してわかる。そもそも、その辺りの時代の曲にしては和音が現代的だし、少々民族臭が濃い。現代でもショスタコービチなら知っている。「シベリウス?そういえばシベリウスのバイオリン協奏曲はあまりまともに聴いてないなぁ」と思うが、シベリウスにしてはどうもロマンチシズムが濃厚に過ぎる気がする。何より、独奏バイオリンが奏でるフレーズがギターの現代曲でよく耳にする語法に非常に近い。ドメニコーニかとも思ったがまぁそれはないだろう。「ラロ、とかかなぁ?」とも考えたが、わからないので曲が終わってからの紹介を待つことにした。聴くほどによい曲だ。最後まで満足して聴き通し、さぁ、曲の紹介を待つと・・・、

「ホアキン・ロドリーゴ作曲、『夏の協奏曲』」

 ああ、ロドリーゴ!ロドリーゴね!どうりで何かやけに懐かしい感じすらする曲調。そういや短2度の和音多かった。すべてが腑に落ちた。しかしこの『夏の協奏曲』という曲は知らなかった。調べてみると、NHK-FMで流された音源自体はエンリケ・バティス指揮 ロンドン交響楽団、独奏バイオリンはアグスティン・レオン・アラのものとのことだが、何とこの音源自体は既に廃盤になっているようだ・・・。まぁ、そうでなくともロドリーゴはアランフェス協奏曲以外は一般には有名とは言えないし、一番の支持層であるギター弾きはギター曲以外に興味を示すことは少ないから、売れずに廃盤になっていても不思議ではない。私もロドリーゴのギター以外の曲は知らなかった。しかし、知ってみるとこの『夏の協奏曲』は廃盤になるにはあまりに惜しい名曲のように思う。これはマニアックな曲なので他にCDは少ないが、ナクソスから出ている『ロドリーゴ管弦楽作品全集3』にも収録されている。とりあえずはこちらから手に入れてみようと考えている。

 このような自分が知らない名曲に出会える楽しみがある分、ラジオというのもなかなかいいものだなと最近は感じている。

2010年7月13日火曜日

ねじれ国会と理想と現実

 さてさて、2010年参院選は結果だけを見れば与党が過半数の議席を獲得できずに敗北。衆参ねじれ国会と呼ばれる状態が発生しました。与党敗北の原因やマスコミでの報道のされ方、あるいはそもそも現在の各政党の政治理念や政策各論について少々物申したい気分でもあるのですが、この雑記帳では政治については基本的に黙するという方針のため敢えて書きません。

 ところで、メディアじゃ「ねじれ、ねじれ」と騒いでいますし、当の与党の皆さんも「さぁ、ねじれだ、大変だと」戦々恐々としているようですが、個人的にはむしろそれでいいんじゃないかと思っています。民主主義議会政治としてはそれが当然なのではないかと。これまで(とくに近年)の衆参で過半数を握った与党が力尽くで自分たちの法案を(下手すれば世論すらまったく無視する形で)押し通すというやり方の方がおかしかったのではないでしょうか。「部分連立」とかよくわからない言葉が登場していますが、各政策ごとに協力できる政党同士が協力し合い、お互いの主張で譲れる部分・譲れない部分を戦わせながら国民の理解を得、よりよい形で法案を練り上げていくという姿こそ民主主義なのではないでしょうか。与党に投票した人だって100%すべての政策にO.K.を出して投票をしているわけではないでしょう。与党が中心となって、政策毎に様々な政党と協力してやっていくという姿こそが正しいように思います。現行与党がみんなの党に公務員改革の部分で歩み寄れる部分を模索しつつ協力を依頼する方針だと報道されました。そのようなやり方の方がいいと思いますし、そのようなやり方しかないでしょう。確かに国会運営は果てしなく難しくはなるのですが、先の自・公政権の時と違って、衆議院での3分の2議席を持っていない現行与党は、参院で否決された法案を衆院で強行採決という手段すら使えませんから。

