我々のフェアウェルコンサートのプログラムが少しずつ見え始めてきました。まずは私とシノさんの(自称)ゴールデンコンビでお贈りするアルベニスの『コルドバ』。昨年の独重の『オリエンタル』以来の感動を今再び、といった感じですね(?)。そして一回生の時からずっと「いつかやろう」といいつつも実現しなかった私とキムのデュオもきます(これは個人発表会でやるかもわかりませんが)。曲目はピアソラの『アディオス・ノニーニョ』。う~ん、名曲ですね。去年からフェアウェルでの本命だった私とPCKの必殺『大聖寺』は炸裂するのか!? っていうか本当に『大聖堂』をフラメンコに改造できるのか!? 禁断のデュオと謳われ続けて早◯年、ついに実現との噂もあった私ときよの『バロック組曲第2番プレリュード』はどうなるのか!? まだまだ見所はありそうです。っていうか果たして私は卒論を抱えながらこれだけのデュオをこなすことができるのでしょうか?いや、やります。気合です!皆とやれるのもこれが最後ですからね。独奏は卒業してからもできます。
と言いつつも独奏も弾く気マンマンな私ですが、曲目はまだ決まってません。心の中では原点回帰ということでバロックを1、2曲、そして最近の私のカラーである現代曲をまた1、2曲ということで決まっていますが、これだけの重奏をこなしてなおかつそれだけの独奏を弾くのはかなり無理そうです。まぁ現実問題バロックと現代を1曲ずつでしょうかね?バロックは候補が今のところ3曲あり、一つはスカルラッティの『ソナタ K.11』、もう一つは今年の定演できよが以前よりさらにグレードアップした演奏を聴かせてくれるらしいバッハの『無伴奏バイオリンパルティータ第1番よりサラバンド』、そしてヴァイスの『ファンタジー』です。どれにしようかな?難易度的にはどれも適度といったところですが・・・。現代曲の方は依然本命であり続けているロドリーゴの『パッサカリア』が弾きたいのですが、いかんせんむずかしいですからねぇ・・・。間に合うか?ピアソラ『天使の死-ブローウェル編-』もいいですし、『ブエノスアイレスの冬-S.アサド編-』も弾きたいですね。ブローウェルは、『キューバの子守歌』は現在既に大体弾けるので、フェアウェルで弾くかタルレガ発表で弾くか・・・?『フーガ第1番』を候補に入れるかどうかが難しいところです。『セリエ・アメリカーナ』も弾きたいしなぁ・・・。と、弾きたい曲を羅列するのは簡単ですが、実際弾けるのはこの内1、2曲、多くて3曲でしょう。どれを選ぶかが悩みどころです。
2000年10月12日木曜日
2000年10月10日火曜日
論文
う~ん、卒論がなかなか難しいです。私は例によって音楽認知をやるのですが、音楽というヤツは分析していけばしていく程実に数学的・幾何学的になっていくのですね。認知科学、心理学はもとより高度な音楽理論と数学的・統計的分析を等しく身に付けていかなければなりません。しんどいっちゅーの。まぁ音楽をこう学者的な立場で分析していくのも面白いことではあるのですがね。ああ、数字やフロ-チャートが多い。サンプルの楽譜も多い。・・・論文読むのも一苦労です。
2000年10月8日日曜日
成長ということ、大人になるということ
人は自分でも気付かない内にいわゆる"成長"をしているものです。それは特にものの見方や価値観といった面で。昔自分が当たり前にとっていた行動や思想(まぁ思想なんて高尚なもんじゃなくても)が、今思うととてもガキくさいことだったりする。中学時代、典型的な反抗期を迎えた私は文字通り理由なき犯行、じゃなく反抗にあけくれ、「大人になんてなりたくない。あんなやつらは信用できない」などと尾崎豊の歌詞を地でいったような妙な正義感(?)というか信念で動いていました。高校時代、理由なき反抗は落ち着いたものの(卓球部顧問某H田が相手の場合を除く)、今思えば今度はまぁ俗に言う青春ですか、そんな感じのある意味さわやかで夢があるかもしれないがやはり現実を見据えてはいないような人間でした。今はその頃と比べると、よく言えば現実的になり、悪く言えば世間に染まってきた気がします(世間に染まったといっても世俗的になったということではなく)。何でしたっけ?あの「知に物言えば角がたち、情に棹させば流される」でしたっけ?そんな言葉の意味も本当に理解できてきたような気もしますし、いわゆる常識やらマナーやら世間体やら、高校時代まではそんなに気にもならなかったことも気になるようになりました。そしてものの見方というものが変わってきたように思います。
それは一概にいいと言えることなのでしょうか?大人になるということはそういうことなのだろうとは思います。しかしその分捨ててきたもの、いや、自分で意識して捨てたわけではないから落としてきたものですかね、は多いような気がします。何よりも自分の気持ちを素直に表に出せることが少なくなったし、周囲への配慮というものが時に互いに牽制しあうような気がすることもあります。周囲に気をつかう、相手に不快を与えない、そんな常識が時に足枷になります。自分の心に対しての重しになります。しかしその重みに耐えられないで大人の「世間」から弾き出されるのが恐いから、結局それに耐えてしまい歪みが生まれていく。成長ってなんでしょう?大人になることの定義とは何でしょう?それは「自分を殺す」ことを覚えることなのでしょうか?ただ単に世間を円満に運営していく知恵を身に付けるというだけのことなのでしょうか?その知恵を身に付けるために失わなければならないものはないのでしょうか?
