2000年8月30日水曜日

呪いの人形

 今日はBOXを出た後、皆で小松原児童公園でおそらくこの夏最後になるであろう花火をしていました。ですが、我々は控え目な花火でチョロチョロと楽しんでいるのに同公園で盛大な打ち上げ花火やらトンボ花火やら上げまくって騒いでいる連中がいる。実にやかましかったのです。そして微妙にトンボ奪ってきたいなぁと思いつつ我々が最後の締めに線香花火を皆で暗く輪になって座ってやっていた時、後ろから声をかけてくる人物がいました。・・・警官です。

「ここ一応花火禁止なんだよね。小さい花火だけど、近所から110当番通報あったし、悪いけど片付けてくれるかな。」

 その警官はそう宣いました。いや、花火禁止の所でやってたのは悪いけど、でも110当番通報の原因作ったのは俺らじゃねーだろ!? と思ってもう一つのグループの方に目をやると、なんとタイミングよく丁度静かになっていた時で、警官も気付かずおとがめなしです。間違ってる!!! 何かが間違ってるぞ世の中!!! そう思いつつも仕方がないので我々も撤退し、残った線香花火を消化する舞台としてウチの近くのグランド付き公園を選定し、そちらへと向かいました。そこに強烈なお迎えが存在しているのを知らずに・・・。

 それを最初に発見したのはりとりとでした。いや、にらめっこという噂もぎぃちゃんという噂もありますが、第一発見者は特定できずとも、ぎぃちゃんはそれを見つけるなり思っくそ蹴っとばしたという事実は確かでしょう。あの、呪いの(というかきっと呪われているに違いない)人形を。それは赤い服を着ていました。サンタさんのような格好でした。それは女の子の人形でした。ブロンドの髪をしていました。結構大きい人形で、やけに儚い曲調のオルゴールもついていました。オルゴールは鳴るのです。鳴ると首が回るのです。焦点の合っていない、人形の目が宙をゆらゆら彷徨うのです。ゆっくり首が回るのです。首の落ち着いていない乳幼児のように、いや、力をなくした死人の首のように。そして冷静に曲に耳を澄ますと、ギィギィと音が聞こえてきます。それは首が軋む音でした。ゆらゆら回る、人形の首の、確かに軋む音でした。それは「ぎぃちゃん人形」と名付けられました。BOXに持ち込もうとする人間がいましたが、明日以降BOXに現れカナモリのライバルになるかはまだ謎です。きっと夜勝手に動きます。ひとりでにオルゴールが鳴り出すに違いありません。あれはきっと呪われてます。どっとはらい。

2000年8月28日月曜日

無題

 どうもここ数日日記の更新ができませんで申し訳ありませんでした。飲み会やら何やらで結構忙しくしていたもので。しかも何か微妙に体調がよろしくない。よって今日も申し訳ありませんが控え目な更新で終わらせていただきます。

 絶望という言葉は、何故こんなにも軽くなってしまったのだろう

2000年8月24日木曜日

2人のクレージーな1回生のために

 今日BOXに行っていたら、いつもの某1回生から凄まじい依頼を受けました。12月の1回生会で弾くのに一曲何か作ってくれというのです。それも重奏のヤツを。私も私で引き受けたもので、依頼通り「イ短調のあやしい曲」の作曲に乗り出したわけです。BOXでそのテーマだけ(非常にあやしいものを)作って既に発表し、好評を受けてきたわけですが、家に帰ってからそれをさらに発展させて途中までのプロトタイプを作ってみました。それがこの仮題『OBSTINATO -2人のクレージーな1回生のために-』です。今回はダウンロードではなく、MIDI形式でクリックすれば聴けるようにしてあるので興味のある方はタイトルのところをクリックしてみてください。この曲はその仮題通り(「OBSTINATO」は『舞踏礼讃』からいただいた表記で、意味は「執拗に」)ひたすら繰り返されるあやしい低音旋律と、曲の展開を示唆するこれまたあやしい不協和音を軸に、「なんでこんなんなんだぁっっっ!!!」と叫びたくなるような上の旋律を乗せてみました。上の旋律はあやしいとは限りません。「何故この低音にこの旋律が?」という意味不明という点でも狙っています。しかし少々遊び過ぎたので、気に入らないようなら作り直しますよ>依頼者の某1回生 どうせまだ途中までしか作ってないし。


2000年8月22日火曜日

2000年8月21日月曜日

新潟酒自慢

 今日は新潟の我が家から車で一時間以内に行けるお酒スポットをご紹介しましょう。要は地元自慢です。新潟は田舎ですが、食い物飲み物だけは色々美味しいのがあるのです。

 まずは原発建設に関する住民投票で全国的に有名になった巻町から。ここには新潟で収穫した葡萄を原料に、本場真っ青のワインを作っている『Cave D'OCCI』(つづり不祥。『カーヴ・ドッチ』と読む)があります。赤・白とも何種類かのワインが若いのからビンテージものまで置いてありますが、ここのワインが美味しい。そしてワインに合う料理を提供する、酒蔵を作り替えたちょいと小粋なレストランもあります。以前もここのワインを京都に土産として持って帰り皆さんの好評をいただいたことがありましたが、今回もここのワインを土産の一つとして持って帰ります。前回赤だったので今回は白を。辛いのは今回遠慮して甘口のビンテージワインを一本持って帰ります。確実に飲みたい方は他の人に飲まれる前に私に声をかけてください。