 まぁ、野党が政権奪取することのみを考えて程度の低いパフォーマンスや反抗のための反抗に終始する昨今の状況を見る限り、仮に与党が野党に協力を求めたところでただ「まずマニュフェスト違反を謝罪しろ」とか「衆院も解散して信を問え」とか「首相は敗戦の責任を取れ」とか無駄な抵抗にあい、結局何も話が進まないという程度の低い政治に終始してしまうような気もするのですが。そうなればこの国の先も暗いのですが、まぁ、多分、そうなるんだろうな・・・。今の日本って、もう政治がそのように停滞し続ける余力はないはずなんだけどな・・・。

2010年7月10日土曜日

水田を吹く風

 世間では各地を襲う集中豪雨が話題になっているようだが、私が仕事をしている新潟市南区近辺では逆に梅雨だというのに雨が降らない。天気予報では毎日のようにやれ午後から雨だとか大雨・洪水注意報だとか雷注意報だとか言っているが、降りそうな空をしていてもこれがなかなか降らない。なんだかんだでもうずっとまとまった雨が降らない空梅雨の状態が続いている。おかげで地面がすっかり熱くなって気温が高い中、地面を冷やす雨も降らずに湿度だけが上がっていく。実に蒸し暑い日々が続く中、農作業は当然エアコンの効いた中で行われるはずもなく、ウチの工場もまた同様で、いいかげん人が天気に辟易としてきた感がある。

 そんな蒸し暑いある日、修理で自社から車で5分程のお客様のところに修理に行ってきた。時間は昼食休憩後すぐ。工場にいると蒸し暑くてただ座っているだけでも汗が滲むような時間帯だ。
 お客様宅に着き、機械の修理を始める。少し経つと、そのお客様が「いい風が吹いてきたなぁ」とつぶやいた。ふと、涼しい風が吹いて連日の蒸し暑さを消してくれていることに気付く。エアコンなどなくても快適に作業ができるほどの、涼しくて爽やかな風。車でわずか5分しか行かない場所でも、これだけ違う。

 そのお客様の家は、道を挟んですぐ正面に広大な水田が広がり、背中にはすぐ土手を挟んで信濃川が流れている。水に囲まれているわけだが、それだけで全然体感の気温が違う。「ここの風は水田を走ってくるから」とお客様は言っていた。水田は昔から治水や保温の役割も担ってきたと言われるが、なるほど、確かにと実感した。

 地球の温暖化に警鐘が鳴らされ、CO2削減やら何やら色々言われているが、実はこういった水田のような保温の役割を担っていた農地や自然が激減し、逆に熱を溜めたり反射したりするアスファルトやガラス、エアコンの室外機なんかが増えすぎたために熱が地表に集積されてしまうことが温暖化の大きな原因だったりするんじゃないだろうか。確かにCO2は温室効果ガスだろうし、理論上それが温暖化の原因となる可能性はあるのだろう。が、もう一つ実感が湧かない。それよりも、水田を吹いてくる風の涼しさは直接的で雄弁な説得力がある。このような風が吹いてくれるのであれば、エアコンはいらない。その分エネルギーも使わなくて済むし、室外機が外に熱風を供給しなくても済む。温暖化問題ではCO2削減ばかりに目がいき、他の環境的要因は挙げられこそすれ大きな議題とはならない傾向があるが、それは少し違うんじゃないだろうか。そもそも、温暖化の原因がCO2だと決まったわけでもない。あれこれ言って、実は温暖化はただの地球の気候変動のサイクルの一環に過ぎませんでしたと、数百年後に結論付けられるのかもしれない。

 そんな要素で騒ぐより、足元を見直してみるのもいいのではないか。省エネエアコンでちまちまCO2を削減して喜んでいるのも企業努力としては結構だが、国の施策としてはどうか。元々日本では水田を吹く風が夏の生活を涼やかにしてくれていた。100年かけて変えてきた環境を、また元に戻すわけにはいかないとしても、自然と共生できる環境を、また100年かけて作っていく構えがあってもいいのではないか。

