2004年1月16日金曜日

心が引き込まれる音楽『ザ・ケルン・コンサート』

 ジャズバーでキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』を聴いた。正月のことだ。両親は普段はジャズなどあまり聴かないくせに(もっぱらクラシック。まぁジャズもLPはそれなりに持っているのだが、かけられているのを聴いたことはほとんどない)、何故かウィスキーの品揃えがいい小さくて落ち着いたジャズバーを見つけるのがうまい。大学に入ってから、帰省したり両親が京都に来た時なんかには、「飲みに行くか」といってジャズバーに連れていかれるようになった。京都では『厭離穢土』だったし、新潟では『だんちっく』という店だ。『だんちっく』は三条の本寺小路の裏側、通っていた高校から自転車で5分程の所で、こんなバーがこんなところにあったのかと、初めて連れていかれた時は正直驚いたものだ。看板に自ら「狭いバー」と書いてあるように、カウンターがメインでテーブルが1つだけ、詰め込んでも15人は入らないなぁという小さな店で、暖色の控え目な灯と木のカウンター、そしてその向こう側に並ぶウィスキーの瓶に白髪混じりで割腹のいいマスターと奥さん、どれをとってもいわゆる一昔前の典型的なバー。『タップロウズ』という、樽単位でしか流通しない上そもそも日本に入ってくる量が少ないため一般の店ではなかなか揃えられない良質なウィスキーが置いてある。そこに両親と弟と、4人で行ってウィスキーを飲んでいた。そしてそこで流れてきたのがキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』だった。

 バーというのは静かな店でもやはり独特の喧噪がある。人が集まって喋るわけだから当然なのだが、そうなると自然流れている音楽はBGMとして後ろに下がってしまい、ジャズバーで流れているジャズですら意識的に耳を傾けていないとすぐに周囲の喧噪の一部になってしまう。4人も集まってテーブルで話しているのならなおさらだ。ところが、この『ザ・ケルン・コンサート』の最初のフレーズは、まるで周囲の音をすべてすり抜けてきたかのように、突然、だけれども自然に、耳に飛び込んできた。ジャズとしては決して多くない、伴奏なしのピアノ独奏。ゆったりと、透明に響くピアノの旋律。一瞬で耳が釘付けになった。少ない音数が互いに響き合うように始まった演奏は、時が進むにつれ自由に形を変えていき、透き通った冷たい夜の空気が匂わすような叙情性を抱えたまま、時に明るく響いてみたり、時に悲しく歌ってみたり、感情を昂らせたり鎮めたりしながら進んでいく。いい曲だな、と思った。どこかで聴いた気がするな、とも。

 ウィスキーのおかわりを注文するのを口実に、マスターに曲名を聞いた。CDのジャケットを持ってきてくれたマスターからは、「曲名はないんです」という答えが返ってきた。キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』は、彼が行った完全即興のソロ・コンサートのライブ盤で、即興だから曲名があるわけではないとのこと。なるほど、CDのクレジットにも、演奏された日付と場所しか書かれていない。完全な即興。それでこれだけ印象的なフレーズが編み出せるものなのかと正直驚いた。

 社販で買った『ザ・ケルン・コンサート』のCDが手元に届いたのは数日前だが、平日はさすがにゆっくりとCDを聴く時間などなかなか持てない。やっと落ち着いて聴けた。店で聴いた音楽というのは、その店の雰囲気や居合わせた人の空気といった要因がどうしても強く、改めて一人で聴いてみると店で聴いた時とは印象が変わることが少なくない。このCDはどうだろう、と少しドキドキしながらプレイヤーにかけた。だが、記憶の印象を裏切られるかもしれないという不安はまったくの杞憂だった。出だしのフレーズはやはり心に残る印象的なものだった。そしてその後の即興・変奏に至っては改めて静かにゆっくり聴くことでさらに素晴らしいものに思えてきたし、そのインプロヴィゼーションに感服せざるを得なかった。特に1曲目の最後だ。

 一旦静かに落ち着いた曲の流れの中、少し間を探るようにハープを流しているかのようなチャララララ~ン、というフレーズが何度か奏でられる。そして次第にその中から少しずつ新しく美しいフレーズが生まれてきて、さらにその中から、また後ろの方でもう1つ新たなテーマの種が奏でられ始める。最初に生まれた非常に美しいフレーズが曲を神々しく盛り上げていく裏で、後から生まれた明るく生き生きとした躍動感を持ったテーマが少しずつ成長していき、いつの間にかテーマの重みが入れ替わり新しい明るいテーマがメインとなってアップテンポに盛り上がっていってクライマックスを迎える。それは、これまで聴いた中でもっとも美しい音楽の1つだった。透明で、響きの中に満ちた深い哀しみが神々しさすら感じさせる旋律の中から、新たにもう1つ、今度は明るく前に進んでいこうとするような力強い旋律が浮かんでくる。叙情だけで終わらず、希望だけに尽きず、押し付けではなく、暗がりから前へ。キース・ジャレットの演奏には、そんな心を引き込む力があった。心が引き込まれる音楽。ジャズは門外漢なので、正直ジャズがどうこうと語ることはできない。けれど、このキース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』は本当に理屈抜きで素晴らしい。音楽とはこうありたいものだという形がここにある。

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