2014年2月9日日曜日
佐村河内守ショック - それでも音楽に罪はない
ところで、昨年の2013年8月13日、自分はこの佐村河内守氏の交響曲第1番『HIROSHIMA』をりゅーとぴあで実演で聴いている。演奏はもちろん大友直人指揮 東京交響楽団。この曲はこのちょっと前から大きな話題になっていて、自分はあまり話題になりすぎると引くタイプなので、少し距離を置いて遠巻きに眺めていた。曲を聴いてみることもなかったし、Nスペは録画はしたものの見ていなかった(これを書いている現時点でもまだ見ていない)。そんな調子だったのだけど、話題になっている現代の作品がこの新潟で演奏されるなら一つ聴いてみようか、コンテンポラリーな空気を生で感じてみようかと、このコンサートに行ってみることにしたのだ。それもどうせここまで聴いてこなかったのだから、いっそ世界初演を聴くつもりで聴いてみようと、それから一切の予習はなし、当日も事前にパンフなどは読まずに、できるだけまっさらな状態で臨むことにした。当日の感想はTwitterに連投してあるので引いてこよう。
これから始まる交響曲第1番『HIROSHIMA』のコンサート、急遽作曲者である佐村河内守氏も立ち会われることになったとのことで、新潟の観客に向けてメッセージが出されていた。作曲者が同じ空間にいるという緊張感は素敵だ。 https://twitter.com/ayumnote/status/367144265429692416/photo/1
佐村河内守 交響曲第1番『HIROSHIMA』新潟公演終演。りゅーとぴあであそこまで盛大なスタンディング・オベーションは初めて見た。ざっと目勘でも軽く観客の半分以上が立ち上がっての盛大な拍手。新潟でこれほどのスタンディング・オベーションが起きるのはちょっとした事件だと思う。
佐村河内守 交響曲第1番『HIROSHIMA』、これまでCDでもTVでも聴いたことがなかったので、本日の新潟公演でいきなりの実演。聴いてみた印象はとにかく重苦しい曲。最初から、最後クライマックスで長調に転調する時まで、ほぼ絶え間なくコントラバスが呪詛のように低音の持続音を奏でる。
この低音の不吉な持続音が、広島の苦しみ、困難を象徴的に表しているのだろう。この絶え間ない重苦しさが、常に音楽の裏で耳につく。実に80分のうち70分くらい。後半は「もうやめてくれ」と感じるほどに。もしかしたらこの持続音は、佐村河内守氏自身が苦しむ耳鳴りとも重ね合わされているのか。
そのバッソ・オスティナートどころじゃない持続音の印象と、もう一つ強く心に残るのが、各楽章で一回ずつ鳴らされる鐘の音。佐村河内守氏によれば「同じシの鐘の音が、まわりの音によって」各楽章ごとに運命の鐘に、絶望の鐘に、そして希望の鐘に、聞こえるという、その鐘はやはりとても印象的に響く。
そして最終楽章、ようやく重苦しい持続低音から解放され、安らぎや希望の優しい旋律を弦が奏で始める。その後対位法的な複雑な絡みを経て、最後壮大なクライマックスへ。執拗に苦しみが続いたその分だけ安らぎと希望の意味は大きい。演奏終了と同時に沸き起こる大きな拍手喝采。凄い盛り上がりだった。
終演後、作曲者である佐村河内守氏が招かれてステージに上がると、新潟では実に珍しいスタンディング・オベーション。それも数人程度ならたまに見るが、実に観客の半数以上が立ち上がっての讃辞。新潟県民は恥ずかしがりなのか、普段スタンディング・オベーションなんてほとんど起きないのに。
佐村河内守氏は、新潟での交響曲第1番『HIROSHIMA』の公演に合わせて、当初多忙と体調不良で来場を諦めていたが、それでも何とか直前の8月9日に急遽来場を決めてくれたという。開演5分前、客席に現れた氏を、観客は拍手で迎えた。作曲者と同じ空間を共有できる幸せは現代音楽ならではだ。