 100年。わずか1年足らずで首相が変わり、政策が変動していく現状では気の遠くなる時間だ。だが、1年じゃ国なんて大きなものは何も変わらない。オルゴールの一種"シンギング・バード"を作る職人さんは色褪せない剥製を選ぶためにまず50年経って色が褪せないかどうかを確認していた。国の政策で50年は待てないにしても、そのような長期的な視野は持てるのだろうか。場当たり的に勢いだけで実行され、変えられていく政治ばかりでは未来はない。

 さぁ、参院選だ。

2010年7月7日水曜日

12年目の七夕と梅酒

 今年も七夕がやってきた。この日はこのHPの開設記念日であり、今年で実に12周年。最近は更新もすっかり滞ってしまっていたが、今日をきっかけにこの日記を更新するということを生活のリズムの中に取り込んで戻していこうと、今月は"雑記帳の更新"を抱負としてやっていきたいと思う。
 さて、この日記は12周年を迎えたわけだが、同じく今年3月7日生まれの次女もちょうど4ヶ月になる。生まれた時は少々小さかった彼女も、今では母乳ですくすく育ち、ふくふくとしたおっとり愛らしい赤ちゃんに育ってくれている。今のところ強いて問題を挙げるなら少々の汗疹程度で特に病気もせず、実に健康的だ。素晴らしい。

 だからというわけではないのだが、今日は自宅で梅酒を漬けてみた。実家には梅の木が2本あり、そこから収穫される梅で祖母は毎年梅干しや梅酒、梅ジュース等を作っている。近年は母も梅酒作りに参戦している。今年は気候が悪く、一般的には梅の出来はよくないらしいのだが、実家の梅の実はいたって順調。例年以上にきれいで大きな実をつけてくれている。今年はその出来の良い梅をおすそわけする見込みもあまりなく、せっかくの梅が余りそうだということもあり、急遽私も自分で梅酒を作ってみることにした。

 仕事が終わってからまだ日が残っている内に、祖母と梅の実を収穫する。できるだけまだ黄色く熟していない青いものを選んで取って、約3kg。その梅を使って梅酒作りを行った。
 今回採用したレシピは以下の通り。通常のホワイトリカーで作る梅酒は実家で作られているので、自分ではウィスキーベースの梅酒を試みてみることにした。

・青梅 約2kg
・氷砂糖 約400g
・サントリー 角瓶(黒) 2100ml(3本)
・マッカラン グランレゼルヴァ 12年 50ml

 収穫してきた梅のヘタを取り水洗いした後に、さらに約4時間水につけてアクを抜く。その後よく水気を切って拭いて瓶に入れ、ウィスキーを注ぐ。今回は買いに行ったドラッグストアで特売していたというだけの理由で角瓶の黒を使用。できるだけ泡立たないようにそっと注ぐ。最後に氷砂糖を上に入れ、フタをしめて出来上がり。梅酒は基本三カ月程度で飲み頃になるが、ウィスキー版の梅酒はウィスキーがえぐみを消してくれるため、さらに1年~3年寝かせて漬けこむことも可能とのこと。これからのんびり楽しんでいきたい。

 なお、今回隠し味としてわずかながらマッカラン グランレゼルヴァを入れるという暴挙に出てみた。佐賀の実家の話では梅酒を作る際に大吟醸を少し入れるとおいしくなるということだったので、ウィスキーバージョンで大吟醸に相当する隠し味ならこれくらいかという適当な判断に基づく。

 最後に、上記レシピで書かれている「青梅 約2kg」は目分量で結構適当なので、もしこれを参考に自分で梅酒を作ろうという場合には気を付けてください。大きく外れてはいないと思いますが、あくまで目勘での計量です(爆)。

