1999年1月9日土曜日

小説の好み

 どうも自分の小説の好みというのはストーリーメイキングという部分にあまり重点が置かれていないらしいということに最近気付いた。小説だけに限らず映画でも何でもただスト-リーの展開がハラハラしたり意外だったり巧妙だったりというのでは「まぁよくできてるけど・・・」で感想が終わってしまうのだ。それよりも神経症的な要素がポリフォニックにちりばめられているものや精神的な部分が複雑な物語構造の中に織り込められているものに強く惹かれる傾向がある。それもそういった要素があからさまに表に出てきていると「ベタだな」と言って掃き棄てるという心の狭さ。難しいものである。要はスト-リーや台詞よりも作品としての空気というか精神性、表向きの面白さや感動より顕在意識外(あえて無意識とは言わない)における共感やカタルシスがないと駄目なようです。例えて言うと、村上春樹は全般的に好きなんだけど村上龍となると『コインロッカーベイビーズ』や『イン ザ・ミソスープ』は好きだけど『限りなく透明に近いブル-』や『ピアッシング』はイマイチ、スティーブン・キングなら『グリーンマイル』や『スタンドバイミー』あたりはいいけど『ダークハーフ』はよろしくないとか実に微妙な基準が引かれてるわけです。端的なのは『イン ザ・ミソスープ』と『ピアッシング』はある意味似たような空気を持つ作品ではあるのに片方は気に入ってもう片方はそれほどってこと。私の作品評価基準に共感というものが重い位置を示している故の微妙な差異なんだと思われますが、にしても奇妙なものです。私の好みからしてヤバめの描写が多いとか残虐性が強いとかいうのが好きと思われる方も多いと思いますが、小説や映画を純粋に作品としてみる場合は意外とそうでもないようです。難しいものですね。皆さんはどんな風に作品の好き嫌いが分かれますか?

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