 そして我が白根市のお隣加茂市の酒造で作られる清酒『升鏡(漢字は変換で出てこなかったので諦めました)』。これも美味しい。これも今回土産として一升持ち帰る予定ですが、いわゆる標準品か別撰クラスのものにするかは未定です。他にも『加茂錦』も確か加茂だったはずだし、新潟には他にも『八海山』や『雪中梅』、有名な『越の寒梅』など美味しい日本酒はたくさんあります。しかも安い。新潟では『越の寒梅』の別撰クラスが一升2,500円くらいなのに、京都で見かけたら標準品が8,000円くらいしてた・・・。プレミアとは恐ろしいものです。

 そして私が通っていた高校からチャリで10分かからないような場所にあるジャズバー『だんちっく』。ここは自称『世界一狭いバー』で、確かに狭いのですが、素晴らしいウイスキーを置いています。『タプローズ』という名のそのウイスキーは、瓶単位では輸入できずに樽単位でしか輸入できず、しかもその輸入が近年難しくなったそうで市販では絶対手に入らず、店でも置いているところがほとんどない幻のウイスキー。味も香りも豊かで濃いのに全然きつさを感じさせず、飲むものをその豊穣の世界へと誘ってくれます。瓶では売れないので市販では手に入らず(状況は少し違うけど市販で手に入れにくいという点では『マッカラン』も一緒。が、これは大概のバーで普通に飲める)、私の知る限りここでしか飲めない幻のウイスキーです。そしてその近くにある姉妹店『Sato's Bar』もかなりいけてます。マスター自身現在も活動を続けているジャズピアニストなのですが、ここはカクテル中心で珍しいウイスキーも少々という店。カクテルの味には定評があります。私は『サイドカー』のみ飲んできましたが、やはり美味しかったです。ここのマスターお勧めの『バルベール』というスコッチ系のウイスキーも。

 そして最後にまた巻町。『エチゴビール』です。日本地ビール第一号店で、開業して世界地ビールコンテストに応募しフルーティな白ビール『ベルジャン・ホワイト』と渋みとコクの黒ビール『スタウト』が世界コンテストの金賞と銅賞をそれぞれ受賞して以来、毎年同コンクールで何かの賞を奪取しているという鬼の地ビール。ウイスキーのように数年寝かせて作った古酒ビールも二種類あり、その様々な味わいのビール達はビールというものの概念を根底からくつがえしてくれます。ビールは「苦い」でも「喉ごし」でもなんでもなく、本当に味わって「美味しい」のだと思えるここのビールは、わざわざ新潟まで来てでも飲む価値はあると思います。私は個人的にプレミアキャンペーン(?)の限定醸造ビールの郵送を注文するつもりで用紙もらってきましたけど。ここは絶対のオススメです。併設されたレストランの料理もとても美味しいです。

 以上、地元自慢でした。

2000年8月20日日曜日

高校を訪れて

 今日は日中は相変わらず部屋でギターを弾きつつ漫画を読んでいて、夕方涼しくなることになって「久しぶりに高校時代の通学路を通って自転車で三条まで行ってみよう」と思い、懐かしい道を自転車でのんびりと走りながら高校まで行ってきました。夏休みの高校は開いてはいますが、もう夕方遅くになり図書室も閉まっている時間になっていただけあって人気はまったくなく、おもわず中まで忍び込んで思い出の場所に足を運んだりもしました。高校時代私と仲間達のたまり場になっていた狭くて暑苦しく男臭い卓球部の部室や、やたらブラックで人間不信に陥らんばかりのハードな冬を仲間とともに過ごしたJRCの部室、微妙に切ない思いもよぎる音楽室など・・・。知る人ぞ知る、かつて雑誌『Toward Evening』で私が連載していた連作短編『Missing Fields』に登場した音楽室のモデルです。ちょうど夕暮れの時間帯だったこともあり、久しぶりにあの窓から見る夕焼けを眺めてきました。おかげでかなり感傷的になりました。涙が出そうなくらいに。ちょっとね、あの場所には若く青い日々の思い出が・・・。そして音楽室の前に置いてある移動式の黒板に、何か足跡を残そうと思って私はチョークでとある言葉を書いてきました。まぁ他にも若い台詞が色々書いてあったからO.K.でしょう。間違っても「ayum参上!」とか書いてませんから。何を書いたか、そのヒントは『コバヤシタケシ』です。私が高校の頃流行っていたあの曲のあの台詞をね・・・。

 そしてデパートまるよしの前に行ったら24時間テレビの募金が。私が仲のよかった仲間はJRCに入っていて、そのツテで私も何度かそういったボランティア系のイベントに出ていたので知っているのがいるかなと思ってみていたら、いましたいました。私の高校時代の仲間が一人と、そこで知り合った仲間が数名。久しぶりに色々積もる話などして帰ってきました。