1999年6月29日火曜日

残り火

 独重は終わったものの、精神のスイッチは未だ切れず。ちょっと時間があると、何故かBOXに足が向いてしまうのです。今日も何故か11時にBOXを追い出されるまでギター弾いてました。やっぱ『大聖堂』いい曲だよね。わしゃ1回の頃からあの曲が弾きたくてここまでやってきたようなものだし。そろそろ私もこの曲に挑戦してもいいくらいの実力は身につけられたのでしょうか? まだ微妙に『大聖堂』には届かない気もしますが、そろそろ憧れに手を出そうかなとも思います。

1999年6月26日土曜日

独重終了!

 さてさて、とうとうやってきた独重奏会当日は、ホールに8時50分集合のところを8時半に起床(ねぼう)、慌てていそいで行ったら生ゴミの出してあるゴミ捨て場に自転車ごと突っ込むという実にシュールな始まり方をしました。しかも昨日から続く不調は午前中のリハではまったく回復の兆しを見せず、かといって腱鞘炎を抱えた左手で闇雲に練習するわけにもいかず、仕方がないのでのんびりと事態を静観しながら手が冷えない程度に30分おきごとくらいに軽く15分ほど練習というペースでやっていました。あまり当日に弾き倒すと去年みたいに本番でスタミナがなくなるという可能性もありましたしね。とまぁそんな感じで正直本番大丈夫かなと思っていたわけですが、嬉しいことに午後の通しリハの辺りから不調は脱却してきて、だんだんと調子が上向いてきたのでそれにともない精神的なテンションも上がっていって、いい感じで本番を迎ることができました。といっても最初の『セビリア』の時は結構緊張してて出だしをとちったりもしたのですが。この『セビリア』では黒のスーツ(上着付き)に黒のシャツと黒尽くめの格好で出ていって夜の匂いを漂わせてみました。「ホストみたい」との狙い通りのアンケート結果が返ってきましたね(笑)。まぁまぁ演奏の方はお互いのミスをお互いがカバーするという形で勢いだけは豪快にいけたのではないでしょうか。正直完成度的にはこれが一番不安だっただけにね。あれは決して全体の調子が悪かったわけではないです。第一部は重奏がメインでしたが、皆大きな舞台の中、多少の緊張はあってもそれに潰されることもなくよくやれたと思います。

 第二部のフラメンコステージは私は三部への調整と精神統一に入っていて聴くことはできなかったのですが、まぁウチのFメンバーは歴代でも最強だと確信しているので不安はなかったです。やはりアンケートを見ても大好評だったようですしね。強いよ、あんたら。

 そして第三部。去年の定演の時にも使用したラテンの青シャツを着て弾いた『オリエンタル』も「空間を支配したかのような(アンケートより)」曲調が好評だったようでよかったですね。しかしこれも一部の実力者には、曲を練る時間がなくてかなり素で弾いていたのはばれてしまったようです(苦笑)。すみません、実はこの曲かなりの突貫工事でした・・・。第三部はその後まさやん(偽)のプレリュード、シノの『ダンサ・ブラジレイラ』と続いていったわけです。まさやんは2回からの入部でよくあそこまで、といった感じで感慨深いものがありましたね。1回から入ってればC技を彼女に押し付けて指揮やってたのに(?)。まぁ本番では練習程の実力は出せなかったようですが、彼女は去年の定演も出ていなくてこれが初の大舞台なのですからまぁ無理もないことでしょう。頑張りました。でも彼女の名誉のために言っておくと、練習の段階では一部の先輩達の間では私の『シャコンヌ』より凄いとの声も上がっていたんですよ。シノの『ブラジレイラ』も、曲の練習過程での彼の努力と苦悩を端で見ていただけにね・・・。彼も私と同じで腱鞘炎(おそらく)にやられてしまって手がかなりヤバい状態で弾き続けていたのですから、もっと弾きたいのに手がいうことを聞いてくれないというもどかしさはよくわかります。もう独重も終わったし、お互い少し休養を取ろうな・・・。