2010年4月22日木曜日

生活、新たに

 どうも相当長い間ご無沙汰していました。2月の新潟帰還の日記以来、とんと姿を消してしまいました。何分実家ではネットがないのと、引越やのどたばたがあり、なかなか夜に落ち着いてPCに向かう時間が取れなかったのです。今現在は新潟のマンションに落ち着いて、PCも新調した上でネットは使える状況になっていますが、仕事から帰って子供を寝かしつけようとすると不覚にも一緒に寝てしまうケース多数(苦笑)。とはいえできるだけ、この日記も更新頻度を上げるよう頑張っていきたいと思います。

 とりあえず今回は簡単に近況報告。まず先程も書いたように新潟のマンションに引越を完了しました。まだ荷物の整理は完全にはついていないのですが、とりあえずは一段落です。

 また、実家の農機具屋に入社し、仕事を始めました。以前のSEjから、今度は農家の方々を相手にトラクタや防除機等を扱う農機具屋へ。ソフトからハードへの大転換です。取り急ぎは4月頭から二週間、つくばでクボタの研修に行ってきました。さすがに研修を終えたとはいえ、当然まだまだ仕事はわからないことも多いのですが、できるだけ迅速に、確実に覚えていきたいと思います。

 そして、3月には無事に第二子が生まれました。2510gと、少々小さいですが元気な女の子です。名前は和奏(わかな)となりました。芽生と同様、元気に素直に育ってくれることを願います。

 そんな感じで、とりあえず新潟での新しい生活が始まりました。遠くなった人、近くなった人、どちらもありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

2010年2月15日月曜日

ライフスタイル

 新潟に帰ってきてから早二週間近くが経つ。近年にない大雪の冬となった今年の新潟は、やはり晴れる日は少なく、雪が降るのを目にする機会が多い。車を運転しながら水田や川辺が雪で一面白くなっているのを見ると、「ああ、新潟だな、帰ってきたんだな」と感じる。それは、東京や横浜ではまず見ることがないだろう景色だからだ。

 新潟は車社会だ。電車に乗って行けば基本的に行けない場所はなく、車は趣味か利便性の道具でしかなかった東京と違い、新潟では車がないとそもそもまともに生活ができない。通勤も今度は約一時間の車通勤になるし、仕事でもプライベートでも毎日ハンドルを握る。片道の通勤で、横浜にいた時の一週間分並の距離を楽に走る。電車は県外に出る時くらいしか乗らない。

 大雪の朝は、車も道も雪で埋まってしまっているため、通勤や仕事の前はまず雪かきをしないといけない。自分が新潟に帰った四日夜から五日にかけては26年振りと言われる大雪。五日の朝は真っ白になった駐車場で車を雪の中から掘り出して、駐車場を出られるまでの道を作る雪かきをする人が大勢いたし、除雪前で膝まで雪に埋まる歩道に苦戦しながらコンビニまで歩く道すがら、色々な会社のオフィスの前では従業員が玄関や駐車場の雪かきをしているのを見た。タイヤの直径より高く新雪が積もった駐車場には車は入れない。

 土地が変われば生活も変わる。これが新潟という土地で、ここではこのようなライフスタイルがある。さて、戻ってきた。

2010年2月4日木曜日

日吉最後の夜






GLENMORANGE SIGNET

 いよいよ今日が日吉での最後の夜になる。今日は引越の業者が来て一日梱包作業。明日に搬出を行い、同日に今住んでいる部屋の退去手続きを行い、新幹線で新潟に帰る。結婚してから4年住んだこの部屋ともお別れだ。賃貸住宅というのは一度引き払ってしまうと二度と部屋には入れないのが少し寂しい。新潟を出てからこれまでに住んだ部屋の中でも、今回のこの部屋はピカイチお気に入りだったのだが。目の前には小洒落た欧風の住宅街で治安もよく非常に静かだし、小さいが気の利いた公園が近くに4つもつながっている。この辺では一番高い丘の上に立っているので、ベランダからの景色は圧迫感がなく、眼下に広がる景色では遠くにランドマークタワーを始めとするみなとみならいのビル群が見えるし、春には桜がきれいに咲く。17畳の広いリビングにモザイク細工の床がきれいな書斎、何故か竹があるフローリングの寝室、そして無料の駐車場。駅からは歩くと遠いけど、車があれば川崎にも港北ニュータウンにも近いロケーション。実に気に入っていた。南向きのベランダからは、天気のいい日にはいつもきれいな夕焼けも見れた。




