2000年6月21日水曜日
独重回想
・・・おお、壊れてます、壊れてます!!!!! そう言えば私は独重の前日には異常に高まったテンションからか、心の中に破壊神が降臨してゴミ捨て場にBOXに置いてあった角材持っていって片っ端からゴミをクラッシュしたりしていたのでした。腱鞘炎で手が震えて、まともに練習ができない日もありました。懐かしいですね。当日は朝寝坊して慌てていったら生ゴミの袋に自転車ごと突っ込み、最後トリで『シャコンヌ』弾く前ステージに立った時は緊張のあまり「このまま弾き出したらつぶれる!!!!!」と思いいつもの眉間に指を置くあのポーズをとって必至で精神統一していたんだった・・・。う~ん、やはり独重クラスの大きな演奏会になると想いも一層ですなぁ。一回の頃先輩が独重でステージに立ってるのが妙にカッコよく思えて、しかもその時の執行部は実力的にも凄いものがあり伝説的な演奏をいくつも残したものだから、私も自分が執行部として出る独重で伝説を作ってやろうと密かに思い続けて去年のステージを迎えたわけですからね。そして私の中では去年の演奏会では伝説が作れたと思っています。特に『シャコンヌ』は会心の演奏でした。弾いてて運動なんかで物凄く調子がいい時なんかに起きるような、時が膨張して静止に近く感じられる世界の中、通常では考えられないような思考の早さと集中力が未来を先取りするように適確に音をとらえていくあの感覚が演奏している時にありましたから。あれは本当に気持ちいいんですよね、弾いてて。脳内麻薬がオーバードースとも思えるくらいに出てるのが感じられます。トリップです。自家製トリップです。麻薬です。そら気持ちいいっちゅーねん。またあんな感覚を味わいたいものです。
2000年6月20日火曜日
内定者歓迎会
内定者歓迎会でしたたか酒を飲まされ、「なに、9時16分の新幹線なんて乗り過ごしても10時のヤツで名古屋までは行けるさ」とかなり無茶苦茶なことを某グループ長殿に言われながらウィスキーを勧められつつも私は無事京都に帰れる最終ののぞみに乗ることができたわけですが、米原を過ぎて「さて、もうすぐ京都だな」と荷物の整理を始めた頃に、それまで順調に走っていた新幹線がピタと動きを止めたのです。「ぬぅ・・・」と思って窓の外を眺めていると、現在の状況についての車内放送が入ってきます。曰く「前を走るひかりのドアが走行中に開き、その車内点検のためにひかりが走行を停止しています」。しかも京都駅と私が乗っていたのぞみとの間にはそのトラブったひかりを含め3台の新幹線が立ち往生しているとのこと。その時点で時刻はおよそ11時40分。山陰線の最終は0時3分です。コイツはもしかしたらタクシーか!? という考えが私の頭をよぎりました。やれやれです。本来なら11時33分に京都駅に着いていたハズなのに・・・。しかしそんなことを言ってみてもどうにもならないので、とりあえず私は待ちました。某KIYOなどにメールなど打ちながら。そしてやっと新幹線は動きだし、その低速走行の途中で某KIYO他が在住の『エリートナカノ』の存在を捕捉して私は無事(?)京都駅に辿り着きました。その時およそ0時10分。新幹線の改札を出る時駅員さんに「山陰線まだ残ってますかね?」と尋ねたところ、まだ待ってくれているらしかったので「ソイツは結構」と無事余計な金を使わずに帰宅することができました。しかし冷静に考えれば朝6時に京都駅を出て深夜0時のお帰りというのも結構たいがいなものです。さすがにちょいと疲れました。
なお、内定者歓迎立食パーティーのメニューで、デザートのマンゴーらしき怪しい果物がいたく気に入った私は並列で陳列されていたメロンやスイカ、オレンジ等には目もくれず一人でマンゴー(らしきもの)をいくつもバクバクと食って周りの人間に奇異な目で見られていたことを付け加えておきます。その時周りにいた人達に説明したことをまた述べるなら、「あっさりした中にも微妙に残るまったり感と適度な甘酸っぱさ」がたまらなかったのです。
2000年6月18日日曜日
胃が・・・
2000年6月17日土曜日
意外性に富んだ2回生会
そう、今日はリンクを3件追加。友人・知人の欄です。今回は弟が参加している『100みかん計画』のサイトも追加。そこで随分壊れた日記を書いているのがヤツです。やばい、壊れ具合で負けている可能性もあるぞ・・・.私もちょっと頑張って壊れる必要がありますね?
2000年6月15日木曜日
反転眼鏡でアルペジオ
2000年6月14日水曜日
2000年6月13日火曜日
音楽認知科学ア・ラ・カルト
まず哲学的視点からあるのは、音楽の絶対的な意味内在性を主張する絶対主義、それに対して音楽の内在的な形式の他に聴き手の概念、行為、情動、性格等を参照する形で何らかの音楽世界以外の要素を取り込んだ形で音楽の意味は形成されるという参照主義があります。前者は音楽にはその形式なり音列、和声の群自体が例えば明るく楽しいとか静かで寂しいとかの意味を絶対的に持ち、それ故音楽の持つ意味が聴き手の印象を完全に左右するのであり聴き手の心象が音楽にフィ-ドバックされる形で投影されるものではないという立場。後者は音楽の構造的な意味以外にも聴き手の心象等の音楽の外の世界の影響が音楽に反映されて音楽の意味が決まるという立場です。また、「形式主義」と「表現主義」という視点もまた別の見方としてあり、前者は聴き手は音楽の形式やパターンといった音符的、符合的な面を聴き手として評価する立場であり、後者は音楽を情動を表現する手段として聴く立場です。まぁこれはレポートとかではないのでこれ以上は突っ込みませんが、音楽認知や音楽心理といった分野ではこのようなことも熱く議論されているわけです。ちなみに私の意見は参照的表現主義の立場に近いのですが皆さんはどうでしょう?ちょっと考えてみると面白いかもわかりませんよ。
他によく扱われるのは発達心理学的な視点。音楽を認知したり演奏するのが発達、上達していく過程はどうなっているのかを研究する分野です。ま、おきまりというかでよくあるのは音楽の才能は生まれつきのものか、生後発達していくのかというもの。あるいは音程を覚えていったり、調整を判断できるようになる(長調と短調の違いとか)発達の過程とか。他にはちょっとメインストリームとは異なるのですがこの分野で私が強く興味を弾かれるものとして音楽性の発達についての研究なんかもあったりします。これは音大生が主な研究の対象で、音大生は特に音楽性というものが自分のアイデンティティに直結する問題だけによく見つめ、研究しているからある面では凄く参考になります。幼い頃、楽器はやっていなかったが音楽好きの親が常にかけていた音楽が音楽性のルーツになっていたり、親の仕事の都合で海外を転々として西洋音楽から民族音楽まであらゆる分野の音楽に直で触れたのがよい音楽性につながっていたり、あるいは学業、友人関係、恋愛、その他人生経験というものが音楽性のルーツであり、どういう生き方をしているか、何を願っているかがそれだという人がいたり、様々です。逆に音楽性が乏しいのを生育環境に由来する性格のためと分析する人がいたり、訓練によって音楽性が身に付けられないかと苦悩する人もいたり・・・。音大生にとっては死活問題だけに真剣です。私は、そりゃ音大生とはレベルの違うものだとはわかってはいますが、自分のスタイルというか音楽性についてははっきりしたものを持っているし武器にできていると思っています。が、そのルーツはというと、どうなんでしょう?幼い頃親が「3才を過ぎるまではバッハとモーツァルト以外の音楽は聴かせない」と息巻いていたせいでしょうか?(←マジでそうだったらしい)それとも・・・? ある一人の音大生の言葉を借りたいと思います。
『あの人らしい演奏だったね』と、らしいと感じさせるものが音楽性なのだと思います。普段、その人がどういうことを考えているか、どういう生き方をしているか、また願っているか、そういうすべてのものが音楽を通して現れてくるのだと思います。演奏の中に自然にでてくるもの、その人自身、その人そのものが音楽性なのだと考えています。
まぁ幼年期の環境も重要ではあるのでしょうが。
で、他にある分野は本格的に「認知」って感じのものですね。旋律や調整、リズムやタイミングをどのように人は『音楽』として認知しているのかという分野です。実験、実証の難しい音楽認知の分野の中では比較的実験がやりやすい分野ですね。音楽は進行するうちに「次はこうなるだろう」という期待や、その期待が裏切られた時の緊張の繰り返しによって音楽となるというようなことを実証していく分野です。人は音の列から調整を無意識のうちに音楽的まとまりとして認識しているとか、音楽の熟練者とただの機械による譜面の演奏のタイミングや区切りなんかの微妙な違いから、いわゆる名演奏者はそうでない演奏者と何がどう違うのかを検証してみたり。これも面白いです。
前にも書きましたが、音楽認知の理論を自分の演奏に取り入れてみたり、逆に時分の音楽との関わりの中の経験を音楽認知の勉強に役立てたりと、一石二鳥なやり方をしているのです。