それは一概にいいと言えることなのでしょうか?大人になるということはそういうことなのだろうとは思います。しかしその分捨ててきたもの、いや、自分で意識して捨てたわけではないから落としてきたものですかね、は多いような気がします。何よりも自分の気持ちを素直に表に出せることが少なくなったし、周囲への配慮というものが時に互いに牽制しあうような気がすることもあります。周囲に気をつかう、相手に不快を与えない、そんな常識が時に足枷になります。自分の心に対しての重しになります。しかしその重みに耐えられないで大人の「世間」から弾き出されるのが恐いから、結局それに耐えてしまい歪みが生まれていく。成長ってなんでしょう?大人になることの定義とは何でしょう?それは「自分を殺す」ことを覚えることなのでしょうか?ただ単に世間を円満に運営していく知恵を身に付けるというだけのことなのでしょうか?その知恵を身に付けるために失わなければならないものはないのでしょうか?
私に言わせればいわゆる「大人」の世界なんてどうよくごまかしたところで所詮はかけひきの世界です。人間関係の間で生まれるかけひきです。そのかけひきを気にしないで付き合えるのが「大人の世界」との間にある「仲間内」でしょう。中学の頃は周囲は皆敵である「大人の世界」でした。高校時代は世間も含めて「仲間内」でした。今はその2つの区別がはっきりしてきています。それが成長なのでしょうか?私にはわかりません。中学時代よく聴いていたJUN SKY WALKER(S)の歌詞にこんな一節があります。
大人になる前に知るべきことがある
自分のやり方とわがままの違いを
JUN SKY WALKER(S)『My Generation』
2000年10月6日金曜日
2000年10月5日木曜日
ブルー
ちょうは微妙に一日憂鬱でした。おかげでBOXのベンチ(?)で横になったまま約一時間半の睡眠を堪能したりもしてしまいました。最近あまりギタ-弾く時間がないですねぇ。定演の曲がのきなみやばい私としてはそれだけで相当な焦燥感に駆られるとともに憂鬱にもなってしまいます。ああ、右手のフォームがガタガタだ。今わかったことではないけれど・・・。
2000年10月2日月曜日
JONGO
昨日もちょいと触れた4回生合奏アランフェスの代替案についてですが、昨日夜に何気なく中身が何かもわからないMDを聴いていたら偶然流れてきた曲にビビッドなインスピレーションを覚えました。その曲は、ベリナティの『ジョンゴ』です。私は何回も聴き直しました。そして確信しました。「これは合奏でやってもカッコいい!」。そう思うが早いか、私はすぐに京大の聖帝殿のもとへ電話をかけ、今日夕方楽譜をもらってきて編曲をはじめました。聖帝の話を聞くと、皆さん知っての通り『ジョンゴ』は元来二重奏の曲ですが、実は合奏用に編曲されたものも存在していて、彼はその譜面も持っていたので原曲の譜面とともにいただいてきました(ついでに独奏用もある)。しかしあの合奏用の譜面はパ-ト編成が立命クラギタに合わないのと、編曲者が何を考えているのだかPrim 1とSopが何故か重奏の1stの音をそのまま弾いたような無茶な運指になっていて(まぁ他のパートもかなり無茶)、「そら難しいわなぁ」といった感じの酷いものでしたので、結局ほとんど1から合奏用に編曲し直しています。今日もう少し頑張って力尽きた頃にデータをできた分までこの日記の続きにアップしようと思います。
というわけで現在午前4時20分。そろそろ疲れてきたので寝ようと思います。とりあえずベースのカンタービレが入ってくるところまではいきましたが、思ったより進行が芳しくはないですね。でも出来としてはなかなかのお気に入り。特にカンタ-ビレの一小節前から入ってくるベースのボーイングなんかは。今回は原曲の音を分散させて難易度を下げつつダイナミクスを広げて、ところにより原曲にない音を足しつつアレンジしています。これはクラギタ標準のZip圧縮SSW形式でアップしておくので、環境をお持ちの方は聴いてみてください。『ジョンゴ』立命合奏バージョン(まだまだ未完)です。
