2007年8月9日木曜日
無題
2007年8月4日土曜日
近況
娘ももう三ヶ月近い。最近は、「あー」とか「うー」とか「くきゃあ」とか、そんな言葉で何となく話しかけてくるようになった。機嫌がいい夜は6時間とか寝続けてくれるので、夜中に泣いて起こされることも毎晩ではなくなった。これは夜泣きが始まるとまた寝られなくなるのかもしれないが。そして最近は仰向けばかりでなくたまにうつぶせにすると、子ガメのようにグググッと首を持ち上げようとする。両手で踏ん張って、一生懸命持ち上げる。最初右向きだった顔を持ち上げて、必死で左に向き直る。右から左へ受け流す。一つ一つ、細かいことが、「ああ、成長してるんだなぁ」と、実感できる。
2007年7月30日月曜日
とある週末と参院選
泣く泣く先週は初ドライブを諦め、どうしたものかと悶々としていた。買う時に商品を間違えたのか、それとも店が発注を間違えたのか。もう開封したどころかレシートもなければ箱すら処分してしまった状況だし、何しろ購入したのが一月だ。仮に店側に否があったとしても返品が効くとは思えなかったが、間違えたのは誰かだけでもはっきりさせないと気がすまなかったので、今週購入した店に電話した。担当の人と話しをしてみると、確かに私が購入したのは、新生児から使えるチャイルドシート。でも実際に届いているのは3才以上対象のジュニアシートということだった。意外に、何も言わずとも先方からすぐに本来の商品を送ってくれると言ってきた。レシートも箱もないですよと言うと、それはいいから同梱する返品用伝票で品物だけ返送してくれと言う。思った以上に丁寧な対応にちょっと嬉しくなった。元々間違えたのは向こうと言えばそうなのだが、それでも箱もレシートもなくとも無条件で交換してくれるというのは気分がいい。正直諦めていただけにありがたかった。これで来週末こそは念願の初ドライブに行けそうだ。
さて、そして日曜は参院選。与野党逆転が成るかどうかが話題だったわけだが、まぁ23時時点での形成を見る限り与党・自民の大敗は確定といったところでしょう。政治に対するコメントはこの場では最小限にと決めているので少しだけ書くと、そもそも今回の選挙は個人的に最大の要解決事項であると考えている国の負債の問題に、どの政党も明確な策を打ち出さずに議論すらしていなかったのが非常に心外だった。その中の最も国民にわかりやすいはずの消費税増税の論争ですらほとんど行われなかった。TVで誰かが言っていたが、これでは次の選挙まで消費税増税について大きな決定は行うなと決めなければならない。今の日本の財政状況を踏まえ、負債がこのくらいある中で財源をどのように確保してどのように割り当てれば国の財政は改善するのか、その議論や具体策が何も提示されなかったこの選挙は、私に言わせれば結果以前に既に死に体だ。消費税増税だって、それらの説明が正しく行われた上で、単純な一律増税ではなく外国を例に品目毎の税率を妥当に設定すれば一般国民的にもやぶさかな話しではないだろう。それを説明の労力と、増税という表面だけ取られて真意が伝わらないリスクを恐れて議論すらしない状態では、国民のための政治とは思えない。その意味では、どの政党も失格だ。何年か経って「やっぱり遅かったです」ではダメなのだ。日本がアルゼンチンの二の舞にならないことを祈る。
2007年7月28日土曜日
ゆっくりと
環境や年月で品質が変わりにくいウィスキーとはいえ、さすがに開栓して三年も経つと劣化は否めない。味わいは少し甘みが抜けて平坦になった気がする。クラガンモア特有のグラスに注いだ瞬間に華やかにふわっと広がる香りも、さすがに少々色褪せた。色々な人達と一杯ずつ楽しんだこのモルト、最後の一杯は娘をラックで揺らしながらいただいた。三年も部屋にあったボトルは、さすがに少し名残惜しいものだ。
2007年7月25日水曜日
戦場跡
2007年7月17日火曜日
中越沖地震と結婚記念日