佐村河内守作曲、交響曲第1番『HIROSHIMA』。正直聴くのは楽じゃなかった。あまりに重苦しく、随所に現れる美しい旋律さえその重力に引き落とされ、まるで苦悩を追体験させられるよう。でも、だからこそ最後の救いが希望に満ちて響く。作曲者と空間を共有できたことも含め、よい体験でした。
上記のように佐村河内守氏も来場した中、自分を含む新潟の聴衆はいつになく熱気をもって、この公演を迎えた。新潟で見かけるのは本当に珍しい大勢のスタンディングオベーション。座っていた客席から立ち上がって、振り返って何度もお辞儀をしていたあの佐村河内守氏が作曲者本人であると、当時は疑ってもみなかったのだけど。結果としてこの「作曲者とも空間を共有したコンテンポラリーな音楽の現場」という自分の高揚が今回の騒動で裏切られてしまったは正直寂しい。これだけ連続でツイートしていることからもわかるように音楽自体には感銘を受けたのもまた事実だったし、作曲者と同じ空間でコンテンポラリーな音楽を堪能したという体験に高揚感を覚えていたのも事実だから。予習は控えていたとはいえ、自分の感想にもかなり事前情報によるバイアスがかかっているのもまた正直否めない感はあるけれど。
ここで今回の騒動に関する自分のスタンスを明確にしておくと、佐村河内氏が行ったことは明確に詐欺であり、その音楽を受容した人達や広島の人達、そして聾の人達に対する、まさに背信という言葉通りの所業だと思っている。偽りで固められた物語で音楽を売り込む、だけならまだ許容できなくもないが、広島や障害者といった特定の層が望むと望まざるとに関わらず持っている物語まで巻き込んで、それらに対して信を偽ったことは許すに値しない。だから佐村河内氏や、ゴーストライターである新垣氏が、仮に刑事罰の対象となることがあるのであればそれはそれで仕方がないことだと思う。それだけのことをしたのだ。人が犯した罪はどんな形であれ人の罪だ。
ただ、この歪んだ共作関係の中で生まれた音楽達。それらの音楽には罪はない。だからこの騒動に関して色々な反応を追っていて、その中に「こんな詐欺師の作った音楽なんて聴く価値もない」みたいな意見を見かけると悲しくなる。どんな経緯で作られたものでも、音楽は音楽なのだから。それこそ人殺しの曲だって、恩人の妻を寝取るような破天荒な男の曲だって、少年に性的暴行を加えるような演奏家だって、時が経った今では普通に聴かれている。音楽自体に時を超える価値があれば。そこだけは明確に訴えたい。この点に関しては、『森下唯オフィシャルサイト » より正しい物語を得た音楽はより幸せである ~佐村河内守(新垣隆)騒動について~』という記事が自分以上に的を射た言葉で語ってくれている。この記事から引用させていただくと、
新垣氏のような作曲技術に長けた人が自発的にあのようなタイプの作品を書くことは不可能だった。なぜロマン派~ペンデレツキ風、みたいな書法の制約を自ら課すのか、という問いに答えようがないからだ。自分はもっと面白いことができるはずなのに。しかし、発注書があれば話は別だ。なぜそんな制約を課すのかって? そういう発注だからだ! わかりやすい。書法のことを置いておいても、現代社会において80分の大交響曲が生まれるというのはまずありえない。交響曲に必要とされる精緻なスコアを書くための知性と、交響曲を書こうという誇大妄想的な動機がひとりの人間に同居するというのは相当に考え難い状態だからだ。
佐村河内氏の誇大妄想的なアイディアを新垣氏が形にするという、この特異な状況下でしか生まれ得なかったあれら一連の楽曲とその魅力を、「全聾の作曲家が轟音の中で」云々よりよほど真実に近いだろうこの(小説より奇なる)物語とともに味わい、よりよく理解し、より正しく評価すること。それが、取りうる最も適切な態度ではないかと思う。