というわけで現在午前4時20分。そろそろ疲れてきたので寝ようと思います。とりあえずベースのカンタービレが入ってくるところまではいきましたが、思ったより進行が芳しくはないですね。でも出来としてはなかなかのお気に入り。特にカンタ-ビレの一小節前から入ってくるベースのボーイングなんかは。今回は原曲の音を分散させて難易度を下げつつダイナミクスを広げて、ところにより原曲にない音を足しつつアレンジしています。これはクラギタ標準のZip圧縮SSW形式でアップしておくので、環境をお持ちの方は聴いてみてください。『ジョンゴ』立命合奏バージョン(まだまだ未完)です。
2000年10月1日日曜日
暗雲、アランフェス
さてさて、ちょいと前に上げた『Obstinato -2人のクレージーな1回生のために-』の続きをちょいと作ってみました。もう作曲している私自身続きがどうなるのか見当もつきません。途中でなんか無理矢理バロック風に変わったはいいけれど、一体あそこからどうやって元のテーマに戻っていけばよいのでしょう?まぁ素晴らしい曲とは作曲者自身にも未知の喜びを与えてくれるものに違いありません(?)。今回も曲名をクリックすれば直接MIDIが流れるようになってます。ちなみにバロック風に変わってからの前半戦は、何か聴くからに適当であまりにイマイチ君なので、後でその部分を根本から作りかえる予定です。こんなんなってきましたよ、1回生のお二人さん(ニヤリ)。
しかしウチの定演でやる4回生合奏もここにきて一気に暗雲が立ち篭めてきました。アランフェスをやめるとかやめないとか、色々な思いや条件が交錯して大変なことになっています。個人的にはアランフェスよりもっとギタ-合奏に向いてる曲を選んだ方がよいと思うのですが・・・。かといって某高校の持ち曲の使い回しは私のプライドが許しません。立命クラギタの味はどこへいった、ってことになりますしね(「俺にいつまでもM商の背中を見てろというのか!?」と今日話し合いの場で言ったのは案外冗談じゃありません)。う~ん、一体どうなるのかはわかりませんが、基本的にアランフェスをギターのみの合奏でやることにあまり肯定的でない私はうまい代替案を探す方向で火曜日の話し合いに臨もうと思っています。アランフェスはまともにやったらギターのみの合奏には絶対合いませんよ。で、ガラッと雰囲気を変えるとそこまでしてアランフェスにこだわる理由というのが見えなくなりますしね。少なくとも私には。さ~て、いい曲ないもんですかねぇ・・・。
しかしウチの定演でやる4回生合奏もここにきて一気に暗雲が立ち篭めてきました。アランフェスをやめるとかやめないとか、色々な思いや条件が交錯して大変なことになっています。個人的にはアランフェスよりもっとギタ-合奏に向いてる曲を選んだ方がよいと思うのですが・・・。かといって某高校の持ち曲の使い回しは私のプライドが許しません。立命クラギタの味はどこへいった、ってことになりますしね(「俺にいつまでもM商の背中を見てろというのか!?」と今日話し合いの場で言ったのは案外冗談じゃありません)。う~ん、一体どうなるのかはわかりませんが、基本的にアランフェスをギターのみの合奏でやることにあまり肯定的でない私はうまい代替案を探す方向で火曜日の話し合いに臨もうと思っています。アランフェスはまともにやったらギターのみの合奏には絶対合いませんよ。で、ガラッと雰囲気を変えるとそこまでしてアランフェスにこだわる理由というのが見えなくなりますしね。少なくとも私には。さ~て、いい曲ないもんですかねぇ・・・。
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