何人かの新潟の仲間にメールで連絡を取ってみると、とりあえずその当初は皆「ものはいくつか落ちたが、大丈夫」という回答が多数。ニュースも地震発生後すぐの時点ではそれ程壊滅的な被害を報道していなかったので、まぁ一旦一安心した。ただ、両親は今こっちに来ているので、実家には祖母が一人だ。当然のように電話はつながらない。メールは比較的つながるものだが、祖母は携帯など持っていない。実家の状況が知りたいところだが、そうもいかないのが気になるところだった。
話は変わるが、今日は私達の結婚記念日。一年目ということで、両親に娘を見てもらってレストランで食事をしようということで、横浜のレストランのランチを予約してあった。ので、地震発生から一時間も経たない内に、情報が整理されて報道が始まる前に家を出た。横浜から公衆電話で実家にかけてようやくつながった時には、とりあえず祖母は元気とのことだった。
ところがいざ16時過ぎに帰宅してみると凄いことになっている。ここ数年天災・人災続きの柏崎が特に壊滅的な打撃を受けたのを中心に、三条・燕・加茂でも震度5強。怪我人も続出。この三地域が震度5強ということはそこに挟まれた実家も恐らく同程度の被害でしょう。両親が帰ろうにも、夕方17時の時点で新幹線は越後湯沢-新潟間で完全に止まっています。それでも一旦東京駅まで出るとのことで、夕方に両親はウチを出て行きました。ところがそこからが大変です。18時過ぎに「新潟まで新幹線が復旧して、それに乗れた」と連絡が入ったまではいいのですが、その一時間後くらいにまた連絡が入り、「落石が見つかったのでまた新幹線が不通になった」と言って高崎で足止めです。その後21時を目処に復旧を目指すとのことでしたが、両親は最悪もう一泊ウチに泊まってから新潟に戻ることを視野に入れ、一旦高崎から東京に戻ります。そして21時過ぎに今度こそ復旧したという新幹線にやっと乗れ、23時現在まだ燕三条には着いていないようです。
そしてこれを書いている23時15分過ぎ、また横浜で地震がありました。ギシギシと揺れる酒ラック。またか、と思ってテレビを付けて速報を待つと、今度は東北・北海道の方で震度4弱。また、違う地震のようです。今やっと更新されたYahoo! 地震情報を見てみると、今度は京都府沖。でも何故か被害は北海道の震度4を中心に東北寄り。ただ、震源地を見る限りやはり日本海側のプレートから来ているようです。日本海側のプレート、連鎖反応を起こしているのでしょうか。まだまだ、警戒が必要のようです。
2007年7月8日日曜日
開設9周年
ところで、9年前この雑記帳を7月7日に立ち上げた時のことで覚えていることがある。当時私は大学2回生。RAINBOW Staffの仕事もまだまだこなれておらずに忙しさを感じながら、部活ではギタ連定演に向けて後に"ブランデンブルグおんぼろ四重奏団"と自称(自嘲?)することになる京大の聖帝、龍谷のつっきー、工繊のS女史との四重奏の練習を(あまりできていないなりに)やっていた頃だ。授業はどんなだったか、よく覚えていない(苦笑)。その年の七夕は詳細は忘れたものの妙に忙しい一日で、大学を夕方に出て家に帰り、それまで学内のイントラ内のサーバにあったこの雑記帳をさくらインターネットに移行して、その後日が暮れてからギターを担いで丸太町通を東へ急ぎ、京大のBOXに練習に行った記憶がある。確か聖帝とつっきーが練習後にウチに泊まりにきて、二人乗りで私の後ろに乗って移動していたつっきーが私の自転車を壊したのはこの時ではなかっただろうか?そこはあまりよく覚えていないのだけれど。
先日、久し振りにそのつっきーからコメントが入っていた。今思えば卒業後10年続く程たくさんの接点があったわけではない彼と、これだけの時が流れた今もこういったやり取りができるのはやはり嬉しい。そして彼のBlogを読むと「相変わらず頑張っているんだな」と思い、こちらも負けてはいられないなと思う。そういった小さなつながりを保てているだけでも、この雑記帳を9年続けてきた意味はあると感じているし、まだこれからも続けていこうと思う。その時々の自分を映す鏡として、時間に伴う変化を刻む軌跡として、人と人がつながる待ち合わせ場所として。時には、それは例えば、人気のない神社を守る神主のように。
改めまして、今後もこの雑記帳をよろしくお願いいたします。