現代音楽では既存の書法で書かれた音楽は手垢のついた無価値なものとされるので、基本的にはそういった書法の制約を課した音楽というのは書かれない。多くの音楽家達が『HIROSHIMA』を稚拙と表現したのはそれが過去の書法の焼き直しでできていたからだ。けれど、現代音楽的な自由な書法で書かれた音楽は、往々にして一般の聴衆には馴染まないことが多い。というかほとんどだ。だから現代の最高峰の音楽的才能の持ち主が書いた曲を、一般の聴衆が耳にするという機会はほとんどない。その奇跡が、今回の佐村河内氏と新垣氏の歪んだ共作では生まれたわけだ。それは現代音楽から見れば言葉は悪いが妾の子かもしれないが、それでも一般のクラシックファンの中にも、例えばベートーヴェンやマーラーみたいに聴ける新曲を聴いてみたいなと思っていた人はいたはずで、佐村河内守名義の曲の数々は、そんな欲求にもある程度リーチしていたと思う。そして何より、新たな書法を開発しないといけないという現代音楽の定義からすれば古典的な手法は無価値かもしれないが、それが一定の層にリーチする以上、音楽とすればそれは無価値ではない。その価値を、正しく評価するべきだと思う。
中にはこの『HIROSHIMA』始め佐村河内守名義の音楽は、物語とともに売りだされたのだからその物語が崩壊した今、音楽なんて聴く価値もないと言う人もいる。でも、それもまた寂しいと思う。確かに物語は崩壊したが、音楽は残る。真の作曲者である新垣氏は、それこそこの虚構の物語とは関係なく音楽を書いていたわけで、そこから生まれた音楽は、少なくとも楽しめるかどうか天秤に乗せてみる価値はあると思うのだ。そして確かに、これはいい曲だと自分は感じる曲がいくつもある。逆に物語のマイナスイメージが強く作用する今こそ、音楽の力が逆に試される、感じられる時なのかもしれない。
佐村河内守名義の曲を過去にCDや実演で聴いて感動したという人で、今はもう感動できなくなってしまったという人も一定数いることだろう。少し悲しいことではあるけれど、でもそれは仕方ないことなのかなと思う。人が音楽や、あるいは他の芸術なり他の何かに感動するということは、その時の自分の心象風景の中にその対象と共鳴する何かがあったということだ。聴いた当時心の中にあった物語が実は虚偽だったと知った時、心象風景のその共鳴していた部分に変化が起きてしまえばもう感動はできないのだから。そういう人達は音楽というよりは物語のBGMとしての音楽を楽しんでいたのだろうと思うけれど、それはそれで否定はできない。音楽をどう受容し、楽しむかは人それぞれだ。
だからせめて、「自分はクラシック音楽が好きだよ」と自認する人くらいは、改めて佐村河内守名義で作られた新垣隆氏の音楽を聴いてみてほしいのだ。自分は物語とは関係なく、音楽が好きなんだよという人達に。『HIROSHIMA』の実演に接した時の自分がそうだったように、初演のつもりでとか聴いても物語は完全に消えてはくれないし、そこには既に今回の騒動という新しい物語が付与されているわけで、音楽自体を聴こうと言ってもあまり説得力はないのかもしれない。でもせめて、「詐欺師の音楽は聴くだけ無駄」ではなく、「現代音楽として稚拙で無価値」と切り捨てるのでなく、「どんなものかちょっと聴いてみよう」くらいの気持ちで聴いてほしいと思う。はっきり言おう。自分は実演で心動かされた過去の自分を擁護しているのかもしれない。でも、やっぱりいい曲はあると思う。『ヴァイオリンのためのソナチネ』とか、確かに書法的斬新さはないけれど、素晴らしい曲だと思う。今回の騒動で仮に人が抹殺されることがあったとしても、音楽まで抹殺しないでほしい。音楽に、罪はないのだから。
2013年11月23日土曜日
特定秘密保護法に警鐘
世界でも各国とも特定秘密保護法的な法律はありますが、日本と違って知る権利は尊重しています。政府による秘密の指定において知る権利や人権など配慮すべき点を示した「ツワネ原則」を見てみましょう。
ツワネ原則の重要15項目
1)国民には政府の情報を知る権利がある
2)知る権利を制限する正当性を説明するのは政府の責務である
3)防衛計画や兵器開発、諜報機関など限定した情報は非公開とすることができる