 そして最後、演奏会の大トリで私の『シャコンヌ』が出てくるわけですが、ハッキリ言ってこの時私はムチャクチャ緊張してました(苦笑)。自分を元気付ける意味も含めて最後ステージに出ていく時は袖に残っていたシノとまさやんに向かって「伝説を作ってくる」とかほざいて出て行ったのですが、実は内心今にも潰れかねない程のプレッシャーを感じていたのです。それでも舞台に出る時は頑張って大物ぶってれば、開場のうちの何人かはそれにだまされてくれるかもしれないと思い必死で余裕ぶった入場してみせましたが。でも構えた時にはまだプレッシャーに支配されていて、このまま弾き出したら絶対潰れると思った私は当初予定に入ってなかった精神統一に入ることになったわけです。そう、一部の人の間で「ビスマルクか?」とささやかれたらしい、いつもの眉間に指を置くあのポーズです。必死で「問題はない」と自分に言い聞かせてました。あれはホントにアドリブなんですよ。まぁそれでいざ演奏を始めてみたら何かが私の中でふっ切れて、余計なことを考えずに演奏に集中できたのでよかったです。第一バリエーションで本来G→Fと弾かないといけないベースを間違ってG#→F#と弾いてしまったという大きなミスも「もういい」と流して知らんぷりして余裕ぶっこいたふりして進んでいくという開き直りぶりが、何人もの人に私はノーミスで弾ききったものとの錯覚を覚えさせていたようです。他にも2、3、4弦で和音を鳴らすところを3、4、5弦で弾いてしまい、ミスッた5弦を左手の空いてる指で瞬間的に押さえて音を消すという荒行があったりと、実は色々ミスッてました(苦笑)。まぁでも途中からは本当に演奏もノッてきて、もう悔いは残らない程の演奏ができたので嬉しかったです。この『シャコンヌ』は評判もなかなかよかったようで、半年間この曲にかけてきた甲斐があったなと出迎えの時は勝手に悦に入ってました。いつもは笑顔で厳しい批評をくれる京大のT君も『シャコンヌ』は凄かったと言ってくれたのが嬉しかったですね(ただし彼は『オリエンタル』にはかなり厳しいツッコミをくれた)。

 今年はフラメンコが強くてクラシックが押され気味でしたから、「クラシックもいい」とか「C技の勤めは果たした」とかいうアンケートを見る度にじ~んときました。やはり年をとると涙腺がゆるむものらしいですね。たとえそれがたった一人だったとしても、今回のCステージを見てクラシックの魅力に気付いてその道を志してくれる人があればそれでこれまでの心労も報われる気がします。とりあえず出演者及びスタッフの皆さん、独重お疲れさまでした。来てくれた人もありがとう。今度は定演頑張りましょう。

1999年6月25日金曜日

〆切間際の破壊神

 独重前日、破壊神降臨!!!!! なんかしらんが今日は私の中に壮絶な破壊の暗黒神が降臨し、BOXにあった木材を手に暴れ回ったり学生会館のゴミ捨て場を蹴散らしたりロッカーをぶん殴ったり突然叫び出してみたりと散々な破壊活動を展開していました。BOXの廊下の外の階段のところでたたずんでたところにラッパの人が上がってきて、その彼にガンを飛ばしたらその人はすっと振り返って下に降りていったという事件も。きっと今日の私の目は殺意に漲り血走っていたことでしょう。さぁ、明日は頑張るぞ!!!!!!