 とはいえ、引っ越すと決めた以上はいつかは最後の夜が来る。それがとうとう来たということだ。引越業者の梱包作業も終わり、夕飯を食べに日吉の街に下りた。選んだのは迷わずらすたのラーメン。やはり、日吉と言えばこのラーメンだ。ねぎめしと一緒においしくいただいた。そして最後に軽く2杯程度おいしいお酒が飲みたいなということで、久し振りに画亭瑠屋に行ってみた。ここで飲むものはとりあえず決まっている。グレンモーレンジだ。

 一杯目に先のテイスティング・セミナーの際に気に入ったキンタ・ルバンを頼む。グラスが出てきた瞬間にテーブルにふわっと広がる、華やかで花のような爽やかに甘い香りが嬉しい。ゆっくりと飲んで、「今日は次で最後だな」と思いボトルを物色していると、グレンモーレンジの列に知らないボトルがあることに気がついた。この日記の写真のボトルだ。何やら、明らかにただ者ではないオーラを漂わせている。マスターに聞いてみると、これはシグネットといい、グレンモーレンジが満を持してリリースしたハイエンドのモルトで、通常とは製法から異なり、最長30年の原酒が使われているという。そう聞くと、とても飲みたくなる。きっと値段も相当するんだろうなとちょっとためらったが、9年日吉で頑張った自分へのご褒美にこの一杯くらいの贅沢はいいだろうと自分を納得させ、思い切って頼んでみた。

 グラスに口を近づけた際に一瞬感じた、爽やかな青リンゴのような香りが凄く印象的だった。そしてその青リンゴのような香りから、どんどん別の複雑な香りに変化していき、それだけで口に含む前から期待が募る。そして喉を通る際の滑らかなテクスチャ、豊潤という言葉が似合う膨らみのあるボディ、後から鼻に抜けてくる香りの複雑さ。モルトやワインを語る言葉として"官能的な"という形容詞がよく使われるが、このモルトの魅力はまさにそう語るにふさわしい。モルトやワインを"官能的"と表現するのは実はあまり好きじゃないのだけれど。

 このSIGNET、ビル・ラムズデン博士の理想の一つしてリリースされたものの、製法は公開されておらず、謎や神秘性を強調した売り方をしているらしい。その中で、公に公開されている製法の秘密は以下の5つとなっているそうだ。

・グレンモーレンジの最も古く、最も希少なウイスキーをブレンド
・深焙りした「チョコレートモルト」を含む、希少な原料を使用
・グレンモーレンジが所有する単一畑のモルトを使用
・グレンモーレンジが特注したデザイナー・カスクで熟成した原酒を含む
・ノンチルフィルターで、アルコール度数46度

 それともう一つ、このモルトは同一の製法だが熟成年数の異なるモルトをヴァッテッドして作られているらしい。ということは、30年の原酒も使われているが10年か、あるいはもっと若い原酒も含まれているということ。それがこのシグネットの画期的なところだそうだが(といっても元々ブレンデット・ウィスキーはそういった作り方をする)、それがこのモルトの熟成されたテクスチャやボディに若々しく華やかな香りが同居する見事なバランスを生んでいるのではないかと感じた。実に魅力的なモルトだ。

 日吉の最後の夜にこの一杯に出会えたのはとても嬉しかった。これだからバーに行くというのは面白いのだ。この一杯をこの9年間のご褒美として、明日からはまた生まれ故郷新潟にて、心機一転頑張っていこうと思う。

 さよなら日吉。さよなら渋谷。またいつか。