4)しかし、人権や人道に反する情報は非公開としてはならない
5)国民は監視システムについて知る権利がある
6)いかなる政府機関も情報公開の必要性から免除されない
7)公益のための内部告発者は、報復を受けない
8)情報漏えいへの罰則は、公益を損ない重大な危険性が生じた場合に限られる
9)秘密情報を入手、公開した市民を罰してはならない
10)市民は情報源の公開を強制されない
11)裁判は公開しなければならない
12)人権侵害を救済するための情報は公開しなければならない
13)安全保障分野の情報に対する独立した監視機関を設置しなければならない
14)情報を無期限に秘密にしてはならない
15)秘密指定を解除する手続きを定めなければならない
ほぼどれも守られていないです。あまつさえ重罰の対象となる漏えいも、他国が主に「外国、及び敵国への情報漏えい」を問題視しているのに対し、日本で制定されようとしている特定秘密保護法ではただ「特定秘密の漏えい」としているだけで、ただブログやSNSでそれに触れただけで処罰対象になる恐れさえある。これはいけないです。
国を守るためだの何だの理屈をつけても、情報統制以外の何物でもないこの法律。大戦中のような国に都合のいい情報だけを国民に知らせる情報統制が最悪のケースとして目に浮かぶだけに、この法律は看過できないなと感じております。
ちなみにツワネ原則、元記事はこちらになります。
2013年7月29日月曜日
桜木 紫乃『起終点駅(ターミナル)』
この作品は、六編からなる短編集だ。そこに出てくる人物は、皆何かしら後ろ暗いもの、決定的な欠落を抱えて生きている。『かたちないもの』では突如明確な理由も告げずに別れて離れていった恋人への、思いと最終的な死別であり、『海鳥の行方』では理不尽な上司との軋轢に苦しみながら、恋人の病にも何も思わない自分自身だったり、過去に殺人を犯した男の現在と最期だったりする。表題作『起終点駅』はかつての恋人との不倫の果てに、相手は自殺し、妻子にはその事実は何も告げずに離婚した男。『スクラップ・ロード』は中学生の時に父が蒸発し、片親ながらエリート出世コースを進んでいたもののその途中で職も婚約者も失ってしまった男。『たたかいにやぶれて咲けよ』、-----これはさすがに詳細は書かない方がいい。『潮風の家』は家族も捨てて天涯孤独な人生を送ってきた女二人の話。
こうして並べてみると、あくまでファンタジーではなく日常の物語ではありながら、テーマ設定はすべて重く、暗い。その中で、当然登場人物たちはもがきながら生きていくのだけれど、その誰もがひたむきで前向きなわけではない。その重く苦しい現実を、受け止めている人もそうでない人も、立ち向かっている人もただ流されている人もいる。その、簡単に希望や救いを拠り所にしない、乾いた叙事的な語りが、かえってしんみりと心に染みてくる。世界は、重いかもしれない。暗いかもしれない。そんな中、生きていればどうにかなるなんてこともまたないのかもしれない。そこで力強く、「でも生きるんだ」となるのでなく、ただ生きている人の姿が描かれていて、それが逆説的に物凄い説得力がある。人間いつだって前向きなわけじゃない。重く暗い現実に立ち向かえない時もある。でも生きている。もしかしたらひっそりと、立ち続けるくらいのことはできるかもしれない。そんな控えめなメッセージ。
作者の桜木 紫乃は直木賞の受賞者インタビューで、「一生懸命生きている人の口から幸せだとか、不幸だとかいった言葉を自分は聞いたことがない。そういった人達を自分は今後も書いていきたい」みたいなことを言っていた。なるほど、ここで描かれている人は幸せだとか、不幸だとか、そういったことではないのだなと思う。一生懸命生きているのだ。例え前向きに希望を見るような生き方でなくとも、重く暗い人生に、静かに自分自身を順応させるような生き方だったとしても、一生懸命、生きているのだ。その姿を、情に流されずに描くからこそこの作品は情に訴える。