1999年6月24日木曜日

関空へ

 さてさて、今日は関西空港にまでちょっくら遠征に行ってきました。まぁ空港は思っていたよりシンプルでわかりやすい構造になっていたのでよかったです。しかしあまりに早く着き過ぎてしまい、時間を潰すのに結構苦労しました。結局ソファ(?)のところでひたすら本読んでたんですけどね。とりあえず行きしは阪急と南海電車をひたすら乗り継いでいったらとにかく人酔いしてしまって疲れました。帰りはリムジンバス使ったから楽だったけど。

 しかしまぁ独重で弾く曲が『シャコンヌ』でよかったです。今の精神状態ではソロであれ以外の曲を本当の意味で弾くのは難しかったでしょう・・・。

1999年6月23日水曜日

二回生会とFC発表

 今日は独重本番前のFC合同発表の日。幸い2回生会が同時に開催されたためホールが使えたのでステージの上での発表という意味で緊張感のあるいい機会でした。私は『Over the KIYO』を目標に練習してきた閉眼奏法(?)も極めつつあり、不必要に自分の世界を構築するということができるようになってきました。これはよいことなのでしょうか?

 しかし今年の2回生会には笑わしてもらいました。司会のナレーションうますぎじゃ!ギターあり歌ありブルースハープありピアノありタイタニックあり落語(!)ありのバラエティーに富んだ構成はいかに去年の俺らの2回生会が適当だったかを思い知らせてくれましたね。面白いよ、あんたら。

1999年6月22日火曜日

『Prisoners in Paradise』及びテーマとしての"道"

 ヨーロッパの『Prisoners in Paradise』に涙する今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は最近おそらく大学入学以来最大の精神失調に見舞われ、皆といる時はともかく一人の時は異常に不安定な精神状態の中眠れぬ夜を過ごしています。いや、原因はやっぱわかっちゃいるのですが、だからといってどうにかなるかというとそれがどうにもならない(というかどうしたものかわからない)から不安定になるわけでして、おかげで幸か不幸か独重のプレッシャーなど心の隅っこに追いやられた状態になってます。現在の葛藤と独重のプレッシャーとどっちがマシかって言ったらおそらく後者なんでしょうけどね。きっと『やがて消え行く~』のインスピレーションもこの辺りからきてるんでしょう。というか明らかに。

 しかしNOVELの『ジングルヘル』を除いた3つ、アップしてから気付いたのですが、どれも重要な場面というかキーポイントとして"道"が出てきてるんですよね。『理想郷』の階段、『街灯のない道』はそのまんま、『やがて消え行く幻達へ』では景色のない分かれ道。特に意識していたわけではないのですが、多分私が文章を書く時に無意識の内に共通のテーマとしていた背景に"道"という表象が綺麗に当てはまっているのでしょう。3つとも描いた状況や意識の上で書きたかったことはまったく別なのに、その根底のところでは共通した大きなテーマが流れていたわけです。不思議なものですね。その"道"について分析してみると自分でも気付いてなかった私自身の人生観の一面にも気付かされました。面白いですね。自分で意識してないうちに出てきた表現で自分の意識が目覚めさせられるんですから。

Just like prisoners in paradise
Still far from heaven's door
We had it all but still wanted more
We're just prisoners in paradise
So close and yet so far
There will come a time no matter who you are
When you ask yourself was it right or wrong
For me to turn away
But hey, we're children of tomorrow
Hangin' on to yesterday.....

1999年6月21日月曜日

雑記

 今日は教習所の卒業証書をもらってきた後はずっと家でのんびりと過ごしてました。しかしたった4ヶ月の教習とはいえ、卒業証書をもらう時は何かしら感慨深いものがありましたね。う~ん、ただでさえ忙しいのによくやったよ・・・。

 で、もうすぐ独重ということでギターも弾きたいところだったのですが、今日は何故か朝起きた時から左手の筋の調子がおかしく(というか痛い)、さらにちょっと弾いてたら左の小指がなんかときたまうまく力が入らずにカクッとかなってしまうという不穏な現象に見舞われ、今日はおとなしく練習は少なめにして調整程度に止めておきました。これって腱鞘炎が酷くなってきた時の症状の一つのバネ指ってヤツですかね? もしそれだったら冗談抜きにヤバイぞ。この本番前切羽詰まった時期に・・・。勘弁してほしいものです。

P.S. ブランデンブルグの編曲も佳境を迎え、早ければ今晩中にもあがるかもしれません。しかしあれは弾くのキッツイぞ・・・。