2000年2月29日火曜日

エビさんキャッチャーの進化形

 昨日某殺血ーと「エビさんキャッチャーの進化形」についてPメールで語っていたのですが、玄人好みを追求していった結果お互いに凄まじい結論に達してしまいました。私が提案したのは「肺魚キャッチャー」。泥の中で生活し、肺呼吸ができるウナギに尖ったヒレが付いてウ-パ-ル-パ-を足したようなヤツですが、そのUFOキャッチャーを作る。只でさえ泥の中に相手がいてやりにくい上に、ウナギのような細長い体型とうねりが超上級クラスの難易度と興奮を約束してくれることでしょう。無事取れた後は家に持ち帰ってマニア好みの高級鑑賞魚である肺魚の生態をお楽しみください。そして殺血ーが提案したのは「生態系そのままUFOキャッチャー」。大小様々な生物が闊歩する中、どれでも好きなものを選んでトライ。ただし小さい生物を取ったりするとクレーンで運ばれる途中でより大きい生物に食べられたりするという偶発イベントも・・・!!! その実力だけではどうにもならない勝負師の世界が相当に玄人好み。さて、皆さんならどちらがやってみたいですか?

2000年2月27日日曜日

エビさんのUFOキャッチャー

 エビさんのUFOキャッチャーがやりたいのです。どうもこの世の中にはショ-ケ-スの中に水が張ってあって、伊勢エビだかロブスタ-だかがその中を闊歩しているUFOキャッチャーがあるらしいではないですか。その存在を知ったのは一月程前だったと思いますが、以来そのエビさんのUFOキャッチャーをやってみたくてたまらないのです。昨日神戸に面接に行ったので、その帰りに梅田に寄ってエビキャッチャーがあるらしいと聞いたHEP5のジョイポリスに(スーツ姿で)行ってみたのですがありませんでした。かなり悔しくて残念で、もう今私の頭の中はエビさんのUFOキャッチャーの事で一杯です。水の中を這い回るエビさん達、追いかけるクレーン、触られるとピュッと逃げようとするエビさん・・・。たまりません。もう意地でもやりたいです。神戸でも大阪でも東京でも行ってやろうじゃありませんか。どなたかエビさんのUFOキャッチャーの在り処を知っている方がおられましたらご一報ください。

2000年2月25日金曜日

細野真宏著『経済のニュースが面白いほどわかる本(日本経済編)』

 今日は故あってきょいと本屋巡りをしていたのですが、そこで非常に懐かしい著者のかなり意外な本を見つけてしまいました。受験時代理系だった私は数学の勉強をするのに当時流行していた『数学が面白いほどわかる本』シリーズにかなりお世話になって助けてもらっていたわけですが、そのシリーズの著者である細野真宏氏が今度は経済の本を書いていたんですねぇ。その名も『経済のニュースが面白いほどわかる本(日本経済編)』。かなり衝撃的でした。「そんなことまでやるんかい!?」と思ってしまいましたからね。表紙の装丁、使っている紙質、中の字体や図の使い方、すべてが昔何回もやり直した『数学が面白いほどわかる本』シリーズと同じになってて、思わず懐かしさも手伝って購入してしまいました。まぁ丁度経済の事も少しは勉強しないといけないなと思っていた時でしたからね。ある意味グッドタイミングです。

 で、現段階で大体3分の2くらいは読んだのですが、これは相変わらずの読みやすく平易な文体と経済の本らしからぬ参考書的な要素がうまく使われた実に読みやすい本です。経済という言葉に付きまとう小難しさを感じさせてくれないところがよいですね。内容の方もいくら経済に疎い私でもそのくらいは知ってますよ、というところから徐々にステップアップしていって、後半ではなかなか結構な事まで解説してくれてます。基本的なことがほとんどではありますが、その基本的なことも相当に抜けていた私にとってはありがたい一冊と言えるでしょう。しかしまえがきの部分で東大や京大、早稲田慶應あたりの学生にとったアンケートで「デフレ」の意味を知っている人が28.2%、「インフラ」が7.5%、「モラルハザード」が3.4%、「デフレスパイラル」が9.4%しかいなかったというのには驚きました。最後の「デフレスパイラル」は私も知りませんでしたが(それが一時期ニュースのキーワードとして何回も説明されていたという事実すら知らなかった)、さすがに他は知っているのに・・・。なにも経済に疎い学生は私に限ったことではないということなのでしょうか。でも「デフレ」くらい小中学でやったと思うんですがねぇ・・・。まぁ著者の細野氏は本の著者紹介によると今や「カリスマ講師」になられているようですが(カリスマ美容師以来流行ってますね、この言葉も)、私のようにたまたま本屋でこの本を見つけて買ってしまう受験世代の人間も結構いることでしょう。それで多少は経済に対する意識が変わったらよいのでは、とつい自分の事を棚に上げて思ってみたりもします。いや、「デフレ」の意味も知らないのはさすがにやばいでしょ!? 今度は同書の世界経済編が出るそうですが、そっちもちょっと読んでみようかなと思っています。しかし受験が終わってもその著書を見るだけで手を伸ばしてしまう辺り受験の「カリスマ講師」という言葉も説得力はありますよね。