だから、このオビに書かれていたコピー、「苦しんでも、泣いても、立ち止まっても、生きて行きさえすれば、きっといいことがある」というのは違うと思う。コピーライターが大して作品も読みこまずに書いた浅薄なコピーだなと、読み終わった今では憤りさえ感じるほどに。自分が同じ調子でコピーを書くなら、こうだろうか。「苦しんでも、泣いても、立ち止まっても、それでも、人は生きている。幸せだとか、不幸だとか、そんな言葉とは関係なく」。あくまで、希望や救いを簡単に拠り所にしないところが、この作品の美しさなのだ。生きていたっていいことなんてないかもしれない。力強く前を向いて「生きて行くぞ!」なんて活力は出ないかもしれない。でも、生きていくのだ。そんな等身大の、虚飾のない人間たちが、静かに淡々と描かれた物語。個人的には表題作『起終点駅』、そして『たたかいにやぶれて咲けよ』、その前編としての『海鳥の行方』は本当にすばらしい作品だと感じた。
2013年7月23日火曜日
2013年 参院選、ネット選挙の夜明け
そんな中、いくつかの政党や候補者は確かにネットで存在感を示し、まだ全体からみれば限定的ではあるもののネットの力をうまく味方につけることに成功した。政党レベルで言えば最大のネット選挙成功者は共産党だと思う。志位委員長の、政治以外にもクラシック音楽を始めとする文化に深い造詣を示すツイートの数々は、共産党の闘争・革命一辺倒の近付きがたいイメージを確かにある程度払拭した。そのイメージ転換は、今回の共産党の躍進に間違いなく貢献していると思う。
候補者レベルで今回ネット選挙を象徴的に表していたと感じるのは山本太郎氏と三宅洋平氏。山本氏はネット上でも賛否両論で、熱烈な応援運動と同じくらいの落選運動が交錯していた。その渦の中でもまずは「ネット上で話題になった」ことそのものが、氏の知名度を上げ、最終的に得票、当選につながったように思う。
もう一人、緑の党の三宅洋平氏は失礼ながら元々はさして有名でもないミュージシャンがネットで話題になって、Twitter上で演説動画の拡散やボランティアの文章書き起こしが出てきて一気に広がった。氏を応援する層がTwitter上でどんどん動画や書き起こしのテキストを拡散していくのを見て、ネットの拡散力の強さをまじまじと感じたものだ。最終的に比例でみんなの党や共産党の比例トップ当選者を上回る17万票を得たから凄い。三宅氏の場合は党全体の得票数が足りなかったため、それだけの票を集めても当選はできなかったのがご本人にとっては残念なところだろう。
逆にネットを積極的に利用しながらも、その失敗例を教えてくれたのは自民党の伊藤洋介氏だ。氏はネット選挙で合格するという意気込みで、いわゆるドブ板よりもネットでの発信を重視。毎日動画での演説配信や、浜崎あゆみやSAM、ホリえもんといった有名人との対話・写真をアップしていくことで知名度のアップと得票を狙った。だが、文化人・有名人を利用したネットでの積極的な情報発信は、確かに知名度を上げたのかもしれないが、氏の場合それが最終的な得票にはつながらなかった。それは何故か。一つにはTwitterでYuco氏が言っていたようなことが確かにあると思う。
いくらネット選挙といっても、社会起業家とか文化人とか、社会の上澄みみたいな人たちがネットで応援するだけではダメなんだろうなー。彼らがブログやtweetで応援しても、それを見ても見なくても同じ人に投票するような人までしか届かない。ネットはクラスタを超えない。
例えば浜崎あゆみのファンがある政治家を応援している投稿をブログか何かで見たとして、そのファンがその政治家を応援するかというとまた別の話だ。そのファン達に一度は名前を目にされるだろうが、大体は「ふーん」で終わってしまって、それ以上の拡散はしないだろう。政治家の名前を目にすることと、そこから目にした人が自主的にその政治家の情報を拡散してくれることの間には大きな壁がある。だから、「ネットはクラスタを越えない」。
対して山本太郎氏や三宅洋平氏は、ネットよりもまず地道なドブ板を猛烈に繰り返していた。特に三宅氏は「選挙フェス」と称して、街頭ライヴと演説を織り交ぜるような独特な手法で、道行く人をどんどん足止めしていった。その聴衆の中から自主的に「この人を当選させたい」という人が現れ、動画の拡散が始まり、スピーチをテキストに書き起こすボランティアが生まれ、その熱意は簡単にクラスタを越え、どんどんネットに広まっていた。
ネットの最大の武器は拡散力だ。だがその拡散力は、結局のところ候補者が有名人・文化人の虎の威を借る形で情報発信するだけでは起動しない。やはり最終的には人なのだ。人の心を動かして、ネットユーザーに「拡散しよう」という気を起こさせなければいけない。その拡散の萌芽は、今回の選挙戦では主にリアルから始まっていた。ネット発の発信でなく、リアルで触れ、心動かされた人達が、その動きで生じたエネルギーをネットに持ち込んでいった。そしてリアルからネットに情報が移され、拡散の萌芽が生まれた後は、ネットのもう一つの武器である双方向性を活用して、その萌芽を丁寧に守って育ててあげないといけない。唯一共産党だけは、リアルのイメージの払拭という形でネットでの情報発信が先行する形になっていたが、その共産党も、ネットで反応があった際は意外なほど細やかに丁寧な対話を行っていた。三宅氏もネットでの拡散が始まってから、その支援者には丁寧な対応をし、細やかにリツイート等で自身の情報拡散を行っていた。やはりネットの利用者(この場合は候補者)が、一方的な情報発信のツールとしてしかネットを見ないのであれば、ネットが持つその強力な拡散力も発揮されない。これは見ていて強く感じたことだ。
もう一つ印象に残ったのは、ネットにおける落選運動というのは応援運動ほどには拡散しないなということ。これは心理的なものなのだろうが、やはり人間は人を貶めるのにはある程度の覚悟がいるもので、何となく流れてきた落選運動の情報(当然、対象となる候補者のマイナスイメージが書かれている)を見て、ある程度はその通りだなと思ったとしても、自分が主体となってその人の悪口を言うにはやはりそれなりの覚悟がいる。熱心な人ならまだしも、それなりにしか選挙を考えていない人、それなりにしかその候補を落としたいと思っていない人は、マイナスイメージの拡散を躊躇する場合が多いのだろう。だからか、山本太郎氏も結果的には落選運動より応援運動の方が優勢だったし、ワタミの落選運動も激しかった割に結局最後には当選した。人を呪わば穴二つ。人を貶める噂はネットでも広がりにくいのかなと感じた。
ようやく日本でも解禁されたネット選挙も、実際に現場で開票に関わっている複数の人から「ネット選挙の影響は感じられない」という声も聞いた。ただそれは、投票所での開票という"場"の問題なのではないかと思う。投票所は必ず特定の土地にローカライズされているから、そこで開票作業をしているとその土地の有力団体票はまとまって入ってくるからどうしても目立つ。対してネットは土地に縛られないロングテールで、特に比例では全国に散らばった影響者の票を広く細く拾うことになる。だから各投票所レベルで見れば票数は必ずしも多いわけではなく、地元の組織票ほどは目立たない。投票所でネットによる変化がまったく感じられないというのはそういう理由もあると思う。大きなイオンができて人の流れが変われば目立つけど、Amazonが地元の書店を無言で駆逐しても目立たない。そういうことだ。ただ今回はネットの影響はまだ限定的で、地元を駆逐とまではいかなかったけど。
ネット選挙元年、まだネットが目に見えて大きな影響を与えたとは正直言い難い。今回ネットで話題となった山本氏、三宅氏、伊藤氏といった面々は自分とは肌が合わない候補者だったのも個人的には少し残念だ。けれど、確かに新しい動きは見られたし、可能性は感じた。地盤、看板、カバンと呼ばれた旧態依然の選挙態勢が、今後ネットでどのように変わっていくか。それは結構楽しみだ。
2013年7月15日月曜日
ニーチェの馬
『ニーチェの馬』、この映画が始まるとすぐ、先に紹介したニーチェのエピソードがナレーションで流される。そして白黒の画面で延々と長回しで映される、父親が疲弊した馬車を引く姿。この映画は、この父親と娘の六日間を描いた物語だ。物語といっても、基本は単調な生活が延々と、記録映画のように映されていくだけ。音楽もたった一つ、古い闇の底で沈殿して蠢いているような重苦しい低音が、控えめに流れているだけだ。土煙を上げ、木の葉を激しく舞わせる嵐の中、起きて、着替えて、水を汲み、たった一つのジャガイモを食べる。そんな単調な繰り返しの日常が描かれる。
とりあえず、普段映画というとハリウッドという人は観れない作品だ。何しろ最初にナレーションが入った後、20分程は台詞が一切ない。白黒で叙事詩のように描かれる単調な日常。ようやく来訪者があるのは60分過ぎとなる二日目。でも物語は突然動くわけではない。その男は「風で街は終わってしまった」という。だがその話に父親はとりあわない。三日目に井戸水を狙って訪れた流れ者たちは「アメリカに行く」と言う。
そして四日目、いつもの単調なルーチンの中で、とうとう決定的なことが起きる。井戸水が枯れるのだ。嵐が吹きすさぶ荒野の一軒家であるこの家庭は、当然その井戸水がなくては生きていけない。親子は、引越を決意し、荷物をまとめて家を出る。木の葉が水平に舞うような嵐の中、一本だけ木が生えた不毛の丘が、ロングショットで延々と映される。馬を連れて、荷車を引き、丘の向こうに消えていく親子。その後も余韻をなびかせるように、延々とその景色が流れる。このまま、終わるのかなと思っていたら、丘の向こうから親子が帰ってきた。そして元の家に戻っていく。水がなければ、その場所では生きていけないのはわかりきったことであるのに。二日目の男が言っていた、「街はもう壊れた」というのは本当だったのだろうか。家に着き、荷解きも終わった後、家を外から映したショットで、悲愴というのでもない、諦観というのでもない、悲観的な無表情とでも言えばいいのか、そのような顔で窓の向こうに写る娘の表情を少しずつズームしながらまた延々と映す絵が、空恐ろしく記憶に残っている。
その後、五日目には外の明かりが消え、ランプの灯すら点かなくなる。世界から、明りが消える。六日目には、火がないのでゆでることもできない、生の堅いジャガイモで、暗闇の中で食事をしようとするシーンを最後に、映画は終わる。暗く、静かに、ある意味で、無表情に。死と向き合う闇の中で、それでも「食べなければいけない」という父の台詞が、そうでなくとも寡黙なこの映画における最後の言葉だ。
けれども、そもそも彼らは何故「食べなければいけない」のだろう?もっと言えば、何故生きなければいけないのだろう?映画中でも延々と、何度も繰り返された単調な生活。その絶望的な単調さは、その後生きていたとしても変わらないだろう。悪い言い方をすれば、変化や、進歩から遠い、ただ単調な暮らしを続ける彼らに、最初から生きる意味などあったのだろうか?それでも光すらなくなった最後のシーンで、静かに、当然のように生きようとする父の台詞。死と向かい合う人間の尊厳がこの映画のテーマとしてよく言われるようだけど、個人的にはもう一つ、「生きる」ということそのものの価値への懐疑、正確には「生きることに価値を見出すことへの懐疑」が、隠れているのではないだろうか。生きることに価値があるかないかなのではない。生きるのだと。そもそも、価値とはある基準があって初めて生み出されるものなのだから。むしろ価値にこそ本当は価値などないのだと。難しい映画だ。
四日目まではとにかく、日々のルーチンがそれこそ冗長で退屈なほど繰り返されるこの映画。それでもそのルーチンを、毎回映像として違う角度で切り取って見せ、またその絵がすべて、そのまま静止画のショットとしても非常に美しい、繊細で叙事的で、静けさと単調さが小さな声で呼びかけてくるような絵になっている。だからこそ、一度引き込まれてしまえばその絵の力で単調さにも耐えられる。そして毎日、一つずつその単調さからパズルのピースが抜け落ちるように大事なものが一つずつ消えていき、最後には光すらなくなるその重苦しさ。そこから問われる人間、生。非常に、何というか、無言になる映画だ。これほど印象深い映画はなかなかない。モノクロの灰色の世界に魅入られて、その灰色の空気の中で思考まで灰色に染まるような、そんな映画だった。
2013年7月14日日曜日
木下大サーカス
で、実際に行ってみるとこれが楽しい。本格的なオープンの前から男女ペアのピエロが出てきて、大きなバルーンを客席に投げてキャッチボール(?)をしてウォームアップ的に観客をかまってくれる。いざ始まると、大音響のBGMと、次々息をつく間もなく展開されるショーの連続で、あっという間に時間が過ぎていく感じだった。子供らも結構はしゃいでいて、特にシマウマやキリンが出てきた時なんて下の子は飛び上がって大喜びしていた。上の子も空中ブランコなど楽しそうに眺めていて、ゾウが二本足で立って(おしっこを漏らしながら)歩いてくる姿に悲鳴を上げながら笑ったり、わかりやすい面白さは子供にも大人にも楽しいものだなと。
やっぱり上手なのがショーのつなぎ方で、下で芸をやっている間に次の空中ショーの準備をしたり、大規模な舞台転換が必要な間は冒頭に出てきた二人のピエロがコントかまして、その間に用意をしたり。とにかくうまいこと観客の視線・注意を転換が必要な部分から逸らした上で静かに準備を進めて、ハラハラや笑いが途絶えないように細心の注意が払われているのです。これは観客の側の心理まで含めて、よく考えられているなぁと。
総じて、あれは楽しいものですね。子供はもちろん、大人まで、観ている人を飽きさせないよう細部まで工夫が凝らされたエンターテインメント。子供騙しで終わらない、ファンタスティックな妙技と演出で、ピエロの笑いも含めて堪能できました。新潟の片隅に組み上げられたテントの中という一時的で限定された空間で、二時間だけ現れる非日常の夢の国。難しいことは全部忘れて、ただ楽しめばいいというその時間・空間は実に祝祭的で、いいものだなと思いました。次に来るのは、また10年後くらいなんでしょうかね???
2013年7月8日月曜日
ひそやかに15周年
Twitterというのは確かに便利なサービスで、日常の中で感じたその瞬間単位の思考をパッと投稿できて記録できるというのはブログとはまた違った指向のツールだなと感じています。散文的、あるいは短歌的とでもいいましょうか。連続してまとまった思考を表現するには足りないが、思考がまとまっていく過程、あるいは思考にまで辿り着かないただの雑感を記録・表出していくツールなのだと感じます。
かつてはこの雑記帳にもそういう「過程」の記録の意味も含ませていました。大学時代などは日々の記録、過程も含めた記録として、生の思考をここで書き遺していました。でも今はそういった瞬間的な思いを書きつづるのはTwitterに移行して、この雑記帳ではよりまとまった、140文字×いくつかの範囲では収まりきらないまとまった思考・文章を残す場として使っていきたいなと考えております。だから、更新頻度は少なくなるでしょう。でもより練った形の思考や文章、あるいは交流も多くなってきたTwitterではちょっと書きにくいような意見なんかを、こちらで出していければいいかなと思っています。ひとりごとのはずのTwitterで交流が盛んになり、情報発信のはずのブログがひとりごとみたいになるとは皮肉なものだなとは思うのですが。
ともあれ、ひそやかにこの雑記帳も15周年。訪れてくださる方々への感謝とともに、今後もこの雑記帳は静かに歩み続けたいと思います。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。