2000年2月24日木曜日

横浜へ

 今日は横浜まで就職の二次選考を受けに行ってきました。今回受けた企業は本当に行きたい企業の一つなので、次の選考ステップへすすめれば嬉しいのですが・・・。今日は筆記試験とグループディスカッションということで、一体何が待ち受けているのかかなりビクビクして会場に向かいました。今回は人事担当の方一人に学生が七人という構成で、筆記試験は記述式である意味では慣例通りの問いがあり、その後にビンゴにも似たゲームをチ-ムに分かれてやり、最後にグル-プディスカッションという構成になっていました。今回は初めてのグル-プディスカッション(面接)ということもあり、試みに意識して前へ前へと出て行ったのですがどうでしょう、目立ちはしましたがそれが逆にボロを出す羽目にもなったというのが個人的な感想です。グル-プディスカッションでは司会役までやって頑張ってみたんですがね。まぁ結果がどうなるかはわかりませんが、とりあえず今日のゲ-ムやグル-プディスカッションは本当に楽しくやれたので良かったです。さすがにかなり緊張もしましたけどね。さて、今日はさすがに横浜への強行軍で疲れたのでもう寝ます。このページは別に就職活動日記ではないのでいいでしょう。当初はもう少し詳しく書く予定だったんですけどね。疲れてますんでご容赦を。ではおやすみなさい。

2000年2月23日水曜日

弦楽四重奏曲第11番『セリオーソ』編曲

 先日の日記でちょいと話したベートーベンの弦楽四重奏曲第11番『セリオーソ』のアレンジを今日ちょこっとだけやってみました。公言した通り三重奏でアレンジを始めたのですが、音域の問題が結構あって、思ったよりも作業は難航しそうです。今日はその試供品を提供してみましょう。といってもほんの20小節ばかり進めただけですけど。息の長いバイオリンなんかの音は装飾的にメロディーを作ったり和音をばらして鳴らしたりトレモロ入れてみたりと色々やってます。今はまだ原曲キーのFマイナーでアレンジを進めていますが、最終的には半音下げてEマイナーにするか逆に半音上げてF#マイナーにするかする予定です。弾きやすいのはEマイナー、聴いててカッコいいのはF#マイナーといったところでしょうか。とあえずわずかばかりの試供品、聴いてみたい方は曲名のところをクリックしてみてください。クラギタ標準のSSW形式Zip圧縮です。ちなみに一番やってみたい第三、第四楽章はとりあえず置いておいて、手始めに第一楽章からウォ-ミングアップとして手を付けてみました。


2000年2月20日日曜日

暗いニュースのその裏に

 最近は妙に時間があるせいもあってニュースや新聞をよく見るのですが、どうも明るいニュースってないですね。保険金殺人って、愛人と共に夫と自らの次男を殺害した『黒い家』現実版のような話もあれば、ここ京都での小二男児殺害事件容疑者自殺事件やら(漢字多い・・・)、我が地元新潟でのF子ちゃん九年間監禁事件とそれに関する新潟県警がついた嘘やら、子供の頭の傷をホチキスで止めて止血しようとして幼児虐待で捕まった親とか、省庁ホームページのクラック事件だの、ZD-NETやC-NETのクラック事件だの、原発の生コンに水を混ぜるは、チェチェンじゃロシアのヘリが墜落して兵士が15人死んだとか・・・。う~ん、ダークですな。今テレビではあの『ドクター・キリコ事件』の再検証みたいなことやってます。ネットでは自殺系のホームページが静かに流行っているようです。いわゆる電脳オタクが好むようなアングラサイトといったレベルを超えたシュ-ルさがあるようですね。自殺系のホ-ムペ-ジはいくつか見つけましたが紹介するのはやめておきます。もう世の中散々のようにも思えますね。たまりません。まぁ世紀末と言ってしまえばそれまでなのかもわかりませんが。そういや森永グリコ事件も時効を迎えましたね。やれやれです。モヒカンの筋肉マッチョが横行するというようなことこそありませんが、なんか実際問題『北斗の拳』の世界に近付いていってるようじゃありませんか。大した世の中になったものです。今流れてるニュースでも新たに2件の殺人事件が伝えられていますし、人死にももう珍しいものではなくなってしまったような感覚すら覚えます。戦時中ならともかくねぇ・・・。

 しかし世の中の精神の荒みを感じますね。使い古された言い回しなのかもわかりませんが。バブル崩壊後の当時成人だった人の心の軋轢やら、現在の社会の中で自分を確認できるものを見失ってしまった人の悲痛な叫びであるような気もします。
前に神戸の生首事件の時に発表したエッセイ『0と1の歪み』で私は「彼らを見て“異常者”と決め付けることなんて誰にもできない。健全な精神を持っていたが故に自分自身の心を狂気から救おうとしてとった行動、それがたまたま世間に適応しなかっただけ・・・。」と書きましたが、今もそれと同じような印象を受けますし、あるいはいわゆる“健全”な方向へ精神のエネルギーを導いてくれるメルクマークがこの世の中で見えにくくなってきて、路頭に迷った精神が変調を来した時に超えてはならない一線を超えてしまう、そんな気もします。新潟の監禁事件で、犯人は「あの頃は最高だった。二人だけのあの時間に戻りたい」と反省の色なしの供述をしているようです。私にはその非人間的な台詞でさえ自分の居場所を求める彷徨えるアイデンティティの具象化であるように思えます。もちろん犯人達を許せるかとか、そういったことはまたそれとは別次元の問題なのですが、彼らが犯行に走っていった精神的な背景や、その精神的背景を生み出した社会的背景を考えると切なくもなります。社会が悪いとか、そういった単純な言葉ですべてが片付くとも思いませんが、少なくとも個人的要因以前に社会的な背景の荒廃が隠れているのでしょう。これからもこういった事件は減らないと思います。むしろ増え続けていくでしょう。私は何もできないでしょうが、せめて事件によって表に出た事実だけではなく、事実の裏に隠れた原因というか背景、そしてその背景が生まれてくるそのまた背景を見ていくことで、悲劇がもたらした警鐘を読み取っていきたいと思っています。世の大半の人は事実のみに目が行って、その背景には興味を示しません。犯人の生い立ちやら性格やらあるいは精神的な失調の様子なんかは背景ではないのです。何故それらが発生したかを見るのが背景であり、悲しいこととはいえ事件の犯人達が残した本当のメッセージを読み取るにはその背景を読み取っていくしかないと思います。それがたとえどんなに主観的なものであっても、その解釈がたとえ間違っていたとしても、その背景を読もうとする行為が無意味に無駄に終わってしまうことはないでしょう。その悲しい行為がもたらした結果が伝える現在の歪みが私達の中に残っていく限りは。ただ事実のみを見て怒りを覚えたり嘆いてみたりするだけよりは。

2000年2月19日土曜日

マイブーム - ベートーベン

 まだまだここ数日と同じ常套句が続きます。アンニュイです。たまりません。今日は一月頃にやはりアンニュイな日々が続いていて日に一冊本を読んでいた頃に買って、買った頃にアンニュイな生活にピリオドが打たれ読まれることのなかった小説を読みつつ、新潟に帰った時に父から受け継いできたベ-ト-ベンの弦楽四重奏曲全曲のCD(スメタナカルテット演奏、CD8枚組)を聴いて時間を潰していました。

 しかし最近の音楽的マイブームはブローウェルとベートーベンなわけですが、今日ベ-ト-ベンの弦楽四重奏をギターにアレンジしたらどうなるんだろう、とふと思ってしまいました。ベートーベンの壮大な楽曲はギターにすると迫力的にどうかな、と思ってしまいがちなものですが、『エグモンド序曲』や『フィデリオ序曲』等の管弦楽(声楽?)曲を弦楽四重奏にアレンジしたCDを実家で父から聴かせてもらった時は迫力に欠けるとかは思わずに、むしろ弦楽での演奏が心地よくカッコいいと思えたので案外ギターでもいけると思うんですよね。まぁ曲を選べばですけど。その点元が弦楽四重奏なら理論的にはギタ-4本でも表現可能ですし、管が入ってない分ダイナミクスの心配も減ります。しかもいくつかの曲は明らかにギターにして違和感がある曲とも思えないし、技術的にもどうにかなると思えます。むしろバイオリン等と比べて重音に強いギターの特性を活かせばアレンジ次第では三重奏とかでもいけるのでは?そう思いましたので、ちょっとベ-ト-ベンの弦楽四重奏をギターにアレンジという荒行に身を乗り出してみようかなと計画中です。別にこの曲の編曲やったって自分で演奏する機会があるとも思えないんですけどね。メンバーが集まるとも思えないし、どの演奏会でやればいいのかも見えてこないし。ま、趣味でやります。いずれ作るであろう衣笠CGCのホームページにMIDIと譜面の画像載っけておけば将来誰かがやってくれるかもわかりませんしね。

 で、ベートーベンの弦楽四重奏の中で私のお気に入りといえば、中期弦楽四重奏の最後の曲、第11番『セリオーソ』と、あの『大フーガ』を含む第13番ですが、とりあえず20分もの大曲『大フ-ガ』はおいといて『セリオーソ』に手を付けてみようかなと。この曲はギターになるという確信は現段階では持っているのですが、実際始めてみるとどうなることやら。とりあえず明日早速譜面を探しに行き、見つかったら検討してみます。健闘を